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2006/04/29

上野石之助さん、いつまでもお元気で

元日本兵の上野さん、ウクライナに出発(朝日新聞)
「ウクライナから63年ぶりに一時帰国していた岩手県洋野町出身の旧日本兵、上野石之助さん(83)が28日昼、10日間の日本滞在を終えて成田空港からウクライナへ向けて出発した。付き添いの長男アナトリーさん(37)とともに搭乗手続きを終えた上野さんは、「新しい家ができて、道路もきれいになって、故郷の外見は自分の思い出とはすっかり変わっていた。美しい、すてきな国になった日本を見ることができた」と短い滞在を振り返った。空港には弟の左舘丑太郎さん(81)と妹のタケさん(69)も見送りに訪れた。「弟妹にあえるなんて思ってもいなかった。また帰りたい気持ちはあるが、年だからたぶん無理だろう」。20日に岩手入りして再会を果たしたばかりの弟妹たちと、目に涙をにじませて別れを惜しんだ。 上野さんは樺太で終戦を迎えた後、現地で暮らしていたが、58年に消息が途絶え、00年に戦時死亡宣告が確定した。東京家裁は滞在中に上野さんと面接して宣告の取り消しを決定し、削除された戸籍は近く回復される。」

未帰還者に関する特別措置法の第2条をご覧下さい。

第2条(民法第三十条 の宣告の請求等の特例)

「未帰還者留守家族等援護法第2条第1項に規定する未帰還者に係る民法第30条の宣告の請求は、厚生労働大臣も行うことができる。

2 前項の請求をする場合には、厚生労働大臣は、当該未帰還者の留守家族の意向を尊重して行わなければならない。

3 第一項の規定による厚生労働大臣の請求に基く民法第三十条 の宣告の取消の請求は、厚生労働大臣も行うことができる。」 

未帰還者とは、未帰還者留守家族等援護法第2条においていう、もとの陸海軍に属していた人であって、まだ復員していない人か、未復員者以外の人であって、昭和20年8月9日以後旧ソビエト等で生存していた資料があり、且つ、まだ帰還していない人等をいいます。

太平洋戦争が終結しても帰還できなかった人のおよそ四分の三は当時から生死が明らかでなかったといいます。

未帰還者の問題は、その留守家族に対する揺護措置とともに多くの論議をおこし、昭和34年最初の「未帰還者に関する特別措置法」が施行されることになりました。

この法律のもっとも重要な点は戦時死亡宣告の請求を変則させたところにあります。

すなわち、従来未帰還者の戸籍処理の方法としては、戸籍法の第89条に基づいて取り調べをした官庁が死亡報告をすることによるか、あるいは民法の第30条に基づいて未帰還者の利害関係人が失踪宣告の請求をすることによるかの二つしかありませんでした。

しかし最終消息が判明しない未帰還者については前者の方法では処理できず、かといって後者の方法では、留守家族が自分の手で請求しなければならず、愛する夫や父を待つ家族が自らそのような請求をするという事例としては極めてわずかでした。

このため、この法律においては生死が明らかでない人のうち、諸般の事情で現在生存していないと推測される人とについては、留守家族に代わり厚生労働大臣から失踪宣告の請求ができることとしたのです。

(参照:厚生労働省ホームページ 白書データベース

デ・シーカの名画「ひまわり」では、若い夫婦が第二次世界大戦に運命を狂わされます。

戦争が終わっても帰国しない夫をロシアまで探しに行った妻が、命を助けてくれた女性と別の家庭をもっていた元夫を発見、打ちひしがれてイタリアに帰国します。

元妻が自分を求めている事を知り、新しい妻をロシアに残したままなけなしのお金をはたいて買った土産の帽子もって帰国した元夫もまた、その後元妻が新しい夫との間に子供をもうけていたことを知ります。

今も変わらず愛し合っている二人が駅で別れるラストシーンの本当の残酷さは、大人なら誰でも理解できます。

一旦国家に戦争をはじめさせてしまったら、私たちは絶対に悲劇から逃れることができません。

旧日本兵だった上野石之助さんも83才までまってやっと祖国の地を再び踏むことが出来ました。

しかし未帰還者特措法第2条による戦時死亡宣告は取消されましたが、ウクライナで待つ家族のために、そのまま日本にとどまることはできませんでした。

わたしたちにはっきりわかっていることは、わたしたち自身の時計は絶対に巻き戻せないこと、そしてその時計は最後にかならず止まってしまうということだけです。

あなたやわたしが開戦を決定する人物や閣議からどのくらい関わりのない位置で生活しているのかではなく、わたしやあなたの時間は決して巻き戻せないのだということにだけ焦点を合わせて事態をコントロールしようとすること。

デ・シーカの名画で揺れたたくさんのひまわりと、美しくなった祖国を離れざるを得ない上野石之助さんの笑顔が、そのことの大切さを深く教えてくれています。

 

 

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2006/04/28

司法権の拡散とソクラテスの自殺

ブログで裁判 韓国の二つのネット裁判 (MSNnews)
「ところで、その韓国では、インターネット裁判という言葉は、別の意味でも使われている。司法機関が手続きにのっとって行う裁判ではなく、市民が掲示板の上で、けしからぬ行いを裁いてしまう“サイバー人民裁判”だ。有名なのは、2005年夏、地下鉄のなかで連れていたペットの犬が落とした排泄物を始末せずに、その場を去ってしまった若い女性の例だ。この時、乗り合わせていた乗客が、現場と女性の写真をネット上に掲載したことから、女性への非難、罵倒がわきおこった。女性は「犬糞女」と呼ばれ、掲示板には数万件の抗議の書き込みがあったという。さらに、人民の追及はとどまるところを知らず、女性が通う学校探しが行われ、間違えられた大学のサーバーがダウンするという騒ぎまであった。こうしたインターネットの人民裁判は、ほかにいくつも起こっている。恋人に捨てられて自殺した女性の相手とされた男性の実名や電話番号が公開され、激しい抗議で仕事をやめるところまで追い込まれた例もあったという。こういう形でネット上で「さらし者」にされた人たちには、弁明の機会も与えられない。ネチズンたちは、正義感をもって一方的に悪者を非難し、社会的に葬り去ることになってしまう。」

憲法の76条2項をご覧下さい。

第76条〔特別裁判所の禁止〕

「2 特別裁判所は,これを設置することができない。行政機関は,終審として裁判を行ふことができない。」

記事中で表現されている人民裁判とは、手続的ブレーキなしでもっぱら大衆の鬱積した感情にカタルシスを与えることを目的に行われる公開裁判というほどの意味です。(私的定義)

今から約2400年前、やはり500人の陪審員による人民裁判で吊し上げられ、死刑を言い渡された老人がいました。

名前はソクラテス。

その訴因の第一は若者を堕落させていること、訴因の第二は不敬神の罪でした。

ソクラテスはアテナイ中のあらゆる覚者を尋ね歩き、質問攻めにして、実はソクラテス自身を含め、誰もなにも究極には説明できるものをもたないのだという事実を暴露し続けていました。

そしてそのことで社会からの反発を受けた彼は500人の陪審員が待つ人民裁判の法廷に呼ばれたのです。

当時アテナイの市民は各自が司法権を持っていました。

司法権とは、法を適用して、宣言することで具体的争訟を解決する国家作用をいい、ザックリいえば皆が人を公式に裁く権利をもっていたことになります。

当時のアテナイ市民には30歳以上なら誰でも陪審員に志願してなることができました。

さらにアテナイの裁判制度には検察制度がなかったため、訴えたいと思う人は誰でも法廷に直接告訴することができました。

検察もいないかわりに弁護士もいなかったその法廷で原告と被告の弁論が終わると、陪審員は合議などせず、直ちに有罪か無罪かを投票しました。

それだけではなく、ソクラテスのような量刑が定められていない事件では刑の程度も決める裁判官にもなりました。

さらに控訴や上告のような救済手段はなく、どのような案件も1日で結審しました。

(参照:ソクラテスはなぜ死んだのか 加来彰俊 岩波書店

但し有名なこのソクラテス裁判、彼は自ら陪審員の怒りを買うような発言を繰り返し、確信的に死刑の判決を獲得した後、その哲学のかたちを置き土産に、自ら毒を飲んで絶命しています。

