2007/04/13

墓で踊る、獰猛で黒い彼女

ヒンズー教徒、信仰のあまり、舌を切り取り女神に捧げる(ExciteNews)
「インドの献身的な男性のヒンズー教徒が、寺院で自分の舌を切り取り、女神カーリーに捧げ、病院に搬送された。警察が10日が明らかにした。この男性は無職のスレシュ・クマーさん(24)。医師たちが傷を縫合したが、もう話すことは不可能だろうという。」

刑法の61条1項をごらんください。

第61条

「1 人を教唆して犯罪を実行させた者には,正犯の刑を科する。」 

アムヴィカの額から生まれた女神、カーリーは、悪魔の大群を殺し、その長であるチャンディとムンダーの首を切り落とす力を生まれつき備えていました。

以後、彼女はチャームンダーとして知られるようになりました。

冷酷で残忍なチャームンダーは死体を食べますが、彼女はいつまでも痩せ細ったままです。

なぜならば、彼女の空腹は決して満たされることがないからです。

変わらぬ苦痛のため彼女は恐ろしい叫びを世界に向けて発し続けます。

インド中央博物館に所蔵されている、10世紀のチャームンダーの壊れた石像は、大きくロを開け、腫れ上がった目をし、もつれた髪の冠をした恐ろしい姿をしています。

彼女は火葬場で踊ったり、彼女の犠牲者である死体の上に勝ち誇って立ったりします。

そもそも悪魔の大群を退治するために、全ての男神が彼らの力を合わせて獰猛な女神ドゥルガーをつくり出しています。

続いて女神ドゥルガーは、自分自身からさらに違った姿をつくり出しました。

それが暗黒の女神カーリーとなり、さらに恐ろしいチャームンダーの姿をつくり出しました。

ただしヒンズー教徒は輪廻を信じており、彼らにとって女神が表す死と破壊は、新しい生を約束する解放をも意味しています。(以上参照:元型と象徴の事典 ベヴァリー・ムーン 青土社)

日本の刑法にいう教唆とは、誰かに犯罪実行の決意を生じさせることをいいます。

したがって教唆犯が成立するためには、正犯が犯罪を実行していなければなりません。

しかし傷害罪の構成要件は「他人の体を傷つけること」であるため、自分の舌を切り取った本人には刑法上の罪が成立しません。

よって破壊と殺戮の女神、カーリーが仮にその行為を唆していたとしても、彼女を教唆犯に問うことはできません。

カーリーとはサンスクリット語で「黒いもの」。

暗黒の女神、カーリーの壊れた石像を見ていると、不思議な気持ちが湧くことを否定できません。

我が身の脆さを想うほど、死を司るその姿は美しく見えてくるのです。

 

 

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2006/07/29

メギドの丘に血糊を用意しよう

イスラエル、国連10施設を146回攻撃(朝日新聞)

「国連レバノン暫定駐留軍(UNIFIL)関連の国連施設が空爆を受け、停戦監視要員4人が死亡した事件にからんで、この施設を含めて攻撃開始の12日以降合計10カ所のUNIFIL関連の施設が146回にわたってイスラエル軍の攻撃を受けていたと、国連PKO(平和維持活動)局幹部が26日明らかにした。明らかに国連施設が標的にされていると見た同局幹部やマロックブラウン国連副事務総長は、イスラエル側に繰り返し攻撃中止を訴えていたという。」

国連決議181号(Ⅱ)をご覧ください。

Resolution adopted on the report of the ad hoc committee on the palestinian question.
181 (Ⅱ) future government of palestine
Part III. - City of Jerusalem
A. SPECIAL REGIME
「The City of Jerusalem shall be established as a corpus separatum under a special international regime and shall be administered by the United Nations. The Trusteeship Council shall be designated to discharge the responsibilities of the Administering Authority on behalf of the United Nations. 」

(私訳)

パレスチナ問題専門委員会レポートによる決議採択
181 (Ⅱ) 今後のパレスチナ統治
パートIII
都市エルサレム
A. 特別政権
「都市エルサレムは、特別の国際政権下で”分離体”として国連が管理する。信託統治理事会は、国連を代表する管理者として選定される。」 

