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2007/02/28

村八分という法の隠し子

「村八分」訴訟、地区長らに賠償命じる判決 新潟の集落(朝日新聞)
「判決によると、原告の1人が04年4月、集落主催のイワナつかみ取り大会をめぐって「準備と後片付けでお盆をゆっくり過ごせない」「被告の1人がイワナ購入にあたって村の補助金を水増し請求している」との理由を挙げて運営から離脱。被告側は「集落の決定に従わなければ村八分だ」などと迫ったが、最終的に計15人が脱退した。これを機に、被告らは同年6月から集落内の山菜・キノコの採取や集落所有物の使用を禁止。ゴミ収集箱に鍵をかけて見張り、役場などの回覧板も回さなかった。 」

民法の709条をご覧下さい。

第709条〔不法行為〕

「故意又は過失に因りて他人の権利を侵害したる者は之に因りて生じたる損害を賠償する責に任ず」 

法律を政治の手から切り離し、法は法、政府は政府と別の話にすることが、「法の支配」の肝の部分です。

なぜならそうした定義さえしておけば、わたしたちが法を盾に時の為政者と争うことが真っ当な行為になるからです。

これが力の論理にわたしたちの真の価値を押し潰させない、「法の支配」のとても大事な機能です。(私見)

ただし村落など閉鎖的コミュニティでは、この国家法に独立地位を与えておくという道理が理屈が通俗として影響できてこなかった空間もあります。

その典型露呈が村八分です。

村八分とは、村が特定の人や家族を共同生活から排斥してしまう強烈な私罰をいい、その別名を共同絶交ともいいます。

そうした事態が一旦裁判所に持ち込まれれば、国家法は私罰を認めるわけにはいきません。

事実過去の判例においても、村八分という状態は刑法上は222条の脅迫罪(昭和9年3月5日)、民法上は709条の不法行為(大正10年6月28日)になると結論づけられています。

しかしわたしたちの暮らす国では古くから、裁判所にコミュニティの問題を持ち込む前に、コミュニティ自身で問題解決を図ろうという意図が働いてきました。

そこには殿様が作った法律が支配する白州の裁きに対する、長年の不満があったかもしれません。

村の掟は国の掟に干渉されないよう表には出されず、その分だけ時間をかけて構成員に抗いがたい頑強なものになっていきました。

同じように為政者による法に不満があった欧州で個人のために法の支配が生まれ、わたしたちの国では村の掟が強固化していったのは、個人の前に「場所」がある、アジア独特の思考順序があったかもしれません。(私見)

法の支配が日本国憲法に現れた現在でも、わたしたちは安全のため事前にコミュニティ全体の空気を読んで自分を合意の方向へ織り込んで生きる処世術を完全には手放せていません。

そしてその副作用のように、役所がそうした意思決定をしたことよる薬害や耐震強度偽装などのニュースも、毎日見聞きしているのです。(私見)

 

 

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2007/02/27

密漁者は血で飯を食う

ヘリ不正輸出のヤマハ発、中国から高額「授業料」得る(読売新聞)
「調べによると、中国側からの送金は、1機当たり約1575万円の無人ヘリの代金とは別で、取引が始まった2001年ごろからあったという。送金の趣旨について、ヤマハ発側は「現地で無人ヘリ操縦を教えた授業料」と説明した。一方、国内で系列会社の代理店が開催する無人ヘリ操縦技術の受講料は1人当たり50万円前後という。また、スカイ事業部主査の板垣孝文容疑者(57)(同)が技術指導のため数回、中国に渡航していたことも判明しており、捜査本部は、渡航の目的についても詳しい説明を求めているとみられる。」

外為法の第48条をご覧下さい。

外国為替及び外国貿易法

第48条(輸出の許可等)

「1 国際的な平和及び安全の維持を妨げることとなると認められるものとして政令で定める特定の地域を仕向地とする特定の種類の貨物の輸出をしようとする者は、政令で定めるところにより、経済産業大臣の許可を受けなければならない。」 

外為法48条は”特定の種類の貨物”が”特定の地域”へ輸出されることで生まれる世界の危機を防ぐため、その輸出を許可制とし、あらかじめ火種を押さえようという条文です。

そこでいう”特定の種類の貨物”及び”特定の地域”は、「輸出貿易管理令」に詳しく規定されています。

そこではたとえば、武器や武器関連製造設備、原子力関係が全地域に向け許可要、毒ガス用科学原料がイラン・イラクに向け許可要、コンピュータや全駆車が南アフリカに向け許可要、それ以外のココム関連がアフガニスタンなどの地域へ許可要とされています。

