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2007/03/31

空で開く、正六角形の赤い眼

NASA:謎の巨大六角形画像公開 「カッシーニ」撮影(毎日新聞)
「米航空宇宙局(NASA)は27日、米欧共同無人探査機「カッシーニ」が撮影した、土星の北極上空を覆う六角形の渦状構造の画像を公開した。80年に米探査機「ボイジャー」が発見したもので地球4個分の大きさだが、26年後の現在も残っている。NASAは地球の極地方で形成される低気圧の一種に似たものと推測しているが、六つの辺が安定的に維持されている理由は分かっていない。」

憲法の96条1項をごらんください。

第96条

「1 この憲法の改正は,各議院の総議員の3分の2以上の賛成で,国会が,これを発議し,国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には,特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において,その過半数の賛成を必要とする。」 

1901年、アンリ・ベナールという名のフランス人の学生が、鍋を上から撮影するためのカメラを設置、さらに、水の動きを見やすくするため、液体に少量の粉末を加えて加熱する実験を行いました。

鍋のなかの液体は最初、静止したままですが、さらに少しずつ火を強くしていくと、実はほぼ完壁な六角形の配列を作りだします。

それからさらにその現象を詳しく調べたべナールは、それぞれの六角形の内部では、暖まった液体が上に向かって流れ、冷たい液体は境界部で沈み込んでいることを発見しました。

この現象を、現在「べナール対流」と呼びます。

それから一六年後、イギリスの物理学者レーリーは、液体の粘性が分子のせめぎ合いを起こしていること、そしてこのせめぎ合いが規則性のなかったところに突如、正六角形という規則的な秩序を出現させる原因であることを示しました。

換言すればベナールの実験は、相互作用をしている水の分子からなるネットワーク内に唐突に規則性が自然に生じることを示しています。

イギリスの物理学者マイケル・ファラデーは、実験で水の入った容器を静かに上下に振っていたときに、均一性が崩れ、液体は突然一連の山と谷を構成し、縞模様やチェック模様を作ることを発見しています。

他にも空の箱に普通の砂を入れて上下にかなり激しく揺すってやると、初めは平らだった砂の層が突然重なり合って、谷で隔てられた細長い帯状のパターンの尾根を作ったり、正方形や六角形の美しい網目の形につながった尾根を作ったりします。

それらは分子が集まるどのネットワークにもある、パターンを作りだそうとする力とパターンを壊そうとする力のせめぎあいが作り出す文様です。(参照:複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線 マーク・ブキャナン 草思社)

ところで憲法の98条1項には、わたしやあなた国民の憲法改正権力が記述されています。

これは憲法学の故 芦部信喜先生によれば、国民主権という新しい憲法制定権力が、その姿を変えて自らを戦後憲法の中に組織化した、その姿だということになります。

ネットワーク科学は、雨水がつなぐ河川や、個人がつなぐ社会、パーソナル・コンピュータ同士が繋ぐワールドワイドウェブなど、あらゆる分子のネットワークがある時点で突然、いつもそのあらかじめ決められたような規則性を露わにすることを解明しはじめています。

たしかに何もない宇宙に、唐突に森と海をたたえたこの星が現れたことを考えれば、相反するエネルギーのせめぎ合いで無から有を生むネットワークの秘密が万物を貫いていてもおかしくありません。

芦部先生も憲法改正権の解説をもって「その憲法が真に憲法たるならば、いつもそこには自然権の文様が現れるはずだ」と念押しされていたのかもしれません。(私見)

群衆のせめぎあいが紡ぐ条文を見守るように、今日も空に赤い正六角形の眼が浮かんでいます。

 

 

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2007/03/30

弾はいくらでもあると傭兵がいう

“盗作”大田区議また悪癖…Wikipedia丸写し (zakzak)
「税金で行った欧州視察の報告書の一部に、大学名誉教授の講演資料を無断引用 した自民党の鈴木章浩・大田区議(44)=顔写真=が、別の海外視察の報告書でもインターネット上の記述をほぼ丸写ししていた疑惑が29日、浮上した。」

地方自治法100条13項をごらんください。

「100条

13 普通地方公共団体は、条例の定めるところにより、その議会の議員の調査研究に資するため必要な経費の一部として、その議会における会派又は議員に対し、政務調査費を交付することができる。この場合において、当該政務調査費の交付の対象、額及び交付の方法は、条例で定めなければならない。」 

現在、地方議会の会派又は議員に支給されている政務調査費は、平成12年の地方自治法改正によって平成13年度から施行されたものです。

この法令の趣旨は、地方分権の進展に対応した「地方議会の活性化を図るためには、その審議能力を強化していくことが不可欠であり、地方議員の調査活動基盤の充実を図る観点から、議会における会派等に対する調査研究等の助成を制度化し、あわせて情報公開を促進する観点から、その使途の透明性を確保しようとしたものです(第147回国会衆議院地方行政委員会)

そして「政務調査費」は、地方自治法改正前の従来の「公益上必要」とされたものでなく、「地方議会の会派又は議員の調査研究に資するために必要な経費」として交付されることにより自由度が高くなっています。

地方自治法を改正して交付金の自由度を確保したのは、あくまで地方議会の活性化にあったため、厳密に言ってそれは、議員個人の活動の補助費ととらえるべきものではありません。

そして政務調査費の透明性は収支報告書をもって確保することになっています。

たとえば海外の視察には、視察の目的が必要ですので、視察の報告書は、視察の目的、視察内容、視察結果を分かるように作成することが要求されます。

(以上参照:政務調査費―その使用実態と問題点 宮沢昭夫)

政務調査費はその本質を議員達に誤解されています。

その交付金の自由度が高いのは、ただただ彼にさらに質の高い代議を行って欲しいだけなのです。

せめて報告書はその期待を裏切ってはなりません。

 

 

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2007/03/29

国賠の暗視ゴーグル

タミフルに隠された真実 第二の薬害エイズに発展か(日経BP)
「なぜ、タミフルによってそのような異常行動が起きるのかの説明も、実にわかりやすく、明快に示されている。要するにに、こういうことなのだ。「タミフルは脳の働きを抑制することが動物実験と人に起きる症状から分かっています。睡眠剤や鎮静剤、麻酔剤、アルコールと同じです。アルコールを飲むと、寝てしまう人、興奮して暴れる人などがいます。麻酔剤は、強く作用すると呼吸が止まります。麻酔中は人工呼吸器で呼吸していますので死ぬことはありませんが、人工呼吸しなければ呼吸が止まって死に至ります」「脳には、それぞれの神経が秩序だって働くようにコントロールしている『統合中枢』という管制塔のような中枢があります、タミフルを飲むと、脳の中にタミフルが入り込んで、まずその部分を乗っ取ります。そうすると、いろんな神経が思い思いに勝手に動きだすために異常行動を起こすのです」「タミフルで低体温になりますが、熱が下がったと喜んではいられないのです。これは体温中枢が乗っ取られているからです。今まで経験したことのない34度や32度といった低体温になる人もいます。これは異常行動や呼吸が止まる前兆です。もっと激しく作用すると、人の命に最も大切とも言うべき、呼吸中枢が乗っ取られてしまいます。すると、呼吸が止まり、命もとまります」「つまり、体温中枢が乗っ取られると異常なまでの低体温、統合中枢が乗っ取られると異常行動、呼吸中枢が乗っ取られると呼吸困難、突然死になるのです」」

国家賠償法の1条1項をごらんください。

第1条

「1 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。 

薬害事件における国の責任についてされた最初の最高裁判断は、平成7年6月23日第二小法廷判決です。

それはクロロキン製剤によるクロロキン網膜症に罹患した患者とその家族らが、国、製薬会社、医療機関に対して損害賠償を請求した争いでした。

最高裁は「日本薬局方に収載され、又は製造の承認がされた医薬品が、その効能、効果を著しく上回る有害な副作用を有することが後に判明し、医薬品としての有用性がないと認められるに至った場合には、厚生大臣は、当該医薬品を日本薬局方から削除し、又はその製造の承認を取り消すことができる」として、改正後の薬事法74条の2を待たずに、国家による”規制権限”の存在を認めています。

