2007/07/25

神の服を脱がせたら、アルゴリズムが剥き出しになった

暴れ猿の目前で“犬猿”披露…飼育法めぐり2職員が大ゲンカ (産経新聞)
「市によると、けんかをしたのは男性職員(51)と部下の男性臨時職員(71)。今月18日朝、サルを飼育している市営放牧場の事務所で口論となり、つかみ合いを始めたため、周囲の職員が止めたという。2人にけがはなかった。臨時職員は今春採用され、京都市の動物園で飼育に関する研修を受け、「野生ザルは愛玩(あいがん)用ではない。一定の線は引く」として、餌を制限するなど厳しい飼育法をとった。これに対し、上司の職員は「空腹ではサルのストレスがたまる」と残飯を与えるなどしていた。2人はいずれもサルの飼育経験はなかった。市に対し2人は「日ごろの相手への不満が爆発した」と話している。」

人事院規則一三―五(職員からの苦情相談)の2条をごらんください。

第二条(人事院に対する苦情相談)

「職員は、人事院に対し、文書又は口頭により苦情相談を行うことができる。(以下略)」 

[以下参照:行政法〈3〉行政組織法 塩野宏 有斐閣]

公務員の勤務条件は、労働契約ではなく法令によって定められています。

そうした公務員は、使用者にあたる国や地方に対して、職務遂行権、財産的権利、労働基本権などと、それを保障する保障請求権をもっています。

公務員のそうした基本的な権利が侵害されたとき、最終的には裁判所が救済できますが、いつもそのようなオオゴトに頼るのでは、現実的な権利保障とはなりません。

そこで公務員には、勤務条件に対する行政措置要求権と、不服審査が用意されています。

うち、勤務条件の措置要求権は、もちろん勤務条件に関してしかるべき措置をとることを要求するものですが、さらには人間関係のような職場の苦情にも、より簡易な相談手続があることがかねてから望まれていました。

そこで人事院は、職員からの勤務条件その他の人事管理に関する苦情相談の制度を平成12年に設けています。

これが”人事院規則13-5 職員からの苦情相談”という法律です。

それは公務の潤滑のための、法が用意した人間関係の圧力弁だといえるでしょう。(私的解釈)

かつて生命は、神の意志による不変のデザインなのだと信じられていました。

やがてダーウィンが現れると、生命は自然淘汰という、心のない機械的なアルゴリズムによるプロセスで進化するのだということを露わにしています。

公務員の労働環境改善には、たしかに人事院規則13-5が用意されています。

しかし人事院規則を信頼して公務員同士が絶対に殴り合わない進化を、自然淘汰というアルゴリズムによって種に組み込むには、私たちが猿だった時代から気が遠くなるほど繰り返してきた自己複製プロセスが、まだ足りないのかもしれません。

 

 

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2007/03/01

タグをもらおう、できるだけ高級なヤツを

超お下劣表現でJALスッチー7000人個人情報データ化(サンケイスポーツ)
「その数、少なくとも7000人分。ほとんどが女性客室乗務員の個人情報だった。リストは一部に流出しており、この日発売の「週刊朝日」が入手して報じたところによると、「ブス」など差別的な表現をはじめ、「ジャイアンツB投手の彼女」「男好きするタイプ」「右翼」「父なし子」「流産」などの情報まで記載されていたというからあきれるばかり。」

労働基準法の3条をご覧下さい。

第3条(均等待遇)

「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」 

労働基準法の3条は、わたしたちが働く場所で国籍や考えていること、社会的な属性によって労働上不利益な取り扱いを受けることだけを直接禁忌としている条文ではありません。

それは身分、信条、国籍などが扱いを不当に違えさせるというその思考方法が、わたしたちが一日の大半を過ごす職場でまかりとおることによって、さかのぼってそうした思想を禁じた近代憲法を実質無力化してしまう事態を警戒したものです。(私見)

たしかに憲法の14条が「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と定めてはいます。

しかし職場で憲法14条に明らかに違反する事態があったとしても、憲法だけをツールとして労働者が戦おうとするなら、ただ単にその効力が争われるに終わります。

そこで労基法の3条が、119条に罰則まで用意してこれを禁止し、さらに13条でそうした行為の無効化を予告しています。

普通、法律の条文で”信条”という言葉が用いられた場合、これが宗教的な核心に限定されるのか、あるいは政治的な志向も含むのかについては、あらゆる法分野で争いが起こりがちです。