平和主義を憲法に採択するわたしたちの国の輸出によって、国際紛争が助長されるような事態があれば、わたしたちの憲法はただのカモフラージュに成り下がります。

そこでMETIはこれを避けるため、武器輸出三原則に基づきこれらの国々への特定物資輸出を厳格に監視しているのです。

(よって今回のヤマハもそもそもMETIによって告発がなされています)

もともと武器輸出三原則にいう武器とは、軍隊が使用するものであり、直接戦闘の用に供されるものだけをいいました。

しかし外為法48条が血で飯を食う行為をより実質的に監視しようとするならば、許可対象は、転用可能なものも含めて武器輸出三原則にいう武器よりも広く定義しなければならず、実際そうなっています。

たとえば産業用ダイナマイトなどは武器三原則にいう武器にはあたりませんが、輸出貿易管理令はこれを輸出に許可を要する対象としているのです。

ヤマハが軍事転用可能なラジコンヘリを、報告数値を書き換えてまで輸出したことは外為法48条に違反しています。

そこはこっそりと大量の魚を捕獲できる、限られた人しか知らない穴場の漁場だったかもしれません。

しかしその捕獲した魚は、平和憲法の腹を食いちぎる獰猛な種であることもまた、たいていの漁夫は理解しようとしないのです。

 

 

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2007/02/26

警察権:ワッパの数だけのし上がろう

鹿児島県議選事件、無罪判決受け被告側が国賠提訴へ(読売新聞)
「2003年の鹿児島県議選を巡る選挙違反事件で、公職選挙法違反に問われた同県志布志市の元県議中山信一被告(61)ら12人に対し、鹿児島地裁の谷敏行裁判長は23日、無罪(求刑・懲役6月~1年10月、中山被告らを除く10人に追徴金6万~26万円)を言い渡した。中山被告らは近く国家賠償請求訴訟を起こす方針。」

警察法の2条2項をご覧下さい。

第2条

「2 警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その
責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法
の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつ
てはならない。」 

警察は他の公共機関と同じく、一定職務に範囲を限られており、その範囲において公的義務を負い、公的機能を有します。

これを警察の債務、及び警察の権能といいます。

そして警察の債務は2条1項に定められている範囲であるので、警察の権能もまたこの範囲に限られなければなりません。

もしこの範囲を警察権力が超えるなら、それは権能の濫用と呼ばれることになります。

権能を濫用することは、警察の相手方たる個人の自由、権利に対して不法の干渉を加えることになるのです。

わたしたちにはその暮らす社会の秩序を乱す権利など亡く、ひとの生命・財産や公安に迷惑をかけることは許されていません。

おまわりさんの本来の役割とは、誰かが自由や権利を濫用することを取り締まり、それを制限して適当な範囲におさめるというところにあります。

しかしながら、取り締まる側の警察がその任務の範囲を超えてしまっては、逆にわたしたちの自由や権利に干渉してくることになります。

このため警察法は、警察権の濫用が起こらないように、警察組織の点について工夫を凝らしており、また濫用の結果、私人が損害を受けた場合、国家の賠償責任、や警察官の刑事訴追などの救済手段も認められています。

そのうえで、なおかつ権能があれば濫用が生じやすいので、警察機関や警察官に深く自戒をうながしているのが、警察法2条2項です。

[参照:警察法逐条解説 須貝 脩一]

一生懸命なおまわりさんたちナシでは、私たちの暮らしは絶対に成立しません。

しかし一旦出世のためのノルマを前に、2条2項をただの綺麗事に読んでしまうなら、そこには手錠と拳銃をぶら下げたもっともタチの悪い公務員だけが裸になってしまいます。

そしてそれがただの杞憂では終わらなかったことを、幻想の公選法違反事件が教えてくれているのです。

 

 

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2007/02/24

到着したら、血まみれの森

糸川議員取材記録:毎日記者が協力者に渡す ネット流出(毎日新聞)
「毎日新聞の第三者委員会である「開かれた新聞」委員会委員を務める田島泰彦・上智大教授(メディア法)の話 たとえ親しい間柄の取材協力者だったとしても、まだ報道していない取材内容をそのまま第三者に漏らした点、さらに取材相手の了承を得ていなかったという点で、信頼を損ねる行為であり、記者の倫理を逸脱している。記者としての基本的なルールを徹底させるべきだ。また詳しい報告を受け「開かれた新聞」で協議したい。」

憲法の21条1項をご覧下さい。

第21条〔集会・結社・表現の自由,検閲の禁止,通信の秘密〕

「1 集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」 

わたしたちの暮らす世界では、事件や事象の報道はできるだけ真実に近くなされることが前提です。

なぜならばそうした誠実な報道が満ちていることで、それを見聞きしたわたしたちには正しい対策や議論を持つ機会が与えられるからです。

そしてそのことは”国民主権原理”という、いったい普段はどこに保管されているのかわからない幻のような概念を、より現実的な手段として少しでも引き寄せることを可能にします。

