2006/07/04

永山基準は遺族感情も9分の1なら考慮するといった

ヤギ被告に無期判決 広島女児殺害事件(朝日新聞)
「量刑判断の中で判決は、あいりさんが両親の愛情を一身に受けて育ったことや、幼い弟や家族思いのやさしい子だったことなどを詳細に記述。突然あいりさんを奪われた遺族の悲しみにも理解を示し、「死刑の適用基準を満たしていると考えてもあながち不当ではない」と述べた。 一方で、83年の最高裁判決が指摘した死刑選択の基準に触れながら、被害者の数や犯行の態様、前科の有無について検討。「被害者は1人にとどまっているほか、犯行が計画的でなく衝動的で、前科も認められない」と指摘し、「矯正不可能な程度までの反社会性、犯罪性があると裏づけられたとまではいえない」と述べて、死刑選択には疑念が残ると結論づけた。」

刑法の第11条1項をご覧下さい。

第11条(死 刑)

「死刑は,監獄内において,絞首して執行する。」

記事に言う83年の最高裁判決とは、俗に”永山基準”とよばれる判例をいいます。

永山基準とは、現在の司法の現場における事実上の死刑の適用基準となっているものです。

その事件は当時19才の少年だった永山則夫被告が、米軍基地内でけん銃を窃取、東京や京都で警備員を射殺、函館や名古屋でタシクー強盗を働いてタクシー運転手を射殺、その後東京で学校警備員をも狙撃したというものでした。

最高裁判所第2小法廷は昭和58年7月8日、「結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、

犯行の罪質、

動機、

態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、

結果の重大性ことに殺害された被害者の数、

遺族の被害感情、

社会的影響、

犯人の年齢、

前科、

犯行後の情状

等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大あつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。」のだと、死刑に至る九つの基準項目を並べたものです。

そのうえで具体的に永山事件にあっては

「社会的影響は極めて重大」で

「動機も・・・同情すべき点がない」、

「殺害の手段方法についていえば極めて残虐」、

「遺族らの被害感情の深刻さもとりわけ深」く、

「犯行時少年であつた」ものの「一九歳三か月ないし一九歳九か月の年長少年であり・・・一八歳未満の少年と同視することは特段の事情のない限り困難」、

よって死刑が妥当だと結論づけています。

人を守るための法律によって、人の最後の財産である生命を奪う死刑という制度は、考えれば考えるほど自己矛盾を孕んだ法の一撃です。

法によって暮らす私たちには、絶えずその本質の是非を問い続ける義務があります。

永山基準とよばれる83年判例も、「死刑が人間在の根元である生命そのものを永遠に奪い去る冷厳な極刑であり、誠にやむをえない場合における窮極の刑罰であるこにかんがみると、その適用が慎重に行われなければならない」ことは認めています。

しかし同時にその執行を焼けるような思いで待ち望む遺族感情・社会感情は現在の日本にもはっきりと存在し、その安寧を維持するためにはいまだ「現実として必要」な装置なのだということもまた法の重大な構成要素です。

今回、永山基準と呼ばれる網の目は、幼い子供を殺した男を死刑の沼に落とす手前ですくい上げました。

しかしそれは23年前に純粋に司法関係者によってだけ編まれた法の網の目です。

司法に一般感覚が持ち込まれる裁判員制度を目前に控えて、無期懲役の判決に対して反論の声があまりに高く続くなら、基準の新たな編み直しがまた必要な時期を迎えている可能性もあります。



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2005/08/16

自殺サイトを利用した連続殺人事件と機能しなかった特別法

「繰り返してしまう」3年前に吐露…自殺サイト殺人(Yahoo)

「インターネットの自殺サイトを利用した連続殺人事件で、派遣会社契約社員・前上博容疑者(36)(逮捕)が3年前、通行人を襲って逮捕された事件の公判などで「何度もやめたいと思いながら、同じことを繰り返してしまう自分は病気ではないか」と苦悩を吐露していたことが15日、わかった。」

犯罪者予防更生法の第1条をご覧下さい。

第1条(目的)

「この法律は、犯罪をした者の改善及び更生を助け、恩赦の適正な運用を図り、仮釈放その他の関係事項の管理について公正妥当な制度を定め、犯罪予防の活動を助長し、もつて、社会を保護し、個人及び公共の福祉を増進することを、目的とする。」 

