2007/06/12

ホームレスという私の宿題

ホームレス支援で全国組織設立   対策強化を国に提言へ (共同通信)

「ホームレス支援に取り組む特定非営利活動法人(NPO法人)などが9日、多様化するホームレス問題に対応するため「ホームレス支援全国ネットワーク」を東京都内で設立、自立支援センターの機能見直しや相談窓口拡充などを求め、国に提言することを決めた。提言は(1)従来は入所型だったセンターを通所でも利用できるようにする(2)センターのない地方都市のホームレスの支援を充実させる(3)再び路上に戻らないよう長期間サポートする-などが柱。」

生活保護法の11条をごらんください。

第11条

「保護の種類は、次のとおりとする。
1.生活扶助
2.教育扶助
3.住宅扶助
4.医療扶助
5.介護扶助
6.出産扶助
7.生業扶助
8.葬祭扶助

前項各号の扶助は、要保護者の必要に応じ、単給又は併給として行われる。」 

(以下参照:知っていますか?ホームレスの人権一問一答

もしわたしやあなたがリストラや倒産などで、突然部屋の家賃を払えないほど生活に困窮してしまった場合、わたしたちの最後の頼みの綱は国の公的扶助、つまり生活保護のはずです。

事実生活保護法の11条は、生活、教育、住宅、医療、介護、出産、生業、葬祭の扶助を事細かく認めています。

文面上、私たちの生活を襲う不意の事態に対する公的バックアップは抜かりがなさそうです。

しかし、実際には、ホームレスが福祉事務所の窓口を訪れても、「住所がない」「稼働年齢だから」という理由で、申請さえも受け付けられないという場合が、これまでは大半でした。

そのような対応になる原因として縦割り行政の弊害が指摘されています。

つまりこれまで所得を失ったことに対する金銭的給付である所得保障は、労働災害保険と失業保険として発展してきました。

一方で生活保護のほうは、もっぱら労働問題以外の、長期疾病、障害、高齢、母子家庭などのケースに対応するようになっていました。

したがってわたしたちの身にもし倒産、リストラなどによる失業がふりかかっても、その生活の保護は、失業保険やハローワークなど労働行政が担当する問題だと考えられてきたのです。

そのため、もし稼働能力がある場合、どれほど生活に困っていようが、窓口が生活保護を申請させることは、ほとんどありませんでした。

厚生労働省はホームレスや支援者などから起こされた訴訟の判例をうけて、野宿生活者に対する生活保護の適用問題について、一九九〇年代後半から「稼働能力があるからといって、また、住所がないからといって、保護の要件を欠くわけではない」と全国の福祉事務所を指導してきています。

しかしまだまだ、この指導はいきわたっていません。

地方都市では、支援グループがアパートを借り上げ、野宿者が、そこを居所にして生活保護を申請するという方法が取られています。

そして居所があれば、稼働年齢でも申請が受理されます。

東京など大都市では、野宿者を入所させる民間の宿泊所が急増しています。

宿泊所というのは、社会福祉事業法にもとつく施設で、本来は、住宅に困っている「低所得」の人のための施設ですが、生活保護で生計を立てている生活保護受給者を入所させてもよい、というガイドラインを敷いている自治体も多く、最近、急増したこれらの宿泊所では、野宿者を入所させて生活保護を申請させているのです。

通勤時にターミナル駅で家を失った人達をみて、あなたはどこか不愉快に感じているかもしれません。

しかし制度を上手く稼働させられていない状況の中には、本来参政権をもってやわらかく働きかけることができるはずの、あなたやわたしの責任の一端も見つけられます。

なによりもホームレスという立場は、ある日仕事を失ったり、理由も分からず勤労意欲を維持できなくなった明日のわたしやあなたでない保障はどこにもないのです。

家がない人達が十分保護されていないその光景は、そうとは名乗らずにわたしたちに提出されている宿題でもあります。

 

 

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2007/06/05

ミツバチは己を放棄して4000万年を手に入れた

銀座ハチミツ飛ぶ人気 ビル屋上に10万匹(朝日新聞)
「ミツバチを飼っているのはNPO法人「銀座ミツバチプロジェクト」。紙パルプ会館(銀座3丁目)屋上で飼育し始めたのは昨年3月。沖縄の業者から購入するなどした。昨年に続いて今年も10万匹が活動する。 」

憲法の13条をごらんください。

第13条

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」 

ミツバチの針には、釣針のような逆鉤がついていて、脊椎動物を刺すとぬけなくなります。

そして刺したハチは針を失い、早晩死ぬ運命にあります。

しかしちぎれて敵の体表に残った針からでる揮発性物質は、他のハチを強く興奮させます。

一匹が刺せば、次々と特攻隊員たちが刺しつづけます。

数万の個体を含む集団にとって、巣がまもられるなら、数百の個体が死んだとしても、ハチの社会では問題にはしません。

ミツバチの社会にはおよそ四千万年以前から、こうした個体の自立性を完全に集団に譲り渡した、冷厳な社会構造ができ上っています。

彼らハチ類(膜翅類)は十万以上の種類を持ち、さらにその数倍の未発見種が予想されている動物界屈指の大所帯です。

そしてその類としての抜群の安定性は、ヒエラルキーという機能に個体を迷いなく押し込んできたことで成り立っています。(参照:みつばち―自然界の幾何学者

わたしたちの憲法の13条が謳う”個人の尊重の原理”とは、個人主義、つまり社会における価値判断の出発点を個人に求める考え方を宣誓したものです。

それは国家の利益を個人の自由の前に優先させる、戦前の全体主義という思考方法とは180度異なった原理です。

しかし”個人の尊厳”という思考原理は、単に利己主義を許すものではなく、利己主義と全体主義の両極端を排斥し、”基本的人権”というモデルのプロポーションを憲法に最初に記述するものです。

そしてその個人から出発する思考方法が、繁栄という点でミツバチの社会構造の歴史を凌駕できるかどうかは、ひとえにヒト類の最終兵器、”想像力”が請け負っています。

 

 

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2007/03/16

地中の仮面は混沌の住処

日本最古の人面彫刻? 東名遺跡から木製品(佐賀新聞)
「縄文時代早期の貝塚群がある東名遺跡(佐賀市金立町)を調査している佐賀市教委は15日、人の顔のように彫った約7000年前の木板が出土したと発表した。人面であれば縄文時代の出土例はない。市教委は「面とは断定できない。ただ日用品ではなく祭祀(さいし)、儀礼で使ったもの」とし、当時の精神世界を知る貴重な資料になりそうだ。」

文化財保護法の92条1項をごらんください。

第92条(調査のための発掘に関する届出、指示及び命令)

「1 土地に埋蔵されている文化財について、その調査のため土地を発掘しようとする者は、文部科学省令の定める事項を記載した書面をもつて、発掘に着手しようとする日の30日前までに文化庁長官に届け出なければならない。(以下略)」 

祭祀に使われる仮面とは、どのような役割を負うものなのでしょう。

たとえば北米インディアン、オノンダガ族は、祭祀時に「歪んだ顔の仮面」を使います。

彼らの神話の中によれば、仮面の顔が歪んでいる理由はこうです。

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「創造主は仕事を終えた後、創造したものを調べ悪霊を追い払うために方々を旅した。