そのため学説上の通説は、新聞記者がもし司法の場など国家からその取材源の開示を迫られた場合、憲法の21条、表現の自由が取材から報道までを包括保障しているものと解釈し、正当にこれを拒否することができるのだと考えます。

つまりここでいう新聞記者の職業倫理とは、国家をよりわたしたちにとってコントローラブルな世界にするという高い理念を、職業人として見失わない態度なのだと言い換えられます。(私見)

そしてその目的地さえ忘れなければ、開示を要求してくる相手が一般人である場合にも、取材源秘匿が自分達の本質的素養なのだという理解が行き渡るはずです。

もしいつなんどき取材源がダダモレになるのかわからないならば、わたしたちはやたらと新聞記者からの取材に協力することができなくなり、結果的にその先には知るべき事象にいつも霧がかかったように見えにくい世界しか待っていません。

するとやがてわたしたちの一生という旅は、いつのまにかミステリー・トレインのように到着地が乗客たちには教えられない、不気味なものにすり替わってしまう可能性があります。

 

 

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2007/02/23

プールの名は不条理

欠陥住宅補償、売り主に保険加入義務・09年度メド (日経新聞)
「国土交通省は耐震強度偽装の再発防止策の一環として、欠陥住宅の被害を補償する新制度をまとめた。2009年度半ばをめどに、一戸建てやマンションなどすべての新築住宅の売り主に「欠陥住宅保険」への加入か、補償に充てる資金の供託を義務付ける。売り主が経営破綻しても欠陥住宅の補償を確実に受けられる仕組みを整え、被害者が保険金や供託金で補修や建て替えをできるようにする。国交省は新制度を盛り込んだ「特定住宅瑕疵(かし)担保責任履行確保法案」を3月6日にも閣議決定し、今国会に提出する。」

民法の570条をごらんください。

第570条〔瑕疵担保責任〕

「売買の目的物に隠れたる瑕疵ありたるときは第566条〔担保責任〕の規定を準用す

但強制競売の場合は此限に在らず」 

瑕疵担保責任とは、売買の目的物に隠れた欠陥がある場合に、売主が買主に対して負う担保責任のことです。

担保責任とは、給付されたものに瑕疵がある場合に、給付した人が相手方に負う責任のことで、払うお金と給付される物の対等性を保証して当事者間の公平を図ろうとするシステムです。

ここで隠れた瑕疵というのは、普通の人が発見できないような欠陥で、普通そういった物がもつ性質を欠くことをいいます。

つまり瑕疵担保責任は、見つけにくいキズを飼い主が初めて見つけたとき、それを知ってから一年以内なら売り主に損害賠償を請求できるようにして、深い部分まで徹底して当事者同士の公平を図ろうとしています。

新築住宅の場合、品確法95条で10年間の瑕疵担保責任を追及できるようにはなってはいますが、施工業者が倒産していれば追求のしようがありません。

しかも元1級建築士の姉歯秀次被告の行ったケースのような故意や重過失による欠陥住宅の場合は、イレギュラーだとして保険会社は保険金を支払ってくれません。

このため新法案は、そうした保険金給付の対象外となったケースを救済するため、建設業者による供託、宅地建物取引業者による供託、新規住宅瑕疵担保責任保険法人の指定などを行い、公平の理念を新築住宅の世界にも行き渡らせようとしています。

そもそも設計者がひどい人であるケースほど救いが受けられないという業界構造では、たしかに供給物と対価のバランス設計が最初から崩れているといえます。

そして下請け、孫請け、曾孫受けを組み込むことで生み出されてきたその不均衡は、業界上部に不条理な利益をプールさせてきたはずです。

特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律案はそのプールを一部決壊させ、あるべき均衡を取り戻そうとしているように見えます。(私見)

 

 

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2007/02/22

親族:刑法が閉じないポート

叶恭子、実妹を「1000%信じてた」、美香は涙で“ヤラセ”を完全否定(サンスポ)
「指輪など総額5億円相当をマネジャーで実妹、晴栄さんに持ち逃げされていたことが分かった叶姉妹の長女、叶恭子(44)が21日、都内で会見した。晴栄さんは17日に警視庁赤坂署に出頭したが、いまだに音信不通。心労で激ヤセした恭子は「(晴栄さんを)1000%信頼していた」と絶句、美香(39)も騒動自体がヤラセとの憶測を涙で完全否定した。」