パレスチナの首都エルサレム、その中心には「神殿の丘」と呼ばれる有名な場所があります。

それはユダヤ教信者、キリスト教信者、そしてイスラム教信者にとってもそれぞれの解釈によって聖地だとされている凄まじい場所です。

長い歴史のなかで各々の信者のための破壊と創造が繰り返されてきたその丘は、イギリスの悪政から手渡されたバトンにより国連がその決議第181号で平和裏に施政管理するはずでした。

しかし血を流す宗教戦争に歯止めをとめるべく用意された条文も、現実の前にその実効性は証明できず、決議後も混乱が続いています。

たとえ国連であろうとも、聖地の前に立ちはだかる勢力ならば容赦なく砲火の的としようとでもしているのか、イスラエル軍からの連射は止まず、むしろあらゆる他宗教に火を向けているようにも見えます。

ところで旧約・新約あわせた聖書の最後の最後、もっとも解釈が難解だといわれるヨハネ黙示録の19章には、ヨハネの見た次のような幻想が描かれています。

『そして、わたしは天が開かれているのを見た。すると、見よ、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる。その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。また、血に染まった衣を身にまとっており、その名は「神の言葉」と呼ばれた。』(ヨハネ19:11~13)

それはメギドの丘に終結した全世界の反キリスト教勢力の王とその軍隊を滅ぼすために、キリストが再臨する場面なのだそうです。

そもそも原理主義者とは原理以外の妥協を一切許さない人達をいいますので、聖書原理主義者なら激しい宗教対立という舞台設定は、再臨のためのノルマであると考えても不思議ではありません。

さらに再臨した神の衣が血染めなのは、他教徒や、私のように不心得な無宗教者が、神自身によってぶどうのように踏み潰されて飛んだ血飛沫によるのだという解釈が有力なようです。(参照:佐竹明 ヨハネの黙示録 下 現代新約注解全書 新教出版社)

丘の上に最終戦争が用意されたあと、本当に白馬が現れるのかは誰にもわかりません。

はっきりしているのはその予言の行方を見るためには、たくさんの人が愛する人の手を離してその現実を終えなければならないという不条理だけです。



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2005/09/27

タージ・マハルという善行に与えられた最良の報酬

市民が写した世界遺産 北上で写真展(岩手日報)
「万里の長城、アンコール・ワット、タージ・マハル、マチュピチュの歴史保護区、ピサの斜塔など、出展者が旅行の際に撮影した。」

コーランの洞穴の章、第46段をご覧下さい。

洞穴の章

「46 財産と子どもたちは現世の装飾である。しかし、いつまでも残る善行は、主のみもとで最良の報酬にあずかり、また希望を託する最良のものである。」

世界の名著 コーラン 藤本勝次編集 中央公論社より) 

コーランの中でお金と子供が「現世の装飾」とされているのは、お金や子供がイスラム教徒に対して人生の喜び、楽しみを与えてくれる物という意味なのだそうです。

現実にイスラム社会での子供のかわいがられ方には尋常でないものがあるのだとか。

しかしイスラム教徒には、そのようなうっとりさせてくれるものたちへの傾倒にも打ち勝ち、アッラーや来世のことを思う信仰心に重きを置く事が求められ、同じコーランの中にも「他人の財産や子供をうらやましがるべからず」との戒めがあります。(参照:イスラム世界の常識と非常識 加藤博著

コーランは彼らの神の言葉の記述であり、アッラーへの絶対帰依者を意味するイスラム教徒にとっては人の作る法律の前に存在する、法律以上の法律です。

そしてそのコーランの洞穴の章、第46段では、我が子への愛をも超える宗教心に対する栄誉が約束されています。

さて、タージ・マハルとは、ムガル帝国の第5代皇帝、ジャー・ジャハーンに愛された后、ムムターズ・マハルの為に建てられた美しい巨大なお墓のことです。

あまりにも美しいムムターズ・マハルを見て若き皇帝が一目で恋に落ちた時、ムムターズ・マハルが12才、ジャー・ジャハーンが15才だったといいます。

その後ムムターズ・マハルは14人目の子供を産んだ時の難産により、彼女は命を落としてしまい、皇帝は衝撃で髭が真っ白になったといわれています。

そして皇帝が彼女の亡骸に誓ったのが、彼女のためにこの世に二つとない贅美を尽くしたお墓を作るというものでした。

そしてその約束は20年の年月をかけて完成し、350年たった現在もその建築物はインド・イスラム建築の最高傑作だと呼ばれています。

コーランの洞穴の章、46段にあるとおり、妻に余生の全てを捧げたタージ・マハルという「いつまでも残る善行」は、現代において世界遺産に指定され、「最良の報酬」としていまだ人々に感嘆と賞賛の声を上げさせるという褒美を得つづけています。

