2006/12/18

柵の中で富を奪い合おう

巨大な鏡で山間の寒村に陽光=イタリア(時事通信)

「イタリア北部の住民がわずか185人のビガネッラ村は、四方を高い山に囲まれ、冬季には太陽の光がほとんど直接、村に届かず、暗くて寒い冬を耐え忍ぶことを余儀なくされていた。しかし、このほど、周囲の山腹に、横8メートル、縦5メートルの巨大な鏡を設置。この鏡はコンピュータ制御によって太陽の位置を自動的に追い、反射によって村に陽光をもたらした。イタリアのANSA通信によると、ミダリ村長は「建築家の友人が7年前に解決方法を模索し始めてくれてから、7年間、この瞬間を待ちわびてきた」と喜びを語った。鏡の設置には約10万ユーロ(約1500万円)かかったという。」

民法の206条をご覧下さい。

第206条〔所有権の意義・内容〕

「所有者は法令の制限内に於て自由に其所有物の使用,収益及び処分を為す権利を有す」

「富は有限である」、それが私たちを寿命という与えられた時間のなかであらゆることに駆り立てている、基本的な強迫観念です。

たとえば土地はかつて複雑な封建的制約を受けていました。

そこで「フランス人権宣言」は、所有権を神聖不可侵なのだと宣言し、これによって近代市民社会とは「所有権の絶対」が保障されている社会なのだという了解が世界に行き渡りました。

「所有」は「有限の富」を「有限の生命」のなかでできるかぎり自分の元に呼び寄せる、もっとも基本的なツールだと考えられているのです。

しかしもし、「富は有限である」という強迫が砕けたなら、「所有」の概念はいまと同じ形を保ち続けるのでしょうか。

そのときはわたしたちは、いまのあがき方を(つまり生き方を)、多少なりとも変えるのかもしれません。

フラードームなどで有名な数学者バックミンスター・フラーは、啓蒙書「宇宙船地球号操縦マニュアル」のなかで、富に関して、私たちがあまり聞き慣れていない概念を以下のように披露しています。

「結論としていえば、富の物理的構成要素、つまりエネルギーは減少することはあり得ず、その形而上的な構成要素、つまり専門知識はふえるだけである、ということだ。

ということは、われわれの富というものは、使うほどふえるということになる。

つまり、エントロピーとは逆に、富はふえるだけである。

エントロピーが、エネルギーの離散がひきおこす混乱の増加であるのに対して、富とは局部的に見れば増加した秩序ということになる。

すなわち、物理的な力を、人間の形而上的な能力によってつねに秩序づけ、それを、部分的に把握されながらつねにひろがっている宇宙の中に凝縮してゆくこと、それが富なのである。」

フラーは”もともと富は強迫されているように枯渇するものではなく、すぺての人間にとって十分な量があるものだ”だとしているのです。

そしてそれを有限にしているのは、権力という柵の仕切り方にすぎないのだと分析します。

富が有限でないなら、マルクスがいうような階級闘争も必要なかったのです。

イタリアの山村、ビガネッラ村に185人しか住民がいないのは、きっと日当たりが無いという、資産価値の認められない場所だったこともあるのでしょう。

ただしニュースのように鏡で届くようにすれば、もともとの太陽というあらゆる富の根元は(それは生命の維持にもっとも必要なエネルギーです)、どの場所にでもさんさんと平等にふりそそいます。

鏡を一枚用意するだけで、その土地に「所有」する必要などない陽光が訪れました。

私たちのしがみつく「所有」という概念も、何百年の後、国境という権力の柵が崩壊して、「富」というものの真実の姿が現れる日までの”時限法理”なのかもしれません。

 

 

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2006/05/31

まな板が揺れない場所へアイディアは籍を移した

村上ファンド 日本脱出の真相語る(JINビジネスニュース)
「村上ファンドを率いる村上世彰氏は、投資ファンドそのものをすべてシンガポールに移し、家族とともに2006年5月16日、日本を脱出した。出国する直前、六本木ヒルズにある彼の事務所で会い、なぜ日本を脱出したのか、聞いた。「日本では金儲けは悪いことのように言われる。企業家や投資家が住むところではないと思った」。」

所得税法の164条1項3号をご覧ください。

第164条(非居住者に対する課税の方法)

