2006/11/26

やわらかい場所から答えを照らそう

クラーク博士の精神 教育基本法に結実 北大の武士道展で紹介(北海道新聞)
「クラークは、学生を「若き紳士諸君」と呼び個を尊重。授業に加え勤労を課し、勤労には報酬を与え責任を教えた。それが、基本法一条「人格の完成を目指し、(略)個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた(略)」に結びついた。また、新渡戸や同期の内村鑑三は、軍を批判したり、教育勅語奉読式で最敬礼を行わなかったことで“国賊”扱いされたことがある。教育や学問が政治に介入された苦い経験は、基本法一〇条「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」に反映された。」

戦前の教育に関する基本文書、教育勅語をご覧下さい。

「朕惟ふに我か皇祖皇宗國を肇むること宏遠に德を樹つること深厚なり

我か臣民克く忠に克く孝に億兆心を一にして世世厥の美を濟せるは此れ我か國體の精華にして教育の淵源亦實に此に存す

爾臣民父母に孝に兄弟に友に夫婦相和し朋友相信し恭儉己れを持し博愛衆に及ほし學を修め業を習ひ以て智能を啓發し德器を成就し進て公益を廣め世務を開き常に國憲を重し國法に遵ひ一旦緩急あれは義勇公に奉し以て天壤無窮の皇運を扶翼すへし

是の如きは獨り朕か忠良の臣民たるのみならす又以て爾祖先の遺風を顯彰するに足らん

斯の道は實に我か皇祖皇宗の遺訓にして子孫臣民の倶に遵守すへき所之を古今に通して謬らす之を中外に施して悖らす

朕爾臣民と倶に拳々服膺して咸其德を一にせんことを庶幾ふ」 

教育勅語の全体像を知るため、以下「今、なぜ変える教育基本法Q&A」(堀尾輝久 石山久男 浪本勝年 著)という本からその歴史を引用してみます。

かつて山県有朋は、軍人の精神を説いた「軍人勅諭」をつくりました。

彼が総理になったとき、教育にも軍人勅諭のようなものがほしいと考え、1890年文部大臣につくらせたのが教育勅語です。

教育勅語発布の翌日、文部大臣は「およそ教師たる者は、勅語をおしいただき、その意味をよく教えて、生徒にたいへんありがたいものだということを感じさせなければならない」という訓令を発しました。

この訓令の精神を実行に移すべく、1891年「小学校祝日・大祭日儀式規程」を定めて学校儀式のあり方を決めました。

これにより小学生たちは、決まった祝日には学校に登校して式をあげることになったのです。

式ではフロックコートと白手袋に威儀をただした校長のもと、荘重な雰囲気の式場で、天皇・皇后の肖像への最敬礼、校長訓話で「畏れ多くも」「畏くも」と発したら小学生たちはすかさず「気を付け」の姿勢をとり、次に「天皇陛下」という言葉が常に出ました。

大正期になると、小学校校舎の別棟には、御真影や教育勅語謄本を格納する奉安殿が建てられることが多くなり、火災などで御真影や教育勅語謄本を取り出そうとして焼死する校長や教員が数多く出ました。

1938年に発行された教科書には「我が大日本帝国は、万世一系の天皇のお治めになる国であります。」「これらの心得を守るのは、教育に関する勅語の御趣意にかなふわけであります。我等は此の御趣意を深く心にとめ、真心をもってこれらの心得を実行し、あっぱれよい日本人とならなければなりません。」とあります。

やがて日本は戦争で負けました。

敗戦後しばらくするとひとびとのなかにも「ひとりひとりが主役であってもかまわない」という民主的教育への渇望が生まれ、アメリカ教育使節団の調査の下、1947年に枢密院、衆議院・貴族院の本会議の議を経て教育基本法は成立したのです。

教育基本法に関する改正論議がいつも紛糾するのはなにもここ最近のことではありません。

1952年の日米講和条約締結後、また1960年安保条約の改定時、また1978年日米防衛協力のための指針決定後、教育基本法はそのたびにふぬけのそしりを受け続けてきています。