世界の西の端まで行ったとき、彼は巨人に出くわした。

それはすべての顔の長だった。

創造主は巨人にどこから来たのか尋ねた。

その見知らぬ者は自分はロッキー山脈の向こうからやってきたといい、自分が大地を創造し、それからずっと住んでいると答えた。

それから二人は、どちらが本当の創造主なのかをめぐって口論となり、議論に決着をつけるために競争することにした。

勝った方が世界の創造主の称号が与えられることになった。

それぞれが魔術で遠く離れた山を呼び出すことになった。

そこで彼らは背中を西に向けて座った。

巨人は亀でつくったガラガラを振り、すべての動物を怖がらせて、山に向かって叫んだ。

しかし山はほんの少ししか動かなかった。

それから創造主が叫んだ。

すると山はただちに彼の所までやってきた。

これを見て巨人は激怒し、背後の山をみようと素早く振り向いた。

巨大な岩が彼の顔にぶつかった。

この衝撃で彼の鼻は折れ、痛みで顔は歪んだ。

創造主は勝ったが、たとえ山が自分の魔力の方に完全に反応したとしても、巨人もたいへんな力があると認識した。

そこで創造主は巨人に地上のあらゆる病気を追い払い、旅や狩りをする人々を助ける仕事を与えた。

その代わりに巨人は、もし人々が彼の肖像画や面をつくり、彼を先祖と敬い、煙草の捧げものをしてくれれば人間にも病気を治す力を与えることにした。

創造主は世界の西の端に方に巨人の住む場所を与え、巨人も人々が助けを求めて彼のところに来たらいつでもそれに応えることにした。」

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神話では巨人はたいがい宇宙の秩序に対立する力を意味します。

にもかかわらずオノンダガ族の神話では、創造主は巨人の力を自分の計画に統合しています。

また夢の世界では、巨人とは自己主義、攻撃、破壊的衝動など陰の性質を象徴するものです。

そして同時に陰は、自我が必要とするエネルギーや才能が住む場所です。

その陰が勝手に動き出し、混沌とした無意識の状態に戻らないようにしてこの関係の責任を持つのが自我です。

それが彼らの神話でいう巨人と創造主の関係であり、仮面は陰という混沌のエネルギーを象徴しているといえます。

(以下参照:元型と象徴の事典 ベヴァリー・ムーン 青土社

創造者と巨人、あるいは秩序と混沌の関係は、法が土くれの中の木片を捕捉するための手続を、文化財保護法92条で用意していることの中にも見ることができます。

創造者がそうだったように、現代の秩序を司る法も、カオスに還った過去の文明の痕跡に期するものがあるのです。(私見)

 

 

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2007/02/20

弱い人:明日の私

老人虐待:ペット用のオリに…手錠も 千葉の介護施設(毎日新聞)
「千葉県浦安市の介護施設「ぶるーくろす癒海館(ゆかいかん)」で、入所者をペット用のオリに閉じ込めたり、両腕に金属の手錠をかけてベッドに拘束するなど虐待をした疑いがあることが分かった。関係者の通報で、浦安市と千葉県は高齢者虐待防止法に基づき7日と16日、合同で施設を調査しており、虐待が確認されれば告発も検討する。施設側は毎日新聞の取材に、手錠やひもによる身体拘束を認めたが「オリには(入所者が)自分からふざけて入った」と説明している。」

憲法の25条1項をご覧下さい。

第25条

「1 すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」 

憲法の25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と宣言しており、これを生存権と呼びます。

それは社会権の中心に座る思想です。

社会権とは、生存や生活の維持・発展に必要な諸条件の確保を私たちが国家に要求できる権利のことです。

憲法25条1項の趣旨を実現するため、その2項は国に生存権の具体化について努力する義務を課しています。

老人福祉法はこれをうけて用意された社会福祉立法のひとつです。

老人福祉法の源流たる生存権は、単なる生活権とは同義でないところに注意してください。

人は虫ケラと同じように「生きてさえいられればよい」というほどの存在とは最初からなりえないこと、そのことの法哲学的定義が生存権です。(私見)

そしてそれゆえ、その言葉は現在の社会のセントラル・ドグマに据えられています。

はじめ資本主義は貧富の差を鋭く削りだし、たくさんの声を大にできない弱い人を虐げてきました。

しかしやがてわたしたちは、弱い人でさえ社会であるという思いを誰からともなく押さえきれなくなり、社会権という哲学を確立させるにいたっています。

だからこそ、もし経営の理論がお年寄りを虐待したときは社会権思想が発動し、憲法は老人福祉法に、そして高齢者虐待防止法に彼らの経営態度の立ち入り調査を許すのです。

 

 

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2006/09/07

ミカドアゲハを捕らえたら

医師「親王さまです」 秋篠宮さま淡々と「ありがとう」(朝日新聞)
「皇太子さまも、秋篠宮さまから直接、出産の報告を受けた。「ご無事のご出産おめでとう。両殿下も親王殿下もお体をお大切に」と伝えたという。 関係者は、紀子さまの懐妊後、雅子さまが明るい表情を見せることが増えた、と証言する。病状の深刻さが取りざたされた数年前。雅子さまは体調の波が激しく、気分の浮き沈みも目立ったという。外出に付き添う関係者は、「雅子さまが姿を見せるまでご様子が分からず、緊張を強いられることもあった」と振り返る。」

文化財保護法の第109条2項をご覧下さい。

第109条

「2 文部科学大臣は、前項の規定により指定された史跡名勝天然記念物のうち特に重要なものを特別史跡、特別名勝又は特別天然記念物に指定することができる。」 

発見者が明治天皇に献上した時、名前を付けられた蝶がいます。

その名をミカドアゲハ。

黒地に淡い黄、あるいは青の斑紋上の帯が美しいその蝶は、神社の神木を好んで食餌とし、かつてはその個体数もわずかでした。

そこで文化財保護法は、ミカドアゲハを蝶としては珍しく特別天然記念物に指定しています。

よってあなたやわたしにはもしこの美しい蝶を見かけたとしても、採取することは個体数が増えた今でも許されていません。

蝶といえどもその個体が非常に貴重な存在であれば、国家がその自由な採取を許可しないというのが天然記念物という考え方です。

自然の中にさりげなく存在する宝を法で隔離する、それが文化財保護法の第109条2項のいう特別天然記念物だとも言い換えられます。

ただし109条の立法を冷静に見つめれば、それは同時に人間にとって珍しくも美しく羽ばたく蝶を籠に収めてしまうことなどわけもないのだという現実を裏書きもしています。

つまりいったんその蝶が籠に入れられてしまえば、もはやその事実の前にはいかに文化財保護法といえども無力なのです。

たとえばあなたもこれまでまさか蝶に特別天然記念物があるなどとしらず、無邪気にミカドアゲハを捕まえてしまった日が実はあったかもしれません。

そうなれば蝶からは特別天然記念物という法の鎧は剥がれ、ただかつて自由に羽ばたいた森を想うしか術がありません。

発見当時とは異なり、今やミカドアゲハも決して珍しい存在ではなくなったのだといいます。

しかし状況が変わろうとも蝶が堅牢な籠の中で羽を痛めることに代わりはありません。

心ある愛蝶家には世間の評価を離れた価値観を持って、運命の蝶と幸福な時間を過ごす決心が必要とされています。

 
 