「非居住者に対して課する所得税の額は、次の各号に掲げる非居住者の区分に応じ当該各号に掲げる国内源泉所得について、次節第1款の規定を適用して計算したところによる。

3.国内に自己のために契約を締結する権限のある者その他これに準ずる者で政令で定めるものを置く非居住者(以下略)」

非居住者等、つまり大まかに言って外国人投資家に対する課税では、「国内源泉所得」のみが課税対象とされます。

しかしこの場合、非居住者等に日本の恒久的施設があるかどうかで課税のされかたが変わってきます。

恒久的施設のことを俗にPE(Permanent Establishment)と呼びますが、もしPEがあると判断されれば総合課税、ないと判断されれば非課税です。

そして第164条第1項によれば、PEには3種類あることになります。

1号が支店や事務所など物的施設、2号が1年以上の役務の提供、そして3号が代理人です。

これまで海外投資家はファンドなどで上げた利益を事実上申告納税しませんでした。

PEが日本になければ課税されないはずだったからです。

村上ファンドのような財産を預かって投資を行い、利益を投資家に還元する団体が、164条1項3号にいう代理人にあたるといえるのかどうか、そこが課税の関が原であり、税法の度重なる改正は彼らを徐々に追い詰めつつあります。

しかしわたしやあなたが真の意味の公正というものを手に入れるためには、投機というただの数学的行為に「偽善者ではないのか」「球団を昔から愛していたのか」など、何故本来関係のない感情的評価がメディアに踊るのか、どのような勢力の意図が私たちをラポールさせたがっているのかを感じる必要があります。

自分自身の自由のため、誰かを唐突にお金の亡者となじりたくなったら、私なら自分の足元にどのような装置が埋まっているのかを把握していたいからです。

株式会社とはそもそも市場というまな板の上で自らの数字をさらけ出すことで出資金を募るドライなアイディアのことです。

そしてまた何らかの原因で不当に評価が低くなってしまっているまな板上のアイディアを見つけたら猛然とそれを買い付けて株価を低くしてしまっている要素の改善を求め、正当な株価にして差益を得るのもまたファンドと呼ばれる経済活動上のドライなアイディアです。

それらアイディアは数学的原理で駆動することを期待されている以上、そのまた板が社会感情による善悪評価で手元が狂うことを望みません。

そうであるなら不確定要素を排除するため安定したまな板を求めて移動するまでなのです。




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2005/05/29

債権者を凄まじく太らせる連帯保証というドメスティックルール

弟の肩代わり…大石静さん借金地獄(gooニュース)

「原因は一昨年夏に、実弟の借金2億円を背負ったこと。レストラン経営に失敗した弟の連帯保証人だったことから、激しい取り立てを受け、東京都世田谷区の自宅を購入価格の3分の1の8000万円で売却。骨董品をすべて売っても、整理回収機構から自己破産寸前に追い込まれ「1カ月以内に一括で3000万円返済」の条件をのみ、昨年春に何とか仕事仲間から借金して払った。」

民法の454条をご覧下さい。

第454条〔連帯保証人と抗弁権〕

「保証人が主たる債務者と連帯して債務を負担したるときは前2条に定めたる権利を有せず」

連帯保証人とは、たとえばお金を借りた本人と”連帯”することを、お金を貸した人に対して約束した人のことです。

あなたが誰かの「フツーの」保証人になったときは、あなたには”催告の抗弁権”や”検索の抗弁権”が与えられます。

それは「まず金を借りた本人から請求してくれ」とか「まず金を借りた本人の財産から処分してくれ」などという主張が許されるということです。

あなたは当然のように思われるかもしれませんが、もし「ちょっと名前だけ貸して」といわれてあなたが印鑑を押した署名の欄が「連帯保証人」となっていたとすれば、これらの権利は一切認められません。

それが454条という条文の怖さで、あなたはお金を借りた本人を飛び越えていきなりお金を貸した人に堂々と請求されますし、本人が倒産を見越して家族に家田畑を相続していたら、連帯保証人になってしまったあなたは突然財産を持って行かれる危険もあります。

まずあなたは、知り合いや家族に「名前だけ貸してくれ」といわれたら、「それは私にもいろいろな言い分が認められているタダの保証人のことか、それともあんたと一蓮托生になる連帯保証人のことか」という点をはっきりさせてください。

そうでなければあなたはなんの対価も得ることさえなく、自分と家族の全財産を債務者のふるサイコロに預ける羽目になります。

しかもその目がどう出るのかは、お金を借りた本人にはよくわかっていても、連帯保証人にはまったく情報が伝えられていない場合のほうがほとんどなのです。

連帯保証制度に対しては、一部で長い間その不当性の是正が主張されています。

資本主義のメイン会場であるアメリカでは、フェアな限度での個人保証制度は存在しますが、一方的に連帯保証した人だけが丸裸になる危険を背負うこのような制度はありません。