(そしてそのことが、”最初の哲学者”という呼び名に実質的理由を与えています)

韓国でインターネットを利用した一種の人民裁判が流行しているというニュースは、わたしたちの国の憲法76条1項が司法権をすべて裁判所内に密閉されていることの意味を再認識させるものです。

しかも76条の2項は戦前の軍法会議や皇室裁判所といった一見裁判所的にみえる場所をも設置を禁止し、”個人の尊厳”の意味を法廷の種類によって変えないという宣言をしています。(私的解釈)

すなわちもし司法権が紀元前のアテナイの司法制度のように、市民各自に直接与えられていたとすれば、裁判はいつも集団の被告に対する鬱積した感情の解消を第一の目的に運営されるに違いないからです。

(もちろんそれは司法的な論理で覆い隠されます)

手続的ブレーキがなければ、誤って捉えられた人も陪審員を満足させるため景気よく罰せられていくことになります。

わたしもあなたも自分とあからさまに違う属性を他人の中に見いだすと、ある種の生存本能によってそれを排斥したいという感情をうっすらと抱ずにはいられない存在だからです。(私見)

特別裁判所の禁止は三権分立の純化という前に、”司法権”を気密ビンの中に入れておくことの重要性を、司法という宗教のために考慮しているのだともいえます(極私見)。


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2006/04/27

公判前整理手続という法廷のトリセツ

堀江被告の保釈認める・地検は準抗告(日本経済新聞)
「同被告の公判について同地裁は、初公判前に争点と証拠を絞り込む公判前整理手続きの適用を決定。検察側が25日、立証する内容を記した証明予定事実記載書を提出したのを受け、第1回整理手続き期日を5月10日と決めた。同地裁は手続きの進展を踏まえ、保釈を認めたとみられる。」

刑事訴訟法の第316条の13をご覧下さい。

第316条の13

「検察官は、事件が公判前整理手続に付されたときは、その証明予定事実を記載した書面を、裁判所に提出し、及び被告人又は弁護人に送付しなければならない。この場合においては、当該書面には、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調べを請求する意思のない資料に基づいて、裁判所に事件について偏見又は予断を生じさせるおそれのある事項を記載することができない。」 

あなたがもし六法全書をお持ちであれば、刑事訴訟法の316条を開いてみてください。

もしその後ろにすぐ317条が並んでいる場合、その六法はすでに旧型になってしまっています。

裁判員制度が平成21年にはじまることに備え、刑事訴訟法は316条の後ろに「第1節の2 争点及び証拠の整理手続」という条文群をすでに増設済みです。

その裁判員裁判では公判前整理手続が必要的に、つまり必ず行われると、裁判員法の49条に定められています。

現行刑訴法はその予行演習的に、現在の裁判員を介さない刑事訴訟裁判であっても、必要と認められればこの公判前整理手続を適用していいことになっています。

刑事訴訟法廷というものは、人権の国家によるヤクザな扱いを手続によって回避しながら、それでも極力真実を発見しようという攻防が行われている場所です。

しかし裁判というもの、それぞれがそれぞれの言い分や証拠を持ち寄っていたのではいつまでも終わりません。

そこで訴訟経済、すなわちどれくらい少ない回数で効率よく結論に導いていくのかという観点が古くから手続法の一大テーマとなっています。

そのためにはお互いが証拠調べでどのような点とどのような点を証明しようとしているのかをすりあわせておかなければ、いったい事件解決のキモになる証明はどれなのかが、何回か開廷したあとでなければわからないことになります(実際旧刑事訴訟法はそのような状態でした)。

そのうえにこれからは必ずしも法律には興味がないかもしれない裁判員に選ばれた方々がたくさん刑事訴訟に関わってきます。

ただでさえ時間がかかる訴訟手続をスッキリ回転させるため、公判前整理手続は事前に争点を整理し、効率のよい審理計画を立てることを目的として新設されています。

そして今度こそ本当に訴訟手続の迅速化を実現するため、316条の13以下では、「公判前整理手続が適用されたら検察官は手持証拠を事前開示すること」という注目すべき条文群も設けています。

公判前整理手続ではこれを活用し、証拠開示等を繰り返すことで争点を整理していくのです。(参照:実務家のための裁判員法入門 現代人分社

六本木ヒルズ・レジデンスの若き住人が、公判前整理手続のOJT的適用により拘置所から帰ってきます。

しかしその関わりのなさそうなニュースは、三年後にひょっとしてわたしたちが裁判員として呼ばれるかもしれない刑事法廷を、手早く整理するために新設された制度によっているという点で、意外にわたしやあなたに繋がっていたりするのです。

 

 

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2006/04/26

自然法という青い鳥のいる場所

三井住友銀、行政処分へ 地位濫用で初 (産経新聞)
「三井住友銀は昨年12月、優越的地位の乱用にあたる違反行為が10数件あるとして公正取引委員会の排除勧告を受けた。金融庁は公取委の排除勧告を踏まえ、三井住友銀に対し、他の融資でも優越的地位の濫用がなかったかどうか報告を要求。三井住友銀は約1万件におよぶ同行の全デリバティブ取引について調査し、今月までに段階的に金融庁に結果を報告してきた。」

公取委57年告示の第15号の第14項1号をご覧下さい。

不公正な取引方法(抄)(昭和五十七年六月十八日公正取引委員会告示第十五号)

「14〔優越的地位の濫用〕

自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次の各号のいずれかに掲げる行為をすること。

一 継続して取引する相手方に対し、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。(以下略)」 

独占禁止法はその19条で「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と定めています。

独占禁止法上にいう不公正な取引方法とは、公正な競争秩序を阻害する行為のことで、独禁法はこれを類型化しています。

類型は公正取引委員会の告示によって行うことが独占禁止法の72条で定められています。

告示により全事業分野における事業者に対して適用されるものを一般指定と呼びます。(特定事業者に関するものを特殊指定といいます)

一般指定はもともと昭和28年の独占禁止法の改正と同時に告示され、かつては12の行為類型を不公正な取引方法として指定していました。

これを旧一般指定と呼びます。

優越的地位の濫用について旧一般指定では、第10項で「自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを利用して,正常な商慣習に照して相手方に不当に不利益な条件で取引すること」とだけ規定していました。

ただ旧一般指定の規定は抽象的・一般的すぎて、どのような行為が不公正な取引方法に該当するか必ずしも明確ではなかったことから、行為類型の明確化を図るため旧一般指定は全面改正され、昭和57年に16の行為類型を不公正な取引方法として指定しました。

これが公取委57年告示、第15号です。

改正された一般指定第14項では,優越的地位の濫用行為を5つの行為類型に整理し,濫用行為の具体化・明確化を行っています。

これによりいわゆる押し付け販売が同項第1号で規制されることがより明確にされています。(参照:大規模小売業告示の解説―独占禁止法による優越的地位の濫用規制 粕渕功

融資を実行する銀行は立場上融資を待つ事業者に優越、場合によってはその事業の成り行きの生命線を握っており、無理矢理金利スワップを購入させるのは公取委告示15号第14項第1号にズバリ該当し、独占禁止法第19条の規定に違反しています。