世の中に確かなことがなにもないのを証明するように、タージ・マハルが完成してまもなく帝国には農民の反乱が頻発しはじめ、その後急速に衰えていきました。

ひとつだけ確かなことは、タージ・マハルという世界一美しいお墓の中で、バザールで出会ったかつての少年と少女が今もいっしょに眠っているということです。

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2005/09/02

寺院出会いサロンに青雲が集う

寺院出会いサロンはお坊さん専用の出会い系サイト(フジテレビ トリビアの泉)
「寺院出会いサロンは出会いのない若い僧侶達のために、宗派の垣根を越えて開設された。」

墓地,埋葬等に関する法律の第13条をご覧下さい。

第13条

「墓地,納骨堂又は火葬場の管理者は,埋葬,埋蔵,収蔵又は火葬の求めを受けたときは,正当の理由がなければこれを拒んではならない」 

宗派とは同じ宗教の中にある別解釈グループのことで、各お寺さんを包括する団体です。

宗教法人法という法律の立法目的は、宗教団体がその財産を運営するため、宗教団体に法律上の人格を与えようとするものですが(1条)、グループである宗派にも、宗教法人法第2条1項2号が宗教法人格を与えています。

ところで宗派が違えば、異なってくるのが埋葬方法です。

なかには諸事情により、宗派のことなる人が特定のお寺さんに埋葬をお願いするといった争いがでてきます。

墓地,埋葬等に関する法律の第13条には「墓地,納骨堂又は火葬場の管理者は,埋葬,埋蔵,収蔵又は火葬の求めを受けたときは,正当の理由がなければこれを拒んではならない」と書かれています。

これを棒読みすれば、お寺さんはたとえ宗派の異なる人の埋葬依頼も拒めないと読めそうです。

しかしかつての津地裁の昭和38年6月21日判決は、『たとえ異宗派の人だからといってそれだけで埋葬は拒否できない』とはしながらも、『寺院墓地管理者にはオリジナルな宗派の典礼を行う権利があり、異なる宗派の典礼による埋葬や、典礼ナシでの埋葬はこれを拒むことができ、それは墓地法第13条の「拒絶できる正当な理由にあたる」』としています(意訳)。

国は埋葬という場面において、宗派を単に業務的な”埋葬における一方法”だけとは見ず、「内心の自由」の側面も非常に重く見て利益衡量していることがうかがい知れます(私見)。

寺院出会いサロンというネットの企画で、宗派を超えて仏門にある人たちに出会う機会を提供する要請があるのは、宗派という内心の自由に身を置く障壁の高さを一面証明しているようです。

しかし反面、寺院出会いサロンというような自由な出会いの場が現実に設けらてることは、志さえ高ければ、宗派という障壁は現実以上に高く見えないことも意味しています。

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2005/07/21

聖地エルサレムをめぐる殺し合いと5年間の奇跡

「欧米の中東介入がテロリストを生んだ」 ロンドン市長(CNN)

「ロンドンのリビングストン市長は20日、英BBCラジオとのインタビューでテロの歴史的背景に言及し、自爆テロなどが発生し続ける原因として「欧米が中東に適用した二重基準」を挙げた。」

国際連合憲章の40条をご覧下さい。

第40条

「事態の悪化を防ぐため、第39条の規定により勧告をし、又は措置を決定する前に、安全保障理事会は、必要又は望ましいと認める暫定措置に従うように関係当事者に要請することができる。この暫定措置は、関係当事者の権利、請求権又は地位を害するものではない。安全保障理事会は、関係当時者がこの暫定措置に従わなかったときは、そのことに妥当な考慮を払わなければならない。」

ロンドンのリビングストン市長が語った、「西洋の用いた二重の基準 」"double standards"とは、具体的にいえばバルフォア宣言とフセイン・マクマホン書簡の相違を意味します。