そしてそれがすぐれた人材を被雇用者に向かわせず起業に向かわせる社会の原動力になっているといわれます。

民法学の我妻栄博士は「近代法における債権の優越的地位」という52年前の論文のなかで、「債権はもはや物権に到達する手段には収まらない。債権はそれ自身独立した経済的力だ。資本主義経済における財産とは、物権が主要素なのではなく、むしろ債権が主要素だ」(要約)と、財産の債権化を既に看破されています。

よく勘違いされるのですが、債権とは、あなたがお金をかした相手のポケットに勝手に手を突っ込んでお金を取り出せる権利ではありません。

それは相手にポケットからお金を”出させる”命令ができる権利です。

債権が人を支配する権利だと言われるのはこれがためであり、債権が徐々に優越的地位を獲得していったのもそれが理由です(私見)。

あなたは人がいいと思われたいというような安易な動機で、理由もなく人を支配する権利、債権の槍の下に進んで座ろうとするべきではありません。

昨今のTVのコマーシャル枠が消費者金融の会社ばかりに大量に買われている理由を、一度よくお考えになってみてください。
 

 
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2005/05/17

サラリーマンによる36億円の納税とシャウプの抜け穴

サラリーマン初の首位 払ったり36億円 16年分高額納税者(Yahoo)

所得税法の233条をご覧ください。

第233条(申告書の公示)

「税務署長は、その年分の確定申告書又は当該申告書に係る修正申告書に記載された第百二十条第一項第三号に掲げる所得税の額が千万円を超える者について、財務省令で定めるところにより、その者の氏名及び住所これらの申告書に記載された当該所得税の額を公示しなければならない。」
 

いうまでもなく所得税法233条の趣旨は、納税者を讃え、ひいては他の納税者の功名意識を利用して総納税額を引き上げようというところにあるものと思われます(私見)。

しかしその立法者の優等生的な発想と乖離して、いつの時代も国民レベルではいかに納税額を少なくするかというテクニックが、節税という名のもとに研究されてきました。

戦争に私たちが負けたあと、来日した経済学者シャウプさんにより財閥解体・農地改革・税制改革が実施されました。

超過累進課税システム、すなわち所得が増加するにしたがって税金と同時に税率までも上昇する富の集まる場所により国税を負担させる構造に変化したのです。

これを俗にシャウプ税法などとと呼びます。

日本の税法はその後、政策目的を優先させた租税特別措置をとりながらも、今もシャウプ税法の影響を受け続けています。

そしてどれだけの巨富を築いても、放っておけば相続税をもって三代で全部国に財産が吸収されてしまうこのシステムの前に、幾多の経済界の名士と呼ばれる人たちがこれまで知能戦を繰り広げてきました。

小佐野賢治の虎ノ門事件、松下幸之助の株式売却益と当時の課税額面評価制の間隙を突いた手法など、あくまで合理的な節税手腕がうなりを上げましたし、ミズノでは創業者水野利八の莫大な遺産を自ら急遽設立した自らの財団にそのまま寄付することで非課税対象になっています。

しかしこれらの行為は法律に則しており、なんらやましいものではありません。

もはや社団法人や宗教法人など、法律的擬制技術を用いた手法は極トラディショナルなものでさえあります。

何故八百屋のおじさんも法人を設立するのか、その本当の理由は大人なら皆がよく知っています。

富裕層からは「累進課税制度を見直せ」という声が徐々に大きくなりつつあります。

いわく「金持ちにとって不公平であり、経済活動を疎外する。そうでなければ国外に出て行くぞ」と。

国家にお金を回すくらいならば自分の金庫に入れたい人たちにとっては、 233条という場合によっては物騒な勲章よりも、自国の税制に縛られずに済むスイスの居住権のほうがよほど欲しいのだということです。

それがシャウプ税法に対する富裕層からの長年の回答であり、また毎年の長者番付にあの有名人が出てこない理由でもあります(私的解釈)。

かつての禁酒法のように、課税法もその運用を間違えれば地下でさらに根を複雑に茂らせる可能性を孕みます。
 

 
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2005/04/15

輪転機を守るため8月15日を選ぼう

人民元は変動相場制に 米大統領、異例の言及(産経新聞)

外為法の7条3項をご覧ください。

外国為替及び外国貿易法 第7条3項(外国為替相場)

「3 財務大臣は、対外支払手段の売買等所要の措置を講ずることにより、本邦通貨の外国為替相場の安定に努めるものとする。」

1971年まで、一ドルはいつでもアメリカが金35オンスと交換することを保障していました。

しかしその8月15日、ニクソンは突如その保障をやめることを世界に宣言します。

世界はアメリカの保障を信じてせっせとドルを溜め込んでいましたので脂汗を流しました。しかし世界一の腕っ節を持ったアメリカという番長が刷るお金が一番安定しているのは変わりません。