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2006/05/09

ロボトミーの開発者はノーベル賞をもらった

引きこもり支援NPO 無理やり連行・監禁、ほかに数人(朝日新聞)
「関係者によると、杉原代表らが入寮者を自宅から連れ出す際などに手錠を使い始めたのは、昨年9月に現在の寮を運営し始めて以降という。体を縛り付けるのに鎖を使ったのは2、3年前からで、当時は同市東区内に施設があった。捜査1課と北署の調べに対し、北区の寮の1階大部屋で生活していた数人が、昨年から今年にかけて手錠で拘束されて車に押し込まれたと証言したという。手錠は、手だけの場合も手足に使うケースもあった。手錠を掛けて車に押し込む方法を職員らは「拉致」と呼んでいたという。」

憲法の第18条をご覧下さい。

第18条〔奴隷的拘束および苦役からの自由〕

「何人も,いかなる奴隷的拘束も受けない。又,犯罪に因る処罰の場合を除いては,その意に反する苦役に服させられない。」

わたしたちが自分なりの幸せを見つけるためには、その意思を自由に発露できること(表現の自由)、意思の容れ物である体が穏当にあれること(人身の自由)の保障が兼ね備えられた世界が用意されていなければなりません。

中世欧州には結社やギルドによって何重にも意思の発露や移動の自由が制限されていたため、命をそのままの形で拡張していくことができない時代がありました。

そのため第三身分と呼ばれた市民たちは自己の内部から突き上がる無言の衝動に動かされ、国家以外の中間団体の存在を否定、ただ国家によってだけ制約される仕組みを要求しました。

これが市民革命です。

そしてその結果生み出されたものこそ、ほかならぬ統治者までをも拘束するのだという近代市民憲法であり、わたしたちの憲法もこれに従って「人の尊厳」が国家権力の発動をも限界づける原理を採用しています。

抑圧されてきたただの庶民たちの意思の集積は、19世紀を「憲法の世紀」と呼ばせるほどに世界各地を変革してきたのです。

ただし自由意思といえども、R・ドーキンス「利己的な遺伝子」や竹内久美子さんの説に従えば厳密には存在せず、それは単に遺伝子の乗り物に過ぎないという一面を持つのかも知れません。

ただしそれを含めて勘定したとしても、私たちの内心の自由や人身の自由は法律によって、つまりシステムとしての保障を要求するに足りる価値を備えますし、それに対する一切の制約は許されません。(そもそもそれらの自由はどれだけ保障しようとも他人の権利を侵害しません)

たとえ生物学的には厳密な完全自由意思というものが存在しないのだとしても、そのために用意された極私的な領域さえ制約されるのだとすれば、その世界はわたしやあなたがこの世界に真の意味で存在することを要求していないも同然となるからです。

奴隷的拘束の禁止の例外が許容される世界とは、潜在的に”いつでも大量の兵士を量産できる”社会を意味するため、憲法18条にいう「苦役」には徴兵制も該当するのだというのが学説上の通説でもあります。

ひとつの価値観から眺めてたとえどのようにだらしなく見える人がいたとしても、「彼を改善する」という名目をもって人身の自由の例外を認めるわけにはいきません。

ほんの三十年前まで、「彼の人格を改善する」という名目のもとに、頭蓋骨にドリルで穴を開け、前頭葉の神経繊維を切断するロボトミー手術がここ日本でも行われていた、それもまた「時代の善意」のひとつの足跡でもあるのです。

行動としてはどのように怠惰に見えようが、そこにはただ要領よく立ち振る舞えない人が自分とも上手く折り合いをつけられず苦しんでいるだけなの”かも”しれません。

まるで憲法19条、「思想・良心の自由」という絶対領域を一歩手前で守護するかのごとく、憲法18条、「奴隷的拘束の禁止」は一条前に意識的に配置されています。(私見)


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2006/05/02

地獄のメードとクラインの壺

メイド服の女、名古屋の地下鉄でスプレー噴霧(Yahoo)
「1日午後2時5分ごろ、名古屋市営地下鉄桜通線を走行中の中村区役所発野並行き電車(5両編成)で、3両目に乗っていた小学5~6年生男女児5人が、のどの痛みなどを訴えた。児童らは、「女が車内でスプレーを左右に振るように噴霧した」と話しており、瑞穂署は傷害事件として捜査している。調べによると、女は年齢20~30歳で、身長1メートル60~70。茶髪でピンクのメイド服のようなものを着ていて、瑞穂運動場西駅で降りたという。車両内には約50人の乗客がいたが、他の乗客は騒ぎに気付かなかったという。新瑞橋駅員が車内を確認した時には、異臭はなく、5人の症状が軽いことから、同署は噴霧されたのは催涙スプレーなどではないとみている。児童らは遠足帰りだった。」

民法の1条1項をご覧下さい。

「第1条〔私権の基本原則〕

1 私権は公共の福祉に遵う」 

わたしたちの民法は、その第1条で私権行使の原則を示しています。

私権とは、わたしたちが国家に対して主張しようとする「公権」とは異なり、わたしとあなたの間でお互いに主張しようとする国家を抜きにした権利のことです。

皆が国家を介在させないで自由に契約などを取り交そうという社会を貫く思想のことを「私的自治の原則」と呼んでいますが、如何に大切な私権であっても、社会公共の利益と調和しうる範囲を超えた効力は認めない、1条1項はそう宣言しているのです。

ところでイギリスの法史学者メインは、主著「緬氏古代法」のなかで「身分から契約へ」という有名な言葉を残しています。

それは古代の人間を規定していたのが身分であったものが社会の発展に伴い、個人の自由な意思に基づく契約がしだいに社会関係を規定する要素となるに至ったという事実を端的に表したものです。(参照:法律学小辞典 有斐閣

メインの言に従えば国家権力抜きの「私的自治」という横のルールを獲得するまで、わたしたちは身分制度から自立できなかったことになります。

かつて浅田彰さんも「構造と力」のなかで、クラインの壺(内側が外側につながる、ねじれた構造をもつ壺)にたとえ、壺の底辺にいるわたしやあなたは権力受託機関という頭上の出口を持つことで回帰的に自分達を強化し、そのことがまた再び権力受託機関を強化する、しかもその誘導は全て内在的に行われるという点を指摘しています。

してみれば自らが社会の役に立ち、社会がわたしたちの幸福を再強化するという循環を手に入れるためには、まずこのクラインの壺の構造をした私的自治社会に帰属しようとする意思をもつことが第一条件となります。

人目をひく派手な格好をした女性が、思い出を作って順当に幸福になろうとしている小学生達に向かって催涙スプレーを撒くことは、「自分は私的自治の壺に帰属できておらず、再強化の恩恵も受けていない、そのような自分が嫌いであるし、私を上手く参加させない壺もきらいである」というような女性の思いを表現しているのかもしれません(極私的印象)。

もしこれがそのような事件ならば、問題の鍵は”壺はいつでもわたしたちが内在的に機能させている”というところにあります。

どのような理由で社会への帰属欠如感を感じているにせよ、他人に迷惑をかけないつもりなら私的自治というクラインの壺はそもそも誰にでもその入り口を見せています。

民法1条1項文言はまるでその種明かしをしているかのように、私法のいちばん初めに置かれています。

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2006/04/22

ゾーン:廃墟の中の楽園

野生はチェルノブイリを意に介さない
Wildlife defies Chernobyl radiation(By Stephen Mulvey BBC News)
「"A lot of birds are nesting inside the sarcophagus," he adds, referring to the steel and concrete shield erected over the reactor that exploded in 1986. 」

