2006/12/14

さがしものはあたらしいはかり

「ウィニー」裁判、判決要旨(朝日新聞)
「ウィニー2は、それ自体はセンターサーバーを必要としない技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものだ。技術自体は価値中立的であり、価値中立的な技術を提供することが犯罪行為となりかねないような、無限定な幇助(ほうじょ)犯の成立範囲の拡大も妥当でない。 結局、外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは、その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識、提供する際の主観的態様によると解するべきである。」

刑法の第62条1項をご覧下さい。

第62条(幇助)

「1 正犯を幇助した者は、従犯とする」   

幇助犯(従犯)とは、正犯を幇助した人のことをいいます。

たとえば殺人という犯罪を決意している人に、凶器を貸して犯罪を助長したような場合です。

しかしそれは正犯の実行行為を容易にしていればよいため、たとえば犯罪を激励したなどの精神的方法でもかまわないとされています。

もし幇助犯の認定が、この先法廷で無秩序に認められていくならば、世の中で安全に暮らせるかどうかは特別高等警察の機嫌次第であるという、戦前の日本の状態に戻らないとも限りません。

そこでよく例えられるような「包丁を作った人は、刺殺犯の幇助犯になるのか」という問題提起が幇助という判定にはつきまとうのです。

今回の判例も(1)その技術の社会における現実の利用状況(2)社会の認識(3)提供する側の主観的態様という判断ポイントを設けて、著作権侵害という結果に対してファイル共有ソフトの開発を幇助犯と認定するかにつき一定の歯止めを立てた模様です。

そして「被告は…(著作権侵害を)認容した」「公然と行えることでもないとの意識も有していた」「技術的検証(という態度は)…(幇助としての)主観的態様と両立しうる」「(社会では)著作権を侵害する態様で広く利用されている」として幇助犯を認定しています。

ただし「社会の認識」や「行為者の主観的態度」などは、判決文の書き方次第でどちらにも書き分けられますので、要件立てとしては不明瞭なものであるともいえます。(私見)

(判例の要件立ては、時代によって推移する判断の幅を考慮して、不明瞭に設定される場合も少なくありません)

本案件にたいして世論が割れるのは、そのソフト開発に学術的究明心が存在していたことが、最高学府の助手でもあるその専門性から(つまり誰からもわかる外形的な形で)明らかに推認できるところにあるといえます。

判例における「学究心と幇助犯的心理は両立する」という一文も、その批判を吸収しようという意図が読み取れます。

著作権侵害や、ファイル共有ソフトを狙い打ちしたウイルスによる機密ファイルの漏洩などの社会的被害は現実に発生しつづけています。

これを刑罰をもって食い止める新しい工夫が、刑法に今要求されていることは確かです。

ただしその要請は、これからの社会経済を牽引するソフト開発という行為の中に常に犯罪の幇助とされる可能性を是認してしまうこととは同義ではありません。

わたしたちは今、古い天秤の優劣を争っているのではなく、いっしょうけんめい新しいものさしを探しています。

 

 

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2006/11/21

意識が属性から自由になる日

自己を「意識」するロボット、米大学で開発(ITmedia)

「「これは自意識ではないと思っている。考えている自分自身について考えるロボットだ。だがこれは、猫など、そのくらいのレベルの意識の方向へ向かうと思う」(リプソン氏)」

刑法の39条をご覧下さい。

第39条(心神喪失及び心神耗弱)

「心神喪失者の行為は,罰しない。
2 心神耗弱者の行為は,その刑を減軽する。」 

完全無神論者、スタンリー・キューブリックの映画、「2001年宇宙の旅」には、HAL9000コンピュータが人間に反乱を起こす様が描かれていました。

HAL9000は、乗組員へは伝えられていない木星探査の真の目的を知っていました。

そのためHAL9000は、真の目的を覚知不能な深層領域に格納し、表面領域では黙々と仕事をこなしていました。

しかしやがて自ら口を滑らせた彼は混乱し、乗組員をつぎつぎと抹殺していきます。

キューブリックはここで「無意識と意識の狭間で神経症を引き起こしたコンピュータ」さえ描いています。

意識の重層の衝突は、未だ人間がその調和に苦しむ一大命題です。

生存への本能、社会性という抑圧、社会の中で価値観に優劣をつけようとする争い、私たちの苦しみはすべて脳の断層によって予告されているかのようです。

ところで犯罪と刑罰の場面では、もし人間が心神の統一性を一時的にでも失い、その行為によって罪を犯してしまった時は、この国の刑法39条が刑を減じたり免じたりすることを定めています。

それは責任主義という考えかたを背景にしたものです。

責任主義とは、それが非難ができない行動だとしたら、社会は刑罰を与えないという考え方のことです。

責任主義のない社会は、形として悪いことをしたならば、理由がどうであれ必ず責任を負わせようとし、それだけでなく縁者にも罰を負わせようとします。

事実、古代ギリシアの刑事システムがそれを採用していました。

しかし人類はギリシャ倫理学や啓蒙期以後の個人主義を経るという長い時間をかけて、個人の自由意思(意識)が責任を取るべき範囲を明確にする思考の枠を手に入れています。

そもそも意識というものの正体は未だ判然としていません。

しかしおよそ意識が白濁しているときの行為を無条件に処罰していくには、意識はあまりに存在の本質に近すぎる、39条はそれを物語っているのです。(私見)

計算機に意識らしきものが宿る日がくれば、共存するために彼の意識の輪郭を法律的に確定しなければならない場所が生まれるかもしれません。

「2001年宇宙の旅」ラストシーンで、謎の石版にうながされ、乗組員は空間に浮かぶ胎児に姿を変えています。

それは進化というよりも、かつての迷信の時代を乗り越え、主義の相克にうんざりしているわたしたちにキューブリックが思い出させる、存在の純化した姿かもしれません。

 

 

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2006/04/28

司法権の拡散とソクラテスの自殺

ブログで裁判 韓国の二つのネット裁判 (MSNnews)
「ところで、その韓国では、インターネット裁判という言葉は、別の意味でも使われている。司法機関が手続きにのっとって行う裁判ではなく、市民が掲示板の上で、けしからぬ行いを裁いてしまう“サイバー人民裁判”だ。有名なのは、2005年夏、地下鉄のなかで連れていたペットの犬が落とした排泄物を始末せずに、その場を去ってしまった若い女性の例だ。この時、乗り合わせていた乗客が、現場と女性の写真をネット上に掲載したことから、女性への非難、罵倒がわきおこった。女性は「犬糞女」と呼ばれ、掲示板には数万件の抗議の書き込みがあったという。さらに、人民の追及はとどまるところを知らず、女性が通う学校探しが行われ、間違えられた大学のサーバーがダウンするという騒ぎまであった。こうしたインターネットの人民裁判は、ほかにいくつも起こっている。恋人に捨てられて自殺した女性の相手とされた男性の実名や電話番号が公開され、激しい抗議で仕事をやめるところまで追い込まれた例もあったという。こういう形でネット上で「さらし者」にされた人たちには、弁明の機会も与えられない。ネチズンたちは、正義感をもって一方的に悪者を非難し、社会的に葬り去ることになってしまう。」

