2006/09/15

フレンチブルは宙に舞い飼い主にさようならと言った

犬殺害:6階から投げ落とした女を書類送検 札幌中央署(毎日新聞)
「調べによると、女は8月28日午後3時ごろ、同区内のドラッグストアで、同区の主婦(31)が買い物の間に店先につないていたフレンチブルドッグ(雌、5歳)を盗み、自宅マンションに連れ帰った疑い。さらに、同31日午後4時55分ごろ、犬の目撃情報を元に飼い主らが自宅に訪ねてきたことから、犬を6階のベランダから投げ落とした。約18メートル下の路上に落ちた犬は即死した。」

動物愛護法の第27条をご覧下さい。

動物の愛護及び管理に関する法律

第27条

「愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。(以下略)」 

人が動物をかわいがる動機にはさまざまなものがあります。

誰かにとってそれは人の家族とまったく同じくかけがいのない存在だからであり、誰かにとってそれを愛でるのは単に自分の寂しさを埋めるためかもしれず、また誰かにとってそれは自分を彩るひとつのアクセサリーにすぎないかもしれません。

いずれの場合も対象となる動物にとってみれば差し出せる命は一つであり、自分をもらいうけた人間の側がどれほど対生命という場面で成熟した存在であるのかなど知ったことではありません。

日本の法律が30年以上も前から動物愛護法という形で人が愛護動物をモノのようにむやみに扱うことを禁じているのも、未熟な人間が愛護動物の面前に立つことの含む憂慮が当時からたびたび現実化して、人々の胸をひどくかきむしる事件が続いたからにほかなりません。

そもそも人間は毎日凄まじい数の牛や豚の首を落として食卓に並べている存在であり、極めては刑法も飼い犬を器物としか見ていない以上、愛護動物だけをことさらに法律で保護することには、哲学的には形式的一貫性を欠いてしまっているのかもしれません。

しかし法律というものが究極には社会の安寧を維持するための文章群である以上、その哲学的な統一性よりも、社会の納得や得心が優先原理になるのは社会の道具としてより自然なことだともいえます(私見)。

そこで一般人の心にとってあまりにも大きな存在である愛護動物への危害に対して、社会は愛護動物の扱いに関する特別法たる動物愛護法を用意し、一般法である刑法より重い罰を科しています。

単に自分をなぐさめるために使う玩具を盗んできたかのごとく、生命に対する姿勢があまりにも未熟な女性が、飼い主にとってなによりも大切だったはずの犬を盗み、物のように窓から投げ捨てました。

5歳のフレンチブルは6階の窓から路上までの刹那、きっと真の飼い主と過ごした5年間の幸福な日々を思い出したにちがいありません。

わたしたちはこれからも物言わぬ友達、愛護動物たちをよりよく守るため、動物愛護法に改正を重ねていくことでしょう。

そのことが法を成熟させ、なによりも人をより成熟した存在にしていくはずです。
 
 
 

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2005/10/07

ワニを飲み込めなかったニシキヘビと資本の自己増殖本能

ワニとニシキヘビの「死闘」、双方死ぬ フロリダ(CNN 2005/10/06)
「東南アジアを中心とした地域が原産のビルマニシキヘビは、本来はフロリダ州南部には生息していない。しかし、ペットとしてビルマニシキヘビを飼っていた人々が、国立公園内に放しに来る例が後を絶たない。」

商法の514条をご覧下さい。

第514条〔商事法定利率〕

「商行為に因りて生したる債務に関しては法定利率は年6分とす」 

わたしたちの社会は、それぞれの持つ価値を「お金」という”国家の保障する数字”に封じ込めることで交換し、新陳代謝を繰り返しています。

しかもその数字は紙切れやコインに化体されているため、魚や肉のように腐ってしまうこともなく、いつまでも価値を保存してくれます。

そうすると本来エネルギーの媒体でしかなかったその紙切れやコインは、それをもてあますほど保有した人から、必要としている人へ向けて時間と場所を越えて融通されることが可能になります。

そしてエネルギー交換媒体が誰かから貸してもらえる社会では、自分だけの媒体を得るために他人から媒体の固まりを戦略的、つまりビジネスとして用意することが可能です。

そのためにお金を融通する人に与えられる報償が”金利”という名の新たな媒体であり、日本ではビジネス上融通されたお金には、商法上年6%の金利が法定されています。

お金という国家が保障する媒体から、金利という翼が生えてきたとき、”媒体自身がふくらむために媒体が走り回る”という資本主義理論が確立していくのです。

外国産の動物が国内の生態系を破壊するというある種、倫理的な表現がありますが、生態系ピラミッドの頂点に人間がいる以上、動植物を地表上のいずれかに移動させてしまうかは人間の気分次第になってしまうことは本来とめようがありません。