刑法の244条をご覧下さい。

第244条(親族間の犯罪に関する特例)

「1 配偶者、直系血族又は同居の親族との間で第235条の罪、第235条の2の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯した者は、その刑を免除する。

2 前項に規定する親族以外の親族との間で犯した同項に規定する罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。

3 前2項の規定は、親族でない共犯については、適用しない」 

親族相盗例とは一定の罪を犯した人と被害者が親族関係があれば、その刑を免除するか、告訴がなければ訴追されないという刑法の取り決めのことです。

それは「法は家庭に立ち入らない」という精神をもって、刑の免除や、被害者側の告訴を待って処罰することにしようとしたのだといわれています。

言い換えればそれは、個人の前に法があるのか、あるいは法の前に個人関係があるのかという命題のために、刑法が用意した緩衝材だともいえます。(私見)

親族相盗はたとえば盗まれた衣装を所持している人、そしてそれを本来所有している人の両方と、盗んだ人との間に身分関係を必要とするのが学説上の通説でもあり、また判例の結論でもあります(最高裁平成6年7月19日)。

したがって、たとえば恭子さんの衣装がリースであったりした場合はこの特例の適用はありませんし、またたとえば妹さんの恋人がもし共犯関係にあったとすれば、その恋人に対しては適用されません。

なぜなら判例理論によれば、親族相盗は政策的な見地から違法ではあっても処罰が阻却されるだけであり、その事件の全関与者が盗んだ人と親族関係になければ、そういった趣旨が全うできないからです。

今回は実の妹さんとのことなので、直系血族とは呼ばれず、傍系血族と呼ばれることになり、叶恭子さんと同居していたとすれば同居の親族となり、244条1項が刑を直接免れさせます。

もし同居していなかったとすれば、恭子さんが妹さんを告訴するかどうかを待つことになります。

いずれにせよ刑法は一度のその出動を見合わせることになります。

それは家族の形を法ではなく、彼ら自身に任せるためです。

 

 

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2007/02/21

ファルマコン:魔力の草

愛知・蒲郡の中2転落死:タミフル処方を調査 輸入販売元に情報請求--厚労省(毎日新聞)

「生徒は16日朝、市内の医院でインフルエンザと診断されタミフルを処方された。1人で自宅にいた同日午後0時45分ごろ転落。同県警蒲郡署の調べで、タミフル1錠がなくなっていたことが分かっている。」

薬事法の69条第1項をご覧下さい。

第69条(立入検査等)

「厚生労働大臣又は都道府県知事は、医薬品、医薬部外品、化粧品若しくは医療機器の製造販売業者、製造業者、第14条の11第1項の登録を受けた者、医療機器の修理業者又は(条文略)に基づく命令を遵守しているかどうかを確かめるために必要があると認めるときは、当該製造販売業者等に対して、厚生労働省令で定めるところにより必要な報告をさせ、又は当該職員に、工場、事務所その他当該製造販売業者等が医薬品、医薬部外品、化粧品若しくは医療機器を業務上取り扱う場所に立ち入り、その構造設備若しくは帳簿書類その他の物件を検査させ、若しくは従業員その他の関係者に質問させることができる。」 

(以下参照:新・薬と社会と法 法律文化社)

すべからく薬というものには、副作用が存在しています。

しかし不良とよべるほどの副作用が疑われる薬があれば、厚生労働大臣や都道府県知事などは、69条により関係者に対して必要な報告を求めたり、立ち入り検査をすることができます。

そして製造や輸入の承認を与えられた医薬品が承認拒否事由に該当するときは、厚生労働大臣は、薬事・食品衛生審議会の意見を聴いて、その承認を取り消さなければなりません。

また再審査、再評価に際し、定められた期限までに資料を提出しなかったり、不正な資料や基準に適合しない資料を提出したときは、承認の取り消しまたは承認事項の変更を命じられることがあります。

なお、承認を取り消された場合は、製造や輸入の許可は取り消されたものとみなされます。

ギリシャ時代、現在のドラッグという言葉の起源であるとされるファルマコンという言葉が、”薬品・毒薬、あるいは魔力を持つ植物”という意味で使われています。

19世紀にはゼルテュルナーが阿片からモルヒネを抽出し、薬は工業製品時代に突入しますが、薬に効能と同時に弊害が存在するという側面はいつの時代も変わっていません。

かといって薬の研究・発展は社会にとって不可欠であり、わたしたちはいたずらに立ち止まるわけにはいきません。

そのため法はあらかじめ薬がもたらす危害の拡大を警戒し、より慎重な対応方法を用意しています。

あとは製薬関係者がどこまで誠実に情報を開示するつもりがあるかが、薬事法の実効性を担保するはずです。(私見)