しかしわたしもあなたもすぐ気がつくように、このような度を超えたパワーバランスによる不公平取引の強要は、今もこの国のあちこちで行われているに違い在りません。(公正取引委員会は常に思わぬ大企業に対して警告を発しています)

スパルタがアテネをやぶり、ローマ帝国を滅ぼしたように、現実に玉座に座った実力者が発表する取り決めこそ法体系なのだとしたら、私たちにできるのは「今回の王の法」を精緻に調べてできるだけ最も強い人に無茶を言わせないようにするだけです。

ただし帝国主義の嵐が世界を燃やし尽くしてからこちら、世界の趨勢は法体系の向こうに「時の王の前にもあるべくしてある秩序」の存在を想起することにしています。

これを自然法思想と呼びます。

それは法実証主義とは世界の解釈の出発点をそもそもたがえており、いつも強い人と弱い人が混在する世界で、優越的地位が濫用されることを不愉快に感じる無言の自律性が万在するのだと見るものです(私見)。

しかしそれは生きていくことの前には、いつも姿が薄すぎて見過ごされてきた、はかない存在でもあります。

それゆえわたしやあなたは生きているあいだ、そうした不具合を少しずつ見つけては、是正していかなければなりませんし、その地道な努力は、”自然法とは、他でもないわたしやあなたの一生のことであったのだ”ということを間際に気づかせるものかもしれません。


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2006/04/25

異形の少年というスイッチと、やわらかい刑法

写真店主殺害:16歳少年逮捕「誰でも良かった」 和歌山(毎日新聞)
「24日午後7時半ごろ、和歌山県高野町高野山、久保田写真館の台所で、経営者の久保田耕治さん(71)が血を流して倒れているのを近所の男性が発見し、119番通報した。既に死亡しており、県警橋本署が殺人容疑で捜査を開始。同11時ごろ、同県在住の高校2年の少年(16)が「高野山で殴ってけがをさせた」と大阪府警四条畷署に出頭し、25日未明、県警に殺人容疑で逮捕された。少年は「(久保田さんが)死んでもいいと思った」「むしゃくしゃした気持ちを晴らすため、誰でも良かった」と供述しており、橋本署は動機などをさらに追及している。」

憲法の31条をご覧下さい。

第31条〔法定手続の保障〕

「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない。」 

1828年、聖霊降霊日の翌日、少年は突然現在のドイツのバイエルンである、ニュールンベルグの町中に汚い身なりで現れました。

直立することも足を動かすこともままならないようでしたが、なんとか前に進もうとしているようでした。

言葉を話せない少年を街の人達や警官達は訝しみましたが、紙とペンを持たせると「Kaspar Hauser」とためらいなく名をしたためたため、それ以後その野生児はカスパー・ハウザーと呼ばれるようになりました。

彼の手には奇妙な手紙が握らされていました。

一通には「この子は 1812年 4月 30日に生まれました。私は貧しい娘でこの子を育てることが出来ません。この子の父は既に死にました。」

今一通は「あなたに忠実にお仕えする一人の子供をお送りします。この子は1812年私の家に置き去りにされていた子です。私は10人の子供を抱える貧しい労務者で家族を養うのがやっとでした。」

どうやら彼は17になるまで、一度も地下牢を出ることなく育てられたらしいということがわかり、町の税金でしばらくは塔のなかで育てられることになりました。

当時の知識層は少年に大変な興味をもち、その後いろいろな人に引き取られることになりますが、ドイツ刑法学の父フォイエルバッハも身元引受人の一人であり、少年の生い立ちや、背景を興味深く調査しています。

少年は徐々に言葉を覚えることと並行するように、たどたどしくも人間らしい感情を取り戻し始めましたが、彼の容姿から、「あの少年は王族の血統なのではないか」という噂も日増しに高くなり、それを裏付けるように二度謎の襲撃を受けました。

実はフォイエルバッハは当時、自由と独立のために筆を執っていたため、これをうとましく思った国王により、アンスバッハの控訴院長に左遷されていましたが、その身分ゆえ少年に関する公にできない情報も多く知り得ただろうことが推測されています。

フォイエルバッハは1832年、それら資料をもとにカスパー・ハウザーに関する本を出版し、そのなかで繰り返し「カスパー・ハウザーはすり替えられた王の子供なのだ」と暗喩していますが、その数ヶ月後フランクフルトで急死しました。

カスパー・ハウザー自身も同じ1833年の数ヶ月後、二度目の暗殺をかわしきれず、フォイエルバッハの後を追うように21歳で命を落としています。(以上参照:カスパー・ハウザー 地下牢の17年 フォイエルバッハ 福村出版

後に近代刑法学の範とされることになったババリア刑法典を起草した彼は、「罪刑法定主義」という重大な刑法の根本原理を産み落としました。

それはあらかじめ罪として定められていた行為でなければわたしたちは罪を問われることはなく、罰されることもないという法理です。

現代に暮らすわたしたちの憲法の中にもそれは31条で表現されています。

罪刑が事前に法定されていない世の中ではわたしやあなたの生きるための自尊心の行方は、王や神の代理人を名乗る人達(官吏)の思惑次第となってしまいます。

罪刑法定主義を刑法の中心に据えるということは、すなわち自分の人生のマスター・キーを王や神の代理人を名乗る人達に渡さないという憲法の国民主権原理を裏打ちする効果をもたらしているのです。(私的解釈)

フォイエルバッハ以前の刑法は法律は完全であるという視点から人間を処断し、権力者による恣意的な運用が行われ、身分による不平等な取扱いがなされ、刑といえば死刑か身体刑しかありませんでした。

これに疑問を持ち、動機の重視や情状酌量の配慮をもって人間の側から刑法を再構成することを促したフォイエルバッハの思想には、17年間人が牢獄で生活させられるとどのようになってしまうのかをまざまざと見せつけた、カスパー・ハウザーの生涯が少なからず影響していると考えられます。(私見)

和歌山県で16歳の少年が激情に身を任せて人を殺めてしまいました。

突然現れた異形の少年を前にしたとき、フォイエルバッハが”柔軟な刑法”という新しいフレームワークを拾い上げたように関わるのか、あるいは”不規則分子による不規則事態なのだ”と全く思考の範疇外におくのか、その選択はわたしたちそれぞれに任されています。


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2006/04/24

インスタントラーメン屋さんへの法的基礎工事

インスタントで全“麺”戦争…全国から百種以上 ラーメン激戦区・中野 (zakzak)
「一見、普通の小さなラーメン店と変わらないのれんをくぐると、壁や棚にインスタントラーメンがズラリと並ぶ。店主の竹中さくらさん(40)は「今のところ100種ちょっとぐらい。もうすぐ、棚を作ってもっと種類を増やす。お客さんは行列ができるほどではないが、結構入ってます。特に夜が忙しい」と評判は上々のようだ。販売網が西日本中心で関東地方ではなかなか手に入らない徳島製粉(徳島市)の「金ちゃんラーメン」を注文すると、あっという間に煮タマゴとほうれん草、メンマがトッピングされたアツアツのラーメンが出来上がり。少年時代に食べた懐かしい味がそのままに再現された。」

(社)全国公正取引協議会連合会による表示に関する公正競争規約 A-31、即席めん類等の表示に関する公正競争規約6条をご覧下さい。

第6条(不当表示の禁止)

