2005/09/30

黒四ダムの美談と強制的法益処分

NHK看板番組「プロジェクトX」打ち切りへ  「海老沢色」払拭で“新生”アピール (ZAKZAK)
「プロジェクトXは平成12年春にスタートし、日本の成長を支えてきた「無名の人々」の苦闘を、再現映像や証言を交えて描写。「厳冬黒四ダム」など話題作を多数生み、菊池寛賞などを受賞している。」

民法の第415条をご覧下さい。

第415条〔債務不履行〕

「債務者が其債務の本旨に従ひたる履行を為さざるときは債権者は其損害の賠償を請求することを得債務者の責に帰すべき事由に因りて履行を為すこと能はざるに至りたるとき亦同じ」 

黒四ダムとよばれる巨大なダムが富山県の山間に姿を現すまでには、凄まじい数の労働者が命を落としたそうです。

それはブルドーザを分解しながら運び、何台も深い雪山を越えさせるなど、そこが過酷な現場であることは始める前から予測できていました。

そして大町トンネルと呼ばれる現場に突如水が吹き出してきた理由が破砕帯と呼ばれる地質だったのだそうです。

破砕帯とは、岩石がもろい地層が帯のように延々続く部分のことで、トンネル内には大量の水が労働者達の上へとあふれ出て止まらなかったといいます。

そこで建設会社以外にも政府や研究機関が総掛かりでこの問題に取りかかり、破砕帯はセメントと水を混ぜ合わせた溶剤を高圧で注入して、固めながら掘り進むという工法を編み出すことで解決され、実に83メートルも続いた破砕帯は人の手によって克服されたそうです。

黒四ダムでは建設工事中に命を落としたとされる人数が171人。

こうした国家的課題の前に、労働者の安全という権利観念がまず立ったなら、過酷な環境の工事そのものに着手が行われなかったはずです。

もともと雇用者には安全配慮義務というものがあります。

かつて川義事件とよばれる判例で、最高裁は安全配慮義務の一般的内容を「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」だとしています(参照:労働判例百選 有斐閣)。

そもそもそれは信義則とよばれる民法の原則により雇用主に要求され、これが履行されないときは民法415条により債務不履行で労働者は雇用主に損害賠償を請求できます。

黒四ダムのような事実上の国家プロジェクト、おそらく高給で全国から集められたであろう労働者たちは、その過酷な労働条件の前に法律的アドバイスをする人達がいたとしても、その仕事を断ることができたでしょうか。

そのダムができなければ、今後ずっと大阪が電力不足になると言われて集められているのです。

もし互いが法の利益を主張すると膠着状態になるなら、事態を打開するためにその保護された権利を放棄できるのは本人だけです。

本来刑法上、生命のような法益は個人による勝手な処分など許されませんが、その時代、そのダムにおいて、それは「選択」と名付けられるしかなかったかもしれません。

法理メール?

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2005/09/29

移動の自由:土佐勤王党というリンクされなかったサイト

生誕170年記念、龍馬の銅像が完成 霊山歴史館 特別展で公開(京都新聞)
「京都市東山区の霊山歴史館が10月の坂本龍馬生誕170年記念の展覧会で公開する龍馬の銅像が完成、28日に公開された。」

憲法の22条第1項をご覧下さい。

第22条

「何人も,公共の福祉に反しない限り,居住,移転及び職業選択の自由を有する。」

ペリーの黒船が横浜に現れて威嚇をするようになると、江戸幕府はこれに負けて日米和親条約を結び、鎖国を解きました。

(*幕府とは今で言う政府とは異なり、直接的な武力を背景に各地の大名を統率していた、一種の軍事政権のことです。)

坂本龍馬は27才のとき、武市半平太の結成した土佐勤王党に加盟していますが、土佐勤王党とは、土佐藩の郷士を中心に江戸で結成された約200人の尊皇攘夷のためのグループです。

しかし土佐藩の政治責任者、吉田東洋を暗殺するという土佐勤王党の企てに賛成できず、龍馬は脱藩してしまいます。

(*脱藩とは日本の中の小さな国同然であった、藩という地方自治組織を、許可なく無断で離脱することです。)

ここで坂本龍馬は一種の無国籍的立場となり、土佐に留まる土佐勤王党の面々とは行動様式で一線を画することになりました。

やがて天皇自らにうとまれた尊王攘夷派たる土佐勤王党は捕らえられ、武市半平太は切腹させられます。

反して坂本龍馬はその後、幕府に対抗するためにどうしても必要だった薩摩藩と長州藩の同盟のため尽力し、これに成功しています。

土佐に行動の本籍をおかず、江戸、浦賀、京、大坂、長崎などなど一生をはげしく国内を移動して回った彼の人生は、33才で暗殺されて終わりますが、死の直前、薩長の橋渡しという大役を終えると、妻お龍の手を引いて大阪から鹿児島まで船で一ヶ月間の旅をやはり楽しんでいます。