もし本人の意に添わず、定型的なパターンにはまったとき犯罪を犯してしまう人が確実に存在するとしたら、わたしやあなたはいったいどのような機能を社会に設置するよう運動していくべきでしょうか。

この点かつてイタリアのロンブローゾというお医者さんは、「犯罪を犯す人には共通した頭蓋骨の形がある。彼らは劣っており社会に適応できないため犯罪を起こさざるを得ない」と言い切りました。

これを近代学派における生来性犯罪者説と呼びます。

近代学派とは、罪から逃れられない人が社会には確実にいると分析する態度が科学的であるとする立場の人たちであり、その合理的な態度こそ人を公平に扱うものだとします。

(これに対して古典派とよばれる立場を取る人たちは人間の自由意思を信奉し、自由意志で罪を犯すことを選択したからこそ社会は彼を罰することができると考えます。)

限りなく近代学派的視点から眺むれば、犯罪を一度犯した本人が「またやってしまうかもしれない」と取り調べや公判で吐露したとき、わたしたちには本人が社会に適応させるよう矯正する対応が要請されます。

現に日本には犯罪者予防更生法という取り決めがあります。

これは主に保護観察処分をもって犯罪を犯してしまった人の更正を外形的に社会が促していく法律です。

行為者を仮に社会に放免し、社会と本人のためにその折衷点を見極めていくのです。

問題は果たして行政は、日々のルーティン業務の中、どこまでこれら犯罪者の独白をセンシティブに拾いきれるのかという点です。

性質の危惧を吐露していた本行為者において、犯罪者予防更正法が発動されることはありませんでした。

刑法学の新派・旧派の争いに決着はついていませんが、ひとつ確かなことは行政が後手に回ることによって、生まなくていい被害者を生んでしまうことは許されないということです。

 

 

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2005/08/15

ギリシャに落ちた旅客機と炭化した二人

「Two charred bodies were still hugging each other.」(washingtonpost

(私訳)

「炭化した二つの死体が、まだお互いを抱擁していた」

シカゴ条約の第26条をご覧下さい。

Article 26

Investigation of accidents

「In the event of an accident to an aircraft of a contracting State occurring in the territory of another contracting State, and involving death or serious injury, or indicating serious technical defect in the aircraft or air navigation facilities, the State in which the accident occurs will institute an inquiry into the circumstances of the accident, in accordance, so far as its laws permit, with the procedure which may be recommended by the International Civil Aviation Organization.」

(私訳)

第26条 事故の調査

「・・・とにかく重大と思われる事故が起こった時には、航空機事故の発生国が調査を開始し、その国の法律が許す限り、国際民間航空機関の方式に則って調査すること。(以下略)」

国際民間航空条約、通称シカゴ条約、とは、国際民間航空の主として公法関係について定めた多数国間の条約です。

領空飛行に関する約束や、航空機の取扱い、手続統一への協力などを規定した、国際航空に関する最も重要な条約だといわれます。

その26条は、重大事故に対して国際民間航空機関方式に則った調査義務を課しています。

その条文の立法趣旨は、重大な事故を国内事情でうやむやにすることなく、悲しい事故を世界の空の交通の共通財産として昇華させんと条約を締結した世界各国に対して間違いのない明白な手続きを要求するものです(私見)。

ワシントンポストによれば、空調設備の不良でコックピットに有毒ガスを送り込んでしまった可能性があるといいます。

そのせいで操縦士は皆操縦席に伏せ、乗客が操縦桿を握っていたところを戦闘機のパイロットが目撃したのだとか。

航空産業はこうした悲劇を繰り返しながら、負の遺産をも燃料により高く安全な飛行手順を手にしてきました。

太陽神ヘリオスの名を掲げた航空会社のジャンボジェットは、マラソンの山に砕けました。

抱き合ったまま炭化してしまった二人の想いをうやむやにされないよう、現地の事故調査に対してシカゴ条約第26条がその公正さを要求しています。
 

(Copyright(C) 恵比寿法律新聞)

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2005/04/23

ポールさんは言葉に果て、ガッツさんは言葉を手向けた

ポール牧さん自殺にガッツ「桜のように散っちゃった…」 (Yahoo)