これを受けて主要国通貨は1973年以降、すべて変動相場制に移行しましたが、アメリカが保障しない以上、各国政府が世界の経済安定を肩代わりしなければなりません。

わが国では外為法が為替取引を原則自由としながらも、7条3項等で一定程度日銀の介入を認め、これに貢献しています。

基軸通貨には世界のお金が集まります。このためアメリカはニクションショック以降、基軸通貨ではあるが責任はとらないという、もっともおいしい立場にたっています。

アメリカはいくら内情が赤字であろうと輪転機さえ景気よく回せばすべてがチャラになる、いわば他の国がアメリカの台所を支えている構図にあるのです。

しかしここにきてライバルユーロが台頭してきたことが今のアメリカを心理的に追い詰めています。

イラクや北朝鮮がユーロを基軸通貨にすると発表した途端、ブッシュに「悪の枢軸」と決定されました。

アメリカは中国がユーロに支配される前になんとしてもドルの傘下に収めたい算段です。

かつて1ドルは360円で固定されており、日本は自動車を輸出するたびに大変な利益をあげ、ドルの地位を脅かしましたが金本位制の廃止により日本へ富が流れる構図は切断、ドルが強さを取り戻しました。

そして今日同じ選択を中国に突きつけています。

アメリカは常に自国の輪転機が黄金色から退色していくことだけを恐れています。
 

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2005/02/03

銀行法が広葉樹なら十分な木陰ができるだろう

大阪市民球団構想、出資100万人目標に(読売新聞)

銀行法の第10条をご覧ください。

第10条(業務の範囲)

「銀行は、次に掲げる業務を営むことができる。
1.預金又は定期積金等の受入れ
2.資金の貸付け又は手形の割引
3.為替取引」

信用組合が球団を経営しようとする場合、上記条文が本来邪魔をするはずです。

しかし今回は出資企業の一つとして名を連ねることにしていて10条を迂回しようという算段らしいです。

銀行法10条の立法趣旨は、経済の血脈である銀行業務の国家経済に果たす役割の最重要性に鑑みて、被許可者には全力でこれにあたらせるところにある物と思われます。

また同時に、被許可者が他業務を営むことで銀行業務で扱う金銭が不透明に融資されることで生まれる金融危機を未然に防ごうという趣旨も読み取れるところです(私見)。

してみれば銀行法を迂回しようとする発想そのものを10条がその下に許さない可能性は十分考えられます。

今後の銀行法の改正を占う意義もあり、事態の進展が注目されます。
 
 

(Copyright 恵比寿法律新聞)

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2005/01/29

キリストは地表に切り取り線を入れた

エッ本物?埼玉の用水路に1万円札1500枚(読売新聞)

民法の240条をご覧ください。

第240条〔遺失物の拾得〕

「遺失物は特別法の定むる所に従ひ公告を為したる後6ヶ月内に其所有者の知れざるときは拾得者其所有権を取得す」

遺失物とは、占有者の意思に基づかないで所持を離れた物で,盗品でない物をいいます。

これを拾った人は,遺失物法の規定に従って公告をした後, 6カ月内に所有者が判明しないときは,所有権を取得すると書いてあります。

みなさんはなぜひろっただけで、現金がその人のものになるのか不思議におもわれたことはありませんか?

資本主義はブンドリの世界、ぶんどった領分は如何様にも処分できる、これがザ・物権である所有権の性質ですが、これはどこからきた考えかといえば、実はもともと神がこの世の各々すべてのものの絶対的処分権を持つと考えたキリスト教の仕事です。

それを人にきりわけたと考えるのが人の所有権というわけで、キリスト教以前にこのような一義的論理は地表を覆っていませんでした。

すなわち、物権のもっとも典型的権利である所有権はところかまわず、未だ無主物である領分を追い求めて駆け回るのです。

じつは今ではこのヒリヒリした世界、領主のいない現金など存在が許すことができないのです。

拾った人に現金の所有権がうつるルールや、悪意でも20年占有すると土地をもらえる取得時効の制度の源泉は、学校や会社で今日も弱者に負担を負わせる濁流の源泉と、とてもよく似た沢から湧いて出ています(私見)。 
 


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2005/01/19

銀行:最強の債務者

スキミング:「銀行、損失補填せよ」被害者、怒りあらわに(毎日新聞)

刑法163条の2をご覧ください。

第163条の2(支払用カード電磁的記録不正作出等)