そうした規制権限の根拠は、「薬事法の目的並びに医薬品の日本薬局方への収載及び製造の承認に当たっての厚生大臣の安全性に関する審査権限に照らすと、厚生大臣は、薬事法上右のような権限を有するものと解される」のだとし、特定条文ではなく法全体の趣旨から導いています。

ただし国の責任が発生する分水嶺については、規制権限の不行使が即、国家賠償法1条1項の適用上違法と評価されるものだとはしていません。

「副作用を含めた当該医薬品に関するその時点における医学的、薬学的知見の下において、前記のような薬事法の目的及び厚生大臣に付与された権限の性質等に照らし、右権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときは、その不行使は、副作用による被害を受けた者との関係において同項の適用上違法となるものと解するのが相当である」のだという慎重な判断フレームを置いています。

”許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められる”というフレーズは、行政の責任を問う場面でよく耳にするなじみ深い言い回しですが、一般に裁量権消極的濫用論と呼ばれています。[以上参照:行政判例百選 (2) 第5版]

現在の戦後憲法17条は,戦前憲法にはなかった公権力の行使に基づく損害の賠償責任を認めました。

そしてその具体法として、国や公共団体の損害賠償責任に関する決まりを一般的に定めたのが、国家賠償法という法律です。

その1条2項は、故意や過失がなければ国家が公務員へ求償できないことをさだめ、国家責任という概念をより純化しています。

戦後まず姿を現した純国家責任という化生は、その姿を捕らえるため判断基準という暗視ゴーグルを必要としますが、薬害におけるゴーグルがやっと与えられたのが、およそ12年前にすぎません。

未来を少しずつマシにしていくため、私たちはこれからもたくさんの失敗と、時に率直な反省を重ねていく必要があります。

 

 

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2007/03/28

亡き才女のためのパヴァーヌを捜そう

British teacher found dead in a bath of sand near Tokyo (thisislondon.co.uk)
「Lindsay, whose family live in a £500,000 detached house in a cul de sac, went to Japan last October after gaining a degree at Leeds University, believed to be in biological sciences. She was one of hundreds of bright young Britons, fascinated by Japan, who spend 12 months or more there after graduating to teach English as a foreign language. 」

(私訳)

「リンゼイはリーズ大学で単位を取得後、昨年10月に日本に向かった。彼女もまた、日本に魅せられそこで長くを過ごす、若く聡明な英国人のうちのひとりだった。」

憲法の22条1項をごらんください。

第22条

「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。」 

憲法はその3章を「国民の権利及び義務」と名付け、数々の基本的人権の保障を国家に命じています。

確かに日本人が海外へ旅行にでかけること、また日本に戻ってくることは22条が保障していることは明らかですが、外国人が誰でも自由に私たちの国に出入りできるかどうかは別の問題になります。

学説上の通説は、「憲法22条は外国人の入国の自由を保障しておらず、外国人の入国の規制は、国際慣習法上、主権の属性として国家の裁量に委ねられている」と考えています。

最高裁判例も、英語教師として来日後、反戦運動など政治活動を続けたアメリカ人、ロナルド・アラン・マクリーン氏の在留期間の更新申請を法務大臣が不許可としたマクリーン事件と呼ばれる争いについて以下のように結論づけています。

「憲法22条1項は、日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないものであり、

このことは、国際慣習法上、国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく、

特別の条約がない限り、外国人を自国内に受け入れるかどうか、また、これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを、当該国家が自由に決定することができる」。(昭和53年10月4日)[参照:憲法〈1〉 第四版 野中俊彦他 有斐閣]

すなわち判例理論上は、私たちの国へ入国する自由は、外国人には保障されていないという判断が現在までなされているのです。

それは明白に公安や良俗を乱すであろう外国人だけに向けて設けられた、”選択のための門扉”だと形容することが可能です。(私見)

今回、私たちの国が才女リンゼイ・アン・ホーカーさんへその門を開いてしまったことは、結果的に彼女の人生を粉々に砕いてしまいました。

わたしたちは彼女を殺めた者を取り逃がしている場合などではなく、早々に彼を捜し出して、門扉のこちら側に”法治の奏”が満ちていることを表さなければなりません。

そうでなければ、公安のために外国人に向けて設けたはずの門扉のこちら側こそ、彼らにとって徐々に野蛮に見えてくるはずです。

 

 

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2007/03/27

自由な季節、不利益な季節

加護ちゃん 2度目喫煙で解雇、引退へ(スポーツニッポン)

「本人に事情を聴いた後、未成年であるため両親と相談した上で、専属契約を解除した。」

民法の5条1項をごらんください。

第5条(未成年者の法律行為)

「1 未成年者が法律行為をするには、その法定代理人の同意を得なければならない。ただし、単に権利を得、又は義務を免れる法律行為については、この限りでない。」 

民法のメガネをかけて見る社会では、参加している人すべてに取引をフェアに判断できる能力があることが前提に権利能力が与えられています

権利能力とは、権利義務の主役になれる資格のことをいい、これを一人でなすことのできる人を行為能力者といいます。

しかし現実には赤ちゃんに判断能力があるはずもありませんが、権利能力自体は、その赤ちゃんにも与えられています。

よって権利能力はあるものの、判断能力が十分でない人は行為能力者とはあえて呼ばず、その人にとってアンフェアな結果がもたらされない法律的なカバーが必要です。

もともと意思能力が制限されている人がした法律行為は民法上無効になるので、個別的にそれを証明すれば保護が可能だといえますが、その作業はかならずしも簡単ではありません。

そこで民法がひとまとめに意思能力が制限されている人たちの範囲を決め、その範囲の人たちは法律行為を取り消すことができるとカバーしたのが、制限行為能力者制度です。

そして未成年は民法上、この制限行為能力者という範疇に入れられています。

民法は、未成年者の判断能力を本人の自覚を問わず、”その能力ではあなたにとってフェアな結果をよばない”と判断しているわけです。

解除の通告を受けるのもまた法律行為ですので、制限行為能力者である未成年者は、事態を正確に理解できる法定代理人、普通ご両親に同意を得なければなりません。

契約を解除された人は、深刻な法律的責任を相手方へ負う場合もあるからです。

未成年とは、一般に語彙が少なく、自分のしていることの真の意味を把握しづらい時代かもしれません。

しかしそれだけに自分自身からさえも自由な季節だといえます。

同時に民法はそのことの法律関係的危うさを、本人の前に立って社会に宣告しています。

 

 

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2007/03/26

政見放送:法のカプセル

’07統一地方選 予定者の政見 ネットTVで(東京新聞)
「統一地方選で行われる新宿区議選(四月十五日告示)で、立候補予定者が、インターネットの動画サイトで政策を語る「政見配信」が実施される。区内のネットTV「新宿放送局」(松永通之社長、http://shinjukutv.com)の企画。都知事選などと比べ関心が低調な区議選の盛り上げを狙う。同局は「全国でも前例のない試み」としている。」

公職選挙法の第150条1項をご覧下さい。

第150条(政見放送)

「1 衆議院議員の選挙においては、候補者届出政党は、政令で定めるところにより、選挙運動の期間中日本放送協会及び一般放送事業者のラジオ放送又はテレビジョン放送の放送設備により、公益のため、その政見を無料で放送することができる。この場合において、日本放送協会及び一般放送事業者は、その録音若しくは録画した政見又は候補者届出政党が録音し若しくは録画した政見をそのまま放送しなければならない。」 

公職選挙法150条1項後段は、NHKに候補者の政見を”そのまま放送しなければならない”と命じています。

普通放送事業者には、編集権という権利が認められていますが、政見の発表は、その編集から防がれなければ、内包する新しい価値観の芽を悪気なく摘まれてしまいかねないからです。