(私訳)
「たとえばたくさんの鳥たちが石棺の内部に巣作りをしているんだよ」彼は1986年に爆発したリアクタを覆う、鋼とコンクリートのシールドを引き合いに出して言った。」

電気事業法の55条3項をご覧下さい。

第55条(健全性評価の義務)

「3 定期事業者検査を行う特定電気工作物を設置する者は、当該定期事業者検査の際、原子力を原動力とする発電用の特定電気工作物であって経済産業省令で定めるものに関し、一定の期間が経過した後に第39条第1項の経済産業省令で定める技術基準に適合しなくなるおそれがある部分があると認めるときは、当該部分が同項の経済産業省令で定める技術基準に適合しなくなると見込まれる時期その他の経済産業省令で定める事項について、経済産業省令で定めるところにより、評価を行い、その結果を記録し、これを保存するとともに、経済産業省令で定める事項については、これを経済産業大臣に報告しなければならない。」 

チェルノブイリ原子力発電所事故は1986年4月26日、旧ソ連ウクライナ共和国で起きました。

外部電源が遮断された非常時のための実験を行おうとしていた作業員達はこれに失敗、原子炉は暴走し原子力発電史上最大の爆発を起こしました。

人類は原子炉をすべてコンクリートで埋め固めてしまう対処療法以外になす術をもたず、あとは百年単位で放射能が自然除去されることを待つしかありませんでした。

そのコンクリートで固められた元4号炉を通称「石棺」と読んでいます。

いまもそこでは高濃度の放射能汚染が続いており、横切るのは野良犬の姿だけだ、たしかそう最近まで伝えられていたはずですが、実はそこでは野生がもっとも恐れる天敵、人間が存在しえない聖域として、多くの野生動物の楽園が編纂されはじめているのだとBBCが新たに伝えています。

夢が全てかなうという謎の空間、”ゾーン”をアンドレイ・タルコフスキーが79年に描いたSF映画『ストーカー』では、廃墟のなかのその不思議な空間だけはカラーで描かれましたが、まさにそれを地でいくかのように、人間にとっては最も恐ろしいはずの空間の中心で色鮮やかな野生の命の饗宴が、人知れず始まっているようです。

日本の原子力発電所でも安全を期するため、定期的に停止して定期検査を行うことが法律で義務付けられていますが、実は過去においてその定期検査中にみつかった不具合などが国家に報告されていない事例が多数みつかりました。

これをうけて電気事業法は平成14年に改正され、55条には発見されたひび割れ等の進展を予測し、安全性の評価を行う「設備の健全性の評価」を義務づける”3項”が新たに追加されています。

わたしやあなたの住む場所に人の近づけない灰色の廃墟が現れ、その中に極彩色の人外魔境、”ゾーン”が現れること、電気事業法55条3条が禁忌と見るのもそうした状況です。

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2006/04/21

ナスカの地上絵と刑法に残った文様

ナスカで地上絵を新発見 台地全体で100種(産経新聞)
「世界遺産に登録されている巨大な地上絵で有名なペルーのナスカ台地で、山形大人文学部の坂井正人助教授(文化人類学)らの研究グループが約100種類の地上絵を新たに発見した。直線や三角形などの幾何学模様のほか、土器の文様のようなデザインの絵も見つかった。研究グループは「全体像の解明を進め、保護につなげたい」としている。付近には車が走った跡も見つかり、新たに見つかった地上絵の一部が破壊されていた。土器の文様とみられる地上絵は先端がカールした動物の二本の角のような形をしており、ナスカ文化が栄えた紀元前100年―紀元600年ごろの土器によくみられるデザイン。豊作の儀礼に関係していると考えられるという。」

刑法の11条1項をご覧下さい。

第11条(死 刑)

「死刑は,監獄内において,絞首して執行する。」

原始社会ではトーテムポールのようなある種のシンボルがその社会を覆う文化を位置付ける焦点になりえます。

そしてひとつの村にとってそのシンボルがどう重要なのかは、それがどのような神秘的な経験を通して出現したものなのかという点にかかってきます。

アメリカ大陸では、南北の遊牧部族の中で大きく幻視体験がそうした機能を果たしてきました。

メスカリンを食み幻視のなかで神や霊と会話を繰り返すメキシコインディアンとカルロス・カスタネダの有名な連作もあります。

原始社会のなかで幻視体験の獲得技術とその解釈はやがて高度に発展していきます。

それは幻覚植物ばかりでなく、たとえば蒸されたテントのなかでみる幻視体験であったり、自らの体に鉤針をつきさして回転する木につり下げられる激痛の中で見る幻視であったりします。

彼にいったん精霊のヴィジョンがもたらされれば、彼の存在意義とと役割が幻覚のなかから現実の部族社会にもたらされることになります。

時に幻視体験を通じてもたらされる特別な文様は精霊のいでます口となり、豊穣や戦闘の勝利の祈りとして土器や体、大地に直接刻まれます。

ナスカの大地に新しく発見された呪術的文様も、ネイティブアメリカンに”高きものたち”とよばれるような存在への呪術的メッセージであったのではないか、そう思わせるような壮大な規模と複雑なデザインをもっています。

ところでわたしやあなたの国の古代の刑法も、「復讐の思想」が基盤だとされる西洋の刑法の起源にくらべ、より呪術的・宗教的なものであったといわれています。(参照:刑法総論講義案 裁判所書記官研修所監修 司法協会)

日本で最初の成文の刑法は、大化の改新の後、701年の中国法を継受した大宝律でした。(大宝令が民事法でした)

その後律令制度の崩壊とともにその実効性は失われ、平安時代中期以降は、検非違使庁の判例(庁例)を中心とした慣習刑法がこれにとって代わることとなったのだといいます。

ちなみに古代刑法では死刑という規定はあってもめったに実行はさず、もっぱら流刑が用いられたようです。

対して現代刑法には11条1項という、れっきとした法律が人を殺す規定が設置されています。

それがなぜ終身刑であってはならないのか、いかような絶対価値をもって、人間が同じ人間の生命を冷静に刈り取ることが許されているのか(あるいは肯定論者からは「何故それが許されないといえるのか」)、よくよく考えるほど正解が遠い難解な論点がそこにはいくつも転がっています。

ただし原始刑法が宗教的・呪術的であったというのは、余計な詮索がゆるされないという点で機能したであろうことは妙に得心がいき、現代刑法の底にもそうした潮流を受け継いでいないという保障もありません。

ナスカの地上絵は現代科学をもって眺むれば、作物の豊穣とは何ら因果関係をもたない壮大な錯覚だったのだとなるでしょう。

しかし同時に私たちの現代刑法が描く文様、11条1項が、遠い未来からの評価においてひとつの幻視体験だったのだと評価されないとも、またいえないのです。

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2006/04/07

税徴職員が吐かせるSLの煙

市税滞納で差し押さえのSL模型、ネットで公売へ(朝日新聞)
「戦時中に零戦を作った旋盤工が趣味で制作したという蒸気機関車D51の10分の1の模型を、北海道赤平市がインターネットを使って公売にかける。3月、市税滞納者宅でガラスケース入りのD51を見つけ、差し押さえた。長さ2メートル、重さ約300キロ。同様の模型は、ほかにはほとんどないという。」

