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2007/05/30

与党による議員立法という速射砲

動転国会 首相、窮地回復急ぐ(朝日新聞)
「民主党は30日の厚労委での審議で、特例法案の不備をあぶり出そうともくろむ。党幹部は「ひどい法案だ。時効だけで中身が全くない」と酷評。閣僚が答弁しない議員立法であることも問題視し、松本剛明政調会長は29日の会見で「政権のあり方として責任を感じていないことに憤りすら覚える」と強めた。 」

内閣法の5条をごらんください。

第5条

「内閣総理大臣は、内閣を代表して内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告する。」

(以下参照:国会というところ 浜田 幸一 ポプラ社

新しい法律の案は、議員から出てくる場合と、政府から出てくる場合があります。

議員が法律案を発議して行われる立法を俗に議員立法と呼び、内閣法5条にある政府が法律案を提出して行われる立法を政府案にと呼びます。

政府案というのは、具体的には官僚が作成する法案のことをいい、省庁の実質的最高権力者である事務次官が事務次官会議で決めています。

そして可決される法案のほとんどは、この事務次官による政府案が占めています。

議員立法が通過する割合が少ないのは、政府案が国会に上がる前から与党の中でその内容について審議しているのに対して、議員立法は野党案が多いからです。

野党案が通らないのは、与党の支配する本会議で否決されるからですが、本会議前の委員会という審議の場で既に否決されているためで、委員会で否決になった法案が本会議で可決になることはまずありません。

つまり法案は実質的には委員会で決まっているというわけです。

国会に上がってきた法律案は、委員会で審議した結果をふまえて本会議で採決されますので、ほとんどの場合、委員会の決定が本会議に反映されるのです。

しかしたとえ与党の議員立法であっても、普通は法案が国会に上がるまでに長い回廊を通らなければなりません。

まず各政党の中には部会というものがあり、この部会で、どのような法律が必要なのか、二年も三年もかけて議論します。

部会の中で案が固まると、今度は党の政務調査会にかけます。

その政務調査会の会長が首を縦に振らなければ、法案は決して上に上がっていきません。

もし無事にこの政務調査会を通過すると、今度は総務会です。

総務会では全会一致を要求されますが、そこで了承されれば、最後に党の役員会に上がります。

役員会で決定されると、今度は国会対策委員会に下りていきます。

国会対策委員会、略称国対は政党間の話し合いを行う場で、提出法案について他党に事前に打診をなし、国会に出る前に、政党同士で話し合いが行われるのです。

そして野党が了承し、国会に提出された法案は、まず議院運営委員会に回されます。

議運が国会のどの委員会に法案の審議を任せるかを決めています。

このように通常政党内の長い旅を経て国会に現れる議員立法には、省庁の官僚が書き上げた政府案に対する議員からの質問が必要ないため、閣僚は官僚が差し出す答弁メモを読み上げる必要が、つまり省庁自身からの立法の説明が必要ありません。

つまり与党がその気になって素早く議員立法を提出すれば、法案に対する議論を尽くすという国会の名目はある意味形骸化します。

しかしその与党を形成したのは、他ならぬ、わたしやあなたの投票、あるいは投票の放棄の結果です。

民主制という体を維持しているわたしたちの国では、わたしたち、特に選挙会場に一度もいったことのないあなたには、そのことがもたらす結果に、仕組み上全く不満はないはずなのです。

 

 

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2007/05/29

データとデータ処理だけでできている、この世界

Google im Visier der EU (netzeitung.de)
「Google speichert unter anderen den Suchbegriff und die IP-Adresse des Computers, von dem die Anfrage kam. Bisher behielt Google die Daten aufunbestimmte Zeit vor  wenigen Wochen willige das Unternehmen jedoch ein, die Speicherzeit auf zwei Jahre zu begrenzen.」

(私訳)

欧州連合に監視されるグーグル

「グーグルは個人の検索ワードとIPアドレスを社内に留保している。これまでグーグルはそのデータを際限なく社内に保存していたが、数週間前、自主的に個人データの保存期間を最大で2年間に限った。」

世界人権宣言の12条をごらんください。

第12条 [私生活および名誉の保護]

「何人も、自己のプライバシー、家族、家庭もしくは通信に対してほしいままに干渉されてはならず、名誉および信用に対して攻撃を受けてはならない。人はすべて、このような干渉または攻撃に対して法の保護を受ける権利を有する。」 

わたしやあなたの自宅のパソコンのIPを記録され(つまり個人を半特定された上)、そのIPからタイプされた検索ワードが、Googleに限らず企業のデータベースに保存される場合、どのような事態が想像されるでしょうか。

いちばん穏やかなデータ利用方法としては、”検索ワード”面から、特定商品、特定サービスのマーケティングとして複次利用されることが想像できます。

しかしより考慮すべきなのは、検索ワードとはそのときのわたしやあなたの興味の先、つまり心の動向の記録にほかならないという、事の本質です。

たとえば”特定IP”面から、つまりだれか一個人の、一生分の検索ワードをもとに個人の思想を分析・提供・追跡されるような事態が起こるなら、まずどこから異議を申し立てればいいのかさえ見当がつきません。

EUは「個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関する欧州議会及び理事会の指令」という独自基準を定め、また国連は世界人権宣言の12条や、国際人権規約B規約の17条で、プライバシーの保護を求めています。