第一回目の世界殺人大会において、イギリスはユダヤ人からの支援をとりつけるべく、「戦勝の暁にはパレスチナを君たちにあげよう」というバルフォア宣言をしました。

しかし同時にイギリスはアラブ人にも「支援してくれたら、パレスチナを君たちにあげるよ」というフセイン・マクマホン書簡を取り交わしてしまうのです。

そして実際イギリス側は勝ちを収めるわけですが、なんのことはない、パレスチナは結局イギリスとフランスの植民地になってしまいます。

もともとユダヤの人々は現在イスラエルと名付けられたパレスチナ地方に、紀元前から暮らしていたといいます。

しかし多くの国から支配と迫害を受け続けたためパレスチナを離れ、欧州各地に移り住んでいます。

そして聖地エルサレムをめぐっては、638年にイスラム軍がそこを占領して以来、キリスト教徒軍との争いが続いてきています。

普通、こういった国際紛争の休戦などを世界が求めるときには、国連憲章40条が持ち出されることになっています。

暫定措置40条という条文は自体が悲惨な方向に向かうことを避けるため、停戦を要請したり、兵力の撤退や休戦協定の締結を要請しようとするものです。

現実にパレスチナ紛争に関して1948年には停戦命令決議や休戦締結要請決議が40条の名の下に出されました。

しかしおもしろいことに、800年前の遠い昔、イスラムの勇者サラディンと、十字軍の指揮官、リチャード一世の時代には、国連憲章などによらずとも、互いの勇気を認め合うことでリチャード一世が病に伏せるとサラディンは見舞いを贈るなどしていました。

そして1192年には自力でイスラム軍と十字軍の講和協定が結ばれ、5年間の不戦さえ約束されていたのです。

その時代イスラムがエルサレムを押さえていたにもかかわらず、キリスト教徒は巡礼することが自由に出来ました。

宗教観の衝突による土地所有権の行方は一瞬の間、究極の解決方法を実現していたのです。

しかし互いの視点を受け入れる能力を備えていたリチャード一世とサラディンが1199年、1200年に相次いで亡くなるとイスラエルは再び戦火の的になっていきました。

19世紀末になると、各地に分散したユダヤ人が故郷に帰ろうという運動を起こし始めます。

国連は1947年に、「パレスチナをユダヤとイスラムの両民族に分割して与えよう」というパレスチナ分割決議が出されますが、世界中から急遽集結したユダヤ人により、1948年、イスラエルは強引に建国されました。

これによってパレスチナ人は、まさに理に反して祖国を追い出されるハメになったわけです。

リチャード一世はその勇猛な戦い方から俗にライオンハートと呼ばれ恐れられました。

しかし現代、真にその勇猛さが讃えられるべきなのは、キリスト教という一大宗教を背負いながら、イスラムの視点も受け入れ講和を結んだ点にこそあるのだと、わたしたちには再評価すべき責任が課せられています。

ロンドン市長がこの事態のなかでイスラム社会を理解する発言ができたのは、全く希有な知性だと、パレスチナをめぐる歴史が証明しているのです。
 

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2005/07/08

シオンの丘で虚無が待つ

「アル・カーイダ」名乗る正体不明の集団が犯行声明(Yahoo)

「欧州の聖戦アル・カーイダ組織を名乗る正体不明の集団が7日、ロンドンでの同時爆破テロを行ったとする犯行声明をウェブサイト上に流した。声明の信ぴょう性は不明だが、英国によるイラク、アフガニスタンでの虐殺への回答として、十字軍的でシオニストの英政府に報復した、などと主張している。」

日本国憲法の20条1項をご覧下さい。

第20条〔信教の自由〕

「1 信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。」

十一世紀後半、教会や修道院の堕落をただす運動のため、ローマ教皇グレゴリウス七世は、聖職者身分の売買を禁止、これを任命するのは自分以外にはないと宣言しました。

これを聞いて頭に来たのが皇帝、ハインリッヒ四世で、「聖職者を決めるのは自分である!」と国に向けて再宣言しました。

するとキリスト教会はなんと皇帝を破門、皇帝はキリスト教徒である家臣たちから、一年以内に破門が解けない時は王位を剥奪すると迫られました。

このため皇帝は、グレゴリウス七世の滞在していたカノッサ城で、許しを乞うため三日間雪の中に裸足で立ちつくしました。

これが世に言う「カノッサの屈辱」で、皇帝を屈服させるほどに、当時の宗教の総本山の力は強大でした。

一方、そのころキリスト教の聖地エルサレムは、イスラム教徒の帝国、セルジューク・トルコの支配下にあり、エルサレムからユダヤ教徒やキリスト教徒は追い払われていました。