また候補者からも150条1項後段を根拠に、政見として録取した情報をそのまま放送するよう請求できるものと考えられています。

したがって放送事業者の立場、候補者の立場の両面から、政見は内容を問わずそのまま放送されることが原則になります。

それらは政見というものが、わたしたちの意思を間接的に政治の場に反映させる、戦後手に入れたシステムの中核を担うものにほかならないからです。

しかしそのことと、政見が他の法益を侵害する場合にも例外なく削除は許されないのかという実体的な観点とは、また異なります。

たとえばあなたのお母さんと仲のよくないお隣さんが立候補して、その政見放送時間内でお母さんの悪口を、あることないこと話されたのではたまったものではありません。

この難しいバランスを巡っては現在も学説が衝突しており、最高裁によってもはっきりとした境界線は示されていません。

過去、差別用語を連発した政見をNHKに録取させ、その部分を編集・削除されてしまった候補者がNHKを訴えた争いがありました。(平成2年4月17日)

このとき最高裁は、150条の2(品位の保持)を持ち出し、150条1項後段の問題には触れることなく政見の編集を問題なしとしています。

問題のキワは、品位、善悪といった基準が政治の体制や時代の空気とともに変遷してしまうという点に存在しています。(私見)

そしてその点から出発すれば、やはり候補者の見解は極力そのまま放送することが保障されているべきだと考えられます。

なぜならば、現段階の良心でよかれと思ってなす編集が、実は次世代の幸福の芽を摘んでいる可能性もあるからです。

というわけで、現状で政見の放送は、いわば公職選挙法150条1項後段というカプセルに入れて守られ、内容によっぽどのことがあった場合は想定にない緊急措置をもって対応をするのだと考えられます。

そのカプセルは、次世代の政治の雛形かもしれない”政見”というものを、編集という現状の価値観による粘液から保護するための容器であり、「現在の価値観では図れない新しい価値観が、世の中を少しでもよくするかもしれない可能性」によって特別に発注されています。

そしてわたしやあなたは、その特注カプセルに劇薬が入っていてもわからないほどの強度を与えるべきかを、現状も悩みつづけているのです。

 

 

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2007/03/24

Curiosity killed the Postman

有名人の年賀状、ネットに文面公開…元郵便局員を送検(読売新聞)
「調べによると、元職員は昨年12月末、同郵便局で仕分け中に有名人の年賀状を見つけ、ミクシィの自らの日記に、有名人の名前と、その文面を書き込んだ疑い。元職員が、仕分け中に見つけたと書いていたため、1月下旬、サイトを見た会員が九州支社に通報した。同郵便局は、ミクシィの運営会社を通じて書き込みを抹消するとともに、今月13日、元職員を懲戒免職処分にした。」

郵便法の9条をごらんください。

第9条(秘密の確保)

「公社の取扱中に係る信書の秘密は、これを侵してはならない。

2 郵便の業務に従事する者は、在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。」 

憲法の21条2項後段には、「通信の秘密は、これを侵してはならない」と定められています。

ここでいう通信の秘密とは、手紙や葉書だけに限られず、電報や電話などの秘密を含む広い意味に解されています。

通信とは誰かへ意思を伝えるという一つの表現行為なので、通信の秘密は表現の自由の下で保障されることは明らかです。

しかし通信を秘密にするとは、誰かと誰かのコミュニケーションを保護することにあり、それは公に対するあからさまな表現というよりも、私生活・プライバシーの保護の一環としての意味のほうがより重要になります。

よって通信の秘密は単に文面を保護するだけではなく、差出人や受取人の名前、住所、何通出されたのか、いつ出されたのかなどにも保障が及ぶと解釈できます。

そして憲法が”通信の秘密を侵してはならない”と命ずる先には二つの標的があり、ひとつは権力によって通信の内容や存在自体が調査の対象とはされないこと(積極的知得行為の禁止)、もうひとつは通信業務に従事する人が職務上知りえた情報を漏洩されないこと(漏洩行為の禁止)を 意味しています。[参照:憲法〈1〉 野中俊彦 有斐閣 第4版]

地方で郵便業務にたずさわっていれば、都心に暮らす有名人が”また人である”という単純な感触も薄れがちになり、より記号的になるかもしれません。

しかし通信にたずさわるその職場は、日常的にわたしたちの心を開示した記録を扱っていて、職員が倫理に抗えば、いくらでも誰かの心をあざけり、また晒すことが可能になる特殊な側面を有する場所です。

だからこそ憲法は、通信の秘密の第二の面として、郵便の業務に従事する人に職務上知りえた他人の秘密を守らなければならない、という特殊命令を郵便法を通じて発しており、それこそが9条2項なのです。

心を誰かによってあげつらわれないことの保障が、有名人にも、悪人にも、そしてもしかすると通信業務に従事するあなた自身にもなんの留保もなく与えられていること。

それが旧憲法にはなかった現行憲法のメインスペックのひとつです。

 

 

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2007/03/23

忍ばせた花嫁募集と民法の気圧

農業体験実習生 怒りの“告白”私は町ぐるみでだまされた! 「農家に嫁に来たんじゃない」(北海道経済)
「池田さんの「募集内容と実態が違う」という悲痛な訴えに、募集した側は「あなたの想像力が薄い」と応じたようだが、想像力を働かさなければならないような募集方法は、巧妙な詐欺行為のようなものはないか。自治体の上部機関である支庁も「自治体のやっていることで、それぞれの判断に委ねるしかない」と指導に乗り出す考えはないようだが、いかに後継者不足の農村であったとしても、誤解を招きやすい表現で「花嫁募集」を行うことは許しがたい行為だ。花嫁不足に悩む農村にはどうやら「来てしまえば、こっちのもの」という考え方があるようで、一歩間違えば池田さんもそうなっていたかもしれない。現実に「できちゃった結婚」のケースも多いと聞く。」

民法の742条1号をご覧下さい。

第742条(婚姻の無効)

「婚姻は、次に掲げる場合に限り、無効とする。

1 人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき(以下略)」 

民法という条文にははっきり書かれていませんが、婚姻の実質的要件として、もちろん結婚することへの合意がなければなりません。

婚姻の無効原因について定める742条1号も「人違その他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないとき」と規定することで、間接的にこれを要求しています。

ではもし婚姻してしまった人がこれを無効としたいとき、いったい”婚姻の意思”とはどのような意思をいうと解釈すべきなのでしょうか。

これに関しては、まず婚姻意思とは社会の習俗・慣習に沿った夫婦と認められる関係を形成しようとする意思だと考える立場があります。

これを実質的意思説と呼びます。

一方で婚姻意思はまた、法律効果をも目的としており、目的外の法効果をも甘受している意思だともいえます。

これを重視する考え方を形式的意思説と呼びます。

自然な心情的には、「もちろん実質的意思がなければすべての婚姻や離婚は無効だろう」といいたくなりますが、ところが現実社会では、婚姻の契約や解約による形式的な法効果を期待する人間関係が多数存在するのです。

(たとえば長く尽くしてくれたお手伝いさんに遺産を譲るためにする形式結婚などです)

民法学の内田貴先生は、婚姻と法の関わりにおいては、「行為規範」「評価規範」という視点が必要なのだと述べられています。

ここで行為規範とは、法規範がまず人々の行動する際の基準として機能している状態のことです。

また評価規範とは、一旦紛争が起きてしまってからは、同じ法規範がすでに行なわれた行為を評価する規範として働くことをいいます。

そしてこれから行為をするという場面での行為規範と、すでに行為が行なわれた場合にこれを評価する場面での評価規範とは、時に異なることもありえるという思考操作をもちいるのです。