今や下は氏名、住所など端的な情報から、上はDNAまで、わたしやあなたのあらゆる属性はデータに換言されて磁気情報として保存されることが可能となりました。

あとはそれを管理するルールを、どのような原理で駆動する機関に委ねるのかだけにかかっています。

 

 

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2007/05/27

同性を愛する誇り高き人々

<結婚式>同性愛者の元大阪府議、女性パートナーと公園で  [毎日新聞]
「元大阪府議で同性愛者の尾辻かな子さん(32)が来月3日午後4時半、名古屋市中区栄4の池田公園で女性パートナーとの結婚式をする。誰でも出席できるよう公園で式を挙げることにした尾辻さんは「現在の日本では、同性をパートナーとする人々が公に祝福されることなく隠れて暮らし、法的な保障もないことを多くの人に知ってほしい」と話している。尾辻さんは現職の府議だった05年8月、全国の都道府県議で唯一、同性愛者であることを公表。現在は講演活動などをしており、今夏の参院選で、民主党公認の比例代表候補者となっている。」

憲法の14条をごらんください。

第14条

「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない。(以下略)」 

同性愛者に対して、東京都があきらかに差別的態度を見せた有名な事件として、「東京都青年の家事件」というものがあります。

それは同性愛者の団体がであり同性愛者の人権を考えるための活動をしているメンバーが団体の趣旨を説明した上で、同施設に宿泊したところ、入浴中に少年サッカークラブの小学生数名に浴室を覗かれて笑われ、朝食時には「ホモ」「オカマ」と言われたほか、青年キリスト教団体のメンバーからも同様のことを言われたことからはじまりました。

そしてその後同団体は、他団体との摩擦を懸念され宿泊予約を拒否されることになりました。

東京高裁平成9年9月16日判決は、異性愛者を前提とした男女別室宿泊の原則を同性愛者へ機械的に適用して、同性愛者団体の宿泊利用を一切拒否することは、同性愛者の利用権を不当に制限しており、それは実質的に不当な差別的取扱いであるという都へのきびしい指摘を残しています。

都には同性を愛する人達に対して、行政が本来備えるべき意識の萌芽さえ存在していなかったというのが10年前の段階でした。

ところで憲法14条が同性愛者に憲法的保護を与えるためには、同性愛者という立場が文言にある「社会的身分」と言えるかどうかにかかっています。

自分の意思次第で差別を受けないで済むものなら保護の必要性は低いので、14条にいう社会的身分とは、自分の意思では脱却できない地位のことをいうと考えられます。

そして最近の社会科学は、同性愛という立場を選択的な性的趣向の問題ではなく、より生来的な問題であると解明しつつあります。

もしそのことがはっきりとした証明を得たならば、それは自分の意思で離脱できる、できないの範囲には収まらなくなり、当然に社会はそれを”身分”であると呼ぶことが要求されます。

そしてその場合は、憲法14条自身のためにも、同性を愛する人達を保護する価値は十分にあるのです。[参照:別冊ジュリスト No.186 (186) 憲法判例百選(1) 第五版 有斐閣]

事実婚において意外に不便なのは公的サービス面ではなく、企業サービス面だといわれます。(公的サービス面では意外に解釈の伸張が行われます)

生命保険の受け取りや住宅購入のための融資、クレジットカードや携帯電話、インターネットプロバイダの家族会員などの拒否に会うことが多いといいます。

そうしたものが克服され、同性を愛することに誇りが高い世界とは、あなたもわたしもそのオリジナルな生き方に誇りが持てる世界だということと意味を同じくしています。

 

 

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2007/05/24

メディア、権威、意味の闘争、装置

テリー伊藤「モテる予感が満々」(日刊スポーツ)
「68年の日大闘争でデモ隊の先頭にいたテリー氏は、味方の投石が左目を直撃し、斜視になった。以来39年間治療せずに過ごしてきたが、番組制作の弟子である日本テレビ土屋敏男氏が手掛けるネット動画サイト「第2日本テレビ」と同局の深夜番組「でじたるのバカ2」への出演をきっかけに治療を決断した。今月10日に手術し、支払いは約3万円。39年間、手術は不可能と思い込んでいたテリー氏は「術後3日目に眼帯をとってみたら、鏡の中の左目が『お前誰だ。なんでおれを39年間もほっておいた』と僕をにらんでいた。3万円なんて…。安くてショックだよ」。テリー氏の斜視は、奇才を象徴するトレードマークにもなっていた。「18歳の時は、就職とか、今後の人生大変だろうと落ち込みもしたが、逆に頑張らなきゃというパワーになった。斜視にもらったファイティングポーズはずっととっていたい」。

旧治安維持法の2条をごらんください。

(第1条 国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は10年以下の懲役又は禁錮に処す)

第2条(協議罪)

「前条第1項の目的を以って其の目的たる事項の実行に関し協議を為したる者は7年以下の懲役又は禁錮に処す」 

1925年、文部省と学校当局は、学生の社会科学研究に圧力を加えるようになっていました。

12月1日早朝、京都府警察部特高課は、京都全市の警察署の高等係を動員し、京都帝大、同志社大学などの寄宿舎、両大学の社会科学研究会員の自宅、下宿、合宿所から書籍、プリント、ノートなどを押収、学生33名検束しました。