税徴法の47条をご覧下さい。

国税徴収法

第47条(差押の要件)

「次の各号の一に該当するときは、徴収職員は、滞納者の国税につきその財産を差し押えなければならない。

一 滞納者が督促を受け、その督促に係る国税をその督促状を発した日から起算して十日を経過した日までに完納しないとき。(以下略)」 

国税徴収法とは、国税の徴収に関する基本法です。

しかし国税徴収法の規定する滞納処分の手続は、地方税はもとより、多くの公法が金銭債権の徴収のために各条文で準用されていますので、税徴法は公法上の金銭債権の強制徴収に関する事実上の基本法になっています。

国税や地方税などの租税が納期限までに完納されないとき、履行の催告の意味でまず督促がなされます。

さらに督促状を発した日から起算して 10日を経過した日までになお完納されないときは、滞納者の財産の差押えとその換価を経て配当に終わる手続を行います。

(ただしその執行によって生活を著しく窮迫させるおそれがあるときには、職権による滞納処分の執行の停止が認められています。)

これを滞納処分と呼びます。

一定の財産の差押えをしたときは,差押調書を作成してその謄本を滞納者に交付します。

差押財産の換価は原則として公売の方法によらなければならないことになっています。

公売の結果、最高価申込者に対して売却決定がされ、代金が納付されると換価財産の所有権は買受人に移転します。[以上参照:法律学小辞典 有斐閣]

国家による私財のむやみな差押えを許さないよう定められた、税徴法の厳しい要件に関係債権者や本人の権利を守られながら、腕利きの旋盤工の手によるというD51の模型の換価が許されることになりました。

徴収職員はD51がその場所にある必要性はないと判断したことになります。

納税義務の適正な実現を通じて租税収入を確保するという、税徴法の立法趣旨が、重厚な10分の1のD51を現在のふさわしい居場所にまで短い旅をさせます。

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2006/04/05

エビスグランドボウルのトランジスタシスと自然のホメオスタシス

「エビスグランドボウル」が閉館-34年の歴史に幕(シブヤ経済新聞)
「3月31日、恵比寿駅西口近くのボウリング場「エビスグランドボウル」(恵比寿南1)が閉館した。閉館は、建物や設備などの老朽化によるビルの取り壊しに伴うもの。同ボウリング場は、ボウリングブーム真っ只中の1972年5月、同所で製材工場を営んでいた東京木工所が、自社ビルを使ったレジャー事業の一環として開業したもので、1991年3月からは、施設と同名の子会社に運営業務を委託していた。同館は地上5階地下2階SRC造で、延べ床面積は5,498平米。2階・4階・5階の3フロアに計34レーンを設けるほか、レストラン・喫茶やバッティングセンターを備えていた。解体工事は9月末日まで行う。その後の建替計画は未公表。」

建設リサイクル法の第9条をごらんください。

建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律

第9条(分別解体等実施義務)

「特定建設資材を用いた建築物等に係る解体工事又はその施工に特定建設資材を使用する新築工事等であって、その規模が第三項又は第四項の建設工事の規模に関する基準以上のものの受注者又はこれを請負契約によらないで自ら施工する者は、正当な理由がある場合を除き、分別解体等をしなければならない。」  

解体作業現場において、部材別に仕分けせず、重機で一気に建物を取りつぶしてしまう手法のことをミンチ解体といいます。

ミンチ解体された建築物はリサイクルのしようがなく、その末期の多くが山間部などへの不法投棄につながっていました。

平成14年から本格施行された建設リサイクル法は、この不法投棄を防ぎ、リサイクルできる部材を社会に有益に流通させるため、ミンチ解体方式を禁止しています。

リサイクル法は、手作業による解体や、手作業と機械作業の併設方式等により分別解体を行い、廃棄物を適正に処理させることを趣旨としています。

一定規模以上の建築物解体工事や建築物その他の工作物に関する建設工事については、コンクリート、コンクリート及び鉄から成る建設資材、木材、アスファルト・コンクリートの4種類に分別し、計画的に工事を施工しなければならないと法9条で定められています。

さらには分別解体等に伴って生じた特定建設資材の廃棄物について再資源化を図ることも義務付けています。

もはや自然が無自制な産業廃棄物を受け入れるほど基礎体力をなくしていることを、建設リサイクル法は憂慮しているものです(私見)。

西口の坂を登りはじめるとすぐにあった割と地味なボーリング場、エビスグランドボールが静かにその歴史に幕を閉じました。

その坂を登りきればもう少しでサッポロビールが10年展開するエビスガーデンプレイス。

人がその集う場所に要求する要素は時代の嗜好とともに変遷していきます。

恵比寿に十数年住む私も一度しか投げたことのないボーリング場でしたので、その場所の遊技場としての使命は確かにもう終わっていたかもしれません。

建設リサイクル法の立法趣旨のように、山手線恵比寿駅のホームからよく見えるその場所も、きっと無駄なく生まれ変わるのだと思います。

 

 

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2006/03/30

検察が雛壇から下りてきたのは60年前

明石歩道橋事故:遺族が要請書 最高検の対応も批判(毎日新聞)
「01年に兵庫県明石市の花火大会で見物客ら11人が死亡した歩道橋事故で、遺族らは29日、最高検に対し、当時の明石署長と副署長を業務上過失致死傷罪で起訴するよう神戸地検に指揮監督することを求め、要請書を提出した。ところが、最高検の担当者は話をほとんど聞かずに立ったまま書面を受理。遺族は怒りをあらわにした。遺族らによると、要請書の提出は事前に最高検に伝えていたが、提出の際に最高検の担当者3人はガラス張りで外から丸見えの「待合室」に遺族を招き入れ、その場で立ったまま要請書を受け取り、遺族側が要望するまで名刺も出さなかったという。遺族側は会議室などで対応するよう求めたが「今までもここで受け取ってきた」と取り合ってもらえなかったという。」

検察庁法の第2条をご覧下さい。

第2条〔裁判所との対応〕

「最高検察庁は、最高裁判所に、高等検察庁は、各高等裁判所に、地方検察庁は、各地方裁判所に、区検察庁は、各簡易裁判所に、それぞれ対応してこれを置く。」

最高検察庁とは、文字通り検察機関の最高総司令部のことをいいます。

最高検察庁は、この春のおだやかな日差しを都心でもよく受けることのできる日比谷公園のすぐそば、検察合同庁舎の八階にあります。

検察というものを理解するために、少し長くなりますがその成り立ちを以下「日本の検察(野村二郎著)」という書籍から参照させていただきます。

日本では824年、すでに独立した検非違使庁が設置されました。

それは不正を発見し、理非を正し、処断する警察・検察・裁判の三つの権限をあわせもつきわめて強力な機関でした。

明治初期の1871年には司法省が設置され、翌72年には太政官達によって司法職務定制が規定され、ここではじめて検事の名称がデビューしました。

このなかでは「検事は、法憲及び人民の権利を保護し、良しを助け、悪しきを除き、裁判の当否を監するの職とす」と規定され、勧善懲悪を職務とする検事の立場をきわめて鮮明にしていました。