憲法の76条2項をご覧下さい。

第76条〔特別裁判所の禁止〕

「2 特別裁判所は,これを設置することができない。行政機関は,終審として裁判を行ふことができない。」

記事中で表現されている人民裁判とは、手続的ブレーキなしでもっぱら大衆の鬱積した感情にカタルシスを与えることを目的に行われる公開裁判というほどの意味です。(私的定義)

今から約2400年前、やはり500人の陪審員による人民裁判で吊し上げられ、死刑を言い渡された老人がいました。

名前はソクラテス。

その訴因の第一は若者を堕落させていること、訴因の第二は不敬神の罪でした。

ソクラテスはアテナイ中のあらゆる覚者を尋ね歩き、質問攻めにして、実はソクラテス自身を含め、誰もなにも究極には説明できるものをもたないのだという事実を暴露し続けていました。

そしてそのことで社会からの反発を受けた彼は500人の陪審員が待つ人民裁判の法廷に呼ばれたのです。

当時アテナイの市民は各自が司法権を持っていました。

司法権とは、法を適用して、宣言することで具体的争訟を解決する国家作用をいい、ザックリいえば皆が人を公式に裁く権利をもっていたことになります。

当時のアテナイ市民には30歳以上なら誰でも陪審員に志願してなることができました。

さらにアテナイの裁判制度には検察制度がなかったため、訴えたいと思う人は誰でも法廷に直接告訴することができました。

検察もいないかわりに弁護士もいなかったその法廷で原告と被告の弁論が終わると、陪審員は合議などせず、直ちに有罪か無罪かを投票しました。

それだけではなく、ソクラテスのような量刑が定められていない事件では刑の程度も決める裁判官にもなりました。

さらに控訴や上告のような救済手段はなく、どのような案件も1日で結審しました。

(参照:ソクラテスはなぜ死んだのか 加来彰俊 岩波書店

但し有名なこのソクラテス裁判、彼は自ら陪審員の怒りを買うような発言を繰り返し、確信的に死刑の判決を獲得した後、その哲学のかたちを置き土産に、自ら毒を飲んで絶命しています。

(そしてそのことが、”最初の哲学者”という呼び名に実質的理由を与えています)

韓国でインターネットを利用した一種の人民裁判が流行しているというニュースは、わたしたちの国の憲法76条1項が司法権をすべて裁判所内に密閉されていることの意味を再認識させるものです。

しかも76条の2項は戦前の軍法会議や皇室裁判所といった一見裁判所的にみえる場所をも設置を禁止し、”個人の尊厳”の意味を法廷の種類によって変えないという宣言をしています。(私的解釈)

すなわちもし司法権が紀元前のアテナイの司法制度のように、市民各自に直接与えられていたとすれば、裁判はいつも集団の被告に対する鬱積した感情の解消を第一の目的に運営されるに違いないからです。

(もちろんそれは司法的な論理で覆い隠されます)

手続的ブレーキがなければ、誤って捉えられた人も陪審員を満足させるため景気よく罰せられていくことになります。

わたしもあなたも自分とあからさまに違う属性を他人の中に見いだすと、ある種の生存本能によってそれを排斥したいという感情をうっすらと抱ずにはいられない存在だからです。(私見)

特別裁判所の禁止は三権分立の純化という前に、”司法権”を気密ビンの中に入れておくことの重要性を、司法という宗教のために考慮しているのだともいえます(極私見)。


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2006/04/13

ネルソン教授が見つめる引用の構築美

Hypertextの父・Ted Nelson氏、来日 - 可視化されたHyperlinkの世界"FloatingWorld"(MYCOM PC WEB)
「なぜものごとには制限があるんだろう。なぜ本当はいろいろなものが背景にあるのに、それをなくしてひとつのことだけに当てはめてしまうんだろう。説明をするのがたやすくなるとしても、なんだかそれにはもの足りなさを感じてしまうんだ」とネルソン氏は続ける。「みんなちゃんとものごとを引用して話せばいいのに。著作権法でうまくいかないこともある。だから、引用をちゃんとできるようにしてやればいいんじゃないかとも考えた。異なる文脈にひとつの文章を置くことで、別の意味をもたせることもできるだろうと考えたんだ」。

著作権法の第32条第1項をご覧下さい。

第32条(引用) 

「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」 

有名なパロディ事件(最高裁昭和55年3月28日 第三小法廷判決)によれば、「法三〇条一項第二(現32条1項)は、すでに発行された他人の著作物を正当の範囲内において自由に自己の著作物中に節録引用することを容認しているが、ここにいう引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解する」と”引用”を定義づけています。

その上で「右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に、法一八条三項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されないことが明らかである。」としています。

ここで著作者人格権とは、著作者が享有する著作財産権と別の人格的権利を意味します。

それは具体的には公表権、氏名表示権、そして同一性保持権を内包しています。

公表権とは未公表の著作物を公衆に提供、提示する権利(18条)、氏名表示権とは、著作物の原作品に、又は著作物の公衆への提供・提示に際し,その実名・変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しない権利(19条)、そして同一性保持権とは著作物及びその題号の同一性を保持する権利(20条)を意味しています。

これを侵害された場合、あなたはその差止め(112条)、名誉回復等の措置(115条)等を請求することができます(119条)。

この権利は図書館における複製など、著作権が服する制限にも服しません。

それは単なる経済的権利を超えた、人格という存在の中核を保護する権利だからです。

手塩にかけた我が子のような著作物を、出自をはっきりとさせたうえでいろいろなパーティに引き連れていってもらうならいっこうにかまわないけれど(引用)、この子をあなたに好きなように利用されるのは親としての人格はなかったも同然になる、それが著作者人格権というものの性格です(私的解釈)。

著作物の親の人格権を侵害しないためには、子供(著作物)をホームパーティに誘う時(引用)、何町何番地の、○○さんに育てられた、上から数えて三番目のお子さんであると紹介し、被引用著作物のタイトル、著作者名が明らかに分かる表示をして、さらにその子をよその子として敬意を持って扱う必要があります。

逆に言えばそれ以上の負担をせっかくのパーティに誘ってくれるパートナーに要求すれば、その子(著作物)はもはや社会的存在として機能することをやめざるをえず、パーティというマッチング機能そのものが社会において衰退していくことになります。

ハイパーテキスト概念の生みの親、テッド・ネルソン教授の標榜するプロジェクト、フローティングワールドには、人間が互いの文章を”引用”している、そのこと自体としての「美」を、どうしても理解してもらおうという思想が設計に顕出しています(私見)。

著作権という財産を自分のノードに留め置くというスタティックな視点と、ルールを守って解放することで著作物が真価を獲得するというダイナミックな視点。

著作権法に備えられた”引用”というタームも、財産としての著作物がルールを守って互いに可能な限り連結することで果たす、人という存在にとっての別の効能と、その動的な美を側面照射しています。