「人の財産上の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する電磁的記録であって、クレジットカードその他の代金又は料金の支払用のカードを構成するものを不正に作った者は、十年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。預貯金の引出用のカードを構成する電磁的記録を不正に作った者も、同様とする。

スキミングがあった場合、刑法上、つまり国家にお仕置きしてもらうことには障害がありません。

しかし口座からなくなった現金をどう取り戻すのか、すなわち民法上の処理が問題になります。

実は銀行は預金者である我々から見ると債務者でしかありません。

銀行は弱い債務を集めて、強い債権を作ることでゲインを生んでいます。

かつて民法学の我妻栄先生が、名著「近代法における債権の優越的地位」をもって、法理論上、いかにして債権が物権を優越していったのかを明らかにされました。

しかし理論はともかく、少なくともわたくしの知っている範囲の現実においてはお金を貸した人というのは借りた人より心理的に弱くなるのが常です。

ホテルニュージャパンを業火につつんだ横井英樹氏は相当の法律のマニアで、一旦手にしたお金、つまり債務はすべて自分のものと自身のなかで法解釈ができていたといい、実際に横井氏からはかえってこなかった債権がうなるほどあったのだと及び聞きます。

債務者はみずからの手でみずからのポケットからお金を差し出す義務しかなく、債権者である私たち預金者が銀行のポケットに手を入れたら窃盗罪になるのです。

銀行は債務者である、そしてそれは非常に強い立場である、現代においてはそう読み取れなくもありません。



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2004/12/13

利息制限法と出資法の間に金色の川が流れる

<上限超え利息>「過払い」で武富士けん制 返還金上乗せ判決

利息制限法の1条をご覧下さい。

第1条(利息の最高限)

「金銭を目的とする消費貸借上の利息の契約は、その利息が左の利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分につき無効とする。
元本が10万円未満の場合 年2割
元本が10万円以上100万円未満の場合 年1割8分
元本が100万円以上の場合 年1割5分

2 債務者は、前項の超過部分を任意に支払つたときは、同項の規定にかかわらず、その返還を請求することができない。」

利息制限法の趣旨は法外な高利から債務者を保護しようとするところにあります。

しかし一方で利息制限法1条2項には、制限超過部分を債務者が任意に弁済したときはその返還を請求することができないと書いてあります。

(一応、判例法理で2項は空文化しているとはいわれています。)

今回はさらに踏み込んで、武富士を704条不当利得の悪意受益者とまで言い切り、「利息も返せ」としたわけです。

出資法との間に利息の隔たりがある理由を、普通”その空白が、無登録の高利貸しの跋扈を禁圧するのだ”と主張されることになっています。

しかし最近の消費者金融を間接原因とする社会問題の前にしては、真実は何のために設けられた利率の空白なのか、いちどはっきり聞いてみたい気もします。
 


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2004/12/11

代替貨幣はやがて交替するだろう

UFJ、ネットで手形一括割引

「UFJ銀行はインターネット経由で手形割引を申し込めるサービスを始めた。利用者は手形をあらかじめ銀行に持ち込んで、電子データとして登録しておき、必要な時にネット上で割引を申し込む。これまでは手形一枚一枚について手書きで書類をまとめる必要があり、手続きが煩雑だった。」

下請代金支払遅延等防止法の4条2項第2号をご覧下さい。

第4条(親事業者の遵守事項)

2  親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。

二  下請代金の支払につき、当該下請代金の支払期日までに一般の金融機関による割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること。 

手形割引とは、満期のまだ来ていない手形を、割引人、この場合UFJに裏書し、手形金額から満期までの利息と諸費用を差し引いた金額を受け取ることをいいます。

商人にとって現金を手元に置いておくことはもっとも避けたい(回転させてお金を働かせたい)事態です。

このため多少損をしても現金に換えたほうが有利であり、手形の割引は活用されていますが、割引困難な手形を受け取ってしまった下請け企業にはそれさえも許されませんので、下請代金支払遅延等防止法の4条2項第2号がこれを禁じています。

手形はそもそも12世紀頃イタリア商人たちの間でおこったものだそうです。

遠隔地間の商取引での現金移動の危険性を担保する目的で生み出されたといいます。

しかし現在ではその役割は電話線とコンピュータが十二分に代替できています。

それだけでなく、ビジネスとは、時間利益の確保の争いとも言い換えることができるわけで、手形の現金化のスピード、そしてその事務手続きのスピードをあげることはお金を儲けることとイコールでつながります。

UFJのサービスはここに供するものです。

廃れ行く手形と浸透するインターネット、端境期にできた一瞬の漁場だともいえます。
 

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