しかしこと労基法3条に限って言えば、学説・判例ともその”信条”という文言に政治的信条が含まれることを認めていますし、解釈例規もほぼ同旨です。

もともと国家が特別法を用意し、国家が資金を与え設立した国策会社であったJALの歴史から考えて、その所属する女性達一人一人に労組が密かに品のないタグ付けをしていたことは確かに気味の悪い行為です。

しかしその極秘業務が長年通用していたことは、それ以上にその働く場所が案外みじめなものだったことをあらわしているともいえます。

なぜならそういった「人間はタグ付けによって便利に規定できる」と考えていた上層の労働者達自身、”自分とは、タグをつけられ得る存在である”という、人間に対する随分安い価格設定を肯定していたことに他ならないからです。(私見)

 

 

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2006/08/02

トリガーは毎月の請求書、アンカーは解雇の恐怖

「偽装請負」労働が製造業で横行 実質派遣、簡単にクビ(朝日新聞)

「偽装請負の現場では、重大な労災事故も起きている。日立製作所の茨城県日立市の工場では04年9月、請負会社の作業員2人が発電機の検査中に感電し、死傷する事故が発生した。日立は安全対策を怠ったとして労働安全衛生法違反容疑で書類送検されたほか、偽装請負についても茨城労働局から改善するよう口頭で指導を受けた。 監督官庁がないため、請負会社で働く人の数はつかみにくい。厚生労働省の推計だと製造業だけでも04年8月時点で87万人に上るというが、働く人たちの多くが自分たちを派遣労働者と思い込んでいる。」

職業安定法の第44条をご覧ください。

第44条(労働者供給事業の禁止)

「何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。」 

18世紀後半、イギリスでは新しい機械がつぎつぎと発明され、機械による生産が大きく伸びていきました。

一方農村では地主が広大な土地を柵で囲い人件費を削減、追い出された農民たちは工業がさかんだったマンチェスターなどへ出て食い扶持を求め、その名を”労働者”と変えることになりました。

しかし産業革命は機械の凄まじい発達スピードから人間を振り落とすように、男はもちろん、女性や子供までをも過酷な労働環境下で歯を食いしばることを要求しました。

そこで1833年、英国政府は労働者を保護する工場法を制定しましたが、現実にはその法が労働者の暮らしを楽にすることはなく、炭鉱で爆死する労働者や紡績機の下を這い回る子供たちがいなくなることはありませんでした。

そしてその法の無力が、やがて議会に本当の国民の声を届けるための普通選挙を要求するチャーチスト運動を生む契機になったのです。

このことから、わたしやあなたの国でもおよそ労働者にまつわる法律は、その起源から弱かった”労働者”を保護することを立法趣旨としています。

たとえば労働者を直接雇用する使用者に対しては、民法や労働基準法などが労働者のためのさまざまな法的義務を強いていますが、それは利益を得る人に責任も負わせようという、報償責任という考え方によるものです。

しかしもしある日、使用者の事務所を腰の低い営業マンが訪ね、「社会保険など一切のややこしい保障はわが派遣元が責任を負います。労働基準法などで割高につく現在の労働者よりも、もっと割安な弊社の派遣労働者を使いませんか?」と囁かれれば、社長の目がキラっと輝くこと間違いなしです。

これが基本的な「派遣」という労働形態の起因です。

しかし派遣という労働契約形態は、それが発想された瞬間から、派遣元による激しい中間搾取や、労働契約が直接派遣先とないゆえに我慢ならない労働環境を労働者が飲み込まなければならないなど、歴史的に認容できない問題点を抱えていました。

そこで昭和60年に制定された「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」は、労働者派遣事業として認めうる業種の範囲を段階的に許容しながら、派遣労働者が不当に搾取されないよう目を光らせています。

さて、今回のお話は物の製造現場についてです。

実は物の製造現場では、これまで原則的に労働者に対しては請負契約形態が採用され、派遣契約形態は禁止されてきました。

何故なら危険な現場における派遣労働者の安全は、現場に実際にはいない派遣元によって確保できるとはとても考えられなかったからです。

しかし平成15年の改正で、物の製造現場においても派遣元・派遣先両者に技術面のプロを置くという条件付で派遣契約が段階的に解禁されています。

一方で請負とは、もともと単に仕事の完成を約束する契約を意味していますので、労働者は請け負った会社からの指揮命令にしか従う義務がありません。

請負契約で労働者を仕入れれば厄介な条件等を要求する労働派遣法に縛られることはありませんが、いったん受け入れ先企業に視点を移せば、直接指揮命令ができないという難しい問題があります。