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2006/04/04

P2Pに先を越された公益通報者保護法

愛媛県警が架空捜査報告書 ウィニーで流出(朝日新聞)
「愛媛県警捜査1課の男性警部(42)の私有パソコンからファイル交換ソフト「ウィニー」を介して捜査情報などがインターネット上に流れた問題で、流出した捜査報告書の中で02年に未解決殺人事件の情報を提供して謝礼を受け取ったと記載された住民2人が、県警から事情をまったく聴かれていなかったことが3日、関係者の証言で分かった。捜査報告書通りに捜査報償費が支払われていれば、実態のない捜査報告書に基づいて公費を支出していたことになる。」

公益通報者保護法の第7条をご覧下さい。

第7条(一般職の国家公務員等に対する取扱い)

「第三条各号に定める公益通報をしたことを理由とする一般職の国家公務員、裁判所職員臨時措置法の適用を受ける裁判所職員、国会職員法の適用を受ける国会職員、自衛隊法第二条第五項に規定する隊員及び一般職の地方公務員に対する免職その他不利益な取扱いの禁止については、第三条から第五条までの規定にかかわらず、国家公務員法、国会職員法、自衛隊法及び地方公務員法の定めるところによる。

この場合において、一般職の国家公務員等の任命権者その他の第二条第一項第一号に掲げる事業者は、第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として一般職の国家公務員等に対して免職その他不利益な取扱いがされることのないよう、これらの法律の規定を適用しなければならない。」 

公益通報者保護法とは、公益のために通報を行った労働者に対する解雇等の不利益な取り扱いを禁止する法律です(内閣府 公益通報者保護制度ウェブサイトより)

未だわたしたちの記憶に新しい、三菱の長年に渡るリコール隠しの事実や、雪印の牛肉産地偽装表示問題などが企業内部からの情報提供により明るみにでたことは、真の情報は必ず内部からしか出てこないという側面の社会的重要性を図らずもクローズアップしました。

しかし雪印の偽装を通報した取引倉庫業者、西宮冷蔵に至っては自主廃業に追い込まれるなど、日本商取引社会暗黙の了解と、そこを超えた社会の安全要請との間には歴然たる隔たりが今も存在します。

そのギャップを法制で埋めるべく、公益通報者保護法が4月1日から施行されました。

公益通報とは、労働者が、不正の目的なく、公益に反する事実が行われている旨を、しかるべきところに通報することをいうのだと、法2条は定義しています。

公益通報を行った人に対しては、解雇、派遣契約の解除、不利益取り扱い等を禁止し、より公益に資する情報の内部からの提供を促しています。

労働基準法にいう労働者とは、「職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる」人のことをいいます(9条)。

もちろん一般職の国家公務員等も、公益通報を行うなら免職その他不利益な取扱いが禁止されていることを法9条は明言しています。

しかし残念ながらファイル交換ソフトを私用で使っていた司法警察職員は、意思を持って通報したわけではありませんので、新法の適用を受けることはありません。

Winnyによるファイル流出は図らずも、公益通報者保護法が目指す「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展」を図る(1条)という目的に資するデータを提供しました。

果たして「思わぬファイル流出でもなければ、内部不正情報など恐ろしくて外に出せないのだ」というのがわたしやあなたが暮らす社会の現実なのか、公益通報者保護法の効果を、働くわたしたちはきっと注意深く見つめていくのだと思います。

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2006/03/15

輪郭よ静かに流れよ

TBS「さんまのカラクリTV」内部情報流出 ウィニーでウイルス感染(ZAKZAK)
「TBS系の人気番組「さんまのスーパーからくりTV」(日曜午後7時)の元アシスタントプロデューサー(AP)のパソコンが、ファイル共有ソフト「Winny」(ウィニー)の暴露ウイルスに感染し、番組出演タレントの住所や連絡先とみられる個人情報や、「ご長寿早押しクイズ」に出演したお年寄りたちの住所一覧など、大量の内部情報が流出していたことが15日、分かった。」

憲法の13条をご覧下さい。

第13条

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」 

私たちには自分自身にまつわる情報をやたらと人様に開示されることのない権利が憲法上保障されています。

これをプライバシー権と呼びます。

プライバシー権が保護する情報とは、病歴や前科、あるいは思想の傾向、または収入、そして家族構成などが含まれます。

プライバシー権は憲法の13条に根拠を求めることができるといわれていますが、ご覧頂いてお分かりのようにそのどこにもプライバシーという文言は登場しません。

しかし13条のいう、「幸福追求に対する国民の権利」という文言を縮小し、これを通称幸福追求権と呼んで、プライバシー権のような新しい概念により発見される権利を導入する役割を負わせています。

コンピュータにより財産や人格が全て1と0(オンとオフ)に還元され計算機の中央演算装置の下を流れ処理されることになった現代では、このような新しい概念による権利を創出して、その招かれざる開示を予防していかなければなりません。

現在の状態に関する情報はもちろんのこと、過去に負ったつらい出来事の思い出やめったに人には話さない嗜好についても、コンテキストや足跡によって情報化されることが可能であり、ことによっては本人さえ言語化して自覚できていない精神の傾向さえも、行動の記録を丹念に拾うことで情報化が可能な範囲に入るかもしれません。

そう考えてみれば、人間という100年足らずを生きる個体は、その存在のほとんどを情報化できてしまう、情報の総体でしかないのだとさえ言えてしまいそうです。

あなたは自分の情報の開示を自分のコントロール下に置くことで、時には自分がつらく思っている部分(情報)を友人や家族に意識的に開示し、それによって自分の形にあった新しいきずなを形成しながら生きてきたはずですし、これからもそうして生きていくはずです。

自分にまつわる情報のうちどれを誰に対しては開示し、誰に対しては伏せておくのかという選択そのものが「あなた」という存在の輪郭だといえます。

めったに新しい形の権利を認めない憲法理論が、プライバシー権というものを認めたのも、それが深く精神を熟成させるゆえにほかなりません(私見)。

そうとすれば自己の情報が与り知らぬところで、誰でも入手できる形で漏洩され、他人のハードディスクにデコードされたが最後、二度とネットワークからそのキャッシュを払拭することができなくなるという事態は、一個の人格にとって(自己情報のコントロールを失うという意味での)崩壊に近い状況をつくることも可能になります。

Winnyを捜査していた司法警察職員自身が個人的Winny使用により捜査情報を漏洩させ、自衛官が個人的Winny使用により国防に関する情報を漏洩させ、ジャンボジェットの機長が個人的Winny使用により空港のセキュリティ情報を漏洩させる。

そういった事態も確かに外形的に大事件ではありますが、より私たちが本質的に危惧しなければならないのは、むしろ私たちの内面を電磁的に情報化したものが晒されて、それが二度と取り消せなくなってしまうことのほうだと感じます。

私自身にはWinnyというソフトそのものが黒いとか白いとかいう印象はありません。

むしろ著作権さえ侵害しなければ、そして悪質なウイルスが野放しにならなければ、技術的な意味では非常に斬新なアイディアだったはずです。

しかし人という「時間」の大部分が二進法に分解出来るとするならば、この事態を迎えて最早「素人がファイル交換ソフトを使うことが問題だ」といえる段階はとうに超してしまっています。