しかしより根元的動機を探ってみれば、ビルマニシキヘビがフロリダに輸入されてくるは、顧客がペットショップにお金を払うからであり、ペットショップは銀行からお金を借りられているからこそ設立されており、しかも銀行がお金を貸したのはペットショップが金利を上乗せして返してくれ、資本を太らせてくれるからにほかなりません。

結局落ち着いて眺めてみれば、それは個人の思惑を超えて自ら際限なく太ろうとする資本という存在そのものの仕事だともいえます。

なんなら生態系ピラミッドの頂点は人間ではなく、資本という名の最強の”観念”が座っており、資本の意思にこそ地表の行方が握られているとさえいいかえることが可能です(私見)。

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2005/10/06

みなぞうくんからさようなら

新江ノ島水族館のみなぞう死ぬ(スポニチ)
「1995年3月、1歳で南米ウルグアイの島からやって来た、みなぞうは、餌のバケツを小脇に抱えて舌を出すしぐさをマスター。1日数回のショーをこなし、同水族館の人気者になった。」

南極のあざらしの保存に関する条約の前文をご覧下さい。

Convention for the Conservation of Antarctic Seals
(南極のあざらしの保存に関する条約)

前文

「(略)南極のあざらし資源が海洋の環境における重要な生物資源であり、この生物資源の効果的な保存のため国際協定が必要とされていることを認め、このあざらし資源を過度の猟獲によつて枯渇させるべきではなく、したがつて、いかなる猟獲もその最適の持続的生産の水準を超えないように規制すべきであることを認め(略)次のとおり協定した。」

 (環境省 ホームページより)

みなぞうくんは、南米ウルグアイのロボ島から、10年前に連れられてきました。

南極大陸の近くの島にはみなみぞうあざらしが多く暮らしています。

南極基地の近くにもたくさんいて、そのおおきな体で基地の扉をふさいでしまうこともあるそうです。

南極近くの海にはオキアミや魚がたくさんいて、幸福なみなみぞうあざらしたちが海岸で大きな流木のように並んでひなたぼっこをしています。

みなみぞうあざらしは毛皮などのための乱獲で一時絶滅の危機に瀕しました。

そこで南極のあざらしの保存に関する条約が、南極でのあざらし猟について年間猟獲許容量や禁猟期、猟獲区域のルールを定めてあざらしを保護しています。

新江ノ島水族館で飼育係の浜田さんに子供のように育てられた温厚なみなぞうくんも、本来であれば幸福な南極の島でハーレムを作る年頃に差し掛かっていました。

子供達を幸福にしたみなぞうくんの自由になる願いは、北極星がごほうびとして叶えてくれたのかもしれません。

そしてこれからも人間の欲望があざらしたちを絶滅させてしまうことからは、あざらし保護条約がこれをきっと守ってくれるはずです。


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2005/07/19

ゴミとして捨てられる犬とわたしの責任

ゴミ収集日に…住宅街に捨てられる虐待大けがの犬(yahoo)

「千葉県佐倉市の住宅街のゴミ収集所に、死んだり、けがをした子犬が捨てられる事件が相次いでいます。」

動管法の第2条をご覧下さい。

動物の愛護及び管理に関する法律

第2条(基本原則)

「動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない。」

業者や購入者が動物を100円ショップの皿にように安易に扱い、果ては不法投棄する社会問題に対応し、動管法は平成17年6月22日に改正が公布され、動物の取扱業は届出制から許可制に変わりました(施行は一年内になされます)。

許可も届出も同じような語感があるかもしれませんが、届出制が公機関に単に通知すればよいだけであるのにたいし、許可制は、原則的に法令で禁止されている状態を、特定の場合に解除するものです。

よって行政の一定程度の基準をクリアできていない開業希望者には、許可が下りない可能性もありえます。

逆に言えばこれまでの動物取扱業は届けさえだせば制限なく開業することが可能な穴場産業だったわけです。

いまやペットビジネスが1兆円規模にあるといわれますが、このことを別の角度から表現すれば、「毛並みのいい命だけが高額で取引される時代」だともいえます。

(それはミニチュアダックスだったり、ラブラドルレトリバーだったり、カクレクマノミだったり、ホシガメだったりします。)

