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2007/04/28

車椅子の人、誰よりも早く宇宙を見てきて欲しい人

車イスのホーキング博士が無重力状態を体験(日テレNEWS24)
「「車イスの宇宙物理学者」として世界的に有名なイギリスのスティーブン・ホーキング博士が26日、長年の夢である宇宙旅行の第一歩として、無重力状態を体験した。「約40年間の車イス生活から解き放たれ、ついに無重力を体感するチャンスを得た」-著しい筋力の低下を引き起こす難病「ALS」のため、40年以上にわたり車イス生活を続けるホーキング博士は、アメリカ・フロリダ州「ケネディ宇宙センター」から、無重力状態を体験するため戦闘機に搭乗した。この無重力状態は、高度1万メートルから2500メートルまで急降下することによって作り出されるもので、今回、博士は約4分間の無重力飛行を楽しんだ。ホーキング博士は、「無重力空間は素晴らしい。これから何度でもできそうだよ。宇宙よ、待っていてくれ」と話し、09年にも宇宙旅行に挑戦するという。」

宇宙条約の1条をごらんください。

月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約

第1条(基本原則)

「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用は、すべての国の利益のために、その経済的又は科学的発展の程度にかかわりなく行なわれるものであり、全人類に認められる活動分野である。月その他の天体を含む宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基.礎に立ち、かつ、国際法に従つて、自由に探査し及び利用することができるものとし、また、天体のすべての地域への立入りは、自由である。月その他の天体を含む字宙空間における科学的調査は、自由であり、また、諸国は、この調査における国際協力を容易にし、かつ、奨励するものとする。」 

かつて光の速度を秒速30万キロメートルだと割り出されたとき、当時の物理学者は、それを宇宙という箱が絶対静止していることを基準にする速度だと考えていました。

しかしその後、光の速度は、どのような方向で計測してもいつでも秒速30万キロメートルであることがわかり、どうやら宇宙という家は、絶対的に静止などしていなさそうだと考えられ始めました。

やがてアインシュタインは、ガリレイの相対性理論にいう”あらゆる慣性系で力学法則が同じになる”ということばの”力学”だけを置き換えて、”電気や磁気を含めた物理法則が、あらゆる慣性系で同じになる”と提唱しました。

これがアインシュタインの考え出した特殊相対性原理なのだそうです。

そしてその原理で見た世界のなかで、もし光の速度が絶対的に30万km/sなのだとしたら、変わらなければならないのは光のほうではなく、”km”や”s”、すなわち空間や時間という概念のほうになります。

やがてアインシュタインはさらに世界を説明する一般相対性理論を打ち出すと、ニュートンの設定した絶対空間と絶対時間に代えて、時間と空間、物質は相互に影響しあっていることを証明したのだといいます。

それは重力によって時間も空間も歪められているという、驚くべき指摘でした。

のちにアインシュタインの方程式により膨張宇宙モデルが考え出されると、最初に遡れば宇宙は原子ほどに小さかったはずだと考えられ、この原初原子が爆発したことで宇宙が生まれたと考えられるようになりました。

のちに宇宙のあらゆる場所にビッグバンの証拠である「背景放射」が発見され、ビッグバン理論はその正しさが証明されることになります。

車椅子の天才理論物理学者、スティーブン・ホーキング博士は、宇宙の誕生以前には虚数(掛け合わせるとマイナスになる数)の時間が流れていたという驚愕の着眼を披露、”膨張宇宙において、膨張を開始する前の最初の一点はどうだったのか”という特異点問題を解決してみせたのだといいます。(以上参照:目からウロコの宇宙論―最新理論から宇宙の謎がここまでわかった!

ところで現実の宇宙のほうは、1957年に旧ソ連のスプートニクが打ち上げられるとやにわに物騒になってきていました。

そのような中で急遽作られた宇宙条約は、宇宙憲章あるいは宇宙基本法ともいわれ、宇宙活動の基本理念を述べ、基本体制を敷いた重要な条約です。

その内容としては宇宙活動の探査、利用の自由、天体を含む宇宙空間が困家の領有の対象とならないこと、核兵器その他の大量破壊兵器を宇宙空間に配置しないこと、天体が平和目的のみに利用されること、宇宙活動から生ずる責任が国家に帰属することなどを定めています。(参照:解説条約集 2007 (2007) 三省堂)

宇宙条約が地上から張り巡らされているその場所へ、数年後ホーキング博士は旅立つ予定です。

重力は、そもそも宇宙の開闢時から存在した原始の力が、最も早く枝分かれした力だと考えられており、その力は現在も質量を持つすべての粒子に対して働いています。

国家の思惑どころか、重力という宇宙の力まで手の届かない場所に浮かんで、天才はきっとまた面白いアイディアのことを私たちに教えてくれるはずです。

 

 

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2007/04/27

The Second Law:ユニクロが勝ったもの

障害者の雇用、ユニクロが1位…2位マック、3位しまむら(読売新聞)
「障害者雇用率が最も高かったのは、カジュアル衣料の「ユニクロ」の7・42%。656・5人(障害の重度や労働時間に応じ、1人の雇用を2人分と数えたり、0・5人分と数えたりする)を雇用し、全産業の平均1・52%を大幅に上回った。障害者雇用促進法は、企業などに障害者の最低限の雇用割合を定め、民間企業の法定雇用率は1・8%。」

障害者雇用促進法の37条をごらんください。

障害者の雇用の促進等に関する法律

第37条

「すべて事業主は、身体障害者又は知的障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、適当な雇用の場を与える共同の責務を有するものであつて、進んで身体障害者又は知的障害者の雇入れに努めなければならない。」 

障害を持つ人を雇用しようという企業が多く出現することは、資本原理下の世界では基本的に難しいといえます。

しかし障害のある人への福祉の基本は、彼が職業人として自立するところにあるのもまた事実です。

そしてもし社会が両利益の調和を目指すなら、雇用の機会を社会に提供する社長さんに、資本主義という原理と社会福祉という原理のバランスをとる重要な役割を果たしてもらわなければなりません。

つまり37条にいう”社会連帯”とは、障害を持っている人を障害を持っているという理由だけで置き去りにしない社会をつくるため、民間、官公庁を問わず事業主が協力して彼らに一定の場を確保しようという理念だということになります。

さらに記事中にある雇用率とは、その社会連帯を各企業が雇用する労働者数に応じて平等に分担しようとして生み出された指針です。(参照:障害者雇用促進法の逐条解説 厚生労働省 職業安定局 高齢・障害者雇用対策部)

その数字のクリア率とは、すなわちその事業主が社会に於ける自分の役割をどの程度自覚しているのかを裏書きしているといえるかもしれません。

誰かが現実に動かなければ、現状維持あるいは衰退の道をたどらざるをえないのがエントロピー第二法則下にある社会の運命です。

そしてその熱力学法則に逆い社会が調和を取り戻すのは、「誰かとはわたしのことである」という主体性を、事業主を含めて多くの人が持った時だけに限られています。

 

 

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2007/04/26

自己はどこにあるのだろう

六本木キャバクラ社長ら逮捕=店員を監禁暴行、重傷-ホステス他店紹介で・警視庁
「ホステスを他店に紹介した男性店員を監禁、暴行し、重傷を負わせたとして、警視庁麻布署は25日までに、逮捕監禁致傷容疑で、東京都港区六本木の有名キャバクラ「チック」社長瀬戸晴夫容疑者(35)=世田谷区世田谷=と男性店員3人を逮捕した。同容疑者らは容疑を認め、「男性が、自分がスカウトした女性をよその店に回したため、腹が立った」と供述しているという。」

刑法の220条をごらんください。

第220条(逮捕及び監禁)