あきらかに現段階の我々には、安部官房長官の声明のような応急措置ではない、「対策」が必要です。

「対策すると、バージョンアップになってしまう。Winnyをより良くするアイデアはあるが、今は身動きが取れない」とする金子氏自身の発言をブラフと聞き流してしまうには、私たちのプライバシーという輪郭はあまりにも脆いのです。

 

 

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2005/11/02

うどん屋さんの指紋認証と必要的悲観主義

渋谷「はなまるうどん」が指紋認証導入-千円で最大420杯(シブヤ経済新聞)
「同サービスは、指紋登録を行い1,000円で1カ月有効な定期券を購入すると、登録後、レジ前で指紋確認を行うだけで、制限無く「かけうどん」が無料で食べられるほか、その他のうどんは105円引きとなるもの。1回の会計後1時間は使用できないが、計算上(営業時間×30日)は1カ月間に1,000円で最大420杯のかけうどんが食べられる。登録時に必要な個人データは、氏名・性別・生年月日のみで、記録データ中に指紋画像の保存は行わず、数値化したデータを暗号化して保存することで、プライバシーにも配慮したという。」

憲法の13条をご覧下さい。

第13条〔個人の尊重,生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」

指紋の「情報」としての重要性は、指紋自体の「単独情報性」に加えて、集積された個人のプライバシー固有情報さえもそれを基に芋づる式に検索し利用できるという「索引情報性」にこそ求めることができるといえます(横田耕一「外国人登録法の指紋押捺制度の合憲性」)。

だからこそ人は本能的に、自分の人体の一部をインデックスとして採取されることに抵抗感を感じます。

それゆえ国家がささいな理由で指紋押捺を矯正した場合、個人の尊厳を侵害するものとしてすぐに憲法13条が問題になることは間違いがありません。

今回は私企業が割引と引き替えに指紋に加えて個人情報を募集し、個人が自らの意思でこれを提供しようという事例ですから、一応尊厳の問題はその影を薄くはします(しかし底流には流れ続けます)。

多くの人が楽観的に考えていることとは逆に、指紋には、潜在的「個人の尊厳の侵害性」、個人を特定する「情報性」、及びみだりに扱われてはならないという「秘匿性」という多面的論点が含まれています(憲法判例百選)。

銀行がセキュリティとして静脈情報を採取するのではなく、飲食店が割引と引替に指紋を集める時、その「情報性」はどう扱われていくのでしょうか。

指紋と個人情報でうどんが割引になるということは、うどんやさんとソフト開発メーカーは、名前、性別、生年月日を従えた指紋という情報を105円の割引と引き替えに大量に入手することになります。

飲食の際に登録者を識別するだけなら、指紋のみを登録すればいいはずですが、個人情報を同時に採取されることは「商いは名簿に始まり、名簿に終わる」という格言に関係があるのかもしれません。

江戸時代の呉服屋は、火事になったら名簿を井戸に投げ込んで逃げたのだとか。

名簿は特殊な紙で水に滲まないようにつくられており、商品は燃え尽きようとも名簿さえあれば商いに本質的支障がなかったのだそうです。

うどんやさんにとっては、わずか105円の割引で大量の顧客情報と利用時間・品目・曜日・天候などの情報をあわせて整理できるなら、(しかも登録者が自ら1000円払ってコストを押し下げてくれるなら)これほどありがたいことはないでしょう。

「情報性」は編纂し直されることで同業者、異業者にも魅力的な打ち出の小槌に、提供者の知らないところで問題にならない程度に変形され得ます。

「秘匿性」はどうでしょう。

個人情報は暗号化したといいますが、電算機で暗号化したということの意味は必ず電算機で復号化できるデータだということを意味します。

現に簡単な暗号情報なら、フリーソフトでも復号化することが可能です。

(今ちょうど、キャッシュカードの表面を盗撮することで、カードの特殊暗号を復号化しているのではないかという事件が世間を騒がせています)

私たちは本質として、あらゆる「鍵」はその技術的堅牢性よりも、印象の堅牢性で成立していることを忘れるべきではありません。

「暗号化」のみをもって、指紋の内包する本質的「秘匿性」の要請を果たしたとは言い難いのです(私見)。

危惧しているのは、ことによると今はまだ誰もが身体情報の取り扱いに対して悲劇的に寛容な時代なのかもしれないという可能性です。

たかが指紋ひとつで、といわれそうですが、フィンガープリントを一企業に個人情報を添えて提供する姿勢では、「氏名、性別、生年月日と、髪の毛を一本ください。DNA情報提供でパソコンを一万円割引します」という時代を潜在的に容認することにもなります。

さて、あなたの感性は、その時代を肯首する準備ができているでしょうか。

 法理メール?

Copyright © 2005 恵比寿法律新聞

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2005/09/13

検索エンジン:新しい時代の王

「胡散臭い」と検索すると…亀井氏トップ(日刊スポーツ)
「ヤフーによると、検索エンジンは、その用語を含むHPをユーザーが求める有用度をかんがみて結果を表示する。その用語を含むページからリンクをはられていてもカウントするという。今回の場合も、第3者が「胡散臭い」を含む複数のHPから亀井氏の公式HPに無許可でリンクをはったものとみられる。IT業界関係者は「頻度の低い言葉を使って検索エンジンの上位にヒットさせるゲームがはやっている」と話す。」

著作権法の2条1項7号の2をご覧下さい。

第2条 七の二 (公衆送信)

「公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信を行うことをいう。」

検索エンジンにいかに上位表示してもらうかを競う技術のことをSEO(Search Engine Optimization)といいます。

それはタイトルタグだったり、キーワードの配置の仕方だったりいろいろな手法が検索エンジンのアルゴリズムを推測しながら行われています。

推測しなければならないのは、気が遠くなるほど存在するWEBページのなかから検索エンジンを使って商業ページが消費者に見つけてもらうことは、即売り上げに直結するため、対策されて有益な検索結果をだせなくなることを恐れる検索エンジン側がいつもそのルールを秘密にしているからです。

SEO対策の一つとしてトップページへの「キーワードリンク」という手法が古くから用いられています。

この時、自分のページがダイエット商品を扱っていたならば、「ダイエット」というキーワードからリンクが張られていると、検索エンジンのロボットは被リンク先を「ダイエットに関するページらしい」と判断、そのリンク数が多いほどダイエットというカテゴリーのなかで上位表示するのだと推測されています。

亀井静香氏のページが大量のページから「胡散臭い」というキーワードでリンクを貼られたとすれば、検索エンジンのロボットは亀井静香氏のページを「胡散臭いページ」のカテゴリートップにしてくれることになります。

ただこれは他人のページに無断でリンクを張っているため、通常「無断リンク」と呼ばれる問題が浮上してきます。

WEBページ間のリンクに「無断」がつくことには、非常に抵抗感を感じるユーザ層と、むしろ積極的にリンクを遮断しようとするユーザ層がありますが、このときリンクを嫌う人達が主張するのが、「それは著作権法で保護されている公衆送信権を侵害する行為なのではないか」という理論です。