そして今回ゴミ集積所に捨てられていたような、病をもったり怪我をしていて売り物にならなくなった動物は、たとえ血筋が高級犬でも容赦なくゴミとして放り出されます。

注意が必要なのは、そういった業者を生み出す背景こそ、わたしやあなたの利己心であるという点です。

ことによっては業者は命と対等に向き合う気のないユーザの下心を受けて、ユーザにかわってあらかじめ処理役を負っている可能性さえあります。

そしてそのコストは、必ず健康な子犬に上乗せされているはずです。

私たちが私たち自身の利己心に目を伏せつづけることを、これまでも動物たちは許してくれてきたかもしれません。

しかしそうでない解決法のヒントが、動管法第2条の「共生」という言葉には埋め込まれています。
 

 
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2005/06/22

愛される6本足の子犬

マレーシア:6本足の子犬、幸運の使者と大歓迎(毎日新聞)
 
刑事訴訟法256条の6項をご覧下さい。

刑事訴訟法 第256条

「6 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。」

人は自分と同じリズム、同じ潜在意識で生きる個体に非常に好意を抱く生き物です。

私たちは一日、その自我を自分の体の中に押し込めて生きることを強要されています。

安易に他人を信じれば食い物にされるシステムや、敗者に同情すればいっしょに不遇を受けさせられる競争システムが街のあちこちに口を開けて待っているからです。

そのためこの閉じこめられた自我を解放できる瞬間を見つけるやいなや、私たちは進んで同調し、一瞬でも多くその美酒の味を受け取ろうとします。

スポーツが苦手な私も、同じ日本人であることだけを手がかりに、ジーコジャパンを夜中まで必死になって応援しているのです。

反対に私たちは、私たちと違う潜在意識のリズムで生きる人たちに対して好意をもちませんし、普段自分の意見を最後まで聞いてもらった経験などほとんどない私たちは、その分自分と違った形の意見を耳に挟むと徹底的につぶしにかかります。

自分と同じ形の個体に同調、好意を持ち上に押し上げ、違う形の個体に反発、下に押し下げようとする人間の心理的機能は、社会的動物としての生存本能にあたかも突き動かされているかのようです。

刑事訴訟法256条6項には起訴状一本主義と呼ばれる方法論が記述されています。

私たちの国が戦争に負けるまで使っていた刑事訴訟法では、起訴状には警察官の意見書、検察官の聴取書などが添付されて裁判所に提出されていました。

このため人を罪人とし、あるいはこの疑いから解放する機能を持つ裁判所も、公判に先入観を持って入ってこられたのでは無実の人が有罪になる危険性が多分に存在していました。

そこで敗戦後の民主主義型、刑事訴訟法では、裁判所に一切の予定観念を持たせぬまま審理に臨むことを要請しているのです。

これを予断排除の原則と呼びます。

これにより裁判官は検察の意見から分離され検察にも起訴された人にも公平な立場でいられ、検察官も思う存分訴訟の一方当事者に徹することが可能になります。

この裁判所の一歩引いた態度を当事者主義と呼び、これが結果的にむやみな人権への侵害と真実の隠匿を防ぐと考えられています。

アメリカの陪審員制度の下で行われた調査では、外見のよい人たちは法律的に有利な結論を得やすく、魅力的外見を持つ被告が刑務所に入った数は、魅力的でない外見を持つ被告が刑務所に入った数のおよそ半数しかないとまでいわれています。

私たちはある面、情報の洪水の中、「予断を武器に生きるしかない80年」を与えられた個体なのです。

寺院の前に捨てられていた六本足の子犬の写真を見ると誰もがショックを受けます。

そして次の瞬間、その子犬のあどけない瞳に気がつき、自分の内面で、「理解」の前に自分を守る術として「同形同調の原則」「異形排除の原則」が働こうとしていたことに気がつきます。

人は恋人と眠りに入る瞬間に呼吸が同調し、自分と異なるリズムを受け入れ世界を広げます。

そしてその数分間が「理解」の別次元を見せているのです。
 

 
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2005/05/12

クジラの迷子は省令の掌で死んだ

東京湾に出没のクジラ死ぬ 死因は溺死 千葉・富山町沖(朝日新聞)

指定漁業の許可及び取締り等に関する省令の81条をご覧ください。

第八十一条(ひげ鯨等の捕獲等の禁止)

「大型捕鯨業者、小型捕鯨業者及び母船式捕鯨業者以外の者は、ひげ鯨等を捕獲してはならない。ただし、大型捕鯨業、小型捕鯨業及び母船式捕鯨業以外の漁業であつて農林水産大臣が別に定めて告示するものの操業中に混獲した場合並びに座礁し、又は漂着したひげ鯨等であつて農林水産大臣が別に定めて告示するものを捕獲した場合は、この限りでない。」