しかし押収された「不穏文書」は、研究会のテキスト用の『レーニン主義の基礎』(スターリン)の一部を翻訳したプリソトや、丸善などで市販されている洋書などにすぎなかったため、当局は新聞記事の掲載を差し止め、各府県警察部特高課を動員し、全国的に社会科学研究会員を検挙、教授・講師の家も捜索しました。

そして38名の学生が、治安維持法違反などで起訴されました。

まだ単なる研究団体にすぎない集団に治安維持法を適用するのは、理論上無理がありましたが、予審決定書は、「私有財産制度の破壊を企図し、その実行に関し協議した」として、治安維持法第2条の協議罪を適用するのが適当だとしました。

そして結局、治維法違反は有罪となり、重い者は禁固刑を受けています。

こうして国家は、はじめての治安維持法違反の適用を、学生運動に対してなすことにしたのです。(参照:治安維持法と特高警察

国の現実的統治の任を直接に背負った政治家や官僚、または団体を通じて間接にそれを背負う財界人にとって、最優先事項はとにもかくにも”国を回していくこと”にあります。

そして実際、国を運営することは、過去あらゆる理想や理念、理論に先んじて優先されてきましたし、これからもどう考えても最優先されるはずです。

道理を優先して国をクラッシュさせるわけにはいかないからです。

そして一旦そちら側の視点に立てば、国民には必ずしも主権者という建前通りの主体性を持ってもらわないほうが、事は逆にスムーズに運ぶように見えるかもしれません。

それは現実の会社経営に支障が出ないよう、本来会社の所有者であるはずの株主の発言権が、会社法によって徐々に狭められてきたことにも似ています。

テリー伊藤さんが参加したような、社会構造に疑問を提起する学生運動は、今ではすっかり影を潜めました。

もしかすると学生運動が下火になったのも、電車の中で違法行為が行われていても誰一人止められないのも、あなたやわたしの思考が今ひとつぼんやりしていて、自分がなにに不満なのかをはっきり言い当てられないのも、なんらかの社会的装置が働いているせいかもしれません。

その装置はいかにもあからさまに設置されなければ、わたしたちは不快感の根本に気が付くこともないのです。

かつてそれをあまりにもはっきりと設置してしまった凶暴な装置、治安維持法は20年の短命に終わっています。

 

 

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2007/05/21

ビジネスと詐欺のあやふやな境界

“ヤフオク詐欺”無罪確定 (デイリースポーツ)
「インターネットの競売サイト「ヤフー・オークション」に出品し、落札者約70人に商品を発送せず代金計約600万円をだまし取ったとして詐欺罪に問われた無職女性(37)=神戸市=を無罪(求刑懲役五年)とした神戸地裁判決に対し、神戸地検は19日までに控訴を断念、無罪が確定した。「発送するつもりだった」と主張した女性の弁護側は「破産し、神戸地裁から債務免責を許可されており、今後も被害弁償の予定はない」と話している。」

破産法265条1項をごらんください。

第265条(詐欺破産罪)

「1 破産手続開始の前後を問わず、債権者を害する目的で、次の各号のいずれかに該当する行為をした者は、債務者について破産手続開始の決定が確定したときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。情を知って、第四号に掲げる行為の相手方となった者も、破産手続開始の決定が確定したときは、同様とする。
一  債務者の財産を隠匿し、又は損壊する行為
二  債務者の財産の譲渡又は債務の負担を仮装する行為
三  債務者の財産の現状を改変して、その価格を減損する行為
四  債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為」 

[以下、刑事法の理論と実践―佐々木史朗先生喜寿祝賀中の論文、”詐欺破産罪の図利加害目的に関する一考察 伊藤亮吉”を参照させていただきます]

破産法は第一に債務者が永遠に責め立てられることを防止するため、第二に債務者の財産を債権者に公平に分けるための法律ですが、破産に際しては債務者が財産を隠す等行為に走る場合が多くあります。

そのため詐欺破産罪は、債務者が「債権者を害する目的で」すなわち図利加害目的で破産財団に属する財産の隠匿、等をして、破産宣告が確定した場合に債務者を処罰することにしています。

破産を申し立てた後の債務者が無茶な取引をすることはもちろん許されませんが、破産申立前の債務者は、一応一般人と同様なのでその財産の処分を全て禁止することはできません。

つまりその段階では、債務者があえて財産上危険な取引に出てもそれを禁ずることは権利義務が帰属する一般人として見れば一応できません。

しかし債務者自身は将来破産宣告がなされることが予見可能であり、総債権者のために信義則にしたがって行動する義務があります。

よって詐欺破産罪規定の行為をすることはこの義務に違反することになります。

破産申立前の債務者が行う冒険的取引は、その債権者に対する危険度を考えれば、およそ経済活動の範疇に入る行為とはいえないのです。

結局、破産宣告前の取引を適法と呼ぶかどうかは、図利加害目的の有無によって決定されることになります。

学説上は争いがあるものの、判例理論上は、目的犯にいう”目的”を「ほぼ全体を通じて未必的な認容で足りる」としています(最高裁 昭和29年11月5日)。

しかし実務では、詐欺破産罪をはじめ、破産犯罪が適用される事案はかぞえるほどしかないといいます。

人の心は不定形で、その中身を法廷の場では証明しがたいからです。

(ポリグラフ検査さえ、厳密に言えばウソ発見器などという魔法の器械ではありません)

もちろん本件被告女性の真意も、誰も証明することができない以上確かに無実なのかもしれません。

ただもし故意以上の”目的”が要件である罪をすり抜ける術があるとすれば、それは”目的などなかったのだ”と、自分自身さえ説得し切ることにあるといえます。

 