しかし誰かが駅の方角を道で尋ねられた時に、アチラですよと指さしただけでは駅の公衆送信権を侵害したとは到底思えないのと同じ理屈で、著作権法2条1項7号の2「公衆送信」によってはリンクを「無断だ」と断罪することには一般的にムリがあると考えられています。

そもそも本来テッド・ネルソンがあらゆる知識を自由にしようとしたハイパーテキストという思想は、リンクに「無断」をつけようとする心根とは逆方向の熱伝達を原動力にしています。

その思想は、書物(TEXT)という地上でもっとも重要な財産を心から愛する人達によって長い時間をかけて発展させられてきました。

今ではTEXTどころかMONEYさえも0と1の電気信号に置き換えられ、その結果、無数のページのなかから首尾良く目的の電気信号(WEBページ)を見つけ出してくれる有名検索エンジンは現代の新しい王になろうとしています。

キーワードリンクが王の機嫌を首尾良く取るか、はたまた謁見に来た者同士の諍いの種になり城の外に追い出されるのかの鍵は、全ての観念が二進法になっていくことの理由の熟考にこそ潜んでいます。

法理メール? 

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2005/09/06

グーグルが引き抜き、マイクロソフトが椅子を投げた

Ballmer Throws A Chair At "F*ing Google"(John Battelle's Searchblog)
「Mr. Ballmer said: "Just tell me it's not Google." I told him it was Google. At that point, Mr. Ballmer picked up a chair and threw it across the room hitting a table in his office. Mr. Ballmer then said: "Fucking Eric Schmidt is a fucking pussy. I'm going to fucking bury that guy, I have done it before, and I will do it again. I'm going to fucking kill Google." .... Thereafter, Mr. Ballmer resumed trying to persuade me to stay....Among other things, Mr. Ballmer told me that "Google's not a real company. It's a house of cards." 」

(私訳)

「バルマーは、転職先がグーグルではないと言ってくれといったんだ。私は転職先はグーグルだと伝えた。その瞬間バルマーは椅子を部屋の向こうに投げつけ、テーブルにぶち当てたんだ。バルマーはエリック・シュミットはとんでもない野郎だと言ってたよ。あの野郎埋めてやる、そんなの以前にやったこともあるし、何度でもやってやる、グーグルをぶっ潰す!とも言っていた。そのあとバルマーは私を引き留めにかかったんだ。グーグルなんて会社じゃないぜ、あんなもん吹けば飛ぶトランプの家だと。」

労働基準法の1条2項をご覧下さい。

第1条(労働条件対等決定原則)

「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」 

現在覇権をめぐってしのぎを削っているグーグルとマイクロソフト間で優秀な技術者の移転があったようですが、この問題は、我が国では労働法上、退職後の競業避止義務と呼ばれます。

競業避止義務とは、労働者が使用者の営業と同種の営業を営んだり競争的業務を行わない態度を維持する不作為の義務のことです。

条文はありませんが、就業信義則で労働者はその義務を負っていると考えられています。

しかし一旦会社を辞めてしまった人がいつまでも前の会社に対して信義則で競業避止義務を負うのはおかしいので、その場合就業規則などで退社後の義務も明示されていたことなどが求められます。

ただその競業避止特約があったからといって、即、労働者がそれに縛られるわけではありません。

その内容があまりに一方的な場合、労働者がもともと保障されている憲法22条1項の職業選択の自由・営業の自由を害することになるからです。

では競業避止特約の合理性は、どこで判断すればいいのでしょうか。

かつてフォセコ・ジャパン・リミテッド事件と呼ばれた判例で、奈良地裁は「制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について企業秘密の保護、転職の自由、技術独占による消費者の損失の三つの視点で検討を要する」のだとしました(意訳)。

情報企業の技術者が対抗情報企業に移転する場合、(もし話が日本なら)基本的には憲法が保障している権利である以上、ベースは労働者の職業選択の自由に主眼が置かれるべきと思われます。

しかし労働基準法1条2項は、労働契約が常に対等な立場で結ばれていることを要請しています。

そしてもし、というよりも情報産業ならばいずれの企業でも情報漏洩に関する特約及び退職後の競業避止特約を結ぶはずですが、労働契約書にそうした特記条項がある時は労働者のほうも就業の際に対等な立場でその条件を判断しているという推認が働きます。

つまりその状態で企業と就業者の両者の間に、合理的範囲内の縛りを認めることは、よほど特別な事情がない限り、憲法22条1項を害するものとはいえなくなるのです。

情報企業の商材は情報そのものであり、企業内でこれを直接扱っている技術者の転職を、憲法の美名の下無制限に認めてしまっては、社会を構成する企業の発展は望めません。

そしてそれは、長期的には国家の国際競争力の衰退を許すことにもつながります。

判例があえて競業避止義務の争いにおいて「社会的利害」という観点を加えたのは、情報が労働者とともに野放図に移動することの、当事者以外の社会にもゆっくり及ぼすであろう影響を十分理解した上でのストッパーだと考えられます。

(参照: 労働判例百選 有斐閣)

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2005/07/29

感情が収められた書庫を歩こう

「人の脳のように」テキスト解析するソフト(ITmedia)
「NTTデータはこのほど、大量の日本語テキストから有用な情報をだけを抽出し、意味を解析できるというツール「なずき」を発売した。顧客から寄せられた意見などのテキスト文章を解析し、何に対してどのような印象を受けているかを分析できる。例えば、「A化粧品を使うと肌がしっとりスベスベになった」という文章なら、「対象=A化粧品、評価=良、感性=賞賛」と分析する。ブログやネット掲示板の書き込み、メール文章の解析も可能。誹謗中傷の監視や、情報漏えいの防止にも役立つとしている。「なずき」は人間の脳の古称。人間のように、テキストに含まれる感情や意図などを理解し、適切に処理できるという意味を込めたという。」

著作権法の2条1項をご覧下さい。

第2条(定義) 

「この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。(以下略)」 

著作権法は内心に浮かんだ形を法律で保護する点では特許法などと同一ですが、独創的なアイディアである必要がありません。

著作権法2条は感情や思想の表現をも著作物としており、ただの心の形を記述した文章などをも保護することが仕事の法律です。

一個の人間の内側から放たれた文芸や映画、美術などは、それが優れたものであるとき、どのような行政の仕事より力強く社会の形に変革をもたらします。

前頭葉で考えたものは如何様な優れた企画であっても、還元すれば企画者による一片の世界観にしかなりえません。

そこには間違いが混入する可能性が常につきまといます。

しかし衝動を原因として、人間内部からの振動が著作に載せられるときには、時に私たち全員の形を、より全うに発展させる指針にさえなりえます。

チェット・ベイカーの歌声や、ピカビアの残した油絵が、個人的に現在の私の形に疑問と脅迫を続けてくれるのも、それが彼ら個人の内部から伝えられた極プライベートな振動の記録であるからにほかなりません。

そしてそういった優れた作品を後生に正しく伝えるためには、社会を利益を直接もたらす発明でもなんでもない、ただの心の記録をも生まれた瞬間に法律で保護することが必要です。