イスラム勢力の台頭を許せなかった教会は、その強大な力をもって信者達にエルサレム奪還を呼びかけ、これを受けた信者達は胸に十字の印をつけイスラムを殲滅せんがため、東ローマ帝国のコンスタンチノーブルに集結しました。

これが宗教のための初めての大軍隊、十字軍の始まりです。

イスラエルはその後一旦イスラムの手に落ちますが、その時点で攻撃的シオニズム(聖地回帰主義)の芽が埋められたといえます。

約900年前から続くそのパワーゲームは、現在では「占領とテロル」の応酬に形を変えています。

十字軍はその歴史の中で、イスラム軍と聖地エルサレムをめぐって約200年間一進一退を繰り返しますが、途中ベニスの商人によるスポンサードが必要だったため、ついには商人が欲しがった港のために、友軍であるはずの東ローマ帝国まで牙を剥き攻め落としてしまいます。

どのような大義名分があっても、戦争が結局のところ力比べでしかないことがこの時すでにあきらかになっています。

根底に宗教問題があるとき人は一歩も引かなくなりますので、日本国憲法でも、むしろ個々人がそこを譲らないことを国家に利用されて、国民が特定方向に誘導されないように、いわば内部的安全保障の意味を込めて信教の自由を保障しています(私見)。

しかし法律が私たちの譲れない場所を保護してくれているからという理由だけで、深い観察を抜きに精神的に一つの場所に留まる態度には、古くから危険がつきまといます。

その人間の心の頑なな装置が利用されて、一旦火薬が詰め込まれると、世界の殺し合いの歴史は、十字軍を利用したベニスの商人のような人達のために再び動き始めるからです。

ゲルマン民族のなかでもっとも殺しの上手かったメロビング家のクロービスが教会から殺戮の許可(聖なる戦い)を受けヨーロッパ諸国の基礎を作り、海賊の首領ロロの末裔がイギリス初代の国王になってきたのも紛れもない世界の歴史、つまり勝利者の歴史です。

テロルが悪でも大義名分のある戦争は本当に善なのか、私たちにはここで世界の歴史を誠実に振り返る態度が要求されています。
 

 
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2005/04/21

そして指導者はみな原理主義者になった

新法王は「教理の番人」 カトリックの伝統重視(CNN)

「新法王はコンクラーベ開始に際したミサの説教で、「教会の信条に従ったはっきりした信仰をもつことは今日、原理主義とレッテルをはられてしまう。こんにちの基準で唯一認められるのは、ありとあらゆる考え方の風に吹かれて流される相対主義のようだ」「私たちは相対主義の独裁に向かっている。相対主義の最大目的は自らのエゴと欲望であり、何一つとして確かなものを認めようとしない」と批判し、伝統的神学を重視する保守的な立場を明確にしていた。」

憲法の20条をご覧ください。

第20条〔信教の自由,国の宗教活動の禁止〕

「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。
いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。何人も,宗教上の行為,祝典,儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」
 

あなたは学校で「日本は政教分離だ」と学びました。ボーっと聞いていたらそういうものかという感想しかでてこないか、ことによると暗記が大変で感想もでてこなかったかもしれません。

しかし政教分離というシステムの前には「政教一致」という時代が長々とヨーロッパで続いていたのだということを反語として想起できなければなりません。

それは神が絶対権威であるシステムでした。

政教分離とはそれまでの神の座に法を置きかえる国家システムであり、その途端宗教は法律に守られるという上下の逆転が起こります。

これを近代国家といいます。

しかし法律が王位を継承すると、法律通りにやって富を独占できる少数の人たちと、法律通りに生活しているのになぜかその人たちの手足にしかなれない絶対多数の人たちに世界が二分されてきました。

そのため王座にもう一度法というルールでなく神を座らせようという一群の人たちが世界中にあらわれています。

それが貧困に苦しむイスラムから現れたビンラディンなどのイスラム原理主義であり、暴力や麻薬に苦しむアメリカの原理主義的カトリック系団体が再選させた熱心な信者であるブッシュ現大統領であり、またユーロによって国境がなくなり、政治的にリベラルな運動が勢いを増しつつある欧州でこれに反発するローマ・カトリック内部の原理主義組織の影響下にある新法王だといわれます。