検事がやがて犯罪者を訴追する検事独自の権限をもつようになったのは、大日本帝国憲法が発布された前後です。

しかしそれでも検事は裁判があるところに中央から派遣される形になっていました。

旧刑事訴訟法が施行された1890年、検事は各裁判所に付遺されるようになりました。

戦前の検察は、警察を指揮する権限をもち、また、司法機関を事実上支配していました。

それが証拠に歴代司法大臣は検事出身者で占められ、裁判所の人事や予算などに強い影響力をもっていましたし、裁判官は検事に気がねする雰囲気が強かったといいます。

さらに検察は弁護士会をも監督する権限をもっていました。

しかし、敗戦の結果、アメリカの日本民主化政策のなかで、司法制度も改革されることになり、新しい検察庁法のもと、現在の検察があゆみはじめました。(参照:日本の検察―最強の権力の内側  野村二郎  講談社現代新書

戦後の司法改革で、検察は裁判所を支配するものではなく対置する立場と位置づけられ、最高裁判所に対置する位置に最高検察庁を並べ置くことになりました。

検察庁法第2条はそのことを表現しています。

しかし法的定義を捨象して行われている現実を見てみれば、検察という機関の権力はわたしやあなたに対していまだ強大なものがあるといえます。

適正手続の原則からすれば検察にはは被告を有罪にもちこむための立証活動とともに被告に有利な証拠をも明らかにするフェアな態度も要求されるにもかかわらず、日本の刑事裁判の有罪率は実に99.97パーセントです。

このことはへたに無罪判決をもたらす起訴をなした検事が左遷されられたような歴史をかえりみれば、「実質裁判所とは、いまだ検察庁のことである」のだと言っている可能性もあります。

司法の改革は、裁判所をより市民に身近な施設として感じられるよう啓蒙に努めるとともに、検察がもやは司法を事実上支配するものではないことを自己証明していくことをも要請しています。

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2006/03/12

岩国住民投票の成立と多数決という部品

岩国の住民投票が成立 投票率50%超える(産経新聞)
「米海兵隊岩国基地の地元・山口県岩国市で12日、米海軍厚木基地(神奈川県)の空母艦載機受け入れの是非を問う住民投票が行われた。午後4時現在の投票率は50.53%で、市条例が定める50%以上の要件を満たし、成立した。即日開票される。」

岩国市住民投票条例の第12条をご覧下さい。

第12条(住民投票の成立要件等)

「住民投票は、投票した者の総数が当該住民投票の投票資格者数の2分の1に満たないときは、成立しないものとする。この場合においては、開票作業その他の作業は行わない(以下略)。」 

岩国の住民投票条例によれば、それを開票するためには2分の1の投票数が要求されています。

そして多くの住民投票に関する条例が、その成立に過半数という投票率を要求しているようです。

これは憲法95条における、国が一地方に特別法を施す場合の住民投票が過半数の同意を要求している精神を反映したものだといえます。

ここで過半数とは、多数決を分類した場合の単純多数決のことであり、一方で3分の2とか4分の3とかの特別の多数によるものは制限多数決と呼ばれます。

単純多数決、すなわち過半数は、直接民主主義の性格をもっとも直裁的に表す採決方法です。

地方自治のことを俗に民主主義の小学校と呼びますが、その住民投票に過半数が採用されているのもより裸に近い民主主義ゆえともいえます。

そもそも多数決原理とは、三人以上の構成員からなる団体で、多数者の合意した意見に、見解を異にする他の構成員も拘束されるという原則をいいます。

多数決は、民主主義というオートバイを動かすエンジンにとって不可欠なクランクシャフトといえますが、一方でその欠点も古くから指摘されているところです。

すなわちあなたもわたしも少し考えればわかるように、多数決が社会にとっていつも絶対正解である保障などどこにもないからです。

しかしそうだとしても、たった一人の君主や軍部ではなく、わたしたち社会の構成員一人一人が世の中の行方を決める責任を負う民主主義社会においては、多数決という部品に不満はありつつも様々な場面で採用せざるをえません。

かつて尾高朝雄博士も、著書「法哲学概論」のなかで 「民主主義が数多い立場の中から一つを選び出す技術的な方法は多数決である。しかしもしも多数決が正しくないならば、その正しくない結果は、やがて実際の政治や立法の推移の上にあらわれるに相違ない。そこで国民は,改めて,かつての少数意見の方が正しかったことを知ることができる。そうして,かつての多数決の結果を修正し,政治と立法とを一歩でも正義と真理とに接近せしめて行くであろう。」と分析しています。

そのような考えで民主主義というオートバイにまたがる人にとっては、多数決という部品に対する諦観がないのです。

ジョン・スチュアート・ミルは「人間の理性が真に信頼に値するのは,それが誤りを犯さないためではなく、討議と経験でその誤りを是正する力をもっているからだ」としました。

多数決原理がそのポンコツ具合をたびたび指摘されながらも、今も民主主義の動力を行政に伝える仕組みとして現役なのは、わたしたちによる多数決がときにとんでもない間違いを生もうとも、やがて再び多数決がそれを修正していくからにほかなりません。

そしてどこにたどりつこうとも、その手段が多数決だったことが選択の言質をとるのです。

岩国に基地を招くかどうか、住民の意見を問うた住民投票は過半数の投票率を超え、岩国市住民投票条例第12条に則って開票が許されることになりました。

様々な思惑があることは当然なことですが、多数決という推進力の意義を認諾するのも、住民というライダーに求められる大切な乗車技術のひとつであることは間違いありません。

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2006/02/27

携帯メールで飛行機を止めた乗客と human being

「携帯命」の不届き乗客、JAL機の出発1時間遅らす(読売新聞)
「同社によると、男性客は、同機が滑走路へ向けて動き出した後も、女性乗務員の注意を聞かず、座席で携帯電話の電子メールを打ち続けた。繰り返しの注意で、やっと携帯電話の電源は切ったが、給湯室まで乗務員を追ってきて胸ぐらをつかみ、「もう出てくるな。顔も見たくない」と言ってつばを吐きかけたという。」

航空法の第73条の4をご覧下さい。

第73条の4

「機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口か閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置をとり、又はその者を降機させることができる。」 

航空法とは、航空機の航行の安全及び航空機の航行に起因する障害の防止を図るための方法を定め、同時に航空機を運航して営む事業の適正・合理的な運営を確保しようとする法律です。(1条)

2003年の改正では73条の4第5項で機長の安全阻害行為を禁止する命令の権限を与えています。

ここでいう安全阻害行為とは、航空法施行規則の164条の15に列挙されており、携帯電話はその4号ではっきりと安全阻害行為に明定されています。

ところでなぜ人は、時に他人につばをはくほど携帯メールに夢中になってしまうのでしょうか。

たとえば、あなたやわたしがどれほどがんばってホームページやブログをせっせと更新してみても、ほとんど誰からもアクセスされることがなければ、何のために書いているのか虚しくなり、やがてはブログを辞めてしまっても不思議ではありません。

経験によって行動が変化することは心理学上「学習」と呼ばれますが、特に「放っておくとほとんどアクセスがない自分のホームページ」という特定の刺激を回避するため、「アクセス向上に効果があるといわれる方法を継続試行」することで、「一日のアクセス数が増えた」という報酬を経験し、反応が強化されることを「オペラント条件付け」と呼ぶそうです。(参照:濱中直行 やめたくてもやめられない脳 ちくま新書