「不法に人を逮捕し、又は監禁した者は、三月以上七年以下の懲役に処する。」 

監禁とは、人を一定の区域内に置いて、そこから脱出することができないようにすることをいいます。

それは脱出が絶対に不可能である必要はなく、とても難しければ不法監禁罪になります。

手段は暴行・脅迫によらなくても、例えば勘違いを利用しても不法監禁にあたります。

逮捕・監禁という罪は、わたしたちの身体活動の自由を誰かによって奪われないために設けられた概念です。

実はその条文がどんな利益を保護する一条なのかをめぐっては、「行動したいときに行動できる自由を保護しているのだ」と考える可能的自由説と、「現実に行動に移したときに自由を妨げられない利益だ」とする現実的自由説とが学説上対立しています。

そして判例や学説上の通説は「監禁罪は行動したいときに行動できる自由を保護しているのだ」と解釈しています。

それは身体を一個の物質として見るのではなく、わたしたちという本質を乗せたそれぞれの身体が移動を開始しようとした刹那、すでにそれが可能であるという状況確保への司法的価値判断だと思われます。(私見)

そこに存在する議題は、身体の両義性(引用:法と身体 森田成満)という言葉に置き換えることが可能です。

かつてガブリエル・マルセルは身体の両義性について「存在と所有 (1970年)」のなかで語っていますが、哲学者鷲田清一はそれを要約し、以下のように述べています。

「ひとが「もつ」ことのできるもの、あるいは「所有」することのできるもの、それはガブリエル・マルセルも言っていたように、そのひとにとってなんらかの意味で<外>にあるものであ[る]。…そのとき、「わたし」にとっての外側が皮膚の外側であるとすると、「わたし」は皮膚の内側、つまりこの身体であると考えられていることになる。「わたしは身体である」というわけだ。これはとりもなおさず「わたしは身体をもつ」のではないということである。」(参照:鷲田清一 悲鳴をあげる身体

現実的な移動が遮断されていなくとも監禁罪が成立するのは、身体の自由を奪われることが、身体を脅かすと同時に、身体よりも奥に存在するわたしたちの本質の、その機能を脅かしてしまう行為だからかもしれません。(私見)

なによりそこには難しい哲学を用いなくとも、「私とは身体であり、また身体以上のものでもある」という身体的な感触が常に存在しています。

もし不幸にもあなたが体の一部を失ったとき、あなたはあなたでなくなるのか、そうでないなら、あなたが重要だと考える体の一部を欠損してしまえば、もはやあなたは誰でもなくなるのか、監禁罪という一条の法益を探っていくことで、わたしたちはたどり着きがたい命題の顔を見ることになります。

 

 

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2007/04/25

感情を埋葬せよ

愛染恭子 14歳の姪に恋人取られ暴行 (スポーツニッポン)
「愛染容疑者は「14歳なのに大人と交際していたので、しつけのために殴った。やりすぎた」と容疑を認めている。姪は野田署に「いけないことをしたので殴られた。ただ、あまりにもひどく殴られたので、“もしかしたら殺される”と思って家を飛び出した」と語っているという。」 

児童虐待防止法の第2条をごらんください

児童虐待の防止等に関する法律

「第2条(児童虐待の定義)

この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。
 一 児童の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。
 二 児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。
 三 児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
 四 児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。」 

もし親が健全ならば、子供が目の前で怒りや悲しみを爆発させてもそれらは全て受容され、十分な愛撫とともに育てられます。

逆にそう育てられなかった人は、思う存分泣きたかったという思いと、叱られないために泣かなかったという思いが、未消化のまま彼らの中に存在しつづけることになります。

そもそも子供の頃の怒りの底辺には、存分に愛して欲しいという欲求があります。

しかし怒りの形で愛を求めても、それを拒絶してしまう親に出会えば、子供はその怒りを一定の行動傾向により隠されていかざるをえません。

そして深層に理解され尽くしていない感情を残したまま親になれば、目の前で感情を自由に表現する子供を前に、”自分はあれほど堪えたのに”という感情の爆発を抑えきれなくなるというのが、児童虐待のひとつのプロセスだといわれます。(参照:閉じこもりの原因と治療―登校拒否から出社拒否へ 黒川昭登)

児童虐待防止法2条にいう「保護者」とは、親権を行う人、未成年後見人その他の人で児童を現実に看護、保護している場合の人をいいます。

そのためたとえ親権者であっても、その養育を他人任せにしている人は保護者にあたりません。

逆に親権者や後見人でなくとも、親と同居して親のように面倒をみている大人なども、児童を現実に監督、保護している場合には児童虐待防止法2条にいう「保護者」に該当します。

児童とは児童福祉法同様、満18歳未満の人のことです。

児童虐待防止法2条はそれらの言葉の定義をはっきりさせることで、守られるべき子供と処罰対象となる大人の範囲を明らかにした条文です。

2条が捕捉する”怒りをコントロールできない親たち”の中に、もし未消化の感情を認められれば、周囲の苦言は残念ながら功を奏さないかもしれません。

なぜならそれは彼らに対して、新たに彼らの感情の埋葬を強制する”新しい親の出現”以上にはなりえないかもしれないからです。

むしろ児童虐待問題は、現代において全ての大人に対して、未消化の感情の潜在を問うてみることはとても大切なのだと警鐘しているかのようです。

もちろんそれによって大人の暴力から直接的に救われるのは今を生きる子供達ですが、同時に私たち自身も少なからず救われる気がするのです。

 

 

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2007/04/24

クサビは俺に打たせろ

鈴木ヒロミツさん死去8日前のメッセージ(ニッカンスポーツ)
「延命治療を断り、妻美枝子さんと1人息子の雄大さん(20=大学生)と過ごす日々を選んだ。」「お別れ前に、一つだけ生意気を言わせてください。皆さん、これからの人生を、どうか楽しむために生きてください。人にはそれぞれ願いがあると思います。でも、目的が何であれ、笑って、笑って、腹の底から笑えるような人生を送って欲しい。僕はね、死を前にして、はっきり思ったんです。人生とは楽しいものだと。だから、どうか、楽しむために生きてください」

憲法の13条をごらんください。

第13条

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」 

自分の身なりや家族のあり方、生死に直面して延命治療を行うか否かを自分自身で決定できる法的権利のことを自己決定権と呼びます。

その根拠になりうる条文は、憲法の13条、とりわけ幸福追求権条項だといわれています。

その概念は民法学者の山田卓生博士が1979年、米国の論文などに触発され、法学セミナー誌上で「私事と自己決定」を連載したことがきっかけで法曹の世界に定着しました。(参照:岩波講座 現代の法〈14〉自己決定権と法

自分の身の処し方を人様に迷惑をかけない範囲で自分が決める権利とは、どうにもいとおしい大切な権利のように思えますが、今のところ日本の裁判所が、自己決定権を真正面から認めた判例は存在していません。

考えてみるに、もし不治の病にかかったとき、延命治療に賭けるか、生の形に自ら決着をつけるのかを選んでよいという権利が、法的に確立されていなければ、終局に来ておのれの人生は一体誰のためにあったのかという点をボンヤリさせてしまうことでしょう。

その意味で究極の自己決定権、すなわち自ら死を選ぶ権利(The Right to Die)は、自己決定という言葉の中核にある”自己支配”という価値を、その死の間際で鮮やかに燃やしつくす撃鉄のようです。(私見)

英語の歌詞の曲など、特にセルフプロデュース作にその高い音楽性を示した鈴木ヒロミツさんが、延命治療を拒否して自らの命に決着をつけられました。

そして「皆さん、これからの人生を、どうか楽しむために生きてください」という絞り出すようなメッセージは、読む者の胸をしめつけます。

「自分の支配を取り戻せ」、彼はあたかもそういって笑って去ったかのようです。

 

 

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2007/04/21

SIT:NOPAIN NOGAIN

「救急車を呼べ」閃光と怒号の中、捜査員が次々に突入(読売新聞)
「警視庁によると、竹下容疑者は、ベランダに面した和室で、頭から血を流し、あおむけに倒れた状態で発見された。手足を小刻みに動かし、捜査員の呼びかけにも反応したため、同17分、銃刀法違反の現行犯で逮捕した。この突入の3時間ほど前から、SITは、同じ都営住宅の5号棟の空き部屋を利用し、突入に向けたシミュレーション(模擬訓練)を実施。ブルーシートでベランダを隠しながら、約20人の捜査員が無線を片手に突入の手順を確認した。一方、SITの突入の際には、遠巻きに様子をうかがっていた知人とみられる男性数人が、警察官の制止を振り切り、「やめろ」「死ぬな」と叫びながら102号室に向かって走り出す一幕もあった。」