 

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2007/05/18

下車できない、失敗という名の電車

立てこもり男の身柄を確保・愛知県長久手町(日本経済新聞)
「察官2人を含む男女4人が死傷した愛知県長久手町の発砲立てこもり事件で、愛知県警は18日午後8時48分、立てこもっていた元暴力団組員、大林久人容疑者(50)の身柄を確保した。県警は殺人、殺人未遂や銃刀法違反容疑で逮捕する方針。」

銃刀法の3条をご覧下さい。

第三条(所持の禁止)

「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。

一  法令に基づき職務のため所持する場合(以下略)」 

以下に科学警察研究所犯罪行動科学部による著書、「捜査心理ファイル―捜査官のための実戦的心理学講座 犯罪捜査と心理学のかけ橋」から、立てこもり犯の犯人像を引用してみましょう。

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・人質立てこもり事件というものは、単独犯による犯行が圧倒的に多く、全体の92.5%を占める。

・犯人の職業の60%が無職、職がある場合は職人、自動車の運転者、工員など単純労務が多く、頻回転職者が大半である。

・その性格は多くが未熟で、成功や達成経験がない。彼らは失敗、要望より常に少ない現実に慣れてきたため、現金や武器、逃走車両を要求してはみても、タバコや食事の差し入れだけで納得する。

・立てこもり犯の中にはメディアへの報道要求をするものが多い。それはこれまでの人生で世間の注目を浴びることもなかったためだと考えられる。

・立てこもり時間は6時間未満が80%、91.7%が12時間未満で解決している。しかし銃器を用いた立てこもりの場合は長期化する傾向にある。

・犯行の動機は夫婦や恋愛のもつれが30%、強盗を失敗したあとが27%、幻覚によるものが20%であり、概して無計画である。

・事件のタイプとして男女間のトラブルで立てこもった場合、概して計画性がないため、警官が集合したことで結果的に立てこもりに追いつめられたケースもある。元妻を拘束しているような場合、要求は警察の立ち退きしかなく、このため交渉が成り立ちにくい。このタイプの犯人は自己破壊的であるため、合理的な思考ができるまで落ち着かせることが肝要である。それには「言葉の置き換え」「言葉の繰り返し」「相づちを打ちながら聞く」「質問をする」などの積極的聴取技術が有効である。
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それは華々しい実績を人生に残せず、気が付いたら出口のない悪循環に入ってしまっていた人達が、追いつめられれば立てこもるのだという冷徹な分析です。

勇敢な警官を撃ち動けなくしてしまったとき、またはかけがいのない特殊部隊の隊員をあろうことか殺してしまったとき、立てこもった犯人は、もう後戻りが許されない人生に足を踏み入れた時の、嫌な皮膚感覚を味わったかもしれません。

失敗の味を知らない人がする発言や行動は、いつでも無邪気で幸福です。

しかし一方では、いったいなにがどこで間違ったのか、それに思い至ることさえかなわない一生というものも、この世の中にはたくさん存在しています。

そしてそれは銃刀法を違反して銃器を隠し持つことや、まして若いの命を奪うことなどでは真の意味で購えないものであることは、犯人がそもそも一番よくわかっていたはずです。

 

 

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2007/05/17

ひしめく境界と署名殺人

生首少年? ネット告白の内容とは…動機&後悔(zakzak)
「福島県会津若松市の母親惨殺事件で、逮捕された少年(17)が犯行直後に書いた可能性のある「日記」がネット上に存在したことが17日、分かった。日記の書き込みは事件が表面化する前で、一問一答形式で記入されており、犯行の動機を「ただなんとなく」「あえて挙げるなら自己表現ですね」など、“秘密の暴露”を暗示させるような記述が多数あった。」

刑法の199条をご覧下さい。

第199条(殺人)

「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。」

子供が親から自信の核を植え付けられていないか、見捨てられたように感じていた場合、社会的なグループに参加することに恐れを抱くといいます。

そしてそうした子供は、早くも五歳ごろから新しい人間関係に入る術として、人格を二相にわけるのだといいます。

子供の二相的人格とは、一方の相が空想世界の構築とそこへの引きこもりで成立しており、その安全な世界では子供は統御を失わず、もう一方の相は現実世界における記号のような人格であり、本人はその人格に対して無責任だという、人格の分裂をいいます。

殺人衝動―人はなぜ人を殺すのか」を著したワシントン州検事総局のロバート・D・ケッペルによれば、彼が小学校上級へ進み、もし現実世界へ導いてくれる大人や友人に恵まれなければ、より空想の人格に深入りしはじめることになります。

そしてこの人格の二重構造は非常にエネルギーを要するため、厖大なストレスを蓄積させ、それが怒りをかき立てます。

二相的な人格構造の先には、つまるところ人格が負荷に耐えきれなくなるところまで欲求不満と怒りを押し上げてくるのだといいます。

彼が思春期に到達すると、何かが間違っていることに気が付きますが、たとえどんなに苦痛であっても社会に適応できるような選択をしていくかは彼の責任として問われます。

もう一方の道は完全に自分の精神的本籍を空想世界においたまま、体の成熟プロセスや緩和されない怒りや欲求不満と格闘していく道を選ぶかです。

もしそちらを選ぶなら、行動の結果に責任をとらなくてよい子供のままで気が済むまでいられるので、問題の到来は青年期に入る時まで後回しになります。

現にジェフリー・ダーマーやテッド・バンディといった猟奇的殺人者の多くが、そうした二相的人格を形成してきたといいます。

二相的人格の有名な殺人者達はコンフォートゾーン(心理的安楽地帯)と他人の生命の間にある境界線を軽々と一またぎすると、その殺人がはじめての真の自分の表現であるかのように、被害者の切断など、陰惨な殺人形態という”署名”を行いました。