携帯電話やメールによって、知り合いや家族、恋人から一日にたくさんアクセスされるという「経験」を経て、人は「自分はただ存在するだけで無価値なのではないか」という強い疑念から逃避できることを「学習」しているのかもしれません。

そして「メールがあり」、「なにがしかの反応をすれば」「ソサエティに関わっている自分をくりかえし確認できる」という苦痛回避のナイス・アイディアは、なかなか忘れ去ることができません。

未だ自我を確立できない年齢の男女が、寝ても覚めても携帯メールに夢中になるのも、自己無価値感からの回避学習と言い換えられる可能性があります。

そしてそれが行き過ぎれば、携帯をとりあげられると他人にツバを吐くまで携帯電話に依存してしまうという道を形作ります。

問題は、そもそもあなたやわたしという「ホームページ」、アクセス数がなければ無価値なのかという恐怖の正体です。

その恐怖に耐えられず、インターネット上にコンテンツは広告しかなくとも、検索エンジン対策ばかりがしっかり施されたページがあるように、携帯メールを一日中チェックしなければいてもたってもいられない人というのは存在します。

航空法施行規則164条の15もわざわざ携帯電話という言葉を明示したのも、航空機内においてそうした携帯電話から離れられない人達がこれまで問題を起こしてきたことを物語っています。

しかし自分のホームページの真の価値は本来、一日どれくらいアクセスされるか、ほかのどのページから何本リンクされているかといったことでは図れないように、わたしやあなたに一日何本のメールが着信するかは、私たちがただ「在る」ということの価値を左右するものではないはずです。

W.T.ガルウェイもいうように、わたしたちは「Human being」と呼ばれる存在ではあっても「Human Doing」であれとは(もっとも根源的なところでは)要求されていないからです。

きっとわたしたちは、自分が子どもの頃の写真でも机の上に飾っておくなら、一日それほどメール着信がない自分も笑って許してやれるのかもしれません。

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2006/02/14

インクカートリッジ訴訟と上告の実効性

プリンターのインクカートリッジ訴訟、アシストが上告(読売新聞)
「プリンター用の使用済みインクカートリッジを巡り、特許権を侵害されたとして、「キヤノン」(東京)がオフィス用品販売会社「リサイクル・アシスト」(同)に販売禁止などを求めた訴訟で、アシスト社は13日、キヤノンの請求を認めた2審・知財高裁大合議部の判決を不服として、最高裁に上告した。大合議部の判決に対する上告は初めて。」

憲法の76条第1項をご覧下さい。

第76条〔司法権,裁判所,特別裁判所の禁止,裁判官の独立〕

「すべて司法権は,最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。(以下略)」

上告とは民事訴訟法上、控訴審の終局判決に対する法律審への上訴を意味します。

ふつうの訴訟事件は、まず地方裁判所で審理され、その判決に不服のある当事者は高等裁判所に控訴することができ、さらに、高等裁判所の判決に対しては、最高裁判所へ上告することができます。

しかし旧民事訴訟法では法令違反も含まれていた上告理由も、現行民事訴訟法312条では憲法違反のみが上告理由になっていますので、見方によってはこれにより、実質的に日本の審級制は二審制を採用しているのだともいえます。

ただ確かに憲法76条1項は審級制度を予定しているものの、何審制にするのかは立法政策の問題なので(最高裁昭和31年7月26日判決)、裁判所の管轄を合理的に定めてさえいれば何審制でも問題はありません。

ここでいう”合理的”とは、私たち一人一人の人権保障にとって理屈に合っているという意味です。

かつては司法システムが実質的合理性を手に入れられていなかった時代もありました。

戦前の大審院には、違憲審査権、すなわち法律が憲法の精神に反したものでないかを審査する権利が条文上明記されておらず、判例理論上もこれを否定されていたのです。

それはつまり「国内には憲法に背く法律など存在しない」という前提の、上から設計された司法制度であったことを意味しています。

さらに戦前の裁判所の人事権は司法省という行政に握られていました。

これらのことは司法の出す結論が、本質的には常に権力の操縦桿を握った人達の思うとおりの時代であったことを意味し、私たち一人一人の人権を保障するはずの裁判所は機関として本質的独立を手に入れていなかったのだといえます。

戦後の憲法下では最高裁判所には違憲審査権が憲法の明文によって与えられ、人事権も裁判所自身が掌握することになりました。

下級裁の出した判決に対し私たちが上告という選択肢を与えられており、そしてその実効性が独立した司法システム下で保障されていることは、司法制度が戦後国民を単位に設計し直されたことの成果だといえます(私見)。

知財高裁で重要事件について集中的に取り組む特別部、大合議部はリサイクルメーカーを一旦支持した原判決を取り消し、リサイクル・インクの存在を法律的に否定しました。

1月31日付の判決文を読むと、キャノン側10人の大弁護団に対して3人で戦うリサイクル・アシスト側弁護団は、アメリカやヨーロッパにおけるリサイクル市場の確立などもあわせてリサイクル・インクというシステムの正当性を主張していることがわかります。

知財高裁の判決をはねのけて、ことは最高裁に持ち込まれることになりました。

最高裁には、ちょっとかわったブロンズ像が置いてあります。

あなたも国会図書館の隣にある美しい建物、最高裁判所に立ち寄る機会があったら、是非ロビー右手に佇むテミスの像(正義の女神)をよくご覧になってみて下さい。

顔だけが菩薩になっている、見たことのない和風のテミス像であることに気がつくはずです。

和風のテミス像の顔は、日本の司法の頂点が必ずしもグローバルスタンダードを絶対基準にはしないのだと言外に表現しているかのようです。

上告の実効性を保障された現代で最高裁まで進むことになったカートリッジインクに関する争いの結論は、欧米の基準だけでは肯首しない女神に任されることになります。

 

 

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2006/02/11

横浜事件という思想弾圧と免訴という脱線

横浜事件 再審は免訴 有罪、無罪判断せず(東京新聞)
「松尾裁判長は「治安維持法は一九四五年に廃止され、被告らは大赦を受けた。免訴事由の存在により公訴権が消滅した場合は審理を進めることも有罪無罪の裁判をすることも許されない。免訴の判決が相当」と述べた。」

刑事訴訟法の337条をご覧下さい。

第337条  
「左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。
1 確定判決を経たとき。
2 犯罪後の法令により刑が廃止されたとき。
3 大赦があつたとき。
4 時効が完成したとき。」  

免訴とは、公訴が実体的訴訟条件を欠いてしまう場合に、これを不適法として訴訟を打ち切ってしまう裁判のことです。

実体的訴訟条件とは端的に337条1号、2号、3号、4号のことです。

日本の刑事訴訟において、実体的審判を求める権利、すなわち公訴権というものは、検察官その人にだけ行使が許されていますが、免訴は公訴権が337条各号の理由により失われてしまったとき、事の白黒を別にして司法のレールから外してしまうものです。

免訴の精神は旧刑事訴訟法まで、「犯罪を認むるを得るも、刑罰消滅原因により科刑権を認めえざるものなり」と解されていました(豊島直道 刑事訴訟新論)。

すなわちその頃まで免訴は、刑罰権だけが消滅して存在しないのだということを確認するという意味の実体裁判だと考えられていたのです。

しかしよく考えてみると、たとえば前に無罪判決があったときも337条1号をもって免訴判決がなされることになりますが、その場合をも「犯罪を認むるも刑罰権の消滅した」場合ということはできません。