警察法の第67条をごらんください。

67条(小型武器の所持)

「警察官は、その職務の遂行のため小型武器を所持することができる。」 

日本赤軍によるダッカ事件後の1977年、警察は極秘裏に対テロ特殊部隊の設立に着手しました。

同年には日本警察初の対テロ特殊部隊が秘密裏に設立、警視庁刑事部捜査一課特殊班、通称SITは1992年4月に発足しています。

SITはハイジャック、凶器使用人質立てこもり事件や誘拐事件など一般刑事事件に出動するための特殊班であり、ネゴシエーターと呼ばれる交渉担当捜査官、凶行逮捕する突入専門捜査官、遠距離から射殺する狙撃専門捜査官で主構成され、そこに無線、電話設備に精通する東京都警察通信部専門職員も加わります。

テロ事案担当の警視庁特殊急襲隊(SAT)のような、即射殺もいとわない対テロ戦術では解決が難しい一般刑事事件解決にあたるため、その設立当初は捜査一課の刑事、及びSATからの選抜者で編成されました。

実際、2003年に発生した板橋区都営アパート猟銃立てこもり事件など、難しい事件を経験しています。(参照:警視庁・特殊部隊の真実 伊藤鋼一 大日本絵画)

しかし特殊訓練と特殊重火器に身を包む彼らも、警察法上67条の範囲外にある特殊な存在ではありません。

67条は、旧警察法下での警察官の武器携帯根拠条文を、警察官等職務執行法の7条における武器使用規定だと解釈されてきたものを、改正を機に警察法の中に明記したものです。

そこにいう小型武器とは、警察官が個人装備として携帯できる程度をいうと解釈され、所持とは携帯に限定されず、その占有下にあればよいとまでは解釈されていますが、警察特殊隊員という存在と装備がその範囲内に収まるものかは微妙です。

実際1970年、広島で発生した瀬戸内シージャック事件で、ライフル銃を所持する犯人を射殺した大阪府警機動隊員は、殺人罪の告発を受けており、警察官が武器を所持する根拠法である警察法67条の非常にデリケートな性格を語っています。

それがゆえに特殊部隊の設立は秘匿、その運営も秘匿と成らざるを得ない側面があります。

しかし現実に、日本人による国外におけるテロと、国内におけるテロの両方を経験した現代を生きるわたしやあなたには、命を賭けて特殊任務を遂行できる火力を備えた遊撃班の存在がもはやどうしても必要です。

そしてそうした存在を維持するために、私たちは「法の超拡大解釈」という確信的黙認を支払っているのかもしれません。(私見)

 

 

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2007/04/20

中東自爆テロの母は日本人

『赤軍』菊村容疑者を逮捕 米から帰国直後に
「一九八八年、米国で爆弾を所持したとして逮捕され、服役していた菊村憂容疑者(54)が十九日、成田空港に帰国した。警視庁公安部は同日、米国内で他人名義の免許証を使用した偽造有印公文書行使の容疑で、日本赤軍メンバーとされる同容疑者を逮捕した。これで、日本赤軍のメンバーで国際手配などをされているのは残り七人となった。」

刑法の四条の二をごらんください。

第四条の二(条約による国外犯)

「第二条から前条までに規定するもののほか、この法律は、日本国外において、第二編の罪であって条約により日本国外において犯したときであっても罰すべきものとされているものを犯したすべての者に適用する。」 

1960年、共産党から分派した過激派集団「共産主義者同盟」は、さらに過激な路線を目指した「共産主義者同盟赤軍派」を生みました。

赤軍派は1970年、日航機をハイジャック、その際北朝鮮へ9名が亡命します。

続く1971年、赤軍派の重信房子らがパレスチナ解放人民戦線と連隊し、アラブ赤軍を結成します。

このアラブ赤軍が後に改名し、日本赤軍を名乗ります。

彼らは日本人数名でイスラエルのテルアビブ空港においてマシンガンを乱射、手投げ弾を投げ24名が死亡、80名以上の重軽傷者を出し、ジャパニーズ・レッド・アーミーの名を世界へ恐怖とともに轟かせ、自爆して自殺したスタイルは中東のグループにも衝撃を与えました。

一方で日本国内の赤軍派は浅間山荘事件などで弱体化、自滅の道をたどりますが、パレスチナのジャパニーズ・レッド・アーミーはあくまで攻撃的でした。

1973年にはアムステルダム空港で日航機を爆破、74年にはシンガポールのシェル石油タンクを爆破、仲間が逮捕されるとクウェートの日本大使館をパレスチナゲリラが占領、日本政府を屈服させ日航機で全員脱出しています。

1974年フランスのオランダ大使館を占拠、1975年、マレーシアのアメリカ大使館を占拠、1977年日航機をハイジャック。

しかし各地でテロ活動を展開したことにより逮捕者が相次ぎ、徐々にその勢力は衰えていきました。

創立者の重信房子も2000年大阪に潜伏中のところを逮捕されています。(参照:国際テロファイル 松本利秋 かや書房)

日本国刑法の場所的適用範囲に関しては、属地主義、属人主義、保護主義および世界主義の四つの原則がありますが、国際的に活動する破壊活動集団に対しては世界主義による対応が要求されます。

世界主義とは、自国の刑罰法規に反する行為は、いかなる地域で行われたかを問わず自国の刑法を適用することをいいますが、日本国刑法自体は世界主義を採用するまでに至っていません。

しかし大使館員の殺害や在外公館の占拠および人質を取る行為などの国際テロ行為が続発している事態に対処するため、「国際的に保護される者に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約」などが締結されていきました。

刑法4条の2は、そうした条約の要請する範囲で刑法を適用しようとする、包括的な国外犯処罰規定であり、その範囲で刑法の世界主義の顔を見せるものです。[参照:新版 刑法講義総論 大谷実]

やがて世界中の刑法が条約締結を通じて、まるでインターネットのように繋がり、世界を転々とする破壊活動者を追いつめる日がくるかもしれません。

その技術的許容性はともかく、必要性は高まっています。

 

 

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2007/04/19

暴動:減圧装置

韓国系社会に動揺 ロス暴動の悪夢再来防げ 米大学乱射 (産経新聞)
「韓国系社会の不安の背景には、1992年のロサンゼルス暴動で、韓国系社会が標的となった悪夢の記憶がある。ロサンゼルスの黒人団体はいち早く、韓国総領事館などに支援を表明する書簡を送るなど、今回の事件が人種的な緊張に結びつくことがないよう、行動を起こしている。」

刑法の77条をご覧下さい。

第77条

「国の統治機構を破壊し、又はその領土において国権を排除して権力を行使し、その他憲法の定める統治の基本秩序を壊乱することを目的として暴動をした者は、内乱の罪とし、次の区別に従って処断する。

一  首謀者は、死刑又は無期禁錮に処する。

二  謀議に参与し、又は群衆を指揮した者は無期又は三年以上の禁錮に処し、その他諸般の職務に従事した者は一年以上十年以下の禁錮に処する。

三  付和随行し、その他単に暴動に参加した者は、三年以下の禁錮に処する。 」 

1991年、ロサンゼルス、サウスセントラルのリカーストア、「エンパイアマーケット」で店番をしていた在米韓国人、斗順子(トウスンジャ)さんは、黒人少女がジュースを盗もうとしたため争いになり、体の大きな少女に殴り倒されたといいます。

順子さんは店から出て行こうとする少女の後頭部へ銃弾を発射しました。

少女は死亡。

時おりしもロドニーキングという黒人青年が白人警官の集団暴行を受けた裁判で、警察官の無罪が言い渡された日でもあり、黒人の人達のデモがこの事件を受けてコリアタウンにも向かってきました。