それは大日本帝国憲法に教育勅語がワンセットだったように、現行憲法と教育基本法も理念法と具体法の関係にあるからにほかなりません。

教育基本法が憲法のように前文を備えているのもそのためです。

子供たちに世界を伝える”教育”というものの形について、わたしたちは夜が明けるまで論じても相手を言い負かすことはできません。

なにしろわたしたちは各々が獲得した言葉で、各々の見る世界をそれぞれ再構成して同一のもののように論じています。

そうであるならば、子供達がその未来をより自由度高く語るために、教育はまずできるだけたくさんの言葉を彼らに渡せる構造でなければなりません。(私見)

それでも人という生き物は自らの幸福を基準に言葉を選んでいくとは限らず、むしろ自らを痛めつけるための言葉を選びつづけることも多いのです。

思想よりも奥にある自分の内側を柔らかく触ってみること、そこにたどりつくにはただならぬ勇気が必要になります。

 

 

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2006/11/05

教育委員会:顔のない船頭達

焦点は教育委員会改革、“機能不全”に批判相次ぐ(読売新聞)
「問題視されているのは教育委員の人選だ。「機械的に地域の名士を選んだり、首長が自分の選挙対策本部長を委員に据えるケースもある」(文科省幹部)という。「教育長に教員出身者が多く、教育現場となれ合いの関係になる」との批判もあり、教育に関する高い見識を持つ人を厳選すべきだとの声は根強い。未履修のような事態が起きた場合、学校長、教育委員会、文部科学省などの責任があいまいになるという問題もある。」

地方教育行政法の第二条をご覧下さい。

地方教育行政の組織及び運営に関する法律

第2条

「都道府県、市町村及び第23条に規定する事務の全部又は一部を処理する地方公共団体の組合に教育委員会を置く。」 

教育委員会とは、教育に関する事務を管理執行するために,都道府県・市町村・特別区に置かれ,又は市町村の一部事務組合に置くことのできる行政委員会のことです。

行政委員会とは一般的地位ではない、ある程度独立した行政組織をいいます。

つまり首長から独立した行政委員会に位置付けられており、教育行政の重要事項や基本方針を決定し、教育長が決定に基づいて職員を指揮、監督し、事務を行うのが教育委員会だということになります。

教育委員は五人で、本来は地方公共団体の長が委員の年齢、性別、職業等に著しい片寄りがないか、保護者が含まれているかなどに配慮しながら指名し、議会の議決を得て任命する建前になっています。

そしてこのような制度とするのは、地方公共団体の長から独立し、合議制の執行機関とすることで、個人的な判断や特定の党派や宗教的影響力から「教育行政における中立制、安定性、継続性」を担保するためです。

また偏りのない人選というレイマンコントロールが合議により意志決定をすることで、「地域住民の多様な意見」を反映させるためでもあります。

レイマンコントロールとは専門家の偏った判断を避けるため住民の意思を反映させるシステムをいいます。

(以上参照:教育委員会廃止論 穂坂 邦夫 弘文堂)

地方教育行政法は、戦前の統制教育を否定し、教育行政権の分権化と民主化のために教育委員を住民が直接選挙により選出しようとした教育委員会法をルーツに持ちます。

定着をみなかった教育委員会法と変わり、地方教育行政法では教育と教育行政における政治的中立性の確保のために教育委員の公選制を廃止、地方公共団体の長による任命制を導入したものです。

しかし教育への国家のコントロールという現実が、現場から真の独立心を奪取してしまっています(私見)。

現在の教育委員会は、教育が国の命令通りに行われているかだけをチェックしているといいます。

教育行政の理想と現実の矛盾を完全黙秘することが教育委員会の仕事なのだとしたら、現場から職人の矜持を悪意なく奪っているのもまた、教育委員会なのだということになります。

船頭も完全に櫂を渡されるまで、己が名では責任を取り得ないのです。

 

 

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2005/08/20

高校のノートPC導入とそのレバレッジ

米アリゾナ州の新設高、新学期の教科書は紙からノートPCへ(Livedoor)
「学校側では、電子教材に慣れた生徒たちは画面上で読み書きすることは容易だとし、また、電子教材のほうが生徒は熱心に勉強するとの判断でこの試みが行われた。」