ただし二相的人格をもつ人がすべて犯罪を犯すわけではなく、ほとんどの人が或段階で空想と現実のバランスをとって落ち着くのだといいます。

ケッペルによればそれはたとえば絶えず女子学生に性的いやがらせをくりかえす大学教授や、部下にハラスメントを繰り返すオフィスの上司もまたその側面を顕著に示しているにすぎないということです。

そうしてみれば社会には境界一歩手前の症状としての虐待行動が今日もあふれています。

それらが空想世界に暮らすもう一人の私たちが、現実世界に向けて表現する署名行為の一種であるというのです。

ケッペルは”境界地は愕然とするほど狭く、辺縁に位置する人々の数はあまりに多い”といいます。

刑法の199条、それは特別な人のために用意された特別な条文ではなく、わたしたちを押しとどめる作用さえ期待されており、踏みとどまれているわたしたちには、少年に境界をまたがせる要因を社会からひとつずつ除去していく責任が負わされているとも解釈できます。

 

 

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2007/05/16

轍の深さは報いの所以

食事中の女性客を拉致し暴行、ステーキ店長ら逮捕…大阪(読売新聞)
「大阪・ミナミのステーキチェーン店「ペッパーランチ」心斎橋店で、食事中の20歳代の女性客を拉致し、乱暴するなどしたとして、大阪府警南署が、同店店長北山大輔(25)(泉佐野市)、店員三宅正信(25)(大阪市西成区)の両容疑者を強盗強姦(ごうかん)と逮捕監禁致傷の疑いで逮捕していたことがわかった。2人は「女性を囲っておくつもりだった」と供述しているという。調べでは、北山容疑者らは9日午前0時20分ごろ、大阪市中央区の心斎橋筋商店街近くにある同店で、閉店作業を装って店のシャッターを閉め、1人で食事中だった女性客を「逃げたら殺す」とスタンガンで脅し、無理やり睡眠薬を飲ませて泉佐野市内の貸しガレージまで車で連れ去って乱暴したうえ、5万5000円入りの財布を奪った疑い。当時、店内には他に客はいなかった。女性はその後も手足を縛られたままガレージに止めた車の中に監禁されていたが、同9時すぎ、自力で脱出して近所の人に助けを求めた。通報を受けた同署員が、事件後に再び出勤していた北山、三宅両容疑者を任意同行し、逮捕した。」

民法の715条1項をごらんください。

715条

「1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。」 

使用者責任とは、事業のために従業員を使用する会社は、従業員が事業の執行について第三者に加えた損害を賠償しなければならないという責任のことをいいます。

その責任を法人に負わせる根拠は、使用者は被用者を使って利益を得ているのであるから、損失もまた負担させるのが衡平に適するとする報償責任の考え方を基礎にして、代位責任とする説が通説です。

民法715条によって使用者が被用者の不法行為について責任を負うためには、被用者の行為が「その事業の執行について」なされたものでなければなりません。

従業員がやらかした行為が、事業の「執行について」にあたるかどうかについて、判例は行為の外観上職務の執行とみられる場合であるとする、いわゆる外形標準説を採用し、広く解するようになっています(大正15年10月13日判例)。[参照:有斐閣法律学小辞典 第4版]

企業が競争原理によって提供するビジネスは、社会にたくさんの幸福をもたらしてくれます。

同時に企業が社会に残す大きな轍は、その内輪の大きさゆえにしばしば社会へ甚だしい危険をもたらしているのも、また事実です。

一人一人の従業員には必ずしも損害を賠償する能力が十分でない反面、企業自体はその従業員を使用することで大きな果実を収穫している点を考慮して、この企業活動から生じる損害は、企業に賠償させるのが損害を受ける社会に対して公平であると考えられるのです。

そして使用者があらかじめ毎日の従業員の活動に対して負っている責任は、故意・過失がなくてもかぶってしまう、いわゆる無過失責任です。

不確定要素を多く隠した人間という存在を可能な限り取り入れることで、収益を可能な限り大きくしようという経営者なら、そこにつきまとう無過失という重い責任を皆理解しているはずです。

フランチャイズという、経営システムの複写によって収益を上げる形態を採用したステーキチェーン店の代表者には、責任も複写されて返ってくることになります。

 

 

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2007/05/09

重婚というクラシカルなゲーム

細川ふみえ重婚疑惑否定も恋愛感情あり(朝日新聞)
「タレント細川ふみえ(35)が29日、TBS系情報番組「サンデー・ジャポン」に生出演して重婚疑惑を否定した。細川は23日発売の写真週刊誌に、7日にサイパンの教会で、妻子のある不動産会社社長A氏(44)と挙式したと報じられた。番組ではサイパンには写真集の撮影リハーサルを兼ね、A氏の会社の社員旅行に同行したと説明。「挙式のようなことはしたが、本当の挙式ではなかった」と、リハーサルの一環で交換した指輪も返したという。」