これがいわゆる記事中にある、斗順子事件の幕開けです。

この暴動でLAXは空を覆いつくす黒煙のため一本の滑走路しか使えず、全てのバス・鉄道は運行中止、学校には休校令が出されました。

3日間続いたロサンゼルスの暴動は、死者53名、火災5300ヶ所を引き起こした後、収束しました。

実は黒人の人達の怒りが韓国人街に集中したのは、LAPDが白人地域のガードに人員を集中させたためなのだといいます。(参照:アメリカ・コリアタウン 高賛侑 社会評論社)

かつて東京都の公安条例が、検閲禁止条項に違反して違憲なのではないかが争われた裁判がありましたが、その結論の中で最高裁は、集団行動の特性についてこう述べています。

「この場合に平穏静粛な集団であっても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し、勢いの赴くところ実力によって法と秩序を躁躍し、集団行動の指揮者はもちろん警察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること、群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかである。

従って地方公共団体が、純粋な意味における表現といえる出版等についての事前規制である検閲が憲法21条2項によって禁止されているにかかわらず、

集団行動による表現の自由に関するかぎり、いわゆる『公安条例』を以て、地方的情況その他諸般の事情を十分考慮に入れ、不測の事態に備え、法と秩序を維持するに必要かつ最小限度の措置を事前に講ずることは、けだし止むを得ない」。(最高裁昭和35年7月20日大法廷判決)

随分、群衆は理由なく見下されているようです。

たしかにギュスターヴ ル・ボンもかつて著書「群衆心理」のなかで、群衆とは「第一に衝動的で、動揺しやすく、昂奮しやすく、第二に暗示を受けやすく、物事を軽々しく信じ、第三に感情が誇張的で、単純であり、第四に偏狭さと横暴さと保守的傾向があり、さらに第五にその徳性は暗示に応じてはるかに低下することも、はるかに向上することもある」といっています。

我が国の刑法77条も群衆の暴動を各論の先頭に置き、もっとも警戒すべき罪として重罪を用意しています。(かつてもっとも先頭にあった皇室に対する罪は削除されています)

その保護法益は、日本国家の存立にかかっており、うかうかと騒乱に乗っかってしまうのは憲法の定める統治の基本秩序を脅かしかねないからです。

 

 

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2007/04/18

条約という闘争、戦争という産業

銃撃された伊藤長崎市長が死亡 出血多量で(朝日新聞)
「当選した年の11月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所での証言で、広島市長とともに「核兵器の使用は国際法に違反していることは明らか」と陳述。「違反とまでは言えない」との立場の外務省からは、文言をめぐって直前まで働きかけが続いたが、曲折の末、「違法」を明言した。 02年8月には「原爆の日」の「平和宣言」で、同時多発テロ後の米国の核政策を「国際社会の核兵器廃絶への努力に逆行している。こうした一連の独断的な行動を断じて許すことはできない」と述べ、初めて米国を名指しで批判した。 05年5月、米ニューヨークの国連本部で開かれた核不拡散条約(NPT)再検討会議の本会議場で発言。長崎の原爆で黒こげになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と訴えた。」

ハーグ陸戦規則の第22条をごらんください。

陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約

第22条 [害敵手段の制限]

「交戦者は、害敵手段の選択に付、無制限の権利を有するものに非ず」 

1904年、わたしたちの国はロシアと外交を断絶した直後、宣戦布告なしで砲撃を開始しました。

ロシアはこの行為を国際法違反であると主張、1906年オランダで開催された万国国際法学会は、武力行動の前には宣戦布告が必要であるとの決議を採択しました。

そしてそれまで戦争の作法関する法律はおよそ慣習法しか存在しなかったため、1907年、ロシア皇帝の提唱で第二回ハーグ平和会議が開かれ、ハーグ陸戦規則が生まれました。

陸戦に関する諸規法規を包括的な体系下に成文化した唯一の条約として、ハーグ陸戦規則は鈍い光を今も放っています。(参照:解説条約集 2007 (2007) 三省堂)

あなたの家族を瞬時に焼き尽くす核兵器は、その使用を直接に禁止した条約がいまだ成立していません。

それは法という英知に逆らう存在なのか、それともそれを凌駕する存在なのか、結論が出せていないのです。

ただし東京地裁は昭和38年、いわゆる原爆判決と呼ばれる判例において、広島、長崎の原爆投下を違法だと判定しています。

判決は無防守都市に対する原子爆弾の投下行為は、盲目爆撃と同視すべきものであって、当時の国際法に違反する戦闘行為であるとします。

さらに、原子爆弾の破壊力は巨大であるが、それがはたして軍事上適切な効果をもつか、またその必要があったかどうかは疑わしく、セント・ペテルスブルク宣言やハーグ陸戦規則等の諸条約にかんがみると、原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、毒ガス以上のものといっても過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反していると判断しているのです(東京地裁 昭和38年12月7日)。

核兵器は平時における政治的効用も有するため、その使用と製造を含む包括的な禁止条約はいまだに締結されていないのが現実です。(参照:現代国際法講義 杉原高嶺 他 有斐閣)

核兵器に関する勇敢な言説をためらわなかった一人の男性が、暗殺をもって公職を解かれました。

わたしたちはいつも失った後で、勇敢な人の稀少性に気がつくのです。

 

 

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2007/04/17

銃:イリヤを吹き飛ばす装置

米バージニア工科大で銃乱射、33人死亡 米史上最悪(CNN)
「目撃者の同大1年生によると、ノリス・ホールでのドイツ語の授業の最中、男が「誰かを探しているような素振り」で教室をのぞき込み、発砲を開始した。学生らは入口を塞ごうとしたが、ボーイスカウト風の服を着用した男は教室内に入った。血が散乱するなか、ショックを受けたとみられる学生らは気を失った。現場を脱出したのはわずか4人で、残る20人近くは死亡もしくは負傷した。」

刑法の199条をごらんください。

第199条〔殺人〕

「人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」 

わたしやあなたにとって、自分の思うとおりにはならない”他者”という存在は、時に随分悩ましいものです。

場合によっては憎い他者を、世界から消してしまいたいと考えてしまうのも、聖人以外誰もが夢想する極ありふれた感情だといえるでしょう。

ただしわたしやあなたがたとえ世界の全員が気に入らなくとも、武器を手にとって彼らを殺めれば日本国刑法の199条の罰が待っていますし、その倫理は他国でも同じです。

ところで刑法199条は、その罰を受け入れる気があれば、たとえば最初から自殺して責任をとるつもりなら誰も彼も殺してもよいのだと逆読みをすることは許されるでしょうか?

たとえばエマニュエル・レヴィナスの論文集、「レヴィナス・コレクション」には、1951年の論文、「存在論は根源的か」が収録されており、そこには以下のような記述を見ることができます。

「他者のうちにあって、存在一般にもとづいて私に到来する要素はどれもみな、私による了解と所有に供される。

他者の歴史、その環境、その習慣に基づいて、私は他者を了解する。

しかし、他者のうちで了解からこぼれ落ちるもの、それこそが他者であり存在者なのだ。

私が存在者を部分的に否定しうるのは、存在一般にもとづいて存在者を把持し、それによって存在者を所有する場合に限られる。

他者とは、その否定が全面的否定、つまり殺人としてしかありえないような唯一の存在者である。

他者とは私が殺したいと意欲しうる唯一の存在者なのである。」

レヴィナスはあたかも、人が誰かに固有の殺意を抱く前に、すでに殺意の発動やそのための装置の開発は、了解しきれない存在者に向けて構造上予告されているのだといっているかのようです。(私的解釈)

すくなくとも個人間レベルでは殺戮で存在の全否定をされることなどないよう、歴史が刑法へ投射した倫理が199条の正体なのかもしれません。

わたしたちは存在物以前の存在(イリヤ)という概念を理解できる唯一の生物です。

それゆえに、たとえ死刑を受け入れる気があらかじめあろうとも、銃を手に取ることは生物の特性上許されているとはいえないのです。

 