「あの人は行動力はあるんだけど、谷あり山ありの人生を乗り越えられないようなところがあった。オレだって選挙に落ちたり、何億円も借金作ったりして、(飛び降りようと)高い所に上がったこともあるよ。でも這い上がってきた。病気の人だって生きようとするのに…。彼にはやり直そうとする“手本”を示してほしかった。桜が散るがごとく散っちゃったけど、自殺だけは言語道断だよ」と話した。

憲法の13条をご覧ください。

第13条〔個人の尊重,生命・自由・幸福追求の権利の尊重〕

「すべて国民は,個人として尊重される。生命,自由及び幸福追求に対する国民の権利については,公共の福祉に反しない限り,立法その他の国政の上で,最大の尊重を必要とする。」

自殺は違法だけど、可罰的違法性がないといわれます。

悪いことだけど、社会は彼の行為を罰せられないということです。

さてあなたは何故だと思いますか?

実はそれを罰しようとするのは個人の尊厳を脅かす思想だからです。

個人の尊厳とは一人一人の命をできうるかぎり社会は重く用いなければならないという原則のことです(私的定義)。

「個人の絶対」ではないことに注意が必要です。過去にあっては「社会の絶対」すなわち全体主義がこの国を覆った時代もありました。

個人の尊厳は社会に迷惑がかからない限度まで私達ひとりひとりに自由が与えられ、そしてその限度は私達自身が決めなければならないという社会システムの形を要請します。

そして現憲法で、個人の尊厳を立法的に保障しているのが憲法 13条であり、自殺する権利は法哲学上のタームである自己決定権に含まれるのだとする説が有力です。

13条は全てのこれから生まれうる新しい形の人権の子宮であり、またそういった不確定外形をもつ条文の存在が許されていることが憲法の本質的価値の源泉と解釈することさえ可能です(極私見)。

つまり法学的解釈では、最終的に国家が権力としてポールさんの選択を止めることは許されなかったであろうということになります。

それにしても上記記事におけるガッツさんのコメントにはいわゆる人としての教養の高さが満ち満ちています。

このガッツさんのコメントを読むと、インテリジェンス(情報の組成と表現)とは学習の残骸物ではないことを痛烈に感じずにはいられません。

育ちとは、親や環境や、まして他人に要求するものでなく、自分に与えられた選択の連続でしかないことを深く感じるものです。
 

 
法理メール?

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2005/04/11

防空法は死を強制した

鹿児島の中学生4人CO中毒死、探検ごっこ中の事故か(読売新聞)

改正防空法の8条の3をご覧ください。

防空法8条ノ3

「主務大臣は防空上必要あるときは勅令の定むる所に依り一定の区域内に居住する者に対し期間を限り其の区域よりの退去を禁止若は制限し又は退去を命ずることを得」

防空法という法律はすでに存在しません。

しかし戦前はこの法律により、国は隣近所に共同体組織を強制、そのグループ単位でバケツリレーなどによる防火訓練を「法律で」強制しました。

しかし実際には日本家屋を焼き尽くすために徹底開発されたナパーム(火のついた油を飛び散らす爆弾)はいったん絨毯のように空からばら撒かれると人がこれを消火することは不可能でした。

そして改正防空法8条の3はその現場から非難することを禁じていたため、東京大空襲で多くの命が無駄に焼かれたのです。

法律が社会的的マナーと違うのは、それが国家的背景をもち、最終的に国家の強制力で実現させられる点にあります。

あなたも学校で法律を学んだご経験があればその定義はご存知だと思いますが、具体的には一旦火災現場から避難することを禁止する法律ができたときは皆が国家の強制力によってその体を焼かれていくということを意味します。

法律がただの文章でなく、現実に機能していくにはその内容が遵守に値するものでなければなりません。

なぜなら私たちは一人一人木偶の坊ではないからです。

法は従うことをまず自らが選択することに非常に重要な意義があると考えます(私見)。

これを法の妥当性といいます。

国家強制力はその後押しをするべきいわば我々の選択に対する侍従の位置にあるはずです。

防空壕は改正防空法によってやはりその設置を強制されていました。

4人の少年の命を奪って尚、腹をすかせた国家強制力という亡霊が、私たちの当事者意識が欠ける隙を狙っています。
 
亡くなった少年達のご冥福をお祈りします。
 
 

法理メール?