「事業者は、即席めん類等の取引に関し、次の各号に掲げる表示をしてはならない。

(1) 客観的な根拠に基づかない「ナチュラル」、「天然」、「自然」、「生」、「フレッシュ」等当該商品の品質が優良であることを意味する表示

(2) 客観的な根拠に基づかない「最高級」、「最優良」、「スペシャル」、「特選」、「高級」等当該商品の品質が優良であることを意味する表示

(3) 客観的な根拠に基づかない「手打風」、「熟成」等製造方法の優良性を意味する表示(以下略)」 

公正競争規約とは、事業者団体が公正な競争の確保と消費者の利益の保護のため、不当な表示による顧客の獲得競争を規制するため自主的に定めているルールです。

業界団体をとりまとめる(社)全国公正取引協議会連合会は苦情の処理や規約不参加事業者の規約への加入促進、関係官公庁との連絡や関係団体との連絡・調整等を行います。

公正競争規約は公正取引委員会の認定を受けることが必要で、これにより独占禁止法上の概念である「不公正な取引方法」との整合性との担保や、公的権威が付与されています。

公正競争規約はたとえば食品には事業者の住所・氏名や原材料名、添加物、期限表示を表示させ、その業界における原材料を強調するような”最高級”などの特定の用語の使用基準を定めています。

乾燥麺類においても、たとえば6条で「ナチュラル」「天然」「自然」「生」「最高級」「特選」「手打風」「熟成」「元祖」などのキャッチフレーズを客観的根拠なく表示する行為を禁止しています。

(以上参照:(社)全国公正取引協議会連合会ホームページ

憲法上、一般的に経済活動における表現の自由は、精神的なそれよりも大きな制約に服すると考えられています。

(これを二重の基準の理論と呼びます。)

体にいいと信じて「天然」表示のあるインスタントラーメンばかりを選んで買っていたあなたが不当表示によって体をこわしてしまう事態を避けるため業界全体で表現方法の自制が許されるのもそれがゆえです。

また営利的視点に立っても、虚偽表示による不当誘引が横行すれば業界全体のパイを結局は腐らせてしまう(信用を失ってしまう)ことにつながりますから、公正競争規約はまさに自主的に設けるにふさわしい規約といえます。

中野にナイス・アイディアなインスタント・ラーメン料理店ができたのだとか。

都内ではなかなかお目にかかれない地方のものもあるということなので、その点にまずお店でインスタントラーメンを食べることに対価を支払う価値を見ることもできそうです。

しかしそれ以前に平成12年に設けられた乾燥麺類に対する公正競争規約が、ニュー・ビジネスに対する信用を基礎工事として厚くしている点も見逃せません。

 

 

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2006/04/23

冷凍みかんの憲法成分表

「冷凍みかん」に熱~い歓声(スポーツニッポン)
「22日に静岡エコパスタジアムで行われたJリーグ「清水エスパルス―浦和レッズ」の直前イベントで「冷凍みかん」というユニークな曲が演奏された。同県出身の大倉沙斗子(24)がリーダーを務める女性3人組バンド「GTP」が登場し、エスパルスと同じ“みかん色”のTシャツ姿で「冷凍みかん 冷凍みかん 冷凍みかん4個入り」と元気よく熱唱。3万人以上集まった客席からも手拍子が鳴った。」

学校給食法の第6条をご覧下さい。

第6条(経費の負担)

「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。

2 前項に規定する経費以外の学校給食に要する経費は、学校給食を受ける児童又は生徒の学校教育法第22条第1項に規定する保護者の負担とする。」 

わたしやあなたが暮らす国の憲法の26条1項には、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と規定されています。

これを抽象的に「教育を受ける権利」と呼んでいます。

そして教育を受ける権利の具体的内容の1つとして、26条2項には義務教育が無償で受けられる権利が定められています。

ところでこの義務教育の”無償”という言葉の範囲には学説上の争いがあります。

ひとつにはそれは授業料の無償を意味するのだと考える説、今ひとつには文字通り一切の費用を無償とすべきなのだと考える説です。

世界的な流れとしては、教育に関する費用は一切を無償としているのが主流なのだといわれます。(それどころか、学生はほとんど医療費を払わなくてよい国もあります)

我が国の最高裁昭39年2月26日判例によれば、26条2項にいう義務教育の無償の意味は、保護者から国が義務教育を提供することに対価を徴収しないという意味なのだという解釈を明らかにしています。

つまりそれは純授業料の不徴収を意味し、その他経費は親が負担しても憲法には違反しないのだということです。

国家以外に、親にも一定範囲の教育の自由を肯定する以上、教育のコストも一定程度負担してもらうことには合理性があるというのがその根拠のひとつです。

学校給食法もその6条で、学校給食における施設やその経費、学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とし、それ以外の学校給食に要する経費は、学校給食を受ける児童や保護者の負担とするのだと費用を分担しています。

学校給食は明治22年、山形県で貧しさに苦しむ子どもたちに小学校が昼食を与えはじめたのが日本におけるそのはじまりだといわれています。

敗戦後の日本中が飢えに苦しんだ焦土の時代を耐え、昭和29年には国会で「学校給食法」が成立、公布されています。

給食といえども教育に関わることが法律で決められるのは重要な意味を持ちます(これを教育法律主義と呼びます)。

それがなければこどもたちの教育は、国家の中枢に座った人達の思惑次第になりかねないからです。

学校給食の定番デザート、冷凍みかんを歌った歌が、印象的リフレインをもって全国的な流行の兆しをみせはじめています。

それを口の中で一生懸命とかしていた当時は気がついていませんでしたが、実はその冷たい房の片割れは国家が、もう片割れは親が分担していていくれたことにも今のわたしたちなら思い至ることができるのです。

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2006/04/22

ゾーン:廃墟の中の楽園

野生はチェルノブイリを意に介さない
Wildlife defies Chernobyl radiation(By Stephen Mulvey BBC News)
「"A lot of birds are nesting inside the sarcophagus," he adds, referring to the steel and concrete shield erected over the reactor that exploded in 1986. 」

(私訳)
「たとえばたくさんの鳥たちが石棺の内部に巣作りをしているんだよ」彼は1986年に爆発したリアクタを覆う、鋼とコンクリートのシールドを引き合いに出して言った。」

電気事業法の55条3項をご覧下さい。

第55条(健全性評価の義務)

「3 定期事業者検査を行う特定電気工作物を設置する者は、当該定期事業者検査の際、原子力を原動力とする発電用の特定電気工作物であって経済産業省令で定めるものに関し、一定の期間が経過した後に第39条第1項の経済産業省令で定める技術基準に適合しなくなるおそれがある部分があると認めるときは、当該部分が同項の経済産業省令で定める技術基準に適合しなくなると見込まれる時期その他の経済産業省令で定める事項について、経済産業省令で定めるところにより、評価を行い、その結果を記録し、これを保存するとともに、経済産業省令で定める事項については、これを経済産業大臣に報告しなければならない。」 

チェルノブイリ原子力発電所事故は1986年4月26日、旧ソ連ウクライナ共和国で起きました。

外部電源が遮断された非常時のための実験を行おうとしていた作業員達はこれに失敗、原子炉は暴走し原子力発電史上最大の爆発を起こしました。

人類は原子炉をすべてコンクリートで埋め固めてしまう対処療法以外になす術をもたず、あとは百年単位で放射能が自然除去されることを待つしかありませんでした。

そのコンクリートで固められた元4号炉を通称「石棺」と読んでいます。

いまもそこでは高濃度の放射能汚染が続いており、横切るのは野良犬の姿だけだ、たしかそう最近まで伝えられていたはずですが、実はそこでは野生がもっとも恐れる天敵、人間が存在しえない聖域として、多くの野生動物の楽園が編纂されはじめているのだとBBCが新たに伝えています。

夢が全てかなうという謎の空間、”ゾーン”をアンドレイ・タルコフスキーが79年に描いたSF映画『ストーカー』では、廃墟のなかのその不思議な空間だけはカラーで描かれましたが、まさにそれを地でいくかのように、人間にとっては最も恐ろしいはずの空間の中心で色鮮やかな野生の命の饗宴が、人知れず始まっているようです。

日本の原子力発電所でも安全を期するため、定期的に停止して定期検査を行うことが法律で義務付けられていますが、実は過去においてその定期検査中にみつかった不具合などが国家に報告されていない事例が多数みつかりました。

これをうけて電気事業法は平成14年に改正され、55条には発見されたひび割れ等の進展を予測し、安全性の評価を行う「設備の健全性の評価」を義務づける”3項”が新たに追加されています。

わたしやあなたの住む場所に人の近づけない灰色の廃墟が現れ、その中に極彩色の人外魔境、”ゾーン”が現れること、電気事業法55条3条が禁忌と見るのもそうした状況です。

法理メール?