これを「評価規範の行為規範からの分離」と呼びます。

これによれば、事情によっては評価規範を行為規範から分離させ、実質的婚姻意思がなくても婚姻は有効であるという扱いを認める余地が発生し、単なる便法としての婚姻がその目的達成を失敗している場合には、原則通り行為規範をそのまま評価規範として用いて、意思を欠くから婚姻は無効なのだということも可能になります。[参照:民法IV 補訂版 親族・相続 内田貴 東京大学出版会]

”婚姻の意思”は事情によってその解釈を変えることが可能だということになりそうです。(私的解釈)

そしてそれら法理論操作は、実質意思にせよ、法効果期待にせよ、すべて”当人の意思の尊重”がベースにあることは間違い有りません。

意思自治、それが民法の空間を支える気圧だからです。

 

 

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2007/03/22

権利外観法理と不可逆の商機

夏川純、年齢詐称を認める(オリコン)
「一部夕刊紙で年齢詐称疑惑が報じられ、その後疑惑を否定していたグラビアアイドルの夏川純が一転、本日(22日)更新の公式ブログ『Natsujunの日記』で詐称を正式に認めた。「ファンの皆様へ」と題し、「今、一部メディアで私の年齢につきまして色々な報道がされていますが、お騒がせして、申し訳ありません。私の本当の年は1980年9月19日生まれの26歳です」と発表( 夏川純の写真はこちら )。その理由について「今の事務所に移った時、スタッフと相談して名前も変え、生まれ変わったつもりになり、又、10代の方々に応援してもらいたい気持ちが強く、19歳ということにしてしまいました」と告白している。」

商法の9条2項をご覧下さい。

第9条

「2 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない。」 

商業登記とは、商法や会社法の規定により、商業登記簿に記述される記録のことをいいます。

それはたとえば会社の代表者が誰なのか、所在地はどこなのか、資本金はいくらの会社なのかといった情報です。

商業登記は、商人や会社に関する取引上重要な事を公示することで、商取引の円滑と確実を図り、利害を調整することを目的としています。

取引しようとする一般の人からすれば、取引上重要な事項を登記で公示されれば、調査の手間が省け、不測の損害から守られることになります。

他方で商人や会社の側としても、いちいち会社の情報を先方に伝えなくとも登記により公示されている以上、先方は知り得たものとしてビジネスのスピードを上げることができます。

つまり商業登記制度とは、商人の利益とわたしたちの利益の双方の要請が合致して存在するものなのです。

もし、登記の基礎となる事実がないならば、その点については登記がなされたとしても効力が生じません。

しかしながら、それではわたしやあなたが登記を信頼するための根拠が確保できません。

よって商法の9条2項は権利外観法理に基づいて、故意又は過失により不実の事項を登記した人は、その事項が真実に反することを善意の第三者には対抗できないものと定めています。

[参照:新・会社法100問 会社法立案担当者の会 ダイヤモンド社]

権利外観法理とは、真実に反する外観を作出した人が、その外観を信頼してある行為をなした人、たとえば夏川純さんによる23才だというプロフィールを勘案の上、写真集やDVDを購入した人が損害を申し立てれば、夏川さんはその人に対して外観に基づく責任を負うべきであるとする法理論です。

もちろん上記の例はレトリックにすぎませんが、イメージを商材とするビジネスにおいて、一般公衆には権利外観法理上の責任を問う道が事実上閉ざされている点は、逆にここにある商行為の特徴をひとつ記述しています。

そのビジネスは、”言ったモノ勝ち”なのだという特異構造をもつということです。

 

 

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2007/03/21

社会という万華鏡、争点という覗き穴

東京地裁の堀江判決を批判する(Livedoor News)
「ライブドア事件の本質は「投資組合を通じて行った自社株の売却益を、利益として計上した」という企業会計の問題に尽きる。もし利益計上が合法なら無罪、違法なら有罪、という裁判だ。事件当時、この利益計上が合法か違法かは、公認会計士ですら判断に迷う問題だった。16日の判決では、どう判断されたのだろうか。裁判所は「投資組合は脱法目的で設立され違法」とし、投資組合の存在を否定した。だから、前述の利益計上そのものが法的にどう位置付けられるのかについて、直接判断をしなかった。裁判官は、判断から逃げた。」

刑事訴訟法の256条3項をご覧下さい。

第256条

「3 公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」 

起訴状に「訴因」を記載する制度は、戦争に負けて新しくできた現行刑事訴訟法ではじめて採用されたものです。

訴因とは、検察官による犯罪事実があったことの主張です。

旧刑事訴訟法における起訴状では、単に「犯罪の事実」を示すものとされていました。

それは、旧法では、裁判所は起訴状記載の犯罪事実に拘束されないで、被告人の犯した罪を広く審判することができたからです。

現行法は、被告人席に呼ばれた人が疑われている点に対して十分対応策をとれる権利を保障するため、このような「犯罪事実」の記載方式は維持できないこととなっています。

そこで新たに採用されたのが「訴因」という制度でした。

[参照:田口守一 刑事訴訟法 弘文堂]

訴因という考え方を採用したことで、被告人席に座った人は自分の全人生を360度弁解する必要はなくなりました。

特定の訴因は、起訴状に検察官が書いた時点では彼の主張にすぎず、客観的な嫌疑ではありません。

そして普通、訴因の全ては争われず、そこに争点となる事実とならない事実が混在しています。

争点とは、訴訟において当事者が争う主要な論点のことです。

訴因は、被告人に野球場の広さを教え、争点はさらに被告人がセンターを守ればいいのか、サードを守ればいいのかを確定するものです。(私見)

またその効果として、裁判所が一つの争点へ公的な結論を下せば、その公告機能によりフィールドの陰影ははっきりして、生活者は安心して経済活動等プレーに専念できます。

逆に裁判所が政治的判断によってひとつの争点に関する判断を回避したならば、わたしやあなたにとってフィールドは異常に広く不安な場所として維持されたままになります。

争点はその意味でひとつの訴訟に収まらず、裁判所から社会の形も再規定する機能をも持ち合わせています。

 

 

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2007/03/20

我は政府にかしづき国民を育てるものなり

「死刑になるなら払う」2ちゃんねる管理者、賠償拒否(読売新聞)
「西村氏は閉廷後、報道陣に対し、過去の訴訟で確定した賠償金などについて、「支払わなければ死刑になるのなら支払うが、支払わなくてもどうということはないので支払わない」などと、支払いの意思がないことを明らかにした。西村氏は、これまでに全国で50件以上の訴訟を起こされ、その大半で敗訴が確定。未払いの賠償金や、裁判所の仮処分命令に従わないことに対する制裁金が少なくとも計約5億円に上るとされるが、西村氏が自ら支払いに応じたケースはほとんどない。その理由について、西村氏は「踏み倒そうとしたら支払わなくても済む。そんな国の変なルールに基づいて支払うのは、ばかばかしい」と話した。」

刑事訴訟法の189条2項をごらんください。

第189条〔一般司法警察職員の捜査権〕

「2 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。」 

戦前の警察、帝国警察官がその権限を執行していた範囲、すなわち警察権についての外国人による観察記録があります。

それによれば当時全国の警察を掌握した内務省の活動は以下の様子でした。

「誕生から死に至るまで日本国内のあらゆる個人の生活の日々の細目の上に絶えざる監視の目をみはっていた。

特別高等警察は一切の政治運動あるいは社会運動を調査した。

諸種の警察機関の活動はだんだんと拡張され、第二次世界大戦の末期には、警察は、考えられるほとんどすべてのタイプの政府の施策の遂行を監督するものになっていた」。

(Political Reorientation of Japan, September 1945 to September 1948,Report of Government Section, SCAP, Section IX : Governmental Aspects of Law Enforcement, I.Reorganization of the Japanese Police)