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2005/03/28

死刑から蘇生した男とツイステッド・ロジック

4人殺害の前橋スナック乱射、暴力団幹部に死刑判決(読売新聞)

刑法199条をご覧ください。

第199条〔殺人〕

「人を殺した者は,死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。 」
 

人を殺すことは許されないので→もしやったら国が死刑にする。

このツイステッド・ロジックを何とか解決するため、我々はそれぞれの刑罰論を用意して各自が腹に落としておく必要があります。

私達社会が罪人に対して罰を与えることにはいったいどういう意味があるのかという点について、応報刑論と目的刑論の対立があります。

応報刑論は刑罰を罪人が社会に与えた害悪に対する社会からのカウンターパンチだと考え、目的刑論では刑罰を用意しておくことで一般人を犯罪から遠ざけるのだと考えます。

その昔(明治6年)、いまの松山付近で紋首刑にされた田中藤作なる人物がおり、死体下げ渡しを受けた親族が家にかつぎ帰ると蘇生してしまったのだそうです。

すると当時の司法省は、直ぐに本籍に編入せよと指令,執行者側の進退伺にも無罪だと通達したのだとか。

少なくとも当時の司法省は、死刑を「そんな人間にはこの世の空気を吸わせるな」という刑とは捉えず、「もっとも厳しい罰を与えたのだからもういいのだ」と解したようです。

死刑は一度執行してしまうと、手続きに誤りがあってもやりなおすことができません。あの帝銀事件で獄死した平沢貞通死刑囚に、三十数人にも及ぶ歴代の法務大臣が決して死刑執行のサインを与えなかったのもそれが冤罪だと知っていたからだと長く囁かれています。

営利団体に会社という法律的人格を与えられる社会なら、罪人に法律的仮死状態(釈放のない現実的な終身刑)を与えても代替できるように思います。

あなたのお考えではいかがでしょう。
 

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2005/03/09

亡霊のプレーヤーにもカードは配られる

兵庫県最高齢男性、死亡手続きへ 祝い金返還要求も(YAHOOニュース)

軽犯罪法の1条18号をご覧ください。

第1条〔軽犯罪〕

「左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

十八 自己の占有する場所内に、老幼、不具若しくは傷病のため扶助を必要とする者又は人の死体若しくは死胎のあることを知りながら、速やかにこれを公務員に申し出なかつた者」

権利や義務を持つことのできる地位のことを権利能力といいます。

自然人は出産したときから権利能力を持つのが原則で、死亡時にそれは失われます。

権利能力とはたとえば家屋を「所有する」ことが許される資格のことで、いわば市民社会でゲームをすることが許される会員証です。

この会員証には、同時に他の会員の利害関係が加重されることが予定されますので、実在しない人にこれを与えることは社会に重大な被害を与えます。

そのため失踪した人からは一定手続きでこれが取り上げられます。

家族の死亡を知りつつ届けなかった者は軽犯罪法という刑法一歩手前の軽めの法がまず科せられます。

しかしその後に待つのは、みんなが財産をやり取りする競技場で、てっきりそこにプレーヤーがいると思わされてきた他のプレーヤーが無用な危険にさらされたことに対する各法からのペナルティです。
 

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2005/01/17

死への願望と性からの逃避

中高年男性、喫煙で自殺リスク上昇・厚労省研究班 (日経新聞)

日本民間放送連盟 放送基準の60条をご覧下さい。

60条

「視聴者が通常、感知し得ない方法によって、なんらかのメッセージの伝達を意図する手法(いわゆるサブリミナル的表現手法)は、公正とはいえず、放送に適さない。」 

タバコの広告に古くから死のイメージが沈められているといわれます。

ついでにいうと、アルコールの広告には性からの逃避のイメージが沈められているといわれます。

どちらも強烈に、しかも隠れて人の潜在意識にアピールするもので、アンフェアな色彩が非常に濃いマーケティング手法であるといえます。

そのため60条はこの行為を禁止しています。

自殺願望がもともと高いからタバコを愛好するのか、あるいはタバコに潜まされた死の甘いイメージが喫煙キャリアとともに蓄積していくのか、その因果関係を証明するのはなかなか容易ではないでしょう。

しかし記事の統計からは、両者は全く因果関係を否定できる間柄にはなさそうです。

私たちは常に自分の判断というものを疑わなければ一方向に引っ張られていきます。

私たちは目覚めてから眠るまで、あらゆる暗示をくぐり抜けています。
 
 

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