 

 

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2007/02/20

弱い人:明日の私

老人虐待:ペット用のオリに…手錠も 千葉の介護施設(毎日新聞)
「千葉県浦安市の介護施設「ぶるーくろす癒海館(ゆかいかん)」で、入所者をペット用のオリに閉じ込めたり、両腕に金属の手錠をかけてベッドに拘束するなど虐待をした疑いがあることが分かった。関係者の通報で、浦安市と千葉県は高齢者虐待防止法に基づき7日と16日、合同で施設を調査しており、虐待が確認されれば告発も検討する。施設側は毎日新聞の取材に、手錠やひもによる身体拘束を認めたが「オリには(入所者が)自分からふざけて入った」と説明している。」

憲法の25条1項をご覧下さい。

第25条

「1 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」 

憲法の25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と宣言しており、これを生存権と呼びます。

それは社会権の中心に座る思想です。

社会権とは、生存や生活の維持・発展に必要な諸条件の確保を私たちが国家に要求できる権利のことです。

憲法25条1項の趣旨を実現するため、その2項は国に生存権の具体化について努力する義務を課しています。

老人福祉法はこれをうけて用意された社会福祉立法のひとつです。

老人福祉法の源流たる生存権は、単なる生活権とは同義でないところに注意してください。

人は虫ケラと同じように「生きてさえいられればよい」というほどの存在とは最初からなりえないこと、そのことの法哲学的定義が生存権です。(私見)

そしてそれゆえ、その言葉は現在の社会のセントラル・ドグマに据えられています。

はじめ資本主義は貧富の差を鋭く削りだし、たくさんの声を大にできない弱い人を虐げてきました。

しかしやがてわたしたちは、弱い人でさえ社会であるという思いを誰からともなく押さえきれなくなり、社会権という哲学を確立させるにいたっています。

だからこそ、もし経営の理論がお年寄りを虐待したときは社会権思想が発動し、憲法は老人福祉法に、そして高齢者虐待防止法に彼らの経営態度の立ち入り調査を許すのです。

 

 

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2007/02/19

区別はない、閾値だけがある

<福岡いじめ自殺>同級生3人を書類送検へ ふざけ逸脱(毎日新聞)
「福岡県筑前町立三輪中2年の森啓祐君(当時13歳)が昨年10月、いじめを苦に自殺した問題で、福岡県警は19日、自殺直前に森君を校内のトイレで取り囲んでズボンを脱がそうとしたとして、同級生5人のうち当時14歳の3人を暴力行為法違反(集団暴行)容疑で書類送検し、同13歳の2人を同じ非行事実で児童相談所に通告する。一連のいじめ行為を精査した結果、トイレでの行為は日常の「ふざけ合う行為」から逸脱した暴行に当たると判断したとみられる。」

暴力行為法の第1条をご覧ください。

暴力行為等処罰に関する法律1条

「団体若は多衆の威力を示し、団体若は多衆を仮装して威力を示し又は兇器を示し若は数人共同して刑法(明治40法律第45号)第208条、第222条又は第261条の罪を犯したる者は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処す」 

最高裁判例に、数人が数人に暴行を働いた件についての昭和53年2月16日判例があります。

それによれば、暴力行為法と刑法の関係について、「数人共同してニ人以上に対しそれぞれ暴行を加え、一部の者に傷害を負わせた場合には、傷害を受けた者の数だけの傷害罪と、暴行を受けるにとどまった者の数だけの暴力行為等処罰二関スル法律第1条の罪が成立し、以上は併合罪として処断すべきである」と判断しています。

すこしややこしいのですが、暴行を受けただけの人がいた場合、その数だけの暴力行為法第1条が成立し、刑法における暴行罪は別個の評価をしないという結論です。

つまり暴力行為法は基本的に社会的法益を漠然と保護しようとした法ではなく、各個人的法益を保護しようとしているのだという解釈が成立します。

また複数人の被害者中、暴行を受けただけの人がいた場合に暴力行為法1条のみを成立させて、刑法における暴行罪の別個評価をしていない点からは、暴力行為法が刑法という一般法に先立ち適用させる特別法なのだという結論も導けます。

それは集団が暴行をはじめた時の危険性、法益侵害の程度、範囲の大きさから刑法に先立って用意された特別加重犯なのです。

1970年代の後半にマーク・グラノヴェターは、誰にも集団心理の連鎖に加わる「閾値」があると発想しています。

ここでいう閾値とは、「問題となっている行動をする個人にとって、考えられる利益が考えられる犠牲を上回る」ポイントのことです。

閾値のレベルはその人の性格によって、また罰への恐怖をどの程度深刻に受け止めているかによっても変わってきますが、ひとつのクラスにいる各生徒の閾値がどのような配置になっているのかで、集団心理の連鎖はかなり違った形で生成されるはずです。