民法の732条をごらんください。

732条(重婚の禁止)

「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない。」 

わたしやあなたの暮らす国でも、江戸時代まで正当的夫婦関係の別に不特定多数の妾との配偶を副次的夫婦関係と認める一夫多妻制が採用されていました。

明治維新政府は妾と妻は等しくこれを二等親とし、妾にも戸籍に記載する道をつけるなどむしろ公認する方向さえとりました。

それは約130年前の話ですが、やがて国際的な外聞のため、妾制度は廃止されることになりました。

高柳真三の「明治前期家族法の新装」によれば、明治十五年に施行された一夫一婦の単婚制により、はじめて近代的様式をもった婚姻法の第一歩を踏み出したのです。

これ以降、妾契約のような周辺の請求はことごとく民法90条、公序良俗違反として退けられることになっていくのです。

わたしたちの国では書類によって結婚をみとめる主義を採用していますので、これが二重に登録されるような事態は起こりがたいのですが、海外に赴いて婚姻し現地の大使館に届出をなしたような場合にチェックミスで重婚は起こりえます。(法令8条2項、13条1項但書)

そしてそのような重婚が悪意でなされれば、刑法によって二年以下の懲役が待っています。(184条)

重婚を認めていた時代の思想背景には、正当夫婦関係に子供が生まれなければ福次家族関係で家の世継ぎを確保するという、男系社会と家制度が大きく関わっていたと思われます。

一定割合の女性が事実上の重婚という状態に参加することで、潜在的に男系社会が維持されてしまうという伝統芸が、現代まで脈々と受け継がれているのかもしれません。

 

 

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2007/05/08

Imaginary Domain:やわらかい場所

わいせつ画像で口論 夫が妻の首絞め、死亡(日テレ)
「調べによると、川上容疑者は6日午後9時から10時ごろまでに、自宅マンションで、携帯電話に保存していたわいせつな画像をめぐって妻・和子さん(28)と口論になり、両手で和子さんの首を絞めた疑いが持たれている。」

憲法の13条をごらんください。

第13条

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」 

プライバシーという権利には、現在の処”純然たる私生活・私事に属する事項である”というとてもおおざっぱな定義だけが与えられています。

わたしやあなたが他人に煩わされずに幸福を追求する権利は憲法13条が保障しようとする権利であり、それは人格権の1つだとされています。

しかしてプライバシーというものの核心がなんであるのかは、いまだはっきりとした答えがでていません。

ところで法哲学者、ドゥルシラ・コーネルは、”イマジナリーな領域への権利”という議論を提唱しています。

わたしたちは乳児の頃、大人の話す言葉や振る舞いをもとに、自己イメージを徐々に重ねていきますが、その心的な空間のことを”イマジナリーな領域”と彼女は定義します。

わたしたちはその領域のなかで他者と接し、アイデンティティを徐々に獲得していくというわけです。

そこは、社会的な役割や性別が負わされている建前を放棄して、より自分らしい自分のカタチを追及するための心理的な小部屋です。

”イマジナリーな領域”という理念の核心には、自己を性化された存在(sexed being)として感じる人格として創造する自由があるといいます。

もっとも彼女が”イマジナリーな領域”という概念を用いて指摘するのは、野放図な性のイメージが街にあふれることで女性達がもつそれが反復汚染され、やがて自己イメージを貶めるという段階です。[参照:セクシュアリティと法:憲法解釈とフェミニズムの視点 田代亜紀 東北大学出版会]

しかしその、社会的なジャッジや公明正大な建前からもっとも遠い場所で、性化された自分自身の心象を発達させようという心の小部屋という概念は、プライバシー権というものの核心としてのふさわしさを感じます。

誰かに褒められるためではなく、あなたにとってのセクシャリティとは何なのか、またあなたとは誰なのかを安心して究明できる場所が心の中にも許されなければ、わたしたちはどうそれを無視しながら期待される社会的な役割を果たせるものでしょう。

もしプライバシー権の核心を見つけるための議論が、その最後に性を見つけたならば、それは上質な議論だったと呼ばれるべきです。

時にわたしたちは愛と性が極個人的なものであることを許さず、誰かの小部屋をこじ開けて”正常なセクシャリティ”を押しつけたくなります。

だからといって、それが人に手をかけることの理由になるはずもありません。

しかしその領域を法がたくましく保護することは、社会をひとつ上の次元に向かわせる装置になりうるかもしれません。

 

 

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2007/05/07

法の形式性という淡い祈り

<コースター事故>脱線で女性死亡、乗客ら34人搬送 大阪(毎日新聞)
「同社によると、年1回は分解して超音波や磁石を使った解体点検も行っていたが、直近は昨年1月で、「(今年は)3カ月半遅らせても大丈夫」と判断し、今月15日に実施する予定だったという。法的には問題ないが、遅らせた理由について同社は「新アトラクションを建設する影響で、車体を解体するスペースが確保できなかった」と説明した。折れた車軸については、92年の製造以来、交換したことがなかった。」

建築基準法の12条3項をごらんください。

第12条

「3 昇降機及び第六条第一項第一号に掲げる建築物その他第一項の政令で定める建築物の昇降機以外の建築設備で特定行政庁が指定するものの所有者は、当該建築設備について、国土交通省令で定めるところにより、定期に、一級建築士若しくは二級建築士又は国土交通大臣が定める資格を有する者に検査をさせて、その結果を特定行政庁に報告しなければならない。」 