 

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2007/04/16

機関にうんざりして女神はトーチをかかげた

保釈金:立て替え業者急増 刑事被告人対象に「担保不要」(毎日新聞)

「刑事被告人が保釈の際に裁判所に納める保釈保証金を立て替える専門業者がある。多いところでは、年間で800件以上も扱っており、年々増える傾向にある。保証金の額は、裁判所が事件の内容や被告の資産状況などから決める。「被告の家計が苦しい場合に助かる」と評価する声がある一方で、「第三者である業者の介入は、制度の理念を揺るがしかねない」など疑問視する法曹関係者もいる。」

刑事訴訟法の93条2項をごらんください。

第93条

「2 保証金額は、犯罪の性質及び情状、証拠の証明力並びに被告人の性格及び資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならない。」 

保釈金とは、被告人を保釈しても再出頭することや、彼が証拠を隠滅しないことの保証金として裁判所が納付を命じる一定の金額のことです。

93条2項によれば、その金額は、犯罪の性質および情状、証拠の証明力ならびに被告人の性格および資産を考慮して、被告人の出頭を保証するに足りる相当な金額でなければならないとあります。

しかしここでいう”相当”という言葉は”懲らしめるに十分な”という意味ではなく、”公平な額であれ”という意味です。

実は戦争に負けてすぐ、マッカーサーによって差し出された憲法の草案には、以下のような条文が存在していました。

「第35条 過大な保釈金を要求してはならない。また残虐または異常な刑罰を科してはならない。」

憲法で保釈金の話まで言及する必要はないということで削除されていますが、自由の国の哲学上、”過大すぎる保釈金”という現象は、「残虐な刑罰」や「異常な刑罰」と同列に語らしめる公権力の横暴という認識だったのです。(私見)

保釈金は保釈を許すという趣旨からさかのぼれば、被告人の出頭を確保できれば済むだけの負担にとどめるべきですし、彼が納付の見込めない程の金額を決定するのは被告人という立場を法学上導き得ないほどみじめなものにしてしまいます。

(被告人とはあくまで罪を疑われて訴追された立場にいる人のことで、罪人のことではありません。)

そして現在、わたしたちの国の保釈金額の決定は、平均的にみて、高額に傾きすぎているといいます。[参照:口述刑事訴訟法〈中〉光藤景皎 成文堂]

わたしたち自身がいつ誤って何かの事件の犯人として捕らえられるのかわからないことを考えれば、刑事訴訟システムは徹頭徹尾公平であって欲しいものです。

そしてそれ以上に、裁判所は無機質な手続で保釈額を決定する機関ではないことを祈っています。

 

 

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2007/04/14

背番号は90、民法の遊撃手

「1センチ105万円で身長伸ばす」効果なかったと提訴(朝日新聞)
「訴状によると女性は、同社代表取締役の院長から直接説明を受けて06年7月末に身長が3センチ伸びる施術を契約。東京・銀座の本院で7~11月に月1回、機械に乗って施術を受けたが、効果はなかった。同社は最初の施術の前後に撮影したエックス線写真を示し「下腿(かたい)骨が3センチ余伸びた」と説明していたという。女性側は「医学的に荒唐無稽(こうとうむけい)」「誤信させるため、画像の倍率を操作した疑いがある」とし、「公序良俗に反した契約は無効」と訴えている。」

民法の90条をご覧下さい。

第90条

「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」 

公序良俗違反とは、社会常識上、妥当性を欠いている行為だとする法的評価のことです。(私的定義)

社会常識といっても、その基準は時代や場所によって激しく変動し、これ以上抽象的にならざるをえない概念もありません。

なぜなら公序良俗を裁判官がどう定義するかによって、法廷に於ける結論は右にも左にも転ばせることができることになるからです。

しかも取引がもし公序良俗違反だと評価された場合、その契約は無効になるため、その言葉に裁判官による規定が徐々に蓄積されていくと、市民社会を潤滑させている”契約の自由”は自然徐々に後退することになります。

それゆえ公序良俗濫用の危険性は、民法90条立法当時から意識されてきました。(参照:公序良俗入門 渡部晃 商事法務研究会)

それは「感覚的にいってマズい取引なら、無効にする」といっているのも同然だからです。

にもかかわらず民法の90条、公序良俗違反はこれまで数え切れないほど裁判のなかで重要な役割を果たしてきました。

私的自治社会では、「法文の規定があるギリギリのところまでは、食い散らしてもよい」と解釈して商う輩が絶えないからです。

たとえば景品表示法4条1項1号、優良誤認表示に該当して排除命令を受けたものの例では、アサヒフードヘルスケアが錠剤型食品を販売するにあたり、「100%天然アセロラ」を繰り返しうたっていたにもかかわらず、実際にはそのビタミンCの大部分がアセロラ果実から得られたものではなかった例などがあります。(参照:景品表示法 菅久修一 商事法務)

優良と誤認させる表示を纏った商品に私たちが対価を支払わされるなら、私的自治社会の根本を駆動させる「意思決定の尊重」原理は、徐々にその方向性を誤ってしまうことになります。

公序良俗違反という概念にあえて形が与えられていないのは、そうした常識社会に散出する”逸脱”に反応し、それを自由に遊撃するためだといえるかもしれません。(私見)

 

 

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2007/04/13

墓で踊る、獰猛で黒い彼女

ヒンズー教徒、信仰のあまり、舌を切り取り女神に捧げる(ExciteNews)
「インドの献身的な男性のヒンズー教徒が、寺院で自分の舌を切り取り、女神カーリーに捧げ、病院に搬送された。警察が10日が明らかにした。この男性は無職のスレシュ・クマーさん(24)。医師たちが傷を縫合したが、もう話すことは不可能だろうという。」

刑法の61条1項をごらんください。

第61条

「1 人を教唆して犯罪を実行させた者には,正犯の刑を科する。」 

アムヴィカの額から生まれた女神、カーリーは、悪魔の大群を殺し、その長であるチャンディとムンダーの首を切り落とす力を生まれつき備えていました。

以後、彼女はチャームンダーとして知られるようになりました。

冷酷で残忍なチャームンダーは死体を食べますが、彼女はいつまでも痩せ細ったままです。

なぜならば、彼女の空腹は決して満たされることがないからです。

変わらぬ苦痛のため彼女は恐ろしい叫びを世界に向けて発し続けます。

インド中央博物館に所蔵されている、10世紀のチャームンダーの壊れた石像は、大きくロを開け、腫れ上がった目をし、もつれた髪の冠をした恐ろしい姿をしています。

彼女は火葬場で踊ったり、彼女の犠牲者である死体の上に勝ち誇って立ったりします。

そもそも悪魔の大群を退治するために、全ての男神が彼らの力を合わせて獰猛な女神ドゥルガーをつくり出しています。

続いて女神ドゥルガーは、自分自身からさらに違った姿をつくり出しました。

それが暗黒の女神カーリーとなり、さらに恐ろしいチャームンダーの姿をつくり出しました。

ただしヒンズー教徒は輪廻を信じており、彼らにとって女神が表す死と破壊は、新しい生を約束する解放をも意味しています。(以上参照:元型と象徴の事典 ベヴァリー・ムーン 青土社)

日本の刑法にいう教唆とは、誰かに犯罪実行の決意を生じさせることをいいます。

したがって教唆犯が成立するためには、正犯が犯罪を実行していなければなりません。

しかし傷害罪の構成要件は「他人の体を傷つけること」であるため、自分の舌を切り取った本人には刑法上の罪が成立しません。

よって破壊と殺戮の女神、カーリーが仮にその行為を唆していたとしても、彼女を教唆犯に問うことはできません。

カーリーとはサンスクリット語で「黒いもの」。

暗黒の女神、カーリーの壊れた石像を見ていると、不思議な気持ちが湧くことを否定できません。

我が身の脆さを想うほど、死を司るその姿は美しく見えてくるのです。

 

 