(参照:マークブキャナン 複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線

程度と速度の差さえあれ、優勢な勢力に加わって、反撃のできない勢力へ攻撃を加えるという状況は、わたしにもあなたにも伝播しうるヒステリーなのです。

その意味でいわんや子供に徒党を組ませないのは、不可能なのだといえるかもしれません。

今回福岡県警があえて彼らを書類送検するのも、回避しきれない人の性向を前提に、それでも存在させている集団暴行罪という特別法を提示することの効果に期待したものかもしれません。

 

 

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2007/02/16

継続役務:兎はあらかじめ笑う

英会話のNOVAに立ち入り検査 解約トラブルで経産省(朝日新聞)
「さらに、同社の解約に関する事項の説明が、特商法が禁じる「不実の告知」に当たる疑いも浮上している。 NOVAは新規の受講者を勧誘する際、まず住所、氏名などを登録。数日後に受講コースを振り分けるレベルチェックをし、契約内容を決めて正式な申し込みを受ける。 特商法は契約後、一定期間内なら無条件で解約できる「クーリングオフ」の制度を定めているが、受講者が解約を申し出ても、最初に氏名などを登録した日を「契約の起算日」などと主張。受講者とトラブルになる例があるという。」

特定商取引法の第44条1項6号をご覧下さい。

特定商取引に関する法律

第44条(禁止行為)

「役務提供事業者又は販売業者は、特定継続的役務提供等契約の締結について勧誘をするに際し、又は特定継続的役務提供等契約の解除を妨げるため、次の事項につき、不実のことを告げる行為をしてはならない。

6 当該特定継続的役務提供等契約の解除に関する事項」 

特定商取引に関する法律とは、消費者トラブルを生じやすい特定の取引を対象にして、そのトラブル防止のルールを定め、不公正なビジネススタイルを取り締まろうとする法律です。

その旧称を、訪問販売等に関する法律といいました。

語学教室やエステティックサロン、結婚相手紹介サービスなどは特定継続的役務提供と呼ばれこの法律の管理下に置かれることになっています。

そもそもそれらの業態に対して特定商取引法が目を光らせる理由は、身体がやせることや、英語が話せるようになることなどの実現は、必ずしも確実ではなく、逆にそこをレバレッジにして利益を生む構造を設計できるビジネスだからです。(私見)

それら不確実な夢にたいして継続的に課金するビジネスでは、お金を払う側にとってみれば、いったい自分がどこで支払った分に応ずる対価を得たのかが確認しがたく、場合によっては結果が得られないのは中途挫折した自分が悪いのだと責めるはめになりがちです。
 
そこでこうした業態に対して、法はその44条で契約の締結について勧誘を行う際、または契約の解除を妨げるために、事実と違うことを告げること、契約の締結について勧誘を行う際、または契約の解除を妨げるために、故意に事実を告げないこと、さらに契約の締結について勧誘を行う際、または契約の解除を妨げるために、威迫して困惑させることなどを禁止しています。

それらに違反した事業者は、業務停止命令(47条)などの行政処分や罰則の対象となります。

立ち入り検査を受けた英会話学校が業界最大手であることの意味は、潜在的にそれら継続的役務提供ビジネス全般が、そもそも相当数の脱落者予定を利益構造に組み込んで運営されていることを予告しています。

習いに行くというそのこと自体が、あらかじめ自分に不利益な暗示をかけてはいないか、わたしたちにはコマーシャルを消して時々そのあたりを考える時間が必要です。

 

 

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2007/02/15

手話:トランス・エフェクト

女社長ら3人逮捕/手話で聴覚障害者から詐欺 (佐賀新聞)
「小林容疑者らは2000年夏から05年6月にかけて、「高金利を支払う」「聴覚障害者向けの施設を造る」などと言って約270人から約27億円を集めていた。親族に聴覚障害者がいることから手話が得意で、各地の障害者のサークルを通じて出資を勧誘し、被害は18都県に及ぶという。ほかに逮捕されたのは、元社員の町田栄子容疑者(56)と長男の訓清容疑者(28)=いずれも神奈川県湯河原町。小林容疑者は「詐欺と言われても仕方がない」と容疑を大筋で認めているが、町田容疑者らは「結果的にこうなった」と犯意を否認している。」