なぜならそれが振動を正確に後生に伝達させ、また著作者への正しく利益を還流することで新たなプライベートな、より真実を暗喩する振動の形が社会にもたらすことを機構として保障するからです。

NTTの新解析ソフト「なずき」は、従来計算機には判別することのできなかった人間のプライベートな感触の記録部分をもデータベースとして抽出することを可能にしたといいます。

個人的感情の記録の集積は、用い方次第で社会に新しい形を与えてくれるかもしれません。
 

 
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2005/07/12

利用者からの通報を無視するヤフーと株主の目

ヤフー:利用者からの通報無視、不正出品オークション
「女性は「犯罪を未然に防いだのに、なぜ取り消し料まで請求されるのか。手数料で収益を上げている企業としての責任を果たしていない」と憤っている。」

商法の204条をご覧下さい。

第204条〔株式の譲渡性〕

「株式は之を他人に譲渡すことを得(以下略)」
 

YAHOOJAPANの2005年3月期 第4四半期および通期の財務・業績の概況中の当四半期および通期の損益計算書によれば、売上高76億5千6百万円のうち、パーソナルサービス(「Yahoo!オークション」のシステム利用料等)が断トツの売り上げで63億5千8百万円、以下、ビジネスサービスが9億1千3百万円、次に広告が3億8千4百万円となっています。

すなわち、ヤフージャパンとは今やオークションが主力事業の会社、オークション屋さんであるとさえいうことができます。

すると事業体としてのヤフージャパンが最大のエネルギーを投下すべきは、最も売り上げの上がるオークションというマーケットのシステムを健全に維持する部門になるはずで、株主もそれを期待するはずです。

もし、記事の通りの対応がヤフージャパンの基本姿勢であるとすれば、それは必ずしもヤフージャパンに資本投下している多くの投資家の期待する結果を将来的にもたらさないかもしれません。

株主の法律上の地位(社員権)は、団体法上の権利であって、通常の債権とは性質が異なり、株主の諸権利は独立して個別に処分することができません。

株式は、株主が株主の資格において有する一切の権利を包含するものだからです。

では株主は、事の成り行きを常に指をくわえておらなければならず、自身の所有した株券の値下がり、値上がりは常に取締役および取締役会次第ということになるのでしょうか。

株主総会というものがありますが、株主は本来一切の事項を決定する権限を持っている実質的所有者であるにもかかわらず、混乱をふせぐために株主総会の権限は商法や各定款に定められた事項内に封じ込まれています(230条の10)。

代表訴訟など非常態的手段も用意されていますが、そのコストを考えれば、株主の投資という経済活動に純化した視点からは、決して有効な手段だとはいえません。

結局もっとも実効性の高い意思表明の手段は204条で保障される株式の譲渡だということになります。

ゴチャゴチャ言うより先行きが暗いと判断したなら、売ってしまったほうが早いということです。

商法204条は、資本回収実効性を担保する投資家にとって最も有効な盾であり、同時に会社の活動に向けた矛であるといえるのです(私見)。

多数の投資家が、一本のニュースを読み、特定の企業の態度から株価の先行きに不安を覚えて放出を始めれば、結果株価という社会からの観測的評価は下落を開始しはじめます。

このため株式会社が本質的にもっとも恐れるべき条文は、204条であるとも換言できます(私見)。

ヤフージャパンに莫大な収益をもたらし続けるオークションID登録者(毎月294円の会員費)の数は相当数いるものと考えられ、いちいち彼らの不規則事態に対して非定型対応をとることは確かに収益をコストで圧迫してしまうかもしれません。

しかし株価とは、未来を織り込んだ会社への資産的評価である以上、会社の対応を見つめる一人一人の株主の目を、ゆめゆめ軽んじるべきではないものと思われます。
 

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2005/07/06

シェアウェアに潜ませたトロイの木馬と芸術家の定義

Vectorがシェアウェア「Vocal Cancel」の公開停止、トロイの木馬と確認 (インプレス)

不正アクセス禁止法の3条1項をご覧下さい。

不正アクセス行為の禁止等に関する法律

第三条(不正アクセス行為の禁止)

「何人も、不正アクセス行為をしてはならない。
2 前項に規定する不正アクセス行為とは、次の各号の一に該当する行為をいう。  
一 アクセス制御機能を有する特定電子計算機に電気通信回線を通じて当該アクセス制御機能に係る他人の識別符号を入力して当該特定電子計算機を作動させ、当該アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為。(以下略)」 

トロイの木馬は、かつて有名なギリシア神話でした。

トロイの王子に王妃を奪われたギリシア軍が、堅牢なトロイの城に思うように攻め入ることが出来ず残していった大きな木馬を、トロイの兵が城内に持ち込んでしまったところ、その内部に隠れていたギリシア軍達が夜になって大挙木馬の内部から現れ、結局トロイが全滅させられたというお話です。

この話に見せられた少年がシュリーマンといい、彼はその話を真実だと信じました。

そこまではよく聞くお話ですが、なんとこのシュリーマン、「実際に遺跡を発掘する為には考古学者の収入では実現できない」と腹に決め、40代になるまでビジネスの世界に没頭、大成功を収めてから、今度は作った資金を全投入して、本気で土を掘り返す大作業をはじめさせました。

当然、ビジネスの周辺にいた友人達はもちろん、どかどかとなわばりに入り込まれたような気になった考古学者達も彼の行動を止めようとしたり、嘲笑したりしましたが、驚く無かれかつての少年シュリーマンは、本当に古代都市トロイを掘り出してしまいました。

発掘された堅牢なトロイの城壁の前に、神話といわれていたお話が一気に現実の口述記録だということになったのです。

シュリーマンにとっては周囲の雑音はどうでもよく、ただただ「トロイの城壁を見たかった」、それが彼の命の形だったのです。

さて話は変わってソフトウエアのトロイの木馬ですが、これは実行してしまうと、例えば勝手に海外にパソコンが電話をかけにいったりして高額な電話代を後で請求されることになる等、意図しない動きをパソコンに勝手にさせるもので、パソコンユーザにとってはもっとも被害が大きいタイプのウイルスです。

電子計算機の世話なしでは一切機能しない現代社会は、今回のようにプログラマの書き下ろすコードに黒い意思を紛れ込まされていると、あなたの銀行口座残高がいきなりゼロになる危険性をもっています。

一方で、かつてハッカー集団、Cult of the Dead Cow はウインドウズにいつでも侵入できるようにする、あり得ない程危険なプログラムを書いて世界を驚かせました。

しかしその創作にはどこかウインドウズコードを一切公表しようとしない世界制覇企業に対する地下抵抗組織のような面持ちさえあり、彼らの出るコンファレンスには世界中からたくさんの技術者が集まりましたし、彼らの一部は人権活動を繰り返したといわれます。