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2007/04/11

代理母・冷凍精子・狷介民法

保存精子で死後生殖、根津院長が公表…法整備の遅れを提起(読売新聞)
「根津院長は、子供の福祉の観点から、子供と亡夫の親との間で養子縁組をするよう要請したという。死後生殖は、過去にも西日本の40歳代女性が、夫の精子の保存先の病院に夫の死を知らせずに精子を受け取り、別の病院で体外受精を実施して、01年に男児を出産した例がある。この女性は、男児を亡夫の子として出生届を提出したが、受理されなかったため、認知を求めて提訴した。高裁では、夫の生前同意があったとして父子関係を認めたが、最高裁は、06年9月、現行の民法は死後生殖を想定していないとして訴えを棄却。法律上の父子関係は認めなかった。同様の訴訟2件も訴えを退けた。」

民法の772条をごらんください。

第772条(嫡出の推定)

「1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。

2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」 

民法はその定める親子関係を、必ずしも生物学的な結論と一致させてはいません。

たとえば養子という制度には生物学的血縁を要求されませんし、逆に生物学的な親子関係が存在しても法律上は親子だと認めない場合もあります。

それは婚姻秩序の維持や身分関係の法的安定のためだといわれています。

民法が法学的な親子関係を規定する理由は、大きく分けると3つあります。

第1に、親が死亡した場合に、その財産の相続人を定めるためです。

私有財産制度のもとでは,世代間の財産承継の秩序を保持するために,親子関係の存否の法的な決定が不可欠だからです。

第2に子供の面倒を見るべき第1次的な義務者を法定するためです。

未成熟の子は誰かが面倒を見ないと生きてゆけませんが、親が未成熟子を監護し養育することが、家族関係の中核部分なので民法はこの親の義務を法的義務にまで高めています。

その結果、誰が義務者かを確定するための規定を置く必要が生じるのです。

第3に、親子関係の連鎖によって血族関係が成立しますが、血族とされると一定の法的効果が生じます。

それは扶養や相続の要件となりますし、さらに血族を基礎として構成される親族という関係にも、いろいろな法的効果が結びつけられているのです。

したがって、血族や親族といった関係の最も基本的な単位である法学的な親子について定めておく必要があるという考え方です。(参照:内田貴 民法IV 補訂版 親族・相続 東京大学出版会)

司法は必ずしも生物学的な親子関係と法学的な親子関係を一致させてしまうことがわたしたちにとって幸福かどうか定かでない点にジレンマを感じています。

原則的にはどの立場にいる女性が、生まれてきた子供を一番愛情持って育ててくれるのか、司法は代理懐胎の場合ひょっとするとそれは実際にお腹を痛めて出産した女性である場合も多いのではないか、そして多くの人が関わる民法体系の基軸とすべきなのは、そうした手触りで確かめられる事実にまだしておくべきではないのかと考えているようです。(私見)

代理母、凍結保存精子、科学技術はこれからも今のわたしたちには想像もできないような方法で、悩みを持つご夫婦にお子さんをもたらしてくれるでしょう。

現実に比べ歩みが遅いと誹りを受けがちな法律改正ですが、ことそれが人の一生につきまとう家族法の分野に限っては、あえて先端技術よりも歩みを遅くしておくという判断にも、理はまた存在しているように見えます。

 

 

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2007/04/10

胴元は必ず勝つ

生保保険金不払い「根が深く、広がりも」・金融庁長官が批判 (日経新聞)
「金融庁の五味広文長官は9日の記者会見で、生命保険会社による保険金の不払い問題について、「事柄の根は深く、広がりも大きいので、全容を解明するのに時間がかかる」との認識を示した。生保各社は13日に金融庁による不払い調査命令の報告期限を迎えるが、「仮に期限までに調査を完了できない企業が出た場合、理由や調査完了時期を確認し、状況に応じて適切に対応する」と説明した。 生保の不払い問題は明治安田生命保険で2005年2月に表面化したのがきっかけ。2年超かけても全容を解明できない原因について、五味長官は「経営陣の認識が甘かったことで初動の遅れを決定的にした」と批判。「経営陣がそもそも知らなかったことから始まっている」とも指摘し、事態の深刻さを強調した。」

民法の96条1項をごらんください。

第96条

「1 詐欺又は強迫による意思表示は、取り消すことができる。」 

あなたが、間違って多いお釣をレジでもらって、それを告知しないで交付を受けとったとしましょう。

この場合、実は法律上、釣銭が余分ですよといわなければならない信義則上の告知義務があります。

そしてこの告知義務を怠ってもし釣銭を受け取ってしまえば、それは相手方の錯誤を利用して財物を領得した詐欺になってしまうのです。

さてそれでは、保険契約加盟者が病名を隠して契約する場合も詐欺と呼ばれるべきでしょうか。

そもそも生命保険における告知義務とは、病名など保険料の決定について重大な影響を及ぼす事項について、保険契約者が保険会社に報告し、嘘をつかない義務のことです。

たしかに一般的には、保険者がそのことを知ったならば契約を締結しないか、あるいは少なくとも同一の条件では契約を締結しないであろうと客観的に考えられる事情を告げなければ、加入者側には告知義務違反があるといえそうです。

そして告知義務違反がある場合には、保険会社は解除権を取得し、もし支払った保険金があるのなら理論上、その返還を請求できます。

ところで民法96条1項は、もし詐欺にあった場合その人は意思表示を取り消せると決めていますが、生命保険約款という保険会社を保護する取り決め上は、さらにこれを強力にしています。

つまり”もし詐欺で保険契約が締結された場合契約は無効で、しかもそれまで毎月払い込まれた保険料は返さない”としているのです。

ここで本来、保険会社が告知義務違反による解除権を行使できるのは商法644条によれば契約成立から5年以内に制限されていることを思い出しておく必要があります。

その条文は、解除権という法律上の強権をいつまでも存続させておくことでお互いの法律関係を長期間不安定にする社会的不利益を回避したものです。(私見)

しかし告知義務違反による保険契約締結を、もし保険会社が「われわれはまた詐欺にかかった!」と呼ぶなら、保険会社は商法上の解除権に関する縛りを無視して、いつまでも保険金の支払いを回避、保険料の不返還が可能になります。

これは保険会社にとって、”収益のスーパーチャージャー”のような発想です。

そもそも保険契約を獲得しようとする保険外交員のおばさんは、加入しようとしている人の軒先で「そんなもの、あえて告知なんてしなくてもいいよ」というありがたいトークで契約を獲得することも多いといいます。

加えてもし営業員に病名を告知していたとしても、保険会社は「営業員には告知を受領する権限がない」と常に言い、もし契約2年以内なら告知義務違反、あるいは2年以上たっていたら詐欺無効で保険金支払いを回避しようとするのです。

実際、金融庁が2005年2月25日に発表した、「明治安田生命保険相互会社に対する行政処分について」は、「生命保険募集人が、重要事項の説明を行っていない、不告知を教唆するなど、保険業法第300条第1項第1号及び同項第3号に違反する保険募集を行っていたものと認められた。さらに、同社は、生命保険募集人が法令違反の募集行為を行っていたことを把握しながら、保険業法第127条第1項第8号に基づく不祥事件届出を、不祥事件の発生を知った日から30日以内に行っておらず、同条に違反していたものと認められた。」と指摘しています(参照:生損保「踏み倒し被害回避」マニュアル 佐藤立志 講談社)

通説上、民法でいう詐欺が成立するには相手を騙して錯誤に陥れようとした第一の故意、そしてその結果相手に意思表示をさせようとした第二の故意が必要です。

保険会社と契約者、いったいそのどちらについて構成要件該当性を検討すべきなのか、話のスジを理解する鍵はそこにあります。

 

 

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2007/04/09

報道:凶暴で無邪気な鏡

良識を疑うTBSの取材姿勢、池袋駅前の駐停車禁止場所に堂々と駐車(LivedoorNews)
「マナー違反ドライバーや悪質ドライバーを糾弾する特集を放送しているテレビ局が、駐停車禁止場所以外であっても、そもそも混雑する東京池袋東口のロータリーに堂々と車を止めて良いはずがない。他の一般車両は順番を待っていてでも駐車場に止めている。視聴者に示しが付かないではないか。」