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2006/04/21

ナスカの地上絵と刑法に残った文様

ナスカで地上絵を新発見 台地全体で100種(産経新聞)
「世界遺産に登録されている巨大な地上絵で有名なペルーのナスカ台地で、山形大人文学部の坂井正人助教授(文化人類学)らの研究グループが約100種類の地上絵を新たに発見した。直線や三角形などの幾何学模様のほか、土器の文様のようなデザインの絵も見つかった。研究グループは「全体像の解明を進め、保護につなげたい」としている。付近には車が走った跡も見つかり、新たに見つかった地上絵の一部が破壊されていた。土器の文様とみられる地上絵は先端がカールした動物の二本の角のような形をしており、ナスカ文化が栄えた紀元前100年―紀元600年ごろの土器によくみられるデザイン。豊作の儀礼に関係していると考えられるという。」

刑法の11条1項をご覧下さい。

第11条(死 刑)

「死刑は,監獄内において,絞首して執行する。」

原始社会ではトーテムポールのようなある種のシンボルがその社会を覆う文化を位置付ける焦点になりえます。

そしてひとつの村にとってそのシンボルがどう重要なのかは、それがどのような神秘的な経験を通して出現したものなのかという点にかかってきます。

アメリカ大陸では、南北の遊牧部族の中で大きく幻視体験がそうした機能を果たしてきました。

メスカリンを食み幻視のなかで神や霊と会話を繰り返すメキシコインディアンとカルロス・カスタネダの有名な連作もあります。

原始社会のなかで幻視体験の獲得技術とその解釈はやがて高度に発展していきます。

それは幻覚植物ばかりでなく、たとえば蒸されたテントのなかでみる幻視体験であったり、自らの体に鉤針をつきさして回転する木につり下げられる激痛の中で見る幻視であったりします。

彼にいったん精霊のヴィジョンがもたらされれば、彼の存在意義とと役割が幻覚のなかから現実の部族社会にもたらされることになります。

時に幻視体験を通じてもたらされる特別な文様は精霊のいでます口となり、豊穣や戦闘の勝利の祈りとして土器や体、大地に直接刻まれます。

ナスカの大地に新しく発見された呪術的文様も、ネイティブアメリカンに”高きものたち”とよばれるような存在への呪術的メッセージであったのではないか、そう思わせるような壮大な規模と複雑なデザインをもっています。

ところでわたしやあなたの国の古代の刑法も、「復讐の思想」が基盤だとされる西洋の刑法の起源にくらべ、より呪術的・宗教的なものであったといわれています。(参照:刑法総論講義案 裁判所書記官研修所監修 司法協会)

日本で最初の成文の刑法は、大化の改新の後、701年の中国法を継受した大宝律でした。(大宝令が民事法でした)

その後律令制度の崩壊とともにその実効性は失われ、平安時代中期以降は、検非違使庁の判例(庁例)を中心とした慣習刑法がこれにとって代わることとなったのだといいます。

ちなみに古代刑法では死刑という規定はあってもめったに実行はさず、もっぱら流刑が用いられたようです。

対して現代刑法には11条1項という、れっきとした法律が人を殺す規定が設置されています。

それがなぜ終身刑であってはならないのか、いかような絶対価値をもって、人間が同じ人間の生命を冷静に刈り取ることが許されているのか(あるいは肯定論者からは「何故それが許されないといえるのか」)、よくよく考えるほど正解が遠い難解な論点がそこにはいくつも転がっています。

ただし原始刑法が宗教的・呪術的であったというのは、余計な詮索がゆるされないという点で機能したであろうことは妙に得心がいき、現代刑法の底にもそうした潮流を受け継いでいないという保障もありません。

ナスカの地上絵は現代科学をもって眺むれば、作物の豊穣とは何ら因果関係をもたない壮大な錯覚だったのだとなるでしょう。

しかし同時に私たちの現代刑法が描く文様、11条1項が、遠い未来からの評価においてひとつの幻視体験だったのだと評価されないとも、またいえないのです。

法理メール?

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2006/04/20

法隆寺が問いかける命題と証明の失敗

法隆寺の東大門に落書き、文化財保護法違反容疑で捜査(Yahoo)
「19日午前11時45分ごろ、奈良県斑鳩町の法隆寺で、東大門(国宝)のヒノキ製の柱に「みんな大スき」と彫られた落書きがあるのを土塀を測量していた県教委文化財保存事務所職員が見つけた。県警西和署は、悪質ないたずらとみて文化財保護法違反などの疑いで調べている。調べでは、落書きは縦約50センチ、幅約8センチ。高さ約1メートルの位置で、石のような硬いもので刻まれたらしい。寺によると、午前7時の開門時には異常はなかったという。法隆寺では今年2月、西室(同)の木製格子が切り取られ、室内にあった文殊菩薩(ぼさつ)像(同)の模像が盗まれる事件が起きている。

文化財保護法の195条をご覧下さい。

第195条

「重要文化財を損壊し、き棄し、又は隠匿した者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は30万円以下の罰金に処する。」

文化財保護法とは、文化財を保存・活用し、わたしやあなたの文化的充足を図るとともに世界文化に貢献することを目的として制定された条文群です(1条)。

文化財保護法が保護する文化財は、有形文化財、無形文化財、民俗文化財、記念物、文化的景観、伝統的建造物群に分類されます(2条)。

法隆寺の東大門は単なる重要文化財ではありません。

それは重要文化財の中から、とくに価値の高いものを文化審議会の答申にもとづき指定された国宝です。

そもそもこの文化財保護法は、今回らくがきが刻まれた法隆寺自身の昭和24年に起きた火災が契機になって立法されています。

このときの火災は1300年の歴史を持つ壁画を一瞬で瓦礫と化しています。(その日、1月26日は今も「文化財防火デー」として定められています)

「みんな大スき」というフレーズは思春期に近い人の犯行を想像させますが、思春期とは一面で、自分の責任と自分を囲む状況との関連性をなんら実感できない季節だともいえます。

そこに用意されているアスファルトやビルディングや車や学校や東大門のような重要文化財は、物心がつくとすでにそこに用意されていたものであり、それを毀損することの責任が自分自身にペイバックされることをイメージし難いものです。

失敗を経験した絶対時間数が少ない以上、それは無理からぬところがあります。

天才にとって状況との接続性を実感できない季節は、格好の創造の舞台となるかもしれませんが、たとえばわたしのような凡人にとってそれはお寺さんの門に思い出を刻んでみるようなちょっとしたスリルによる暇つぶしが必要な季節であったかもしれません。

今後どうすれば結果として文化財を落書きから守っていけるのか。

それは誰でもない、自分の状況と自分の責任の接続性をすっかり認めているわたしやあなた、そして文化庁に対して法隆寺から何度も問いかけられている命題だといえます。

少なくとも文化財保護法という公理では国宝の安全という命題を証明できていないことを、認識すべき時期にはきているようです。

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2006/04/19

4月81日に出された手紙が持ち去る財産

消印は「4月81日」=京都の郵便局で誤植1500通(Yahoo)
「日本郵政公社近畿支社は18日、京都市山科区の山科郵便局(中村孝志局長)で、封書など普通郵便物の消印日付の誤植が起きたと発表した。本来は「4・18」と印字すべきだったが、「18」の文字板が上下逆さまになり、「4・81」に見えるように印字された。誤植のあった約1500通は既に配送に出してしまったという。」