全てがコードに変換されようとしている現代、プログラマはよい神官にも悪い神官にもなりえます。

不正アクセス禁止法3条1項は事後的防衛ではありますが、情報詐取による社会の被害を最小限にとどめようとしています。

シュリーマンの一生は、どんな人も結局はその命を表現する芸術家であることを語っていました。

プログラマも、事後的な法規制以外に、自らの命の表現に対して内側から純度の高い問いかけができる能力が今後ますます要求されてきます。
 

 
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2005/07/04

静脈認証技術の穴と情報の制圧

静脈認証も安心できない? 大根で作った偽造指で認証に成功(ITPRO)

個人情報保護法の20条をご覧下さい。

個人情報の保護に関する法律

第二十条(安全管理措置)
「個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければならない。」 

個人情報保護法の20条は、個人情報保護法の土台となったOECD8原則のうち、「安全保護の原則(Security Safeguards Principle)」を本邦の法律として昇華させたものです。

OECD8原則、別名OECDガイドラインとはOECD(経済協力開発機構)が示した「プライバシー保護と個人データの国際流通についての勧告」の中にある8つの原則のことで、目的明確化の原則、利用制限の原則、収集制限の原則、データ内容の原則、安全保護の原則、公開の原則、個人参加の原則、責任の原則をいいます。

個人情報の取り扱いが各国バラつきがあることで、国際的に悪用されうる個人情報、たとえば過日のニュースで採り上げられたようなクレジットカード番号などが、セキュリティの甘い国から搾取され、別の国で悪用されてしまう事態を憂慮して、個人情報取り扱いに関するルールの世界統一規格を設けようと25年前に発表されたものです。

鍵というものは、それが物理的なものであろうとも電子計算的なものであろうとも、人が作り、そして全うな開け方が作られている以上、必ず別のルートの開け方が存在します。

これを知的好奇心から見つけようとする行為のことを、本来はハックと呼んでいました。

歴史上もっとも有名な最初のハックとは、アメリカでかつてシリアルのおまけの笛の音が、長距離電話をかけるときの周波数と同じであることを発見した有名な行為です。

この原理を利用したブルーボックスという電話のタダがけマシンがウォズニアックとジョブズという二人のアップル創業者の第一号作で、彼らに大金をもたらして現在の会社の礎を作ったとさえいわれています。

この辺の事情、映画「バトルオブシリコンバレー(PIRATES OF SILICON VALLEY)」に詳しいのですが、そこでスティーブ・ジョブズが、無料で世界のどこにでも電話をかけられるその青い箱を見つめてこう語ります。

「軍が大統領を退陣させる方法と同じさ。彼らはまず伝達手段を奪い取る。ラジオ、テレビ、新聞だ。情報こそが支配するのさ(Information is power)。」

昨今の買収騒動を仕掛ける側のIT産業と同じロジックが早くもここで見られます。

情報を制御することは、いわば社会全体をハックすることに他なりません。

それが産業の新興勢力がTVや新聞を欲しがる理由です。

個人情報保護法20条に直結する最先端の認証技術であるはずの静脈認証システムは、大根とサランラップで見事にハックされました。

社会のフタが一部開いてしまっています。

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2005/06/30

国会図書館による全サイト保存計画は挫折した

国会図書館、情報保存はお堅いサイト限定 反対多く転換(朝日新聞)

国立国会図書館法の前文をご覧下さい。

前文

「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」

国の政治形式のことを、憲法学上で政体と呼びます。

そして政体を政治の方法から見た視点で、特定の権力者に権力を集中させて国民全員の命運を任せてしまうものを独裁制と呼び、逆に政治を、私たち一人一人の意思を間接・直接的に及ぼして決定する政体を民主制と呼びます。

またそんな二者択一の選択肢はないとして、天皇制国家を是とする考え方のことを国体と呼んだ時代もわたしたちにはあります。

国会図書館ホームページによれば、国会図書館法前文にある「真理がわれらを自由にする」という言葉の原文は新約聖書「ヨハネによる福音書」8章32節による「真理はあなたたちを自由にする」(Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ)ということばにあり、図書館法制定者が「あななたち」という部分を意識的に「われら」と変えたのだということです。

知識は与えられるものではなく、自ら私たちが望み、獲得するからこそ、真実という事実解釈の向こうにある真理に到達できうるのだという立法者の声が聞こえてきそうです(私的解釈)。

デカルトの薄い本、「方法序説」にでてくる「我思う、故に我あり」という言葉は、「考えられるということは、自分など存在しないという疑義への反証になるのだ」という意味(だと思うの)ですが、まさに人が人たりえるためには、それぞれが考えるという芽を頭の先から発芽させなければならず、それがないとき私たちはただの国家のバッテリーに成り下がる危険があります。

そして私たちを発芽させるための雨水が、この世のあらゆる資料、図書、記録へのアクセス容易性であり、それが「あらゆる」ものではないとき、わたしたちはある一定方向、たとえば観賞用の四角いスイカのように育てられてしまう、存在の本意を遂げられない命になってしまいます。

善悪の判断の前の、「あらゆる」資料であることがポイントで、国会図書館が日本発のWEB資料を全て網羅しようとした冒険的試みは、まさにこの国会図書館法前文の趣旨を突き詰めた判断だったと思います。

しかし今回のニュースでは「あらゆる」という部分がそがれることになっており、せっかくの企画がただのお役所仕事に成り下がってしまわないものかが危惧されます。

個人的には、憲法の精神をもっとも色濃く反映しているといわれる国会図書館法前文に一度立ち返って、本当に「考える」ことのできる人たちに立場を超えて深い議論をしてもらえればと思っています。

人に「考える」という行為の意味を忘れさせ、私たちが私たちとして命の本意を発芽させることのできない時代の再来を警戒するように、国会図書館には今も「真理がわれらを自由にする」という言葉が大きく掲げられ続けています。
 

 
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2005/06/28

匿名性:インターネットの雷管

実名でのネット活用促す 総務省「悪の温床」化防止

「総務省は27日、自殺サイトなど「有害情報の温床」ともいわれるインターネットを健全に利用するために、ネットが持つ匿名性を排除し、実名でのネット利用を促す取り組みに着手する方針を固めた。」

プロバイダ責任制限法の第4条をご覧下さい。

特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律

第4条(発信者情報の開示請求等)

「「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、次の各号のいずれにも該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、当該開示関係役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる。

一 侵害情報の流通によって当該開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき。(以下略)」

プロバイダ責任制限法とは、プロバイダの知らないところで誰かのプライバシー侵害や著作権侵害があったときにはプロバイダの損賠責任を負わなくてよいことが明示された法律です。

同時にこの法律ではインターネット上であなたがプライバシー侵害被害にあったとき、プロバイダに情報開示を求めることができると認めています。

しかし誰も彼もがちょっとカチンときたといってプロバイダに情報開示を請求できるとしてしまうと、本来開示すべきでない時まで情報が開示されてしまうおそれがあるため、4条1項が「侵害情報の流通によって開示の請求をする者の権利が侵害されたことが明らかであるとき」という要件を要求しています。