新法王の上記CNNニュースのような原理的発言はそれを裏書しているようです。

イスラムでも、欧州でも、そしてアメリカでも法律に対し、王座を神に返せと運動がはじまっているようにも見えます(極私見)。

ここ日本ではどうでしょう。

絶対天皇制と国家神道は殺戮の旅団を世界に送り、私達自身もたくさん死にました。

その反省をこめて憲法20条はやはり王座を法に明渡すことを明記しています。

しかし私達はつい最近、絶対君主型の集団が霞ヶ関で毒をまくのをみました。原理をもたない私達の中にも、法律ではない王を求めはじめている一群の人たちがいるのかもしれません。

法律という、いってみれば文章の記述でしかない巻物では満足ができない一群の人たちが火柱を上げはじめています。

あなたもわたしも選択をせまられています。
 

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2005/04/06

646万人死んで信教は自由になった

信者の12歳少女に性的暴行 新興宗教牧師を逮捕(南日本新聞)

宗教法人法1条2項をご覧下さい。

第1条(この法律の目的)

「2 憲法で保障された信教の自由は、すべての国政において尊重されなければならない。従って、この法律のいかなる規定も、個人、集団又は団体が、その保障された自由に基いて、教義をひろめ、儀式行事を行い、その他宗教上の行為を行うことを制限するものと解
釈してはならない。」

宗教法人とは宗教団体のうち法人となったものです。法人とは法的に人格を与えられ、その集団名義で権利義務の主体になれることを意味します。

つまり宗教法人格を得ることの主眼は団体財産の保護にあるともいえます。

にもかかわらず信教の自由が憲法に本籍を置くことの理由を知るには、私たちの歴史を振り返る必要があります。

私たち一人一人の背中には、国家による特定信教(神道 しんとう)の強制が世界大戦への火蓋を切ったという大きな傷跡があります。

そのため戦後日本政府が二度も抵抗したにもかかわらず、GHQの先導により、国家権力先導型だった明治憲法は、国民一人一人に価値原理を置く現憲法に大きく改変されることになりました。

その帰結としてどの宗教を信じるかは一人一人の自由に任されることになったのです。

信教の自由の真価はマイナスから出発していることにあります。

しかし当時の人々は、果たして国家に神道を強制されているという意識があったでしょうか。

おそらくそうではなかったはずです。

当時の人々はその選択を心の底から自分が選択した価値観だと信じたのだし、またそうするしか正気を保つ手段がなかったのだと思います。

エーリッヒ・フロムは既に五十余年以上も前に、人には元来権威的思想に服従しようとする属性があることを発見しています。

人間内部のそうした装置により、当時の人たちは互いが互いを恫喝しあい、あたかもそれが自分の選択であるという強迫観念に近い感情に駆られていたはずです。

現代でもそういう国家はあります。

そういった意味で、国に自由のかたちを保つ「信教の自由」に立脚した宗教法人法は、いかなる宗教も信じない私にとってさえ未来のための重要なシェルターだといえるのです。

せっかく私たちが手中にしたその大切なシェルターの中で、その宗教主催者が幼い子供に地獄を見せたとすれば、「やはり国家宗教のほうが間違いないのだ」という誤った感覚を社会に敷衍し、古い形の支配法を再び組み立てさせる素地を蒔く可能性さえあります。

つまり法律的に言って、それは二重に唾棄すべき行為なのです。
 

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2005/02/01

宗教家が胸を触り警察は胸を覗き込んだ

霊友会支部長が胸触る 「宗教行為として」と主張 (産経新聞)

憲法20条1項をご覧ください。

第20条〔信教の自由,国の宗教活動の禁止〕

「信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。」

憲法の判例に有名な加持祈祷治療事件という、18歳の娘を狸がとりついたとして線香護摩で焼き尽くし死亡させた事件があります。

そこで祈祷をした僧侶の傷害致死罪が争われましたが、最高裁は「およそ基本的人権は、国民はこれを濫用してはならないのであって、信教の自由の保障も絶対無制限のものではない」としました。

そして、「暴行の過程、程度から憲法二〇条一項の信教の自由の保障の限界を逸脱したものというほかはない」と判断して傷害致死罪を肯定しています。

「信仰の自由は,権利章典の第一条である」という言葉もあるように、宗教への傾倒の自由は内心の自由のうちでもっともプリミティブかつ重要なものだといわれます。

それだけに安易にこれを濫用しようとする輩には、宗教をこころから信ずる人たちこそもっと怒っていいはずです。

なぜならば、そこを不当に踏み破られたとしたら、私達にはもう守る場所がないのですから。

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2005/01/15

神の為に空白の部屋が用意された

「神」排除の訴えを棄却 米大統領就任式 (CNN)