そこで濫用されているのが偽装請負という契約形態です。

つまり偽装請負とは、形式上は直接指揮命令ができない請負人という契約を結びながら、現実的な労働形態は従業員への責任や保障をすっ飛ばしつつ、指揮命令は飛ばすという派遣契約以外のなにものでもない、労働派遣法をあざむく労働契約形態をいいます。

職業安定法が偽装請負を44条で禁止しているのも、労働者から保障や福利厚生、安全管理という衣が、契約に契約を重ねることで剥がされていくことを避けるためです。(私見)

しかし1800年代、坑道で吹き飛んだ昔から、あらゆる労働法が目指す”労働者の地位を使用者と対等にする”という理想までの距離は、まだひどく遠いようです。




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2005/07/07

今夜も天の川で強制労働が続く

「藍ちゃん」も登場 ひらつか七夕まつり開幕 神奈川(朝日新聞)

労働基準法の第5条をご覧下さい。

第5条(強制労働の禁止)

「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」 

天帝の美しい娘、織り姫さんの仕事は機織り、精悍な若者、ひこぼしさんの仕事は牛引きでした。

ある日ふたりは出会い、恋に落ち、結婚しました。

しかしその後、織り姫さんがあまりの幸せのため機織りの仕事を怠り、彼女のお父さんは婿入りしたひこぼしさんを追い出し、二人を離ればなれにしてしまいました。

その後、あまりにも織り姫さんが嘆き悲しむので、お父さんは年に一度、7月7日の夜だけ逢うことを許しました。

そして二人を引き裂いた天の川に、もし雨が降って増水しても二人が会えるよう、天の川に橋が架けられ織り姫さんが年に一度だけその橋を渡るというのが七夕というお話です。

ところでその空の下、日本では明治時代、農村での貧困に耐えかねたたくさんの、女性というにはあまりに年若い子供達が女工として出稼ぎに出、一日十五時間の労働に耐えていました。

しかしそのような環境が人間の体に良い影響を与えるはずが無く、当然ストレスと労働の重圧で体を壊し、結果、少女達が廃人同然になってしまうと、無理矢理家族にひきとらせたといいます。

こういった悲劇の再現を避けるため、憲法27条2項は,「賃金,就業時間,休息その他の勤労条件に関する基準は,法律でこれを定める」と規定しています。

その立法趣旨は、もし雇う人と雇われる人が自由に労働条件の決定している状態を放置すれば、自然、生産手段を持たない雇われる側の人が雇う側の人に言い値で契約されることになり、低賃金や過重労働に黙って耐えるしかなくなるため、間に国が入り、雇われる人の保護のために労働基準を定めようとしたものです。

その基準こそ、労働基準法あるいは最低賃金法等の各法です。

労働基準法5条はまさに、かつて野麦峠を超えて製糸工場に出稼ぎにでた女工の人たちが逃走できないよう鉄の窓枠の宿舎に入れられていたような状況を想定し、雇う側がそうであるように、雇われる側も幸福を追求するために生まれてきた人間であることを法の力で再言しています。

織り姫のお父さんが頭に来たのは、労働をさぼったそれ自体よりも、娘を牛飼いに取られた嫉妬心だったからかもしれません。

しかしたとえ父であろうとも、彼女自身が選択した幸福の形を取り上げてしまうなら、いったい彼女がなぜ生まれてきたのかがそもそも不明になってしまいます。

当然ですが、人の法律、労働基準法5条は夜空には届きませんので、今年も織り姫とひこぼしのかつての選択は、夜が明けるまでの間しか、形作ることを許されません。
 

 
法理メール?

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2005/05/23

ホームヘルパーへのセクハラと権力の確認

セクハラ ホームヘルパー4割被害 急がれる防止策(Yahoo)
「「セクハラされた経験がある」と答えたのは153人(37.9%)。自由記述では「利用者の息子に押し倒されそうになった」など、犯罪になりかねない事例の報告もあった。」

通称、男女雇用機会均等法の21条をご覧下さい。

雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律

第21条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の配慮)

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をしなければならない(以下略)。 」 

残念ながら、男女雇用機会均等法では直接性的嫌がらせを罰することができません。

そのため民法709条を用いて加害者に不法行為責任をとらせたり、ヘルパー派遣会社の責任(債務)不履行責任を追及するなど、別の法律で対応していくことになります。

優位な立場にある人が立場上逃げ場のない人を追い込むことをセクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、アカデミック・ハラスメントなどと呼びますが、あなたの感受性をもってすれば被害者側にはどれほど理不尽な憤りを覚えるかご想像に難くないでしょう。