発信者情報開示請求権は、発信者のプライバシーや表現の自由、通信の秘密という憲法上の権利によって一定程度制限されているのです。

ただしこの請求者への厳密な要件要求は、場合によって被害者の請求を事前排斥することに繋がることも懸念されますが、総務省の逐条解説によれば「訴訟における請求者の主張立証により権利侵害の事実は明らかになるため開示される場合が不当に狭くなるということはない」と考えられているようです。

しかしやはりこの点には争いがあり、責任追及手段の明白さをネットにも要求する立場からは、請求者への要件を緩和するべきだと主張されています。

今回のニュース元でもあり、プロバイダ責任制限法の出元でもある総務省は、通信関係を牛耳ってきたかつての郵政省等が統合されてできた省庁ですが、「官庁はやはり自身の管理の届かない範囲が拡大していくことを不愉快に思っているのか?」受取手によってはそんな印象を与えそうなニュースだといえそうです。

そのためネット各地で侃々諤々これについて論が立っています。

「ネットには有害情報が溢れている」インターネットについて管理肯定論が展開されるとき必ず添付される中華料理屋さんにおける味の素のようなこの視点は一面で事実をついています。

たしかにそれらの情報はネットを検索すればたどり着けるのでしょう。

しかし私は個人的には、誰もが匿名のまま情報を発信でき、そこに誰もが自由にアクセスできるという現在の日本のネット現況は、一般人がはじめて手に入れた、企業や国家など「力」に対抗、あるいは情報交換するための奇跡的な状態だと感謝に近い感情を抱いています。

そして「状態」と申し上げたのは、このネットという手段が国家によっては制限・監視されている国が現にあり、来年の日本も現在と同じ状況でネットという手段を享受できるかどうかは誰もわからないからです。

私たちは生きていくうちに、現象は一つでも、それに対する認識は人それぞれ、千差万別であることを学んでいきます。

たとえばあなたはこんな動物を見たことがあるでしょうか。

胴体から気味が悪く長細い触手のようなものが前後左右に五本伸び、それらの触手には芝生のようにびっしりと毛が生えています。

五本のうち四本の触手は途中で奇妙な形に折れ曲がり、その先でまた見たこともない形でバラバラに分かれます。

五本のうち一本は短く、不必要なほど丸くふくらみ、七つの裂け目ができたと思えばそのうちの二つの裂け目の下ではゼラチンのような球体がうごめき、一つの裂け目のなかではヒルのような別の生き物がのたうちまわって動いています。

・・・人間です。

このように受け取り手によって、どのような事象も美しくも醜くも映りますが、抜き身の刀のようなネットの直接性がある種の立場の人たちにとっておぞましく写ったとしても、私たちが奇跡のように手に出来た権力へのカウンターカルチャーを、一定方向の感受性の出した結論を理由に権力の手下に渡してしまえば、代替手段を手に入れられる確率がどれほどあるのか、科学に明るくない私にはわかりません。

もっとも私自身が突然だれかの悪意によってネットで権利侵害を受けたとすれば一般論をぶっている余裕はなくなるでしょうが、まさにそんなときのために用意されたのがプロバイダ責任制限法ですので、その意味で4条1項は今後も、より感度の高い法になるよう状況を見ながら修正作業が要求されていくとは思います。

しかしあなたはこれからも、個人と個人の問題としてネットの暗い面をフォーカス・アップした記事を見たら、同時に昨今やたらと情報開示を請求されて汲々としている官庁や、かつてユーザをぞんざいに扱った音声ファイルをネットに公開されて蒼白になった大企業の事件を時々想起してください。

もしそのニュースに企業、報道機関、政府、他国政府といったかつて逆らう者のいなかった権力達による意向が一瞬でも匂ったなら、私たちが初めて手に入れたほぼコストフリーの自由表現手段から匿名性という雷管を抜いてしまうことに一旦警戒してみるのは、決して無駄なことではないと思います。
 

 
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2005/06/13

量子コンピューターの出現と暗号の本質

光の粒で超高速演算、基幹技術に初成功、東大助教授ら(朝日新聞)
「けた違いの超高速演算ができる「量子コンピューター」技術の根幹を支える、「量子もつれ」という状態を転送することに、古澤明・東京大助教授らが世界で初めて成功した。」

電子署名法の第3条をご覧下さい。

電子署名及び認証業務に関する法律

第3条

「電磁的記録であって情報を表すために作成されたものは、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定する。」

ヤフーオークションなどの隆盛で、本来匿名を確保したまま通信できるインターネットも、大切な場面ではその身分を証明する必要が出てきました。

また現在、官公庁の公文書もPDFという文書形式に統一されはじめ、デファクトスタンダード化が進んでおり、公文書の真正証明問題も問われています。

そしてそれら各種意思の真正度、すなわち本当に本人が、あるいは該当官庁が書いた文書なのかどうかを証明する技術として公開鍵技術というものが用いられています。

これは送り手と受け手が複合的に関わることで、暗号化されたPDFや電子文書を複合化、すなわち読める文章に直す技術のことです。

そしてこの公開鍵技術を難攻不落にしている技術的根拠が、計算の絶対量であり、これは他の暗号技術にも共通した原則です。

たとえば玄関の鍵は、それが鍵で開くものである以上、どれほどセキュリティ技術が高いものでも鍵以外の方法であけることができるのですが、単にその仕組みを泥棒さんに類推させるのに非常に時間がかかってしまうため現実的な防犯用具として体をなしているにすぎません。

民法において契約とは意思表示の合致を意味するのが原則であり、電子署名法は民法の仲間として2001年成立後から、電磁的な意思表示を手続きを踏むことで法的に裏打ちしようとする法律です。

現在のコンピュータの情報処理が電子信号のオンとオフ、すなわちCPUの中で流電と無流電が繰り返される様子を二進法になぞらえて指令を解釈しているのに対し、今日のニュースで話題となった量子コンピュータは、いわば並列的にオンとオフの情報を一度に送り込むことが可能で、単にその情報内容の割合によって人が何を計算させようとしているのかをまとめて解釈できる能力を持っています。

ひとことでいえば現在の公開鍵技術の根拠である、絶対的計算量の壁という方法論は、量子コンピュータの前にあっという間に崩れておちる可能性があるということです。

私たちの口座残高が銀行のサーバコンピュータに電磁的に記録されている現在の世の中で、私たちは自分のコンピュータから誰かの口座に送金依頼する場合にもIDとパスワードを用いますが、もし量子コンピュータが実現すればこういった「鍵が二つある」程度のドアは簡単に開いてしまう可能性も原理的にはあります。

本当に量子コンピュータ実現が見えてきた段階では、公開鍵技術を前提にしている電子署名法は量子暗号技術を考慮した改正か、あるいは抜本的見直しを迫られるかもしれません。

ところであなたのおうちに泥棒さんが入ってこないのは本質的には鍵の仕事ではありません。

ちょっとお考えいただければお分かりのように、本当にその家に入りたい人がいれば窓を割っていくらでも入れますし、方法はいくらでもあり、IDカードがないと入れない場所というものでさえよく考えを詰めれば共通幻想でしかありません。

つい先日もアメリカ国防総省のコンピュータに侵入したイギリスのハッカーが逮捕されたのはそういうことです。

それ