1945年、日本が戦争に負けると日本はポツダム宣言の要求の一環として、警察の大改革を加えられました。

この改革は、ひとくちに「民主化」という言葉であらわされています。

その中心は政治警察の排除と中央集権的警察機構の解体でした。

政治警察と中央集権的警察機構とは密接な関係に立つものであり、この両者を一緒に葬り去って市民の警察をつくりだすことが意図されたのです。

(以上参照:警察の法社会学 広中俊雄 創文社)

現在の警察権には、この暴走を防ぐため三つのタガがはめられています。

それは警察公共の原則、警察責任の原則、そして警察比例の原則です。

その他ふたつの説明はまた別の機会に譲るとして、このうち警察公共の原則とは、警察権が公共の安全と秩序の維持の目的に直接関係のない私生活や私住所、民事関係には干渉することができないというブレーキです。

あなたが隣近所とのいさかいを交番に持ち込んでも、お巡りさんの腰が重いのは戦後の警察権に設けられた三つの限界によるわけです。

このときおまわりさんは、警察公共の原則を説明する言葉として、「警察は民事不介入ですから」とあなたに説明します。

戦前の統制社会を形作った旧警察権をあからさまに復権させないため、刑事訴訟法189条2項も”犯罪があると思料”されたとき以外に警察権が出動することを制限しています。

だれかが掲示板で名誉を毀損された、あるいはその掲示板の管理者責任放棄で名誉毀損状態が継続したと民事裁判に訴え出たとして、敗訴側が賠償金を支払わなかったとしても、それが”死刑”など国家がもたらす刑罰に直結していないのは以上のような歴史的変遷が関係しています。

それはあくまでも司法権によって解決されるべき問題だとしていくことが、結局一生を国家から監視されることからわたしやあなたの生活を守る知の力になります。

それが持ちこたえきれず、法改正によって警察権の拡大が徐々に認められていけばわたしたちはふたたび「陛下の警察官」という概念を条文上に見ることになります。

法と個人のかかわりはすべて主体性をどこに見つけるのかにかかわっており、現在の処その結論の行方はわたしたちにまかされています。

 

 

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2007/03/19

魔法の国の救急車が交差点をパレードする

TDR救急車が衝突、横転/女子中学生ら4人軽傷(四国新聞)
「18日午前10時25分ごろ、千葉県浦安市舞浜の交差点で、東京ディズニーリゾート(TDR)を運営する「オリエンタルランド」所属の民間救急車がトラックと衝突した。救急車は横転し、乗っていた中学3年女子3人=いずれも(15)=と同社の女性看護師(26)が、あごなどに軽いけがを負った。浦安署の調べでは、救急車が赤信号で交差点に進入、右側からきたトラックと衝突した。女子生徒の1人が発熱したため、付き添いの2人を乗せて病院に搬送中だった。3人は神奈川県茅ケ崎市から東京ディズニーランドに遊びに来ていたという。」

消防救の第116号別添1指導事項の9をごらんください。

消防主管部長あて消防庁救急救助課長通知

「9 車両の外観

患者等搬送用自動車は、サイレン又は赤色警告灯を装備するなど、救急自動車と紛らわしい外観を呈していないこと。」 

民間救急車は、「民間患者等搬送事業」と呼ばれ、消防庁の指導基準に基づいています。

消防署にある救急車への出動要請は毎年増加しており、その中には必ずしも救急車の赤色灯による交通法規外の通行を必要としないケースも数多く存在します。

そのため消防庁は一定の基準を定め、患者等搬送事業を指導する際の基準として、消防救第116号により、患者等搬送事業指導基準と、指導基準に適合する事業者を広く住民に公表するための事務処理基準として患者等搬送事業認定基準を示しました。

これにより消防機関による患者等搬送事業に対する指導が全国的に開始されたのです。

よって民間患者等搬送事業者は、消防機関の認定と指導を受けることを条件に運行されていることになります。

しかしそれは救急車と全く同じ路上の権力を付与されている車ではなく、消防救第116号によれば、民間救急車にはサイレンや赤色灯を使うことが許されていません。

民間救急車はあくまで緊急性を伴わない患者さんの搬送を行う事業であり、赤色灯とサイレンで通常の交通法規を曲げることをわたしやあなたが許した消防署の救急車両とは同じでないからです。

*追記

読者の方から、以下のようなご指摘のメールをいただきました。

---------------------------------------------------------

今回事故を起こしたオリエンタルランドの「救急車」は、ご指
摘のような「患者等搬送用自動車」ではありません。
この自動車は、同社が千葉県公安委員会に緊急自動車「救急用
自動車」としての届出を行い、受理された道路交通法上の「救
急用自動車」です。したがって、外観は白色で赤い帯があり、
サイレンも警光灯も備え、患者の状況に応じて、緊急走行や通
常走行を行っています。

法的な根拠は素人で判然としませんが、緊急自動車であること
は間違いありません。(道交法上の届出が許されている「医療
機関」として扱われているのかな?)

ちなみに、現在はTDLとTDS用に各1台、計2台を保有(このうち
の1台が今回の事故の当事者車両)しています。
また、緊急性を伴わない医療機関等への搬送については、通常
のワゴン車などを改造した車両(8ナンバーですが当然緊急自
動車ではありません)数台も併せて配備されています。

なお同社は、消防用自動車(ポンプ車)も緊急自動車としての
届出を行い保有しています。

---------------------------------------------------------

オリエンタルランドの救急車は厳密には新聞記事中にあるような”民間救急車”などではなく、公安委員会から許可を受けた正式な緊急自動車だということです。

丁寧なご指摘どうもありがとうございました。

追記の上修正させていただきます。

 

 

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2007/03/17

主砲は投票、砲弾は立候補

タレントの桜金造氏、出馬の意向=都知事選(時事通信)
「タレントの桜金造氏(50)は16日、東京都知事選(4月8日投開票)に立候補する意向を表明した。取材に対し「少子化対策や防犯に力を入れたい」と述べた。16日午後、都選挙管理委員会事務局を訪れ、立候補の関係書類を入手した。桜氏は広島市生まれで東京育ち。1975年にコメディー集団「ザ・ハンダース」で芸能界デビュー。テレビドラマや映画などで活動している。」

憲法の15条1項をごらんください。

第15条

「1 公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である。」 

公職に立候補できる権利は誰にでも保障されていそうですが、法律的には、単に投票ができる自由より年齢等比較的厳しい条件が課せられています。

実は憲法のどこにも、「国民には立候補する自由がある」とは書いてありません。

そこでこれに関してモメ事が起きると、いったい立候補する自由ってのはあるのかないのかが過去争われてきました。

(法律は立候補しようとする人に条件だけを突きつけており、立候補する自由などは書いていないという学説も有力でした)

その代表的なものとして、昭和43年に炭鉱の労働組合内の内紛が法廷に持ち込まれた事件がありました。

北海道の炭鉱労働組合で、市の議員を選挙する時、組合に利益のある統一候補者を全員で支持しようとしたところ、ひとりの組合員が勝手に立候補しようとしました。

組合役員は票が割れることを防ぐため、立候補を辞めさせようとしましたが彼は翻意せず、結局彼が当選してしまいました。

組合役員は彼に一年間組合員としての権利を停止すると通告したので、当選人を威迫したとして公職選挙法違反に問われた裁判です。
(三井美唄炭鉱労組事件 昭和43年12月4日)

このとき最高裁は、

「被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、

そのことは、ひいては、選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な選挙の本旨に反することとならざるを得ない。

したがって、立候補の自由は、選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、きわめて重要である。

このような見地からいえば、憲法15条1項には、被選挙権者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、

これもまた、同条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである」のだとして、立候補する自由保障の法的論理構成を示してみせました。
[参照:憲法判例百選(2) 芦部信喜・高橋和之・長谷部恭男 有斐閣]

そうした判例理論、そして現在の学説上の通説によれば、わたしやあなたの投票する自由の真価を担保する形で、立候補する自由もまた保障されているというわけです。

つまり立候補の自由は、わたしやあなたの過ごす一生の環境を決めるために用意された、”表現の自由”という主砲が放つ砲弾選択の自由です。

 