建築基準法が要求する定期報告制度とは、建築物や、その設備、またエレベータのような施設について維持管理が適切になされているかどうかを、有資格者が調査・検査し主務官庁に報告させる制度です。

多くの人が利用する建築物や、エレベーター、エスカレーター、また遊戯施設であるメリーゴーランドやジェットコースターなども対象になっています。

あらゆる構造物は経年により当初の強度を失っていきますので、高い負荷を長期間受け続けるエレベータやジェットコースターの定期点検が実質的になされていなければ、事故は不可避に起こるといえます。

建築基準法12条3項は、人の知恵で組み上げた建築物の強度を、人の勤勉で維持しようという条文です。

その報告義務を違反すれば、50万円以下の罰金ですが、建築基準法が形式的に強制できるのはそこまでであり、建築許可が下りたあと、定期検査をどのような間隔で報告するかや年間の検査コストをどこまでかけるかなどは事業者の自由意思に一任されています。

その条文があくまで検査の形式性を要求するのみで終わっているのは、それが人が過去犯してしまった罪を社会が慎重に裁こうとする必要的な実質性を要求するものではなく、人の未来を誠実につくろうとする性質への信頼が基礎にあるからです。(私見)

一から十まで法律に指図されなければ施設からいつまでも事故が消えないのだとしたら、わたしたちの暮らす国の空気はこれから随分みじめになるはずです。

 

 

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2007/05/04

フリーライダー:最強の商人

中国“国営”遊園地の暴挙にアメリカ政府も激怒(livedoornews)
「中国の国営遊園地「北京石景山游楽園」にアメリカ政府が怒っている。国営であるにもかかわらず、「ディズニーランドは遠すぎる」というテーマのもと、キャラクター許可などを一切取らず、スタッフがディズニーキャラクターに扮しているのだ。また園内にはシンデレラ城などのレプリカも置かれている。」

WTO協定の3条1項をごらんください。

第3条(世界貿易機関の任務)

「1 世界貿易機関は、この協定及び多角的貿易協定の実施及び運用を円滑にし並びにこれらの協定の目的を達成するものとし、また、複数国間貿易協定の実施及び運用のための枠組みを提供する。」

正義としての法の効用は、いくつかの顔があります。

井上達夫教授の著書「法という企て」によれば、主なそれは(1)フリー・ライダーの排除、(2)ダブルスタンダードの排除、(3)既得権益と権利の区別作用、(4)集団的エゴイズムの抑制です。

(1)にいうフリー・ライダーとは、何らかの制度が提供する便益は享受しながら、その制度を維持するのに必要な負担は他者に転嫁する人達を指します。

フリー・ライディングは当然に、彼の利得を最大化しますので、もし世界が他者によるフリー・ライディングを抑制できないのなら、自分だけがこれを我慢する理由がありません。

どこかの国の権利がフリー・ライドされない保障をどの国ももっていないとしたら、その国もまたフリー・ライドせざるをえず、それがまたどこかの国が他国の権利にフリー・ライドする口実となり、それがまたわたしたちの国がフリー・ライドする口実となる、という目もくらむような悪循環に陥ります。

最後には現実にフリー・ライディングする国がなくとも、世界中の国家がフリー・ライディングを強制されることになり、ここにいわゆる囚人のジレンマが発生します。

その循環を排除するには、各国の思惑から独立した”枠組み”が必要です。

フリー・ライダーが利益を享受できるのは、言うまでもなく開発コスト、成長コスト、維持コストを他者が負担しているからです。

法の正義の不変主義的要請はこれを排除します。(参照:井上達夫 法という企て 東京大学出版会)

世界貿易機関協定はその3条で正義の枠組みを提供すると宣言しています。

それは枠に乗っからないメンバーが出れば、囚人達は最初からやり直しだという意味です。(私見)

 

 

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2007/05/02

AED:Erlaubtes Risiko

自動除細動器で球児助かる 大阪、観戦の救命士が処置(東京新聞)
「同校などによると、試合は4月30日にあった春季近畿地区大会府予選3回戦の桜宮-飛翔館戦。飛翔館の投手上野貴寛君(2年)はマウンドで打球に直撃され、倒れて動かなくなった。子ども連れで観戦していた岸和田市消防本部の岡利次さんが人工呼吸や心臓マッサージをし、学校関係者が運んできたAEDを使用。上野君は間もなく息を吹き返した。AEDは心臓にショックを与える救命装置。公共施設などに導入が進められており、同校には2年前、卒業生が寄贈した。」

刑法の37条1項をごらんください。

第37条(緊急避難)

「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。」  

普通わたしたちが人の体に針を刺したりメスで切ったりすれば傷害罪になります。

その点はお医者さんでも同じですが、それが合法な医療行為だと認められる時に限って違法性が阻却されています。

それは刑法35条にいうところの、”正当業務”と呼ばれる行為にあたると考えられているからです。

その行為が”違法”と呼ばれないためには、(1) 適正な治療目的、(2) 適正な手段、医学的に妥当な方法、(3) 患者さんの承諾が必要です。

しかし緊急時に人体へ電車を動かすほどの電力を通す機械、AED(自動体外式除細動器)を使う状況では、承諾は当然なく、状況も万全でないのでこれら要件を欠いています。

そこで例外的医療行為として、刑法37条緊急避難の法理(差し迫った危難を避けるため、やむをえず別の利益を害しても罪としないルール)が適用されると考えられます。

そこに誰かの生命の危険があり、他に方法がなく、胸に電撃を加えることが、救急隊員が来るまで放置するより優先されるなら、AEDは”許された危険”として違法と解釈されなくなるのです。