刑法の246条1項をご覧下さい。

第246条〔詐欺〕

「1 人を欺いて財物を交付させた者は,10年以下の懲役に処する。」 

人の心が眼や耳から情報を取り入れると、無意識下でその膨大な情報を取捨選択、加工をほどこして、自分だけの世界観を自分の中に再投影します。

その無意識下における情報処理方法は、各人が微妙に異なるため、私たちは一人一人異なった幻を見ながら、同じ世界に参加しているつもりでいます。

このときもし、自分の世界観生成方法そっくりの人が隣に現れると、私たちには一気にその心理的な距離を縮める傾向があります。

たとえそれが策略だったとしても、そうしたチューニング行為があれば、それは私たちの無意識に対して「彼は私に似ている。共通項がたくさんある。彼はわたしと同じ苦しみを感じている。警戒を解いてかまわないのだ」というメッセージを送り込むのです。

精神科医、ミルトン・エリクソンはかつて精神病院で5年間一言も口をきかなかった患者を見た際、患者の呼吸のリズムと自身の呼吸のリズムを同調させつづけただけで、最終的に彼の口を開かせることに成功したというエピソードを残しています。

そして数多の悪徳商法が、そのトランス・エフェクトをグレーゾーンでマーケティング・システムとして取り入れ、「彼は自由意思で契約したのだ」と言い逃れ、社会は被害者をそしるのです。

耳が良く聞こえない方々は、情報の選択経路を大きく手話に依存することになります。

目の前で彩られる指の動きの組み合わせは、もはや絶対的に依拠するところです。

もし入力経路が限られた人にむけて、そこにマーケティング・システムを設計する人がいたならば、ターゲットにされた人は自分でも驚いてしまうほどすぐに警戒感を解いてしまい、進んでその意志決定の主導権を相手に渡してしまうかもしれません。

つまりそこには、真っ当なビジネスマンであると名乗るうちは、自ら一線を引くべき領域があるのです。

女は慣れ親しんだ手話を用いて、大金を聴覚障害をもつ方々から巻き上げました。

行為を自分の中でも正当化するため、彼女は詐欺の故意を意識の中で薄めていたかもしれませんし、ひょっとすると当初は悪意がなかったのかもしれません。

しかし刑法が用意した詐欺の構成要件が、あざむくこと、すなわちその約束は果たされないことを知りながら、被害者に財物を交付させた事で足りる以上、彼女の手話を使ったマーケティングはもはやビジネスだったとは呼ぶことが許されないのです。

 

 

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2007/02/08

弱者:パズルの解法

ウォルマート、性差別で米史上最大の集団訴訟へ (産経新聞)
「1998年以降、同社に勤務したことのある女性従業員約150万人が訴訟に参加できることになり、性差別裁判で米史上最大の集団訴訟となる見通しだ。原告は、昇進の機会が奪われたうえ、性的嫌がらせも受けたと訴えている。ウォルマート側は「3400の店舗は個別に運営されているうえ、女性差別の規定もない」と主張している。」

民事訴訟法の第207条をご覧ください。

207条(当事者本人の尋問)

「裁判所は,申立てにより又は職権で,当事者本人を尋問することができる。この場合においては,その当事者に宣誓をさせることができる。」 

集団訴訟とは、一定の共通の利害関係をもつ人達が、その利益のためにいっしょに提起された訴訟のことです。

集団訴訟は個人では太刀打ちできないような、巨大企業や国家行政が相手の訴訟で威力を発揮します。

しかし問題がないでもありません。

不法行為法は元来、公平、妥当かつ合理的な損害の賠償をその趣旨としているからです。

すなわち、一人ひとり受けた被害の程度、心理的状況などは異なるわけで、裁判所がそれを細かに調べるためにはそれぞれを尋問しなければならないのが原則となります。

もともとわたしたちの民事訴訟法は、裁判所が当事者本人に尋問できることを規定しています。

しかし原告がたとえば150万人もいれば、全員の当事者尋問など現実的ではありません。

そのかわりに考えられる手段が、原告全員の一律賠償請求です。

かつて昭和56年12月16日、最高裁が大阪国際空港の騒音訴訟において、302名の集団訴訟に対し、原告全員の一律賠償請求を認めました。

もっともそれは不法行為法の原理を変形する処置ですので、一定程度の線引きはなされています。

つまり大阪国際空港事件の場合、「各被害者は全員が被っている最低限の共通被害だけの賠償を求めたにすぎないので」という限定付きで、一律賠償請求を成立させているのです。