東京都道路交通規則の第2条4号ケ(イ)をごらんください。

第2条(交通規制の対象から除く車両)

「法第4条第2項の規定により、交通規制の対象から除く車両は、道路標識により表示するもののほか、次に掲げるとおりとする。

(4) 駐車禁止及び時間制限駐車区間の規制の対象から除く車両

 ケ 次に掲げる車両で、別記様式第2の標章を掲出しているもの

 (イ) 報道機関の緊急取材のため使用中の車両」 

わたしたちがその耳目で物事を見聞し、その心で判断することが主観、そういったものを介さずただただ事実をあるがまま記述するのが客観だといわれます。

しかし”客”にもまた属性がある以上、純粋な客観というものは存在しえません。

その理屈からおよそ報道というものにも、厳密に言って完全に公正中立なものなど存在しえません。

どのようなテレビ局にも独自の視点があり、それによって同じニュースでも、違った切り口、違った脚色によって成形された物語が、今日も茶の間に届きます。

人間がそれを作る以上、ニュースに主観が入ることは避け難いことでもあります。

しかしそれでいて尚、報道機関には”できるだけ公正中立というものを標榜しよう”という意地だけは求められています。

なぜならば、立派な報道車両や特別な道路使用許可などを与えられれば、誰しも自分達の主観に基づく報道を、主観であると疑うことが徐々に難しくなるからです。

少なくとも各種の特権を身に纏えば、「悪に見えるものを叩くことは正義である」という点には積極的な疑いをもたなくなるはずです。

わたしたちはマスコミが伝える世論から、あまり自分の心が離れないように注意深く生きています。

それゆえマスコミによる報道や世論調査は、わたしたちが自分の気持ちや現実を写すため覗きこむ鏡のようなものです。

そしてその鏡には、議題設定機能という特権が与えられています。

わたしたちは報道という鏡のいうとおり自分を取り巻く現実と自分の気持ちを認識しますが、もしその鏡が無邪気で凶暴なものならば、その先にはわたしたちを大きな後悔しか待っていません。

東京都道路交通規則2条4号ケ(イ)も標章の掲示を条件に、駐車禁止規定から緊急取材車を除外しています。

しかしそれは、なにもわたしたちが彼らの感覚、彼らの正義感を全面的に信頼し、より胸のすくような報道を期待して与えた特権などではありません。

報道機関とは、「これもひとつの主観である、しかも強力な影響力をもったそれである」という自覚をもったプロの集団であるという望みが、それを与えているのです。

 

 

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2007/04/07

お金の急流で信義は溺れるだろう

「新SASUKE」収録で5人重軽傷(スポーツニッポン)
「収録は一時中断後に続行、番組は21日に放送された。TBSは「担当者が詳細を把握しておらず、4月2日に詳しい経緯が判明した」として、3日に事故を神奈川県警青葉署に届けた。同社広報部は「今回、事前にスタッフが安全を確認していた。収録時には安全管理責任者を必ず置くように指導している。原因は調査中」と話している。(共同) 」

民法の717条1項をごらんください。

第717条(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)

「1 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。」 

あなたが運動施設に安全配慮が欠けていたり、欠陥があったために怪我をした場合、民法の717条の工作物責任による施設管理者・施設所有者の責任追及ができます。

土地の工作物の設置に瑕疵が、つまり欠陥があったことで損害が生じれば、工作物の占有者である施設管理者が賠償責任を負うことになります。

ただ、損害発生を防止するに必要な注意をしていた場合は、工作物の所有者である施設所有者が責任をおいます。

717条は危険責任に基づく無過失責任、つまりたとえ故意や過失がなかったとしても損害賠償を問われる責任です。

それは危険性を有する施設の管理を厳格にさせようとした規定だからです。

土地の工作物には、土地に接着して人工的に作られたあらゆる設備が該当します。

「設置・保存に瑕疵がある」とは、通常備えるべき安全な性状を欠いていることをいい、当初からそれが存在する場合が設置の瑕疵、設置後に生じた場合が保存の瑕疵です。

たとえ個別の法規に従って設置されていたとしても、事故後の判断によっては瑕疵があると判断される場合があります。

さらに設置後の事情の変化に伴って生じる危険、たとえば何人もの競技者がぬれた足でその施設を通過すれば、危険度が増すような場合にも対処できていなければ瑕疵となることもあります。

それは設置・保存行為と切り離し、工作物の客観的性状としての危険性に重点をおいて判断するのが一般的なのです。

損害の発生を防止するに必要な注意をしていた場合には、たしかに占有者はその責任を逃れ、施設の所有者に責任が移行することになりますが、必要な注意を払ったといえるためには損害の発生を現実に防止できるだけの措置が必要で、単に事故に注意してくださいなどという書面を配った程度ではその責任を逃れることはできません。

さらにこうした主催者には安全配慮義務という法的義務が課せられています。

その根拠条文は民法の1条2項、必殺の信義誠実の原則です。(以上参照:青林法律相談(28)スポーツの法律相談 青林書院)

たとえスポーツには危険が内在しているとはいえ、それを主催することにより莫大な利益をスポンサーから得るTV局、すなわち一企業には、競技参加にアクロバティックな動きを要求される参加者の安全をまず第一に確保する信義誠実上の義務があるのです。

TBS広報のいうとおり、安全管理義務者がいたとすれば、その安全配慮義務には、当然に事故発生後の公的機関への報告も含まれるものと考えられます。

なぜならばその時点で現場を保存することにより、損害の原因と法的責任の所在を明確にでき、被害を負った人の損害の回復がはかりやすくなるからです。(私見)

これを放映後までなさない態度は、スポンサーのCM放映を参加者の法的権利確保よりも優先したものだといえます。

民放TV番組制作の現場では、わたしたち一般視聴者の意見など、実際にCM料を入金してくれるスポンサー企業のそれに比べて、驚くほど軽視されているのだといいます。

コマーシャル・スポンサーはそのテレビ局に莫大な利益をもたらす最大のタニマチであり、タニマチにとってもテレビは現代最強の広告媒体です。

しかし誰かの生命や安全が、巨額を支払うスポンサーへの忠誠と比べ軽視されるビジネスがあるのだとしたら、それは法を踏みつけた商いしているといわざるをえません。

そしてそういったお金の急流はTV業界といった極限られた場所にだけ起こっており、お金のあまりの勢いに内部の人は信義則上の異議など誰も言い出せなくなっているというのが本当のところかもしれません。

 

 

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2007/04/05

イージスの秘密がテューポーンを生むだろう

海自警務隊と捜査協力 イージス中枢情報漏えい(東京新聞)
「海上自衛隊第1護衛隊群(神奈川県横須賀市)の護衛艦「しらね」乗組員の男性2等海曹(33)がイージス艦のシステムの中枢情報などを隠し持っていた問題で、神奈川県警は4日、全容解明に向けて海上自衛隊の警務隊と協力して捜査を進めると発表した。「警察庁と防衛省との犯罪捜査に関する協定」に基づくもの。警察と自衛隊が捜査協力するのは極めて異例という。2曹の自宅から押収したハードディスク(HD)にはイージス艦の中枢システムの概要が把握できるデータなどが記録されており、こうした情報は日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法が規定する「特別防衛秘密」に該当するとみられる。」

秘密保護法の4条をごらんください。

日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法

第四条 

「特別防衛秘密を取り扱うことを業務とする者で、その業務により知得し、又は領有した特別防衛秘密を過失により他人に漏らしたものは、二年以下の禁こ又は五万円以下の罰金に処する。」 