 

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2007/03/16

地中の仮面は混沌の住処

日本最古の人面彫刻? 東名遺跡から木製品(佐賀新聞)
「縄文時代早期の貝塚群がある東名遺跡(佐賀市金立町)を調査している佐賀市教委は15日、人の顔のように彫った約7000年前の木板が出土したと発表した。人面であれば縄文時代の出土例はない。市教委は「面とは断定できない。ただ日用品ではなく祭祀(さいし)、儀礼で使ったもの」とし、当時の精神世界を知る貴重な資料になりそうだ。」

文化財保護法の92条1項をごらんください。

第92条(調査のための発掘に関する届出、指示及び命令)

「1 土地に埋蔵されている文化財について、その調査のため土地を発掘しようとする者は、文部科学省令の定める事項を記載した書面をもつて、発掘に着手しようとする日の30日前までに文化庁長官に届け出なければならない。(以下略)」 

祭祀に使われる仮面とは、どのような役割を負うものなのでしょう。

たとえば北米インディアン、オノンダガ族は、祭祀時に「歪んだ顔の仮面」を使います。

彼らの神話の中によれば、仮面の顔が歪んでいる理由はこうです。

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「創造主は仕事を終えた後、創造したものを調べ悪霊を追い払うために方々を旅した。

世界の西の端まで行ったとき、彼は巨人に出くわした。

それはすべての顔の長だった。

創造主は巨人にどこから来たのか尋ねた。

その見知らぬ者は自分はロッキー山脈の向こうからやってきたといい、自分が大地を創造し、それからずっと住んでいると答えた。

それから二人は、どちらが本当の創造主なのかをめぐって口論となり、議論に決着をつけるために競争することにした。

勝った方が世界の創造主の称号が与えられることになった。

それぞれが魔術で遠く離れた山を呼び出すことになった。

そこで彼らは背中を西に向けて座った。

巨人は亀でつくったガラガラを振り、すべての動物を怖がらせて、山に向かって叫んだ。

しかし山はほんの少ししか動かなかった。

それから創造主が叫んだ。

すると山はただちに彼の所までやってきた。

これを見て巨人は激怒し、背後の山をみようと素早く振り向いた。

巨大な岩が彼の顔にぶつかった。

この衝撃で彼の鼻は折れ、痛みで顔は歪んだ。

創造主は勝ったが、たとえ山が自分の魔力の方に完全に反応したとしても、巨人もたいへんな力があると認識した。

そこで創造主は巨人に地上のあらゆる病気を追い払い、旅や狩りをする人々を助ける仕事を与えた。

その代わりに巨人は、もし人々が彼の肖像画や面をつくり、彼を先祖と敬い、煙草の捧げものをしてくれれば人間にも病気を治す力を与えることにした。

創造主は世界の西の端に方に巨人の住む場所を与え、巨人も人々が助けを求めて彼のところに来たらいつでもそれに応えることにした。」

---------------------------------------------------------

神話では巨人はたいがい宇宙の秩序に対立する力を意味します。

にもかかわらずオノンダガ族の神話では、創造主は巨人の力を自分の計画に統合しています。

また夢の世界では、巨人とは自己主義、攻撃、破壊的衝動など陰の性質を象徴するものです。

そして同時に陰は、自我が必要とするエネルギーや才能が住む場所です。

その陰が勝手に動き出し、混沌とした無意識の状態に戻らないようにしてこの関係の責任を持つのが自我です。

それが彼らの神話でいう巨人と創造主の関係であり、仮面は陰という混沌のエネルギーを象徴しているといえます。

(以下参照:元型と象徴の事典 ベヴァリー・ムーン 青土社

創造者と巨人、あるいは秩序と混沌の関係は、法が土くれの中の木片を捕捉するための手続を、文化財保護法92条で用意していることの中にも見ることができます。

創造者がそうだったように、現代の秩序を司る法も、カオスに還った過去の文明の痕跡に期するものがあるのです。(私見)

 

 

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2007/03/15

臨界:青い光

北陸電力が志賀原発の臨界事故隠す、制御棒外れ15分(読売新聞)
「制御棒が外れたのは、99年6月18日午前2時17分ごろ。制御棒1本の急速挿入試験のため、残り88本を動かす水圧制御弁を閉じる作業を進めていたところ、誤操作で3本が炉心から抜けた。原子炉の制御システムは、核分裂反応が継続する「臨界」に陥ったことを感知し、緊急停止信号を出したが、この3本を再挿入するために必要な加圧用窒素タンクの準備が不十分だったことなどから、ただちには再挿入できなかった。結局、弁の操作などで3本が炉心に入り、臨界が終息したのは15分後だった。臨界時の出力は定格の1%未満だったが、原子炉の制御が事実上、15分間効かない状態が続いたことになる。」

原災法の第10条1項をご覧下さい。

原子力災害対策特別措置法

第10条(原子力防災管理者の通報義務等)

「1 原子力防災管理者は、原子力事業所の区域の境界付近において政令で定める基準以上の放射線量が政令で定めるところにより検出されたことその他の政令で定める事象の発生について通報を受け、又は自ら発見したときは、直ちに、主務省令及び原子力事業者防災業務計画の定めるところにより、その旨を主務大臣、所在都道府県知事、所在市町村長及び関係隣接都道府県知事に通報しなければならない。(以下略)」 

臨界事故とは、核燃料物質がつぎつぎと核分裂反応の連鎖を起こす臨界量を越えてしまい、爆発的に増加しはじめ人間には制御できなくなる状態をいいます。

これをふせぐため核燃料物質は少量に分割して保管し、専門知識をもつ技術者が十分注意を払って取り扱わなければなりません。

にもかかわらず平成11年9月30日、茨城県東海村にあるJCOはそのウラン加工工場で臨界事故を起こしてしまい、二人の作業員が重篤な放射線被ばくにより死亡しました。

これをうけて原子炉等規制法の特別法として、原災法が2000年6月16日から施行されました。

そして事故発生時の初期動作を適格に確保するため、その10条第1項は一定の事象が生じた場合の通報を原子力事業者の原子力防災管理者に義務付けています。
(以上参照サイト:原子力図書館 http://mext-atm.jst.go.jp/

それは、中性子線の測定器など特別な機器や人員が存在せず、実際にそこでなにが起こっているのか全く判別できなかった東海村の悲劇を糧にした条文です。

本法施行前だとはいえ、わたしたちが原子力がアンコントローラブルになっていた事態を事業者から知らされるまで、8年の歳月を要してしまいました。

いったいその時周囲何キロ範囲まで中性子線が周囲の生活圏を貫通していったのか、今となってはわかりません。

もし原災法という、原子力災害からわたしやあなたの命、身体及び財産を保護することを目的に設立された法律が今後も軽んじられる事態が続くなら、法とは違った角度で事業者の真意を見つめる作業が新たに必要になります。

 

 

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2007/03/14

ガラスボートの上で銛を研げ

松岡農相の光熱水費問題、閣僚からも「説明不十分」(読売新聞)
「13日の閣議後の記者会見で、松岡農相の資金管理団体の光熱水費問題について、各閣僚から擁護論が出る一方、農相が説明責任を果たすよう求める声も上がった。尾身財務相は「(農相は)政治資金規正法にのっとって適切に届け出をしている。ルール通りのことをやっているということで私はいいと思う」とし、冬柴国土交通相も「政治資金規正法にのっとっているのであれば、それ以上言うことはない」と語った。ただ、高市沖縄相は「今の説明では私自身も分からない。具体的にこういう品目でいくらかかったと、ざっくりとなら出せるのではないか」と強調。山本金融相も「通常の常識の範囲内に収まるまで議論を尽くさないと説明責任は全うできない」と述べた。」

政治資金規正法の第12条をご覧下さい。

第12条(報告書の提出)