加えて大阪国際空港事件では、被害の個別的具体的な立証も不要とされ、裁判所も各人別に異なった被害の認定をしなくてもよいと判断しました。

これは302人全員へ個別的具体的立証を要求することで、一律包括請求方式による効果的な集団的利益の保護が台無しになってしまうことを避けたものです。

(以上参照:判例百選 民事訴訟法 有斐閣

アメリカで史上最大の集団訴訟にも、150万人という尋常でない数の原告数から考えて、同じような法理が段階的に用いられるのではないかと思われます。

質素を好んだ伝説的な創業者の死後、この世界最大の小売業者の周りからはいろいろな毀誉褒貶が絶えず聞こえてきます。

極限までコストを抑えること、それは利益追求という企業に与えられた第一の命題に直結するパズルであり、その解法は時に国内の労働組合や、国外の工場労働者へのプレッシャーだったりする局面もあるのかもしれません。

そしてそれが芸術的にまでギリギリのラインの解法であれば、同業者や経済学者からは羨望を集めるでしょう。

しかしもし、そこに非情なまでにアンフェアな構造が見つかるならば、それは巨船の船底に水を噴かせる穴となる可能性をもまた含んでいます。

 

 

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2007/02/01

轢き逃げ犯:蛇と契約する人

「差別怖くて逃げた」ブラジルで被告語る ひき逃げ事件(朝日新聞)
「被害者の遺族に対しては「私も父親として、気持ちは理解している。日系人としてしつけられ、お墓に参らなければならないという気持ちもある」と述べた。一方で「ブラジルで罪を償ったとしても、日本に行けば逮捕される可能性はぬぐえない。父親として仕事をし、家族を養う責任がある。日本に行くことはできない」と話した。」

刑事訴訟法の第247条をご覧ください。

第247条〔国家訴追主義〕

「公訴は、検察官がこれを行う。」 

わたしたちはお互いに自分がやりたいことをやりたい、いきたいところにいきたいという欲求をかかえた存在です。

たとえば究極の問題として、わたしはわたしの命を守らなければこの一生は悩むまでもなく終わってしまいます。

そうすると、二人以上の人間が集まるときには互いがその欲求を抱えているため、それを調整するためのものさしが必要になります。

問題はどのようなものさしを削り出すかです。

そもそもおよそ命の意味を出発点に考えれば、わたしやあなた各個人の自由意思がまず尊重されなければなりません。

しかしたとえば、あなたがお仕事中に誤って、私の家族を車で轢いてしまったとしましょう。

「人は轢いてしまった。しかし養う家族のために捕まりたくはない」というあなたの自由意志は、「家族を轢いて逃げた犯人に絶対に責任を取らせたい」というわたしの自由意志と正面から衝突します。

つまりわたしたちが法律というものさしが支配する社会で生きるということは、意思決定の自由が保障されると同時に、他者の意思決定に対する責任をも背負うことを認めていることと同義なのだといえます。

もしそうでなく、加害者であるあなたが、残された家族があれば逃げてもよいという社会を要求すれば、翌日自分が守ろうとしたその家族が、別の誰かの車の下敷きになったとしても、事情次第で同じように逃走を是認しなければならなくなるからです。

”社会”という寄り合う人間の数が限りなく大きくなった場所では、わたしやあなた個人の無邪気な自由意志を阻む、他者の自由意志の総意はやがて”秩序維持”と呼ばれるようになります。

そしてわたしたち一人ひとりからとりつけた同意によって権力が形成され、社会はだれかを轢いた上で逃げたあなたを探し出し、あたなの自由意志とはうらはらに、法廷へつれてくることを是認します。

国家の誕生です。

つまり”社会”という概念は、空の上から唐突に降ってきたわけではなく、一人一人の自由意志を最大限保障するために誕生させた権力が、わたしたちを再度拘束にきているものだと解釈できるのです。

これをルソーは社会契約説と呼びました。

そしてその場合、わたしがもし家族を轢き逃げしたあなたへ私的制裁を加えたいという衝動を抱えたとしても、それは刑事訴訟法という国家作用へ代理されることになります。

それがわたしも加わった合意だからです。

そしてそれが刑事訴訟法247条が私的な制裁を許さず、訴追を国家だけに許すという国家訴追主義を採用していることの、そもそもの出自なのだといえます。(私見)

国家は、まずわたしたちの胸の内から始まる意識の総意なのだからこそ、わたしたちはその作用に従うのだといえます。

(だからこそわたしたちは、常にその暴走に目を光らせなければなりません。)

ブラジルへ逃げたヒガキ・ミルトン・ノボル被告は、家族への扶養義務を盾に逃走した心情への理解を社会に要求しています。

しかしその申し出は同時に、ヒガキ被告の家族を誰かが轢き逃げしたとしても、事情次第で逃げ延びることを認めなければならないという、おぞましいものが支配する社会への契約であることを、彼もまた気がついてはいません。

 

 

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