無敵の鎧、イージスを纏ったアテーナーが誕生した様子は壮絶です。

その父ゼウスは、妻メーティスが懐胎中にその妻を喰ってしまいます。

しかし父ゼウスは凄まじい頭痛におそわれ、これを直すためにヘーパイストスが彼の頭を斧で打ちます。

するとゼウスの頭蓋を割って、勝利の雄叫びを高々とあげ槍を振り回しながら、完全武装したアテーナーが生まれてきます。

そのあまりに恐ろしい光景を見た神々はおびえ、大地はこだまし、海には黒い波が持ち上がったほどです。

その誕生の様子からもわかるように、アテーナーにとって戦いは至上の喜びでした。

彼女の胸は無敵の鎧アイギス(イージス)が守っており、それは蛇の縁取りと中央に恐ろしいゴルゴーの頭がついていました。

アテーナーの鎧、アイギスからその名をとった対空防衛システム、イージスの開発はそもそも第二次世界大戦中、日本による特攻機のような軌道で襲いかかる航空目標に対して米軍が頭を悩ませたことからはじまります。

現在そのシステムはレーダーや衛星、搭載ヘリコプターなどからとどく多角的な情報、さらに対潜、対空など多チャンネルのローカルエリアネットワークを、内部接続装置で戦闘形態に応じて組み合わせ、同時多発的な攻撃に対応して指揮できる中枢となっています。

情報がイージスという防空システムの中でどのような処理をなされているか、その機密こそ、無敵の鎧の名を冠した艦隊の生命線なのだといえるでしょう。

その構造や性能、製作、保管又は修理技術などを特別防衛秘密ということばで守り、秘密保護法という特別な法的セキュリティをかけようとするのもそのせいかもしれません。

実際、中国にはランゾウ級駆逐艦、ドイツにはザクセン級フリゲイト、イギリスには45型駆逐艦というそれぞれイージスに対抗する防空システムが開発されており、情報を手ぐすねを引いて待つ先はいくらでもありそうです。(参照:イージス艦入門―最強防空システム搭載艦のすべて

ところでアテーナーが生まれた後、ゼウスの別の妻ヘーラーはゼウスが一人でアテーナーを生んでしまったことに腹を立て、あてつけのように彼女も一人で怪物、テューポーンを産んでしまいます。

テューポーンの下半身はとぐろを巻いた蛇で、翼は太陽を覆い隠す恐ろしい形をしています。

自衛官の情報漏洩により、どこかの国にテューポーンが生まれてしまったとしたら、その罪は秘密保護法4条が規定する罰だけではとてもあがなえるものではありません。

 

 

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2007/04/04

市ヶ谷に響く皆殺しのトランペット

上田知事が「人殺し」発言で謝罪 県に意見786件(朝日新聞)
「上田知事は2日の就任式で、「自衛官の人は、平和を守るために人殺しの練習をしている。警察官も、県民の生命や財産を守るために、人を痛めつける練習をする。だから我々は『偉い』と言って褒めたたえなければならない」と話した。」

憲法の9条2項をご覧下さい。

第9条

「2 前項の目的を達するため,陸海空軍その他の戦力は,これを保持しない。国の交戦権は,これを認めない。」 

ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは、その著書「職業としての政治」において、国家を定義して「正当な物理的暴力行使の独占を要求する人間共同体」なのだといっています。

そして国家による正当な暴力とは、警察権、処罰権、交戦権を意味しています。

大雑把にいってしまえば、上田知事のいう「自衛官が人殺しをする」ことが法的に認可される状態とは、このうちの交戦権に所属するものです。

しかし憲法はその9条2項後段で、国に交戦権を備えることを否定しています。

実際、イラク特措法17条4項を見てみれば、そこには正当防衛、あるいは緊急避難的な場合を除いて”武力”という国家の正当暴力は行使してはならないという条文があり、決して交戦権を発動させない歯止めが効かされています。

自衛隊で毎日の厳しい訓練に耐え、命の危険がともなう外地に向かうみなさんは、現状では一般人と同様のルール内でしかその火力を使うことを許可されておらず、当然それは交戦権に類するものではありません。

9条2項後段があるかぎり、自衛隊はそれが国内の平和のためでも、人殺しの訓練はしていないはずなのです。

ましてやおまわりさんも、”県民の生命や財産を守るための”人を痛めつける練習などしていないはずです。

これらの発言は、国家による正当暴力という概念を誤解していることでなされます。

国家の正当暴力とは、その維持に必ずやわたしやあなたという一般国民の得心が要求される権力のことです。

もし警察や自衛隊に、わたしやあなたの合意がない絶対権力を与えてしまうなら、早晩その不条理はわたしたちの無意識に見抜かれ、バスティーユのような運命をたどるはずです。

わたしたちは誰に教えられずとも、あらかじめ人と国家の正しい距離感を知っていて、そのうえで国家に正当暴力を維持させているのだといえます。(私見)

確かにわたしやあなたは、物を盗んだりしてしまったり、人を殺めてしまったときにはお巡りさんに逮捕されることを、社会に生きる一員として受け入れることができます。

しかしあらかじめ”ルールを破った人を痛めつける”練習をしたおまわりさんによって暴力を行使されることなど、人の尊厳が受け入れさせないはずなのです。

憲法には自衛隊員やおまわりさんが、わたしやあなたの同意なしに人殺しの練習や人を痛めつける練習などしないことが、とてもはっきりと約束されています。

 

 

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2007/04/03

うさぎは舌打ちをしてお金を返すだろう

NOVAの精算規定無効=中途解約めぐる訴訟-最高裁初判断(Yahoo)
「英会話学校大手NOVA(ノヴァ、大阪市)を中途解約した男性が未受講分約31万円の返還を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は3日、契約時より高い単価で受講済みの分を計算するノヴァの精算規定を無効とし、ノヴァ側の上告を棄却した。」

特定商取法の49条2項1号のイをごらんください。

特定商取引に関する法律

第49条(中途解約権)

「2 役務提供事業者は、前項の規定により特定継続的役務提供契約が解除されたときは、損害賠償額の予定又は違約金の定めがあるときにおいても、次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める額にこれに対する法定利率による遅延損害金の額を加算した金額を超える額の金銭の支払を特定継続的役務の提供を受ける者に対して請求することができない。

1.当該特定継続的役務提供契約の解除が特定継続的役務の提供開始後である場合
次の額を合算した額

イ 提供された特定継続的役務の対価に相当する額」 

特定商取引に関する法律とは、もともと訪問販売法という名称の法律でした。

それはかつて訪問販売,通信販売,連鎖販売取引、いわゆるマルチ商法を規制対象として,これらの販売形態における一定のルールを定めることにより,消費者被害の防止を図ることを目的として昭和51年に制定された法律でした。

しかしその後、サービス取引の多様化に伴い、エステティックサロン、外国語会話教室、学習塾、家庭教師派遣等の継続的役務取引において、解約を巡るトラブルが多発するという事態が目立つようになってきました。

これら取引はたいてい長期多数回のコース契約を締結します。

しかし実際にサービスを受けてみると広告や勧誘時における説明の際に受けたイメージと異なり、当初期待した成果が得られないことも少なくありません。

しかしいざ中途解約をしようとすると、業者が中途解約制限特約、多額の違約金特約などの適用を主張し、紛争が生じるという例が多発したのです。

そこで改正により新たな規制対象として、「特定継続的役務提供」の章が設けられ、政令により、エステティックサロン、外国語会話教室、学習塾、家庭教師派遣の4業種が規制対象として指定されました。

そして特定商取法による規制の一つとして、クーリングオフ期間経過後に利用者側が中途解約をした場合の違約金等の上限規制があります。

それは違約金に上限を抑えることにより、利用者側が違約金等の請求を恐れて中途解約権の行使をためらうことがないようにして、中途解約権を実質的にも行使可能なものにした規制です。

したがって約款などで定められた解約精算に関する特約は、内容が合理的か、またその内容が利用者側の中途解約権の行使を必要以上に制限しないかといった実質的な観点で判断しなければなりません。

そしてもしこれに反する特約はその効力を否定すべきです。

でなければ、特定商取法が用意した解約精算上限規制は、無意味な条文になってしまいます。

ただし一方で49条の2項1号イは、上限規制中で事業者側から請求できる金額として、「提供された特定継続的役務の