そこで現在では免訴の性質を「公訴権の消滅などで形式的に裁判を打ち切るものである」とするのが、学説上の通説となっています。

そして免訴の判決は一事不再理、すなわち再び審理することを許さない効力(既判力)を有するといわれますが、その理論的根拠は、免訴判決が”公訴権の消滅ないし公訴権行使の利益不存在をもたらすような訴訟条件の欠缺を理由としてなされる形式裁判であるからなのだ”と説明されます。

判例も昭和23年5月26日、不敬罪に問われた人達が大赦によって免訴となったものの、改めて無罪を求めて上訴しようとした事件で、「裁判所が公訴につき、実体的審理をして、刑罰権の存否及び範囲を確定する権能をもつのは、検事の当該事件に対する具体的公訴権が発生し、かつ、存続することを要件とするのであって、

公訴権が消滅した場合、裁判所は、その事件につき、実体上の審理をすすめ、検事の公訴にかかる事実が果して真実に行われたかどうか、真実に行われたとして、その事実は犯罪を構成するかどうか、犯罪を構成するとせばいかなる刑罰を科すべきやを確定することはできなくなる。

・・・本件においても、既に大赦によって公訴権が消滅した以上、裁判所は前に述べたように、実体上の審理をすることはできなくなり、被告人に対し、免訴の判決をするのみである。従って、この場合、被告人の側においてもまた、訴訟の実体に関する理由を主張して、無罪の判決を求めることは許されないのである。」のだと判断しています。

つまり大赦によって公訴権が消滅してしまっているため、その問題についてもう一度裁判所が取り扱うことは許されないのだと形式裁判説を採用しているのです。

この大赦にかかわる免訴の解釈は、免訴の性質を暗に照らし出しています。

なぜならばそもそも大赦という制度は、その起源地フランスにおけるアムネスティ、すなわち「忘却」という言葉がその性質を最も端的に表現しているからです。

大赦は過去における特種の犯罪殊に政治犯等についてはこれによって水に流して忘れ去るという趣旨に他なりません(上記判例 真野毅裁判官意見より)。

横浜事件とは、かつての特別高等警察が言論弾圧を目的に無実の人達を引っ捕らえていったものだという解釈が現在では社会的な定説となっています。

それにより4人が獄死、警察官は拷問を行ったことで有罪判決を受けています。

大赦を理由にした免訴判決は、検察官とともに何も水に流してもらう必要のない人達をも刑事訴訟のレールの外に押し出しています。

 

 

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2006/02/08

アホウドリの恋の記録とつきまといの定義

アホウドリ:東京・伊豆諸島の「デコちゃん」、好きな模型に9年間も求愛(Yahoo)

「伊豆諸島の鳥島(東京都)に生息する国の天然記念物・アホウドリの「デコちゃん」(雄・推定年齢13歳)=写真左=が、島営巣地内に設置されたプラスチック製の実物大模型の「デコイNo22」を本物の雌と思い込み、約9年間も求愛行為をしていたことが5日、山階鳥類研究所(我孫子市高野山)研究チーム主任の佐藤文男研究員(53)によって確認された。「No22」は5月に撤去される予定で、デコちゃんの熱愛は“実らぬ恋”として終結する。」

ストーカー規制法の第2条1項をご覧下さい。

ストーカー行為等の規制等に関する法律

第2条(定義)

「この法律において「つきまとい等」とは、特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者に対し、次の各号のいずれかに掲げる行為をすることをいう。
一 つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又は住居等に押し掛けること。(以下略)」 

ストーカー行為は被害者に大きな精神的苦痛を与え、またそのことで自分の内面の問題解決を図ろうとします。

ストーカー規制法が成立するまでは、つきまとい行為などはなので軽犯罪法や迷惑防止条例が守備範囲とする軽微な犯罪としかとらえることができず、その結果たとえストーカー行為の被害を受けても現実的に警察は動いてくれませんでした。

しかし平成12年、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」が成立し、二つの行為を取り締まりの対象にしています。

「つきまとい等」と「ストーカー行為」です。

ストーカー規制法にいう「ストーカー行為」とは、つきまとい行為等を繰り返しておこなうことをいいます。

もう一方の「つきまとい行為」のほうはは細かく八つに分けられており (1)つきまとい・待ち伏せ・押しかけ (2)監視していると告げる行為 (3)面会・交際の要求 (4)乱暴な言動(5)無言電話、連続した電話、ファクシミリ (6)汚物などの送付(7)名誉を傷つける(8)性的しゅう恥心の侵害と定義されています。

人間という生き物が自己だけでは恋愛感情の決着をつけられないとき、他人に向けて八つの定型行動を起こす可能性を秘めているのだと、ストーカー規制法は予言しているようです。

実らぬ恋を手に入れるため、憧れの人が暮らす部屋の窓の下に日参する行為を熱情と呼ぶのかストーキングと呼ぶのか、その規定の仕方によっては世の中が暮らしにくくなってしまう可能性もあったためか、社会はこれまでそうした行為を犯罪行為と呼ぶことに消極的でした。

しかしストーカー規制法が立派に成立して以降、つきまとったり押しかけたりする行為は刑事罰の構成要件を十分満たすことになっています。

そのことが私たちの暮らす社会にまたひとつ、安全な枠を設けているのです。

アホウドリのデコちゃんは産卵時期に帰島すると必ずプラスティック製の模型、No22の元に現れては、愛の巣作りと求愛行為を行っていたのだそうです。

別の雄アホウドリがNo22に近付いて求愛ダンスした時には、激しく威嚇もしたのだとか。

しかし5月にデコイNo22が撤去されてしまえば、研究者という”神の手”によってデコちゃんのつきまといは否応なく終わらされることになります。

時に歯止めのきかない人間のつきまといに比べ、被害者も出ず、かといって実るはずもなかったデコイとの恋愛に向けてただ残されたアホウドリのつきまといの9年間の記録の場合は、ここではただ綺麗な軌跡を描いたように見えます。

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2006/01/31

ハートビル法の立法趣旨と異形の定義

東横イン社長が不適切な発言を謝罪(日刊スポーツ)
「東横イン」の西田憲正社長(59)が28日、前日の記者会見で「身障者用客室を作っても、年間1~2人しか利用がない」などと発言したことを謝罪するコメントを、同社ホームページに掲載した。「発言内容、態度について、多くの方からご叱責(しっせき)をいただきました。動揺を隠せぬままカメラの前に立ち、身体障害者の皆さまに対し不適当と思われる言動があったことを深く反省しております」などとしている。西田社長は会見で「正面が(身障者用)駐車場だとホテルとしての見てくれが悪い」など開き直りとも取れる発言をしていた。」

ハートビル法の第15条をご覧下さい。

高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律

第15条(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる建築物の容積率の特例)

「特定施設の床面積が高齢者、身体障害者等の円滑な利用を確保するため通常の床面積よりも著しく大きい建築物で、国土交通大臣が高齢者、身体障害者等の円滑な利用を確保する上で有効と認めて定める基準に適合するものについては、当該建築物を同条第十三項第一号に規定する建築物とみなして、同項の規定を適用する。」 

ハートビル法とは、お年寄りや障害のある方、子供や妊婦などが建築物を利用する際の障壁を取除こうという法律です。

多くの公共の場所、また学校や市場、工場など