逆にその有益性より危険性が上回ってしまう時は、医療行為と呼べる範囲を逸脱しますので(たとえば健康な友達に対して練習で使ってしまうこと)、傷害としてその違法性の検討段階に入ることになります。(参照:臨床のための法医学 朝倉書店)

心筋梗塞や不整脈などでは、心臓が細かく震えて血液を送り出せなくなる”心室細動”により心停止が起こります。

心臓が停止すると4分以内に脳に障害が発生します。

心室細動を正常な状態に戻さなければ心臓からの血液の送り出しは正常に戻りません。

除細動とは、電気ショックでこの心臓の痙攣を取り除く処置のことです。

AEDはその装置を開けば、あとは自動で電源が入り、コンピュータがどう操作すればいいのかを案内してくれます。

しかも電極パッドを貼り付けた傷病者が、今本当に除細動が必要なのかをコンピュータが心電図解析して判断の上、除細動を行う装置です。

それは数十万円する高価な装置ですが、それを寄贈することにした卒業生達の意思が、一人の少年の人生を取り戻しています。

 

 

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2007/05/01

せめてアポリアーを知れ

B型肝炎感染者から腎移植 肝障害発症し死亡(読売新聞)
「万波誠医師は29日、読売新聞の取材に応じた。一問一答は次の通り。――ドナーがB型肝炎ウイルスの陽性だったことは知っていたのか「移植前の検査で感染性が高い抗原は検出されず、肝炎は沈静化していた。相談した内科医にも『感染の恐れはない』と言われた。感染力のある腎臓なら移植するはずがない」――ドナーがB型肝炎ウイルスの陽性であることを男性に説明したのか「それは覚えていない」」

ヘルシンキ宣言の22条をご覧下さい。

ヘルシンキ宣言 ヒトを対象とする医学研究の倫理原則

「22 ヒトを対象とする研究はすべて、それぞれの被験予定者に対して、目的、方法、資金源、起こり得る利害の衝突、研究者の関連組織との関わり、研究に参加することにより期待される利益及び起こり得る危険並びに必然的に伴う不快な状態について十分な説明がなされなければならない。対象者はいつでも報復なしに、この研究への参加を取りやめ、または参加の同意を撤回する権利を有することを知らされなければならない。(以下略)」 

1947年、第二次世界大戦下におけるナチスドイツの人体実験に関してニュールンベルク国際法廷が開かれました。

そこでは人類が医学研究の名においておぞましい人体実験を行ってしまった事実への反省と、被験者の人権尊重を趣旨として、ニュールンベルク綱領が示されました。

そしてそれを基本に、世界医師会1964年のヘルシンキ総会は、人体実験法に関する倫理綱領であるヘルシンキ宣言を採択しました。

ヘルシンキ宣言の1975年改訂では、インフォームド・コンセント、すなわち”内容がはっきり知らされた上で、被験者や患者が研究や治療へ同意する”という概念を提唱し、のちにインフォームド・コンセント(以下IC)概念が世界の医療界に普及するきっかけをつくりました。(生命倫理事典 太陽出版)

臨床研究であれ、非臨床的医生物学的研究であれ、結果的に患者が医師に身を任せる前には、十分にICが尽くされることが、両者にとって極めて重要になっています。

それは医療知識とその処理判断を専占することで、医師が患者の上位に立ち、それにより数多の責任回避が意識的、無意識的に図られてきたこれまでの構図を、お互いのため発展的に解放しようとするものです。

かつてヒポクラテスが「礼儀について」のなかで語っていた「患者の前ではたいていのことを隠さなければならない」という教えが初めて破られたのは、1972年、米国病院協会による患者の権利章典によってだといいます。

ただし、患者さんにどういう説明を行い、どういう臓器を生体移植するのかなどという権力行使を自己操縦するための、いわゆる”医療倫理違反”と、医学発展のために欠かせない”臨床研究”の境界は、いまだ法的責任を伴った明確な定義はなされていません。

ところで職業人の倫理、いわば”徳”とは、どのようなものをいうのでしょう。

たとえばプラトンの著書「メノン」では、貴族の青年メノンがソクラテスに”徳とは何か”を問い続けます。

その中でソクラテスが”僕も徳とは何であるかということがわからないから、いっしょに探求するつもりだ”というと、「いったいあなたは、それが何であるかがあなたにぜんぜんわかっていないとしたら、どうやってそれを探求するおつもりですか?」と青年は問いただします。

ソクラテスの答えは、「それは想起(アナムネーシス)することによって、既に知っていることに思い至るのである」というものであり、「徳それ自体はそもそも何であるかという問を手がけてこそ、はじめてわれわれは知ることができる」のだとしています。(メノン プラトン 岩波書店)

目を凝らしてその本質を見ようとした人にだけ、徳は一つしかない真の形を見せようというのです。

いろいろな職業のわたしたちがちょうどそうであるように、お医者さんも手術台を前にしてその徳は必ずしも一様でないかもしれません。

けれどわたしやあなたの、そしてその家族の命を扱うお医者さんが備えた徳だけは、自己流のそれではあって欲しくないものです。

 

 

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