民法の527条をご覧下さい。

第527条〔申込取消しの延着と通知〕

「申込の取消の通知が承諾の通知を発したる後に到達したるも通常の場合に於ては其前に到達すべかりし時に発送したるものなることを知り得べきときは承諾者は遅滞なく申込者に対して其延著の通知を発することを要す

承諾者が前項の通知を怠りたるときは契約は成立せざりしものと看做す」

離れた場所にいる人どうしが郵便物などで交渉して契約を成立させる場合いろいろとややこしい状況になりがちです。

このような遠いところにいる人同士の契約のことを民法は隔地者間の契約と呼び、いくつかの特別な規定を用意しています。

たとえば京都のデベロッパーが風光明媚なマンションを格安で売りたい旨を、東京に住むあなたに書面で申し込んできたとします。

もしマンションの価格が突然高騰したとしたら、申込が到達する前ならデベロッパーは電話かなにかでそれを撤回することができます。

この97条1項が定める隔地者間契約の原則のことを、到達主義と呼んでいます。

ただたとえば「承諾期間は10日です」と定めてあれば、521条1項でその期間だけは取り消せないことになっています。

一方承諾期間を決めていない申込なら、524条が「承諾の通知を受くるに相当なる期間」だけは撤回ができないことにしています。

仮に承諾の期間をとくに決めずに京都のデベロッパーから申込の書面が4月の10日に発送され、それが4月12日に東京のあなたのもとに届いたとします。

デベロッパーが返事を受け取るまでの「相当な期間」を仮に 10日間とすると、デベロッパーがその申込を撤回できないのは申込発信日の10日から数えて4月19日までです。

あなたのほうは21日になってから承諾の返事を東京から出しました。

しかしデベロッパーのほうは実はマンション相場の突然の暴騰に驚き、申込の撤回の書面を4月18日にあわてて送っており、本来それは20日には東京に到着していたはずでしたが郵送事故で 22日になってやっと届たとします。

物理的に申込の撤回が届くことが承諾の日に遅れてしまったとはいえ、デベロッパーとしては「18日に撤回の書面を発送しているから、まさか安売りで損をすることはあるまい」と安心していたはずで、郵便事故だからしょうがないとだけ言われても納得できないでしょう。

527条はこのような事案を調整するために、承諾の前に撤回の通知が普通届いていただろうと推察できた場合には、撤回の通知が遅れたことを連絡しなければ契約が成立しないと決めています。

そして連絡の要否の重要な判断基準となるのが、京都のデベロッパーから届いた撤回通知の発信日の消印、「4月18日」です。

京都の郵便局が、本来4月18日消印の郵便物に4月81日の消印を押して1500通を配送してしまったと、とても穏やかに報道されていますが、郵便物のなかにはその消印が互いの重要な財産の行方を決めるものもあります。

ありえない日付の消印ひとつをもって裁判所が判断を決めることはありませんが、消印のいい加減な取り扱いは隔地者間の契約では「面白い消印の郵便物が届いた」では済まない事態も起こしえることに注意が必要です。

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2006/04/18

わらしべ長者の資質は熱意と誠実

ネット版わらしべ長者への道--ペーパークリップは家一軒に化けるか(CNET Japan)
「MacDonald氏のこれまでの経過は以下のようになっている。
- ペーパークリップを魚の形をしたペンと交換
- 魚の形のペンを面白い顔の付いた陶製のドアノブと交換
- 陶製のドアノブをキャンプ用のコンロと交換
- コンロを発電機と交換
- 発電機をビヤ樽付き「パーティーセット」と交換
- 「パーティーセット」をスノーモービルと交換
- スノーモービルをカナダのブリティッシュコロンビアへのパッケージ旅行と交換
- 旅行を小型トラックと交換
- 小型トラックをレコーディング契約と交換
- レコーディング契約をフェニックスにある賃貸住宅と交換 」

民法の545条1項但書をご覧下さい。

第545条〔解除権行使の効果〕

「当事者の一方が其解除権を行使したるときは各当事者は其相手方を原状に復せしむる義務を負う 但第三者の権利を害することを得ず」 

わたしたちの国の民法における交換契約とは、お金以外の財産権をお互いに移転させることを約束することで成立する契約のことをいいます。

民法では586条で、「交換は,当事者が互いに金銭の所有権以外の財産権を移転することを約することによって,その効力を生ずる」と定めています。

ただし交換というのどかな景色にも、民法559条によれば売買の規定が準用されることになっており、交換する当事者たちは売主と同様の義務を負うことになります。

とくに交換といえども、担保責任を負うことに注意が必要です。

もともと売買契約における担保責任規定とは、その有償性から相手方の信頼を保護し、かつ、取引の迅速な処理をはかろうとした趣旨のものです。

金銭を介在させない物々交換は外見上牧歌的に見えますが、財産を一旦貨幣に化体させず直接譲渡するだけでその重要度はなんら売買と変わりがなく、559条が交換契約にも売買契約のシビアなルールを準用しているのはそういう意味だと考えられます。

仮にペーパークリップを魚の形のペンと交換し、魚の形のペンをドアノブと交換したとします。

ところがペーパークリップを受け取った人が、「このペーパークリップは、彼が説明したような特別に使いやすく設計された外国の珍しいものなどではなく、むしろ安物でまったく使い物にならないペーパークリップだ」と気がついたとしましょう。

(ちなみに契約そのものの成立に契約書のような紙は本質的に必要ありません。)

交換契約も有償契約であるので売買の規定が準用されますので、ペーパークリップを渡した人は受け取った人から売主の担保責任における解除権を行使される可能性があります。

つまり「あのようなヒドいものを渡された以上、交換はナシだ」とされるのです。

ところが手渡した魚の形のペンはすでにドアノブと交換されてしまっています。

そうするともともとの魚のペンを持っていた人はドアノブを差し出して魚のペンと交換した人に対して「問題があったので、魚のペンを返して欲しい」といえるのかが問題になります。

ここで日本の民法を開いてみれば、その545条1項但書には、「解除権の行使は第三者の権利を害することができない」と書いてあります。

つまりすでに魚のペンを入手した第三者が、そのペンに関して利害関係を再び他者と結んでしまっているような場合、元の持ち主から「問題があったからペンを返して欲しい」とはいわれないことになっているのです。

第三者保護のため、理を超越して設置されているような特別法的立場の545条1項但書に阻まれると、結局魚のペンの元の持ち主はそこであきらめざるを得なくなります。

カナダのMacDonaldさんは”熱意”だけを原資に、赤いグリップを次々と物々交換しはじめ、着々と家一軒に化ける方向に向かっています。

ただ日本で同じ行為をもくろみ手に入れた家でいつまでも安全に暮らすためには、545条1項但書の向こう側に残してきた人達が皆笑顔でいてくれるように、資質として”誠実”も要求されることは言うまでもありません。

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2006/04/17

嗜癖というターボチャージャーが唸りを上げる

ギャンブル性が高すぎて客が半減したパチンコ30兆円の行方(朝日新聞 be report)
「社会経済生産性本部の「レジャー白書」によると、90年代前半に3000万人のパチンコの「参加人口」は04年度には1790万人と、半分近くに減った(表(1))。 この間にパチンコ・パチスロは、当たる時には何十万円分も出るような射幸性が高い機械がもてはやされ、短時間に何万円も使ってしまう遊びになった。客が減ってもホールの売上高が年間30兆円前後を維持してきたのは、射幸性を高め1人当たりの売上高を増やしてきた結果だ。 」