憲法の20条3項をご覧下さい。

第20条〔信教の自由,国の宗教活動の禁止〕

「3 国及びその機関は,宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」

急逝された青木雄二氏がTVから出演依頼を受ける時、「神などいないと言わせてくれるなら出演する」と条件を出すと、これを飲むTV局は皆無だったのだそうです。

それを逆算すると、この国がどういう力で支配されているのか、ちょっと寒くなります。

「神はいる」と言っておいたほうが世の中が丸く収まるのでしょう。

そしてそのほうが、弱者に圧力がかかる構造の世の中でも、人々は奇跡や幸運を信じて一生懸命働くのかもしれません。

明治憲法下では神道が国民を精神的に統制し、多くの若い命がただの弾薬代わりに使用されるための宗教的支柱として利用されました。

これを反省して、現憲法20条3項は、宗教を死の教条にしない工夫をこらしています。

権力へのリモコンをいつまでも自分達の手の中に置いておく保険、それが憲法20条のもうひとつの側面です。
 
 


(Copyright(C) 恵比寿法律新聞)

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2004/12/16

門松と宗教的計測装置

中高年の力作「門松」完成、都庁でお披露目へ(読売新聞)
「東京都立川市の都立技術専門校「キャリアカレッジ立川」で16日、東京都庁に飾る門松が完成した。」

憲法の20条1項をご覧下さい。

第20条

「1 信教の自由は,何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も,国から特権を受け,又は政治上の権力を行使してはならない。」

門松とは、古来神道の風習であったといいます。

それは年神様と呼ばれる神を正月に家に迎えるための家の門にたてる目印であると信じられていました。

狭義における神道とは、戦前の中央集権体制の下での天皇崇拝としての国家神道を意味します。

わたしたちの憲法上、国家と宗教との関わりについては20条1項後段・同条3項・89条前段が政教分離原則を定められています。

それは国家と宗教が結びつくと個人の信教の自由が害され、加えて民主主義は価値相対主義に基づくため、国家が特定の宗教と結び付くことが民主主義にも反するためです。
 
そうすると都立技術専門校が学生に神道のアイコンたる門松をつくらせ、それを都庁に運び込むセレモニーが、政教分離原則に抵触していないか神経質に問題提起することも可能です。

ただ法的に検討してみると、その目的はシニアのスキルアピールにあり、また効果においても、門松は現代においてすでに世俗的な存在になっていると認められ、直接的には国家神道とのかかわりあいも認められないので、政教分離原則に違反しないと考えられます。

このように、目的と効果で行政と宗教がマズイことになってないかを計測するツールが目的効果基準と呼ばれます。

それはアメリカのレモンさんという人が考えたレモンテストと呼ばれる基準がベースになった、我が国における政教分離の判断装置です。

 

 

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2004/12/08

狂気まで続く遠浅の海岸

公判停止を申し立て オウム松本被告の弁護団

刑事訴訟法の314条1項をご覧下さい。

第314条(公判手続の停止)

「被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない。但し、無罪、免訴、刑の免除又は公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合には、被告人の出頭を待たないで、直ちにその裁判をすることができる。」

松本被告には現在、裁判を受ける能力がないのだそうです。

訴訟能力を刑事訴訟法で問疑するとき,それは訴訟手続を進める条件として被告人に必要な精神能力の有無を意味します。

つまり、被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をすることのできる能力のことです(判例)。

もし本当に松本被告がこのような能力を欠く状態すなわち心神喪失の状態にあるときは,原則として公判手続の停止をしなければなりません。

本当は言い分があったのに、ハっと我に返ったら絞首刑台の上にいたということになりかねないからです。

しかしここにはひとつの問題が存在します。

それは生まれてこの方ずっと能力にハンディがある人たちと違い、途中からこれを失った人たちにおいて、論ずべき本質的問題です。

すなわち、「狂気の淵は遠浅ではないのか?」という命題です。

松本被告はいまどういう景色を見ているのでしょう。

そしてその位置は果たして訴訟能力を欠くという評価を与えうるのでしょうか。

たとえばだれでも怒りにまみれれば、その淵の近くの景色を覗くことができます。

もしそこが自由に行き来できる場所であるとすれば、ことによっては訴訟制度のある方向に向かっての限界を描き出すかもしれません。
 

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