クジラの保護と保存は一九四六年に設立された国際捕鯨委員会(IWC)が管轄し、一九八二年に採択された決議により一九八六年以降は商業捕鯨は全面的に禁止された。現在は地域に密着し歴史的に行われてきた「生存捕鯨」と「調査捕鯨」のみが許されています。

この条約の名を国際捕鯨取締条約といいます。

しかしそれがもし混獲(誤って網にかかった等)されたクジラの場合は、省令81条にのっとって堂々と食卓に並ぶ運命にあります。

省令とは、その省庁に管轄される人たちに向かって大臣が発する命令のことですが、省令はもともと、法律の委任がなければその規定を設けることができません。

そしてその法律は、私たちの国では代表者が送り込まれた国会だけで成立することになっています。

これは実質的立法はすべて国会を中心に行われなければならず、私たちの国が戦争に負けるまで認められていた緊急勅令・独立命令のように、国民の意図しない場所から突然国民を拘束する法律が飛び出してくることを避ける考え方です。

これを国会中心立法の原則と呼びます。

すなわち、法律を根拠に大臣から発令される省令にも、各省庁の専門知識の前に細くなりながらも、私たちの意図が間接的に及んでいるはずであることが推認されるのです。

一方条約のほうは憲法73条3項により、締結権が内閣に与えられています。

内閣とは現在であれば小泉さんたちのグループのことで、実際に国のコックピットに座っているパイロットの人たちのことです。

一般に憲法学においては、条約と憲法が衝突する場合、どちらを優先すべきなのかが論点として論じられます。

それはつまり、あなたの家庭がマンションにお住まいのとき、自治会のルールと、家庭内のルールのどちらを優先すべきなのかという話に相似しています。

それが譲るべきでない家庭のルール(憲法)の場合、たとえマンション自治会のルール(条約)であろうともさからうべき場面があるのかもしれません。

しかし話が省令まで下がったレベルであれば、国家間の合意である条約が優先することは明らかです。

お母さん大臣の「お父さん、燃えないゴミはお父さんの役目でしょ!」という厳しい省令も、いざゴミ集積所まで行くと「山田さん、燃えないゴミは土曜だけだと自治会で決めたでしょ?」というマンション管理人の一言の前には、たとえ出勤前であってもお父さんは自室にゴミ袋をもって帰ることを余儀なくされます。

それがため、農林水産省の発令する指定漁業の許可及び取締り等に関する省令も、国際捕鯨取締条約などに抵触しない内容で成立しています。

件のくじらは、やせ細った背骨をみせながら東京湾内を出口を求めてさまよい泳ぎ、あと少しで太平洋に戻れるという場所で誤って網にかかってしまいました。

群れからはぐれては生きていけないという自然の摂理の前に、彼を助けようとする国際公法も、その国際公法に十分配慮した国内省令も、その立法趣旨を全うすることができませんでした。
 

 
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2005/05/04

パンダはいつも狙い定めてやってくる

台湾総統、パンダ受け取りに否定的…国内取引扱い警戒(読売新聞)

通称ワシントン条約の第3条3項の(b)をご覧ください。

絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約

第三条 (附属書1に掲げる種の標本の取引に対する規制)
「3 附属書1に掲げる種の標本の輸入については、事前に発給を受けた輸入許可書及び輸出許可書又は輸入許可書及び再輸出許可書を事前に提出することを必要とする。輸入許可書は、次の条件が満たされた場合にのみ発給される。
(b) 生きている標本の場合には、輸入国の科学当局が、受領しようとする者がこれを収容し及びその世話をするための適当な設備を有していると認めること。 」
 

憲法98条2項は、「日本国が締結した条約及び国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定しています。

この協力的な日本の友好的ご近所づきあいの基本姿勢は憲法の国際協調主義とよばれています(憲法前文)。

日本はワシントン条約に1980年に批准していますので、パンダを贈られるためにはワシントン条約に定められた環境が要求されます。

台湾にパンダを世話する施設がないなどとにわかには信じられませんが、台湾側の趣旨は「これはワシントン条約が関係するお話である」→「つまり台湾と中国は国際関係にある」→「台湾は独立国家である」というところの表現にあるように見受けられます。