それでは反対に、なぜ私たちには弱い立場にいる人を追い込んでしまう習性があるのかにはご想像を及ばせることが可能でしょうか。

私たちの社会は効率よく学ぶ仕組みとしての大学や、効率よく利益を上げる仕組みとしての会社を作り上げました。

しかし一旦人間の手に、学位を与える、昇進を左右するなどなにがしかの権力が渡されれば、会社や学校本来の目的でなくとも、内部の人に対してギリギリまで(つまり法に触れるまで)その権力をもって譲歩を要求できることに気がついてしまいます。

そしてもともと性の自由や、勤労の自由、学問の自由などはお互いがその利益を調節しあいながら守らなければならない類の権利であるため、構造内部にとどまりたい学生や勤労者は、その権利を不合理なまでに自ら退去させられてきたのがこれまでの歴史でした。

6年前に改正された男女雇用機会均等法はその一場面に光を当てて注意喚起を促しています。

人は生まれてすぐ泣き叫び、全方位にどこまでその権力を及ばせることができるかを確認します。

それは人間には最初から、職場ではハラスメントを起こし、頼るしかない乳児を虐待する父親・母親になり、人の命を脅かして欲しいモノを奪おう、あるいは命そのものを奪う人に変わってしまう性質が、あなたにも私にも標準装備されており、それは根元的な生きる術なのだと宣言しているかのようです。

そしてもしそうであるならば社会的権力が手渡されたそのこと自体が、人間に押してはならないスイッチを押させてしまう危険性を孕んでいると一旦法的に擬制しておくことが、その上で道徳的規範をさらに築く礎になるのではないでしょうか。

実際その擬制は憲法で実行されており、それが三権分立制度や国民主権制度として形作られています(私見)。

私たちは社会のどのような場面でも自分達の性質を忘れるべきではありません。

社会構造上いつまでもその無力感に苦しむ人は、駅のホームで並ぶ人の背を一押しするだけで、被害者にとっての死の司祭にはすぐなれますし、そのために今日も悲惨な事件が今にも起ころうとしているのですから。 
 
 

 
(Copyright(C) 恵比寿法律新聞)

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2005/05/19

従業員への誓約書要求と鉱山で死んでいった人々

従業員に誓約書要求相次ぐ 企業情報漏えい防止理由に(長崎新聞)

労働基準法の16条をご覧下さい。

第16条(賠償予定の禁止)

「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」 

憲法二七条二項には「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」と書かれています。

これに基づいて制定されたのが労働基準法です。

労働基準法はサラリーや労働時間、災害時の補償など重要な労働条件の最低ラインを定めています。

これら労働条件は、労働者と使用者が対等の立場で決定するのだとも2条1項に書かれています。

つまり会社に雇われるとは、契約を結ぶことに他ならず、頭を下げてなんとかこき使ってもらう牛馬にならせてもらうことではありません。

これを法学上、「契約とは意思表示の合致で成立する法律行為である」と表現します。

さて、「意思表示の合致」という一言、法学に興味をお持ちでないあなたにも十分役立つおまじないですので、ぜひ注意して以下をお読み下さい。

あなたがフリーマーケットで着られなくなった2万円のブラウスを売りに行ったとします。

ふと、子供が500円だけ握りしめてそのブラウスの前をいったりきたりしていることに気がついたあなたは、「500円でいいよ!」といいます。

これが意思表示の合致です。

たとえ500円でもあなたは納得してブラウスを渡し、子供は洋服に納得して全財産500円を渡しているからこそ有効な取引だということです。

逆にあなたの携帯にある日突然、「出会い系サイトに接続しましたか?今3万円払ったら退会できますよ?」という電話が入っても、契約という法律行為は意思表示が合致しなければ成立しないのだというのが大原則です。

それさえ覚えておけば、「いや、私の意思はかつてそんな形で合致させたことはない」と、自分の内心からたどって堂々とその電話を無視することができるのです。

「接続したことになった → 契約は絶対らしい → お金払わなくちゃ」という形式論には、どこにもあなたの内心から辿られておらず、そういった場所に法律関係が発生するはずがありません。

そのことを私的自治の原則と呼びます。

法律関係で迷ったら、あなたはいつも「契約とは、意思表示の合致による法律行為である」というおまじないを心の中でつぶやいてください。

もしあなたがすでに職場で意に添わない誓約書を書かされた後だとしても、あなたの意思の形がそこに合致していなければあなたには労基法16条をもってその無効を事後的に争う余地があります。