風適法施行規則の7条第1項表をご覧下さい。

風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行規則

第七条(著しく射幸心をそそるおそれのある遊技機の基準)

「法第四条第四項 の国家公安委員会規則で定める基準は、次の表の上欄に掲げる遊技機の種類の区分に応じ、それぞれ同表の下欄に定めるとおりとする。

ぱちんこ遊技機

一 一分間に四百円の遊技料金に相当する数を超える数の遊技球を発射させることができる性能を有する遊技機であること。

二 一個の遊技球を入賞させることにより獲得することができる遊技球の数が十五個を超えることがある性能を有する遊技機であること。

三 一時間にわたり遊技球を連続して発射させた場合において獲得することができる遊技球の数が発射させた遊技球の数の三倍を超えることがある性能を有する遊技機であること、その他短時間に著しく多くの遊技球を獲得することができる性能を有する遊技機であること。(以下略)」 

風適法施行規則は風営法及び風適法の規定に基づき、並びに同法を実施するため定められた細かな決まりです。

パチンコ屋さん、いわゆる風俗営業を行おうとするときには風俗営業許可というものを、都道府県の公安委員会から受けなければなりません。

パチンコ屋さん開業の場合、風営法の他に風適法が以下のような決まりを守ることを要求されます。

それは許可証を掲示する義務があること、営業時間が規制されること、必要以上に薄暗くしてはならないこと、著しく射幸心をあおる広告をしないこと、騒音を基準以下におさえること、料金をはっきりと明示すること、 18歳以下の子供を立ち入らせないこと等々です(まだまだたくさんあります)。

さらにパチンコ台そのものに対しても、施行規則7条1項の表で厳しい基準が設けられており、これに違反した人は風適法49条3項1号で6月以下の懲役又は 50万円以下の罰金、併科となります。

法がこれほどにパチンコ産業への厳しい枠組みを決めているのは、そのビジネスモデルが射幸心を煽るところにあるからです(私的解釈)。

しかし一時の憂さ晴らしに射幸心を煽られてみるならば、それもひとつの遊興と割り切れますが、ひとたび歓迎されざる無意識要因と結びついてしまえば、それは嗜癖と呼ばれることになります。

嗜癖とは一定対象をクセにしてしまう心の機能のことで、たとえばお酒やタバコ、薬、カフェインそしてギャンブルなどがその対象になりやすいものです。

射幸心とは文字通り幸福を射止めようとする心理であり、だとすれば「自らの力ではそのような大きな幸福を手にすることはできない」という自分への負の刷り込みが強いほど、ギャンブルというチラチラ光る的へ射る矢の数はめっぽう多くなるはずです。

法がやたらとギャンブル性の高い遊技台を禁止したり、音のボリュームや派手な広告まで一定程度に規制しているのは、その立法以前にギャンブルという魅力的な的が、強い負の刷り込みを持つ人の心と異常に強く繋がってしまうことで起こった社会的悲劇を多く学習してきたからです。

一旦その関係が成立してしまえば、ギャンブルを生活を破壊しない常識内の遊興額に納められるか、家で待つ子供のために常識範囲内の時間で切り上げられるかは、もはやその人の常識を責めることはできないアディクションのレベルになってしまいます。

ケータイメーカーがマナー問題を訴え、タバコメーカーが環境問題を訴え、パチンコの業界団体が依存に関わる社会問題の解決に本腰を入れだしたのは、ビジネスを加速させる強烈な過吸気システムである人間の「嗜癖」が、そのビジネスモデルの内燃機関自体に強い負担を強いはじめてきたからにほかなりません。

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2006/04/16

少年法のない空間でマスカレードを踊ろう

兄弟げんか:高1長男死亡、中2二男を補導 長崎(毎日新聞)
「15日正午ごろ、長崎市のマンションに住む女性(41)から「子供が兄弟げんかをして、兄がぐったりしている」と119番があった。市消防局の救急隊が駆け付けると居間にいた高校1年の長男(15)は既に心肺停止状態で、病院に搬送したが午後3時35分に死亡した。長崎県警稲佐署は長男を殴ったりけったりしたとして中学2年の二男(13)を補導、傷害致死の非行事実で県中央児童相談所に通告した。調べでは、同日午前11時50分ごろ、テレビゲーム機の後片付けを巡り、長男が二男に「ゲームをしないなら片付けろ」と注意したところ、二男が「うっとうしい」と反論。長男が手を出して取っ組み合いのけんかとなった。二男が長男の腹を足でけったり、頭や腹を手で殴り続けたところ、ぐったりしたという。長男には外見上の出血はなく、司法解剖して死因を調べる。」

少年法の第3条をご覧下さい。

第3条(審判に付すべき少年) 

「次に掲げる少年は、これを家庭裁判所の審判に付する。
一 罪を犯した少年
二 十四歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年
三 次に掲げる事由があつて、その性格又は環境に照して、将来、罪を犯し、又は刑罰法令に触れる行為をする虞のある少年
イ 保護者の正当な監督に服しない性癖のあること。
ロ 正当の理由がなく家庭に寄り附かないこと。
ハ 犯罪性のある人若しくは不道徳な人と交際し、又はいかがわしい場所に出入すること。
ニ 自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること。

2 家庭裁判所は、前項第二号に掲げる少年及び同項第三号に掲げる少年で十四歳に満たない者については、都道府県知事又は児童相談所長から送致を受けたときに限り、これを審判に付することができる。」 

少年法とは、非行少年への調査・審判の手続とその処分が規定してある法律です。

少年法にいう非行少年とは、3条にある犯罪少年・虞犯少年・触法少年の総称です。

うち犯罪少年とは3条1項1号にある罪を犯した少年のことであり、虞犯少年とは同条同項2号にいう14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年のことであり、更に触法少年とは同条同項3号にいう一定の言動等から将来刑罰法令に触れる行為をするおそれのある少年のことをいうことになっています。

兄弟喧嘩で兄を殺してしまった13歳の少年は検察官を介在させることなく児童相談所に通告されましたが、家庭裁判所は果たして児童相談所所長がこれを送致してくるまで彼に対して審判権を行使することはありません。

それは単に家庭裁判所の審判権の範囲を画するためではなく、彼の責任能力の限界をも加味したものであり、行為時に刑事責任年齢に達しない人の処置をまず児童相談所に考えさせる趣旨だからです。(広島家庭裁判所 決定 昭和45年5月18日)

ここで刑事責任年齢とは、刑法41条にいう14歳未満の人のことであり、彼らには刑法のいう責任を問い得ません。

刑法にいう責任とは、「普通の常識人ならそのような行為はしないだろう」と社会から非難を受けるに値する条件のことで、たとえば自分が今どんな行為をしているのか未だよく理解していない年の子供の起こした結果に対して、国家は唐突には刑罰という石を彼に抱かせることはありません。

それは酷だからというよりも、反法規行為があれば責任があろうがなかろうが即処罰するのだという統治アルゴリズムのごときは、権力受託者(国家)と権力委託者(国民)との関係において健全な状態だとは言い難いためです(私的解釈)。

同じ趣旨でたとえ刑法にいう14歳、すなわち責任能力が問い得る年齢になっていた人が罪を犯したとしても、刑法に優先する特別法である少年法が出てきて、 14歳以上 20歳未満の人を原則保護処分に科することにしています。

少年時代とは一面で、その裸の感情を臆面もなく露出させることによって必然的に自らも傷を負い、多くを学んでいく実験場です。

もし社会にそのような学習時期が法律的にも確保されていなければ、裸の感情と社会の限界までの距離を知り得ないまま大人になってしまった人達ばかりによる、仮面舞踏会のような脆く白々しい毎日が訪れることになります。