「政治団体の会計責任者は、毎年12月31日現在で、当該政治団体に係るその年における収入、支出その他の事項で次に掲げるものを記載した報告書を、その日の翌日から3月以内に、第6条第1項各号の区分に応じ当該各号に掲げる都道府県の選挙管理委員会又は総務大臣に提出しなければならない。」 

わたしたちの国の政治は、わたしたちが直接運営しません。

そのかわりに代表者を選んで国会に送り込む、いわゆる議会制民主主義をとっています。

この議会制民主主義で政治家が本分を発揮しようとすれば、主義・主張を実現するために団体を作って、議会の多数派を形成しなければなりません。

そのためには選挙の時だけではなく、日常的に多様な政治活動が必要になります。

しかし、そのためにはなにはなくとも大量に先立つものが必要になります。

それは人件費であったり、事務費、通信費、調査費、あるいは交際費などの、つまりお金です。

そのためそういったお金をどこから調達してくるのかは、政治家の頭の中を常に占領する避けがたい問題になります。

逆に言えば政治を自分のビジネスに都合よく動かしたい団体からは、まさにそこがつけいる隙になります。

そこで代表者を送り込む私たちとしては、なんとかそこから議員が特定勢力のパシリになることを避けるための手だてをたてなければなりません。

しかし団体の献金などを直接法で封じてしまうことは、憲法の保障する表現の自由・政治活動の自由を制約してしまうことにもつながります。

そこで政治資金規正法は、せめて政治資金の流れを国民の前にガラス張りで公開し、わたしたちの判断を仰ぐために昭和23年に成立した法律です。

つまりこの法律は、やたら濁りやすい議会という海に収支報告書というガラス底のボートを浮かべ、いつも海底をなるべくわたしたちに見えやすくしようというような存在です。

もしそのガラス底をのぞき込むひとが海底に歳費を喰う魔物を見たとしても、船の底がガラスであることだけが法律ならば、わたしたちはその魔物をみすみす見送らなければなりません。

「農相は政治資金規正法にのっとって適切に届け出をしている」という言い分は、わたしたちに銛で魔物を刺すための新しい条文を要求しています。(私見)

 

 

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2007/03/13

礫を飛ばして憲法を葬れ

痴漢“冤罪”父悲痛な訴え「息子はやってない」(ZAKZAK)
「インターネットで情報収集を始め、「通常の痴漢裁判では被害女性の証言が終わるまでは保釈されないと知った。長い人は1年もかかることもある」と悲観的な現実を知った。参考になればと、痴漢冤罪裁判を描いた公開中の映画「それでもボクはやってない」(周防正行監督)も見た。そして、弁護士と話し合い、「証言があれば冤罪を証明できる」と目撃者探しを決意した。」

憲法の31条をごらんください。

第31条〔法定手続の保障〕

「何人も,法律の定める手続によらなければ,その生命若しくは自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない。」 

刑事訴訟において、検察官に有罪の立証責任があって、もし裁判所が犯罪事実の存否について確信を得られなかった場合には、被告人に有利に判定を下さなければならないという原則のことを、利益原則(疑わしきは被告人の利益に)と呼びます。

利益原則は、証拠法において実質的挙証責任が検察官にあることを意味しています。

そしてそのことは、無罪の推定が被告人に及んでいることの裏返しの表現になります。

つまり利益原則とは、憲法31条が要求する「正しい手続を踏まなければわたしたちは国家に刑罰を科せられない」という、適正手続思想下の存在だということになります。

以上のような論理構造で、利益原則は刑事訴訟法にはその条文がないものの、学説上憲法31条から当然導かれるものと考えられています。

例外として被告人の側に挙証責任が課されるのは、名誉毀損における事実の真実性など、とても特別な場合だけです。

よって本来、電車内で被害にあったとされる女性の証言が、単独では犯罪があったとの合理的な疑いを越えるには足りない場合、法理論上は利益原則が働いて証言の証明力はゼロに戻されなければなりません。

にもかかわらず被告の父が子の無罪の証明のため奔走して準備しなければならないという訴訟の現実は、あたかもカチカチと憲法の中核につぶてを飛ばしているかのような景色です。(私見)

 

 

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2007/03/12

罪体は上空1万メートルで変態する

飛行中の操縦席に客室乗務員、日航が機長らを厳重注意(読売新聞)

「日航によると、この機長は離陸から約6時間後のロシア・シベリア上空を巡航中、操縦室に飲み物を運んできた客室乗務員に操縦席に座るよう勧め、自分が持っていたデジタルカメラで写真を撮影していた。客室乗務員はこの際、自ら操縦かんに手を添えるポーズをとっていたという。」

航空危険行為処罰法の6条をご覧下さい。

航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律

第6条

「1 過失により、航空の危険を生じさせ、又は航行中の航空機を墜落させ、転覆させ、若しくは覆没させ、若しくは破壊した者は、十万円以下の罰金に処する。

2 その業務に従事する者が前項の罪を犯した時は、三年以下の禁錮又は二十万円以下の罰金に処する。」 

刑法の条文に該当することになるかどうかを判断するのが、各条文から導かれる構成要件というツールです。

そしてその構成要件は明確でなければ、国家の機嫌次第で犯罪者が乱発されることになります。

しかし航空危険行為処罰法が定める6条では、何をすれば”航空に危険を与えた”ことになるのかははっきりと明記がなされていません。

結局裁判沙汰になれば、その構成要件該当性の解釈は裁判官の解釈に任されることになります。

これは一面で構成要件の明確性を要求する近代刑法の大原則を曲げているともいえます。

さらに近代刑法は、結果責任主義という思考フレームを採用しており、結果がでなかった行為については本来、民事上や行政上の責任を問うことはあっても、刑事上の責任は問おうとしません。

しかし6条は結果がでなかった場合をもその対象範囲としており、刑事罰がかかる条文としては珍しく行為責任主義を採用しています。

しかも一項で一般人がこれを犯せば10万円以下の罰金とされているのに対し、二項で航空関係者がこれを犯せば3年以下の禁固又は20万円以下の罰金と罪が重く設定されています。

「航空危険行為処罰法」という法律は、ハイジャックが多発した1970年代に生まれており、行為に事故を呼ぶ必然性がなくとも刑罰を与えることができる”航空の危険”という、特別に広範な構成要件を用意する必要があったのだと考えられます。

ここで私は飛行中の機長席に客室乗務員を座らせたことが6条の構成要件に該当するなどというつもりはありません。

ただ時速800キロで飛ぶ高度1万メートルの上空は、刑法の基本原則を易々と湾曲させてしまうほど特別な空間であることを、再度ご確認いただければと願うのです。

 

 

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2007/03/10

自尊というブレーキはオプション装備

研究費の半分以上余剰金に 厚労省の補助金詐欺事件  (熊本日日新聞)
「調べなどによると、厚労省は「障害保健福祉総合研究事業」として京都府内の大学の主任研究者に、2001-02年度で計約3000万円の補助金を交付。中村容疑者は当時の自分の部下2人に一部の研究を分担させるなどした。部下2人の研究には01-02年度で計約370万円の補助金が分配されたが、半分以上の約210万円が余剰金となり、非政府組織(NGO)レインボーブリッヂ代表代行の小坂博幸容疑者(54)=同容疑で逮捕=が社長をしていた会社との架空取引に回された。」

補助金等適正化法の第11条1項をご覧下さい。

補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律

第11条(補助事業等の遂行)

「1 補助事業者等は、法令の定並びに補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件その他法令に基く各省各庁の長の処分に従い、善良な管理者の注意をもつて補助事業等を行わなければならず、いやしくも補助金等の他の用途への使用をしてはならない。」

補助金とは、行政主体が公益上の必要に基づき交付する金銭的給付をいいます。

補助金は行政の目的達成のための一手法として多様な用いられ方がされており、交付につき昔から不正が発生することから、その支出の適法性が問題とされてきました。

そもそも憲法は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」として公金の流出に原則歯止めをかけています(89条)。