実際に判例でも「退職金を円満退職者以外には支給しない」という契約や、「退職後同業他社へ就職のときは退職金を自己都合退職の半額とする」という契約が無効とされています。

つまり片方に一方的に有利な条件の誓約書などは、もはや両者の意思が合致しているとは実質的に判断することができず、それを法律行為の範疇にいれることができないのだというのが、労働基準法16条の立法趣旨です(私見)。

企業にしてみても、もし従業員の情報漏洩で損害を被ったらその時は損害賠償を従業員に請求することは労基法16条は何ら障害になりませんので(昭和 22年 9月 13日 次官通達 17号)労基法が一方的に労働者に有利に作られているわけでもありません。

そもそも労基法2条1項に「対等である」という言葉を埋め込んだのは、労基法成立前の労使の非対等な関係の下、過酷な環境の鉱山や工場で健康を害し、あるいは命を落としていったたくさんの人たちによるのだということを、私たちは忘れるべきではありません。

いつの時代も選ばれる立場にある労働者と、選ぶ立場の使用者の関係上、契約が対等とはいえなかった現実に憂慮して、国家が私的自治原則を変形させてまで例外的に出動してきた現場、それが労働基準法です(私見)。
 


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2005/05/06

労働者の盾は気がつけば矛となった

13人が「死傷者多数」認識=懇親会で話題-3次会も、JR西のボウリング問題 (Yahoo)

「幹事は「30人も予約したため、キャンセルし難かった」と説明している。」

憲法の28条をご覧ください。

第28条〔勤労者の団結権・団体交渉権その他団体行動権〕

「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は,これを保障する。」

憲法は二八条で、労働者の団結権、団体交渉権、団体行動権のいわゆる労働三権を保障します。

団結権は、労働者が団体を組織・加入する権利、団体交渉権とは、労働者が労働条件を交渉する権利、団体行動権とは労働者が争議行為をなす権利のことです。

最高裁は全逓東京中郵事件判例で、労働三権は経済上劣位に立つ労働者に対して実質的な自由と平等を確保するための手段として保障されていると明言しています。

ところであなたは全ての法律が対立利益のバランスによって生成されていることをご存じでしょうか。

憲法もその例外ではなく、一方があなたが個人として要求する利益、つまり自由権であり、もう一方があなたが社会の一員として要求する利益、つまり民主権です。

憲法の下全ての法律において、”個人のあなた”の自由は、常に”集団としてのあなた”自身の要請により一定程度制限されています。

憲法28条においては、あなたの自由権は労働三権として表現されますが、ではこの条文を立体的に存立ならしめる対抗利益とはなんでしょうか?

あなたの労働三権に対抗する社会の利益を、憲法で「公共の福祉」と呼びます。

かつて山田鋼業事件と呼ばれる最高裁大法廷の判決がありました。

そこでは「28条は勤労者の団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障する。しかし同時に28条は国民の平等権、自由権、財産権等の基本的人権も保障する(公共の福祉)。公共の福祉が労働三権の行使の前にことごとく排除されるものではなく、労働三権が公共の福祉に対して絶対的優位を有することを認めているものではない(意訳)」という趣旨の判示をしています(昭和25年11月15日)。

現在、記者会見場では三つの権力者達が罵りあいを繰り広げています。

鉄道会社・報道会社、そしてかつてC.W.ミルズも「新しい権力者」と呼んだ労働組合です。

サンドバックになっているのは元国営鉄道会社、もっとも俯瞰能力を失っているのが報道会社、そして労働三権という盾で守られたボーリング大会において、人間として正当な行動がとれなかったため盾の強大さが強調されてしまっているのが労働組合という一大権力です。

かつて労働組合は世界中で抑圧され、日本でも旧治安警察法第17条によりこれを禁止されており、最終的に労働組合が合法化されるのは日本が戦争に負けるまで待たなければなりませんでした。

人は皆、一人一人は純粋に自分と家族の幸福を追求する存在でしかありません。

起業家も労働者がとらないリスクを一人で負って自身の利益を追求するシステムをつくる戦いに挑む一人の人間です(そしてその大半は破れます)。

そしてその反面、システム創出の過程でたくさんの雇用を労働者に提供します。

労働者も一人一人は自分と家族の幸福を追求する小さな存在でしかありませんが、一旦その権利獲得のため集団化という手法をとれば、その権力は時に籍を置く会社そのものの形を変形させてしまうほど強大になります。

せっかく「労働するあなた」が「起業したあなた」から富を奪い返すため手に入れた労働三権という権力、それを生かすのも殺すのも、やはりあの会見場にいるあなた次第です。
 


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