現在の憲法、22条1項に保障される移動の自由は、表現の自由とも密接な関連をもっています。

移動の自由が抑圧されれば、人が差し向かって行う意思伝達ができなくなりますし、集会や結社・集団行動なども制約されてしまいます。

居住・移転の自由は、人の活動領域を広げることで自由な人間交渉の場を与え、個人の人格形成に寄与するという大変重要な意義を有しているものです。(出典:全訂 憲法学教室 浦部法穂

身分なき若者、坂本龍馬という触媒と、その触媒による化学反応を大きくしたのも、彼が脱藩という法を犯してまでも得たこの現憲法22条1項にいう「移動の自由」でした。

坂本龍馬にあって土佐勤王党になかったもの、それは現代憲法の重視する「移動の自由」の恩恵だったと一面でいえるのです。

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2005/09/26

ツタンカーメンに託された古代エジプトの誇り

エジプトのピラミッド近くに円借款で博物館開設へ(日経新聞)
「【カイロ=金沢浩明】エジプト政府は2009年をメドに、カイロ郊外の大ピラミッド近くに新たに「エジプト大博物館」を開設すると発表した。建設費用は円借款で賄う計画。ツタンカーメンの黄金のマスクなど世界的に有名な遺産の保存・展示に、日本とエジプトが協力する形となる」

刑法の254条をご覧下さい。

第254条〔遺失物等横領〕

「遺失物,漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は,1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。」

エジプトの古王国時代、国が乱れ始めるとせっかくのファラオ(王)の来世の家、ピラミッドも盗掘の被害にあいはじめ、財宝は片っ端からピラミッドから運び出されはじめました。

他民族に攻めいられたあと約150年後、ふたたび彼らをエジプトから追い出し新王国時代を迎えたエジプト人は、今度は墓をなるべく目立たないようさびしい谷に横穴を掘って墓をつくりはじめました。

これを「王家の谷」と言うそうです。

しかしその谷もやがて盗掘の被害にあうことになりますが、奇跡的に無事に残っていたのが新王国時代のツタンカーメン王の墓でした。

考古学者がそこを見つけたとき、墓の中には金銀財宝のなかの三重の棺に守られて、黄金のマスクをつけたミイラが眠っていたといいます。

ツタンカーメンは18才の若さで死んだエジプト新王国時代のファラオでした。

ファラオとしての人生は非常に短かったものの、棺の中でオシリス(死者の神)と変わった後、もっとも奇跡を見せたのがツタンカーメンという王だったわけです。

日本の刑法では、第254条が遺失物や漂流物など、占有を離れた他人の物を領得した場合にも、処罰することを定めています。

それは財産権の保障を占有のない物にまで及ばすことで、我が国における資本主義の機密度を高めようとする条文です(私見)。

もし日本の古墳から宝石が盗まれた場合、そこには相続人が想定できませんので、民法959条で国庫に帰属することになります。

しかし占有という状態は古墳には想定することができませんので、結局刑法254条の文言である「占有を離れた他人の物」ということになり、遺失物横領罪の客体になることになります。

「古墳のものだから誰の物でもないだろう」というわけにはいかないのです。

3500年の間、王家の谷で盗賊の目をくらまし続けるという奇跡を演じ続けた若きオシリスの財宝は、日本の円借款を利用して現代の私たちと対面することになります。

ひょっとするとツタンカーメンという王のあまりにも早い死は、古代エジプトが異民族に完全に支配されるまでの黄金時代を、現代人に誇り高く語るためのさだめだったかもしれません。



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2005/07/01

キャップストーン:王の墓の定礎

「定礎」の知られざるヒミツ(livedoor)
「実は、定礎石の下やプレート裏には『定礎箱』と呼ばれる箱が納められているのです。その中には、建物の設計図面や氏神のお札、さらにその時の新聞や雑誌、社史、流通貨幣などが入っていて、ちょっとしたタイムカプセルになっています」

建築基準法の第1条をご覧下さい。

第1条(目的)

「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。」
 

古王国時代、スネフル王の二人目の子供、クフ王はナイル川上流の石を切り出させ、二十数年の歳月と、建築に駆り出された農民の夥しい数の死の上に、その死後の住まいであるピラミッドを建築させました。