しかし一方で公益上の目的のために公金を特定の事業者に移転する必要がある場合も認め、補助金の交付や交付後の監督に関する規制法として制定されているのが補助金等適正化法です。

しかしそれでも役所が用意した現金を狙う人たちはいます。

そこで補助金等適正化法11条の規定に違反して補助金等の他の用途への使用又は間接補助金等の他の用途への使用をした人には、3年以下の懲役か、50万円以下の罰金が命じられ、あるいは併科されます。(30条)

補助金は、わたしたちが公益上の目的達成のため、国や地方から貴重な財源を事業者に移転することを許した特別措置です。

しかしその思いを、臆面なく懐に引き入れる輩もまたいつの時代も存在することを、補助金等適正化法は今後も予告しつづけます。

 

 

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2007/03/09

インセスト:タブーであって違法でないこと

近親婚にも遺族年金 最高裁初判断、受給資格認める(中日新聞)
「泉徳治裁判長は判決理由で「内縁関係の近親者は厚生年金保険法で保護されるべきではない。ただ農業後継者確保などを目的に、おじめいなどの内縁関係は散見され、その関係形成経緯や周囲の受け止め方、生活期間、子の有無などから反倫理性や反公益性が小さければ年金を受給できる」との初判断を示した。その上で「原告の場合は叔父の子を養育するのが目的で親族や地域も受け入れ、円満に生活していた」として請求を認めた。」

民法734条の1項をごらんください。

第734条〔近親婚の禁止〕

「1 直系血族又は3親等内の傍系血族の間では,婚姻をすることができない。但し,養子と養方の傍系血族との間では,この限りでない。」 

法律上、自分達の婚姻を社会に認めさせる、つまり事実婚と呼ばせないために、民法はまず739条で届け出を要求します。

そしてその届けを役所に認めさせるために、更に民法は二人の婚姻の意思が合致していることを前提に、四つの実質的要件を要求しています。

731条 婚姻できる年齢であること

732条 重婚ではないこと

733条 待婚期間はすぎていること

そして734条から736条が、近親婚ではないことを要求するのです。

(更に未成年の場合、婚姻に父母の同意を要求されます)

近親婚とは、親等の近い親族間の婚姻をいい、民法は、直系血族間、3親等内の傍系血族間、直系姻族間の婚姻を禁止しています。

叔父さんと姪は3親等内の傍系血族にあたり、わたしたちの社会では法律上この婚姻を認めないことにしています。

インセストがなぜタブーとされるのかは、感情や俗説を越えれば、科学的説明はなされていません。

ただし仮に生まれくる赤子に身体的害は与えなくとも、遺伝形質を2倍にはし、近親以外と結婚していればもてるはずだった遺伝子的発展の可能性は子供から剥奪しているとはいえます。

近親婚について、ロビンソン・ジェファースが「悲劇の彼岸にある塔」という詩のなかで、ひとつのギリシア神話を描いています。

ミケーネの王アガメムノンがトロイ戦役にギリシャ軍を率いて出征中、彼の妻クリュタイムネストラは彼女の叔父エジステウスを情夫として引き入れました。

王アガメムノンがトロイから帰還したとき、彼女は夫を殺害してしまいます。

続いて彼女は幼い息子オレステスをも国外に追放し、娘エレクトラを奴隷の地位におきます。

成年し復讐にあらわれたオレステスは、色仕掛けまでして命乞いをする母クリュタイムネストラを殺害してしまいますが、そのことで気が触れてしまい森のなかで幻影を見ます。

「自分は暗闇のなかを動く自分たちの幻影を見た

それらすべては自分が行なったこと、あるいは夢みたものだ

お互いを凝視して男は女を追い女は男にしがみついた

戦士たちと王たちは暗闇のなかでお互いに引き合った

みんなはなくなった人びとの一人ひとりを心のなかで愛したりそれと闘ったりしていた

自分をほめてくれる他人の目を探し求めた

決して自分自身ではなく、他人の目を

彼らが後ろをふり返ると、彼らはただ始点に立っている一人の男を見る

あるいは前方に目をやる終点に一人の男を見る

また見上げればはげしく輝いている大空を大またで歩きかつ楽しんでいるものを見る

それをあなたは神々と呼ぶ

ひるがえって心のなかを見るとあなた方の欲望はすべて近親相姦である」

親殺しオレステスは、やがて女神アテナによって許されることになります。

[出典:ロロ・メイ 失われし自己をもとめて 誠信書房]

ジェファースが描いたように、社会が近親婚を禁ずるもまた、居心地のいい家族の支配から脱して人に真の自由をうながすための、古来からの集合無意識的な施策であるかもしれません。

ただ社会が法的認定を与えないことと、人に誰かを愛する自由のあることは、また違ったレベルのお話です。

今回の最高裁判断もそのレベルの差異を詳細に検討し遺族年金の受給を認めているように読めます。(私見)

 

 

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2007/03/08

我が子が着るは知らぬ者のセーター

紅白バージョンの「おふくろさん」、JASRAC認めず(朝日新聞)
「森さんの所属事務所などによると、付け加えているのは「いつも心配かけてばかり いけない息子の僕でした 今ではできないことだけど 叱(しか)ってほしいよ もう一度」の歌詞。「おふくろさん」は71年の曲で、森さんは77年から作詞家の故保富康午(ほとみ・こうご)さん作のこの部分を冒頭に付けて披露してきたという。 川内さんは昨年末のNHK紅白歌合戦でこのバージョンを聴き、「意に反する改変」だとして、JASRAC上層部に2月20日付の書面で訴えたという。 JASRACは見解で、森さんが歌詞を付け加えて歌う「改変」は川内さんの有する同一性保持権(著作権法第20条第1項)を侵害している疑いがあると指摘。「改変されたバージョンを利用すると法的責任が生じる恐れがあり、利用が判明した場合には利用許諾できない」などとしている。 」

著作権法の20条1項をごらんください。

第20条(同一性保持権)

「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」 

同一性保持権とは、著作物が著作者の意図しない形に改変されることにより、著作者が精神的苦痛を受けることから救済しようとする著作権法の作用です。

それは著作者のおカネと心のうち、心の部分を保護しようとするもので、つまり著作者人格権の一種になります。

心の問題は一身に専属し、譲渡することができませんので、森進一さんにはもともと改変することが著作権法上許されておらず、これを無断で行った場合は同一性保持権の侵害となります。

侵害に至る程度かどうかの判断は、”もしあなたがおふくろさんの作詞家であったとき、付け加えられた歌詞は自分のものと世間が認知することを容認できる程度か”が分水嶺になります。

なぜならそれが著作権者の心を侵害する行為である以上、同一性保持権侵害とは「一般公衆が付け加えられた歌詞も原曲の作詞家、川内康範さんの感性であると認識してしまうこと」を本質とするからです。

つまりいくら森進一さん側が無断改変という行為だけを、とらやの羊羹をもって謝罪にいこうとも、同一性保持権の真の侵害源は除去されることがありません。

侵害の本質を除去するためには、裁判所など公的機関が「付け加えられた歌詞は川内康範さんの意に反するものである」ことを認定し、森進一さん側が費用をもってこの決定内容を広告し、一般公衆に知らしめるという措置が必要になると考えられます。

なぜならワイドショーの報道のみでは、事の真偽が明らかにならず、潜在的に著作者側への”世間の誤解”という侵害状態が続くといえるからです。

著作物はよく自分の子供に例えられます。

自分の子供がある日突然知らないセーターを着て帰ってくれば、親の心が胸騒ぐのもまた当然といえるのです。

 

 

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2007/03/07

問われざる資格は覚悟

お手柄中学生 事故車から男性救出(KSBニュース)
「5日午後8時15分頃、 坂出市府中町の県道で右折しようとしていた軽自動車に、後ろから来た乗用車が追突