わたしやあなたがたくさんの傷を負いながら、なんとか自分の裸の感情と社会性を併存させて生きてこれたのも、権力受託者と委託者間の法律的緊張が保たれていたからかもしれません。

少年法が非行少年を厚く保護しすぎていると大人になったあなたやわたしが感じる瞬間があったのなら、自分の歴史を振り返る価値はありそうです。

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2006/04/15

執事喫茶の予言する直裁的な未来

メード喫茶ならぬ「執事喫茶」が登場(朝日新聞)
「お嬢様、お帰りなさいませ」。メード喫茶ならぬ「執事喫茶」が東京・池袋に先月末に開店し、若い女性に人気だ。原則予約制だが、数日先まで予約でいっぱい。赤いじゅうたんにシャンデリア。「お屋敷」と呼ばれる店内で、客は「お嬢様」として「執事」役から軽食を振る舞われる。時間は80分で「お出かけの時間です」が退店の合図。 一人のOLの思いつきがきっかけ。「メード喫茶の逆バージョンがあっていいのに」。ブログで呼びかけると大反響。4カ月で開店にこぎつけた。あまりの人気に執事役が不足し、「60歳以上大歓迎」とシルバー人材を急募している。 」

個人情報保護法の16条1項をご覧下さい。

第16条(利用目的による制限)

「個人情報取扱事業者は、あらかじめ本人の同意を得ないで、前条の規定により特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならない。」

マーケティングとは現在非常に広い意味を持って使われている言葉ですが、個人的には”事業が回転するしくみの構築、その全て”をいうのだと理解しています。

そしてマーケティングの第一段階として絶対にはずせないのが、「自分の始めようとしているビジネスにどれだけの興味を持つ顧客が見込まれるのか、あるいは作り出し得るのか」という事前調査です。

自分の持つルアー(新サービス、新商品)に興味を持つ魚のいない川では、いかに高価な竿をたれようとも釣果は期待できないからです。

これまでは市場調査会社は個人情報を自由に転用、売買していました。

しかし一旦採取されたそれらの情報が無分別に二次利用、三次利用されたり、あるいは緊張のない管理体制下でデータが漏洩し思わぬ業態の会社からダイレクトメールが届いたりする事態は決して望ましい社会とはいえませんでした。

あらゆる情報が電子化された今、個人情報の組み合わせは、第三者がわたしやあなたに有無をいわさずアクセスするための命令構文のサブセットとして体を為しつつあります。

そこで個人情報の意義を現代において再定義した国家は、2003年5月30日に個人情報保護法を用意、ある程度大きな規模の個人情報を扱う事業者に、その不正な取得の禁止や、同意のない第三者への提供の禁止などを義務づけました。

新法の前に、現在では個人情報と聞けばあらゆる企業がセンシティブな対応をせんと努力しているところです。

法16条は事前に明示した情報採取目的以外の流用を禁じ、懸賞などを装って個人情報をマーケティングに二次利用、三次利用することを抑圧しています。

これにより新規事業や新商品を投入する際にも、市場の興味を調査することは以前ほどだらしない態度ではできなくなりました。

しかしそれは最低レベルに帳尻を合わせたというだけのことであり、その法律をわたしたちが法の趣旨どおりに運営できるものなのか、それはあと数年推移を見守ればはっきりしてくるでしょう。

執事喫茶なる新しいアイディアがその有用性をブログの世界で一人の女性会社員から問いかけられ、熱い共感の声が集まった結果その立ち上げにすばやい速度で成功しています。

それは新規事業案が発表されたブログのコメント欄に、思わぬ形で潜在市場の調査結果が報告されたのと同義であり、個人情報保護法の案ずる危険因子を通過せずとも、市場の嗜好は素早く現実化しうるという幸福な予言でもありそうです。

だれもが自分の情報を駄々漏れさせられる可能性のあるインターネット社会は、同時に誰もが自分の要求を直接起業家予備軍に伝えることができる機能もそなえているのだと表現しはじめています。

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2006/04/14

複利:見えざる地上の主

金融庁、アイフル全店の業務停止命令へ・3―25日間 (日本経済新聞)
「金融庁は13日、消費者金融大手アイフルに対し、強引な取り立てが相次いだことを理由に、国内約1700のすべての営業店舗を対象に3―25日間の業務停止命令を出す方針を固めた。消費者金融大手に対して全店を対象に業務停止を命じるのは初めてで、異例の厳しい処分になる。消費者金融の規制強化の議論にも大きな影響を与えそうだ。 行政処分は14日にも発表する。強引な取り立てのほか、契約者から無断で委任状を取っていたことなどが貸金業規制法に違反したと判断したもよう。業務の停止は、違法な行為があった北海道や九州など5店が20―25日間、その他の全店が3日間。業務停止期間中も開店し、利用者の自主的な借金返済を受け付けるが、新規の貸し出しや勧誘、貸し出しの回収などそのほかのすべての業務ができなくなる。」

貸金業規制法の20条をご覧下さい。

貸金業の規制等に関する法律

第20条(白紙委任状の取得の制限)

「貸金業を営む者は、貸付けの契約について、債務者又は保証人から、これらの者が当該貸付けの契約に基づく債務の不履行の場合に直ちに強制執行を受けるべきことを記載した公正証書の作成を公証人に嘱託することを代理人に委任することを証する書面を取得する場合においては、当該貸付けの契約における貸付けの金額、貸付けの利率その他内閣府令で定める事項を記載していない委任状を取得してはならない。」 

貸金業規制法は、サラ金問題がきっかけになり、貸金業者について登録制を実施し、業務の適正な運営を図り、資金需要者の利益を保護することを目的に、昭和58年に作られました。

同法は貸金業者に契約条件を店内掲示させ、契約時には書面を作成・交付させ、これらに違反、または誇大広告、威圧的取立てをした時には、行政上または刑事上の制裁を与えます。

その20条では、白紙委任状をとることを厳格に禁止しています。

20条にいう委任状とはお金が払えなくなったとき強制執行を受けますという公正証書の作成を委任してしまう書面のことです。

本来、委任状には、当該貸付の契約における貸付の金額、貸付の利率その他内閣府令で定める事項が記載されていなければなりません。

20条は貸金業者に債務者や保証人から、法定事項を記載していない委任状を取得してはならないというちゃんとしたきまりを課しています。

ただ継続的に金銭を借りたり返したりする契約では、一定期間の間、借りている元本の額が増えたり減ったりすることがあります。

もし債務の根保証について、限度額さえ定めてあったならば、最初に作成した委任状に元本金額や利息などが未記入だとしても 20条違反にならないという解釈は果たして成り立つでしょうか?

もしあなたが登録貸金業を営んでいて、根保証は元本金額を特定することが不可能である以上、白紙委任状も20条違反にならない裏技だと考えていたとしたら、その解釈は全く誤りです。

釧路地方裁判所も平成9年9月29日に次のごとく判示しています。

「右委任状により作成が嘱託されるべき公正証書の内容については、少なくともその債務の元本金額が未確定であったものというべきである。

そして、その後、原告と被告会社との聞で、執行認諾の対象となる債務額を確定した上で公正証書の作成嘱託が委任された事実を認めるに足りる証拠もない。

そうすると、原告の委任により被告会社がなすべき代理行為の内容が一義的に確定していないことになり、原告の代理人として選任された被告会社の従業員が最終的に公正証書に記載されるべき原告の連帯保証債務額を決定することになるから、そのような本件公正証書作成嘱託の代理行為は、民法108条の規定する双方代理の禁止に抵触する無効なものというべきである。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件公正証書は無効なものといわざるを得ない。」(以上参照:新版 判例貸金業規制法 みやこ法律事務所 長尾治助 法律文化社)