共産党との争いにやぶれ、中国からでていった蒋介石らが台湾で発展させたのが中華民国です。

最初国連では、中国を治めていた中華民国政府に戦勝国の椅子(常任理事)を用意しましたが、その後毛沢東の中華人民共和国政府を中国代表として承認したことをうけ、中華民国は国連を脱退、かわって、中華人民共和国が戦勝国連合(国連)の常任理事国になりました。

このときから台湾は形式上、国家ではなくなっています。

しかし共産主義の敗北が事実上明らかになり中国本土の経済成長が滞っていたのに対し、長い戒厳令を解き自由化を急いだ台湾は奇跡的な経済成長を遂げました。

レーニンは資本主義経済の末期においては、自国経済のはけ口として他国を植民地、すなわち新しい消費層として囲い込む争いになると喝破しました。

(これを帝国主義論といいます。)

台湾が長年受けてきた他国(中国やオランダ、日本など)からの支配の構図がまさしくこれです。

「二つの中国」問題は、中国本土の農民を圧政から解放した毛沢東の亡霊と、軍閥として追われた蒋介石の亡霊が共産主義と帝国主義の代理戦争でも続けているかのようです。

共産主義を採用する大国はもはや中国だけになりましたが、逆に帝国主義のほうは世界各地で植民地の独立運動が続いたことを受け、よりソフィストケイトされた形に変容しています(穀物メジャーを見よ)。

パンダはワシントン条約における附属書Ⅰに属し、国際取引によって絶滅のおそれが生じている種とされますので原則国際間の商業ベースの取引を禁止されています。

しかしパンダ自身が一番希望するのは、パンダを「イズム」のカードにする必要がなくなる時代をわたしたちが作って、静かに山の中で竹を食べる生活なのだと思います。
 

 
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2005/04/10

人魚が法廷に立つ日

ジュゴン、原告OK 沖縄の米基地訴訟で連邦地裁が認定(朝日新聞)

行政事件訴訟法の第9条をご覧ください。

第9条(原告適格)

「処分の取消しの訴え及び裁決の取消しの訴えは、当該処分又は裁決の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、提起することができる。」

原告適格者とは本案判決で保護されるべき法的利益の帰属主体のことです。

(意訳:裁判所でプンプン怒る資格のある人です。)

戦争に負けるまでの憲法では、特別裁判所が認められていました。

特別裁とは皇室や軍に関する裁判を一般の司法理論とは別世界の考え方で裁く場所のことです。つまり軍人にあなたのお父さんが突然切り殺されたとしても、特別裁がある限り軍人が無罪になる可能性が認められていたのです。

しかしデモクラシーの直接注射によりこの島に存在する人たちは皆同じルールで裁かれるのが正常なのだということになりました。

これを憲法76条2項、特別裁判所禁止の理論といいます。

これを採用する日本でもアメリカでも、行政作用による効果の法的評価は一般法廷で平等に審議されることになります。

そしてそのためにあまりにもあちこちから行政の仕事に対する訴訟が起こることを防ごうと、原告となる資格に絞りをかけた条文が行訴法の9条だと考えられます(私見)。

デモクラシーの卸問屋、アメリカにおいてジュゴンに原告適格が認められたのは卸問屋の面子がかかった所作だといえます。

それは正義の間接表現です。

しかしこれから始まるジュゴン対ラムズフェルドの訴訟手続きにおいて表現されていく正義もファンダメンタルなものである保障はどこにもなく、投下された原子爆弾と同じく星条旗印の製品であることには注意が必要です。
 

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2005/01/23

相続は家の王位の継承

愛犬が豪邸を相続?(CNN)

民法882条をご覧ください。

第882条〔相続開始原因〕

「相続は,死亡によって開始する。」

日本の古い法律のもとでは,相続の中心は「家」の主としての戸主の地位を承継する家督相続でした。

なんのことかいまひとつピンとこないあなたのために付言させていただくと、旧法では家の主人は家の王、妻を支配し、子供の結婚を決め、財産を所有したのです。

その地位の承継こそが、一つ前の法律における「相続」の意義だったのです。

しかし今日において相続とは死者の財産を誰かに帰属させるための制度に進化しました。相続制度の意義の転換は、日本の国土において一個人が立体として徐々に影を濃くしてきたことを意味します。

逆にいえば敗戦により欧米や大陸の法体系の注入がなされていなければ、いまだにあなたの結婚もあなたの日常の所作もお父さんに決められた時代が続いていたのかもしれません。

完全純資本主義が実践されている米国で、豪邸が犬に相続されたそうです。

このことは、相続によって私有財産が代々保障されていくことが、資本主義の発達にとって決定的な要請であることの喜劇的な証明ではあります(私見)。 


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