その後クフ王が死ぬと内蔵が取り出され、ミイラとなり、王の間に棺が収められると石を落として入り口をふさぎました。

この一時代を王として生きた男が、今度は神として永遠に生きるための東京ドームより大きな家の完成には、キャップストーンという文言を刻んだ石が最後にかぶせられたといいます。

その巨大建築物の定礎、キャップストーンの下には、今生での寿命を呪った王自身が、「永遠」を得るために、自らの屍を封じているのです。

ところ変わって現代の日本、定礎は建築基準法に定めがありませんので、慣習のようなものだといえます。

そして現代の定礎は取り壊さなければ取り出せない箱の中に、建立時の時空を封じ込めることで、逆に自らの限られた時間を慈しもうとするささやかな思いさえどこか読み取れます。

現代の私たちの国では、他人の死体を橋にして寿命を乗り越えようとする暴君の存在は許されていないのです。

それが建築基準法、第1条文言にある「公共の福祉」という言葉にも端的に表現されています。

「公共の福祉」は憲法学の宮沢俊義先生により、「人権相互の矛盾衝突を調整するための実質的公平の原理」であると定義され、これについて学説はほぼ同意しています。

それはあくまで他者の人権との調和工具であり、「公共の福祉」という言葉を用いて国家が個人の権利を排斥しようとすることは許されないということです。

クフ王の時代から4500年経って、もっとも尊重されるべき場所は、たまたま権力が集中した一人の男の椅子ではなく、あなたが今いる、その場所だということになっています。

権力の濫用によってつくりあげられたピラミッドの定礎、キャップストーンと王の間は、永遠の命を欲した結果、やがて盗掘に荒らされただの観光資源になってしまいましたが、現代の建築物に封印される定礎は、日照権など互いの権利を建築基準法で譲り合いながら建てられる建築物に封印され、その結果プライバシーという美しく儚い光を未来に運ぶ仕事を果たしています。

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2005/05/09

主権は移植されたことよりも抜かれたことに意味がある

昭和天皇は終戦時、退位すべきだった」菅氏発言(Yahoo)

「菅氏はその理由として「明治憲法下で基本的には天皇機関説的に動いていたから(昭和天皇に)直接的な政治責任はない。しかし象徴的にはある。一つのけじめを政治的にも象徴的にもつけるべきだった」と語った。」

憲法の1条をご覧ください。

第1条〔天皇の地位,国民主権〕

「天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く。」 

憲法1条は後文で日本の主権は国民にあることを宣言しています。

ここで主権とはこのタツノコみたいな形をした国のなかを最終的に統率する権力のことです(私的定義)。

あなたの家庭でお母さんに一番権力があれば、内にあってはお母さんは「早くご飯たべちゃいなさい!」とあなたの家を統率する主権者であり、「ウチは勉強しない子供はTV見せないよ!」と家庭の方針を決定する人であり、町内にあってはお母さんは「旦那にゴミ袋を持たせようと、それはウチのことですから!」と統治の自主独立性を宣言する役割を担います。

これが主権です。

管代表が今回引用した天皇機関説とは、国の主権が国民にも、君主にも属さず、法人としての国家に属し、天皇は絶対的権力者ではなく、主権たる国家の制定した憲法によって与えられた限定的な権力を執行する機関でしかないという、君主を立憲主義的に解釈した学説です。

天皇機関説はよく読めば決して急進的学説というわけではなく、それはあくまで君主の存在を前提に議会の居場所をつくろうとした緩衝材のような学説でした(私見)。

しかし当時の空気のファシズム化が進むと、天皇機関説は徹底的に弾圧され始めました。

神の前に折衷的見識は許さないという、絶対的一元主義が支配し始めたのです。

そもそも主権とは、当初、君主主権と同じ意味でした。

現在の主権は1条で国民にあることとなっていますが、もともと一人の王様が握る言葉として開発された「主権」を、戦争に負けたときに無理矢理今や1億5千万人いる「国民」にくっつけていますので構造力学的に無理な言葉の生成になっています。

罪も犯さず毎日を必死で生き、寝る前には毎晩胸が苦しくなるニュースを聞かされ続けているあなたが、「この国の主権はあなたにありますよ」と憲法にいわれても「ポカーン」としてしまうのも無理はありません。

しかし「今や国の主権はあなたにある」という憲法の宣言は「もはや国の主権は一人の王にはない」と一旦裏返して読む必要があります。

それが1条第1文、「天皇は,日本国の象徴であり」の意味するところです。
 


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