教育基本法の3条1項をご覧下さい。

第3条(教育の機会均等) 

「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。」 

憲法26条1項には、いわゆる「学習権」というものが保障されています。

それはかつて教科書を無償にしたり、経済的困窮家庭にある子供を奨学制度で修学可能にさせたりという、いわば学習の環境面を国に整えることを要求できる権利だと考えられてきました。

しかし我々は戦後の復興の時期を乗り越え、学説もここにきて学習権の内容として実質的なものを読み込むべきではないのかと言われ始めています。

つまり学習においても「食べられればよい」時代は終わり、一人の子供がもって生まれてきた可能性を生命の本旨通りに咲かせるための知恵の食物を国に対して要求できると考えるべきだと解釈が深化しているのです。

現代の子供の学習権は、大人に学習の環境だけそろえて大きな顔をさせてはおきません。

教育基本法3条1項も「その能力に応ずる教育を受ける機会」という文言を使い、教育というものの本質を考え続けることへの怠慢を戒めています(条文を読むのは当然大人の側です)。

もし私の子供時代、教科書がPDFでノートがワード、試験提出がメールだったとしたら、とっても面白がって勉強したと思います。

なによりパソコン文化最大のレバレッジ、「コピーアンドペースト」により、子供達はより時間を有効に使え、表で遊べる時間を今よりたくさん捻出できるはずです。

そして子供が学習に興味をもち、しかもよりたくさん太陽の下に出られる方法なら、目新しい技術でもどんどん積極的に採り入れていくべきだと、教育基本法3条1項が言っています。
 

法理メール?

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2005/05/08

「答えなければ切る」と教師は言った

ナイフ教諭:質問に「答えなければ切る」 鹿児島の中学(毎日新聞)

憲法の26条をご覧ください。

第26条〔教育を受ける権利,教育を受けさせる義務,義務教育の無償〕

「すべて国民は,法律の定めるところにより,その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利を有する。
 すべて国民は,法律の定めるところにより,その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は,これを無償とする。」 

私たちには憲法の26条という硬質の条文を用いて教育を受ける権利が保障されています。

教師はカッターナイフという聞いたことがない個性的な方法で、その教育の自由を謳歌したようですが、これとは比べられない精神の高みをもって教育の自由の本旨を法廷で争ってくれた学者がかつていました。

当時の東京教育大学の日本史教室教官、家永三郎先生です。

先生は高校用教科書『新日本史』を長く執筆されてきましたが、そのうちに文部省から300カ所にわたる修正を矯正されたことをうけ、この検定を違憲・違法と考えて国家賠償請求訴訟を3回起こされました。

そして第二次家永訴訟の通称杉本判決が、子供に教育を受けさせるのは私たちなのか、それとも国家機関なのかという部分に注目すべき判例を残しています。

これによれば「子どもを教育する責務をになうものは親を中心として国民全体であり、このような国民の教育の責務は、国民の教育の自由とよばれる」と定義しています。

そして「対立概念として、国家教育権があるが、国家は国民の教育責務を助成するために公教育制度の設定等の教育条件整備の責任を負うも、教育内容に介入することは基本的には許されない」としています。

ここでカッターナイフを取り出した中学の先生は、公務員ではあっても実は国家の側には入りません。

なぜなら教師にも憲法二三条によって学問の自由と教育の自由が保障されており、「国が教師に対し一方的に教科書の使用を義務づけたり、教科書の採択に当たって教師の関与を制限、あるいは学習指導要領にしてもその細目にわたってこれを法的拘束力あるものとして現場の教師に強制したりすることは、叙上の教育の自由に照らし妥当ではない」と同じ杉本判決がしているからです。

(参照:憲法判例百選1 芦部信喜・高橋和之・長谷部恭男 有斐閣)

家永先生は第三次訴訟で最終的に実質敗訴となりましたが、その生涯をかけて明らかにしようとしてくれたものは真実の伝達(教育)が先か、現実の政策(国家教育権)が先かという点です。

子供を教育する権利のありかに学説上の争いが続いていることも意に介さず、中学教師が教師でカッターナイフを光らせたと知れば、家永先生も草葉の陰でさぞや無念であろうと思われます。
 

 
法理メール?

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