2007/08/04

まことちゃんハウスと時間の囚人

楳図さん自宅建築に待った=住民ら中止求め仮処分申請-東京地裁 (時事通信)
「「まことちゃん」などの作品で知られる漫画家楳図かずおさん(70)が東京都武蔵野市内に建築中の自宅が、周囲の景観を破壊するとして、近隣住民2人が1日までに、楳図さんと施工者の住友林業(東京)を相手に、建築中止を求める仮処分を東京地裁に申し立てた。建築場所は同市吉祥寺南町の住宅街で、近くには井の頭公園がある。申立書によると、楳図さん宅の建築工事は3月に始まり、住民らは5月ごろ、自宅の壁が赤白の横じま模様に塗装され、屋根の頂上には「まことちゃん」の立像が設置されることを住友林業の担当者の説明で知ったという。住民側は「地域住民は良好な景観を維持する義務を負っており、景観を破壊する建物の建築差し止めを求めることができる」と訴えている。」

民事保全法の23条1項をごらんください。

第23条

「係争物に関する仮処分命令は、その現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなるおそれがあるとき、又は権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがあるときに発することができる。(以下略)」 

私法上、つまり国対個人を扱う法律ではなく、個人対個人を規定する法律上の請求権を強制的に実現するには、債務の名義を取得して各種の強制執行を実施しなければなりません。

しかし現実には訴えを起こしてから判決を得るまでには、かなりの日数を要します。

それにより判決までの間に、債務者がその一般財産や請求権の目的物を譲渡・隠匿、毀滅してしまうブランクが生じてしまいます。

そういった権利や法律関係の確定・実現が遅れることで生じる危険を防止する法的手段の制度が、民事保全という制度です。

それは以前、民事訴訟法や民事執行法において、仮差押え、仮処分と呼ばれたものを総じて平成3年から施行された民事保全法が規定しなおしたものです。(参照:民事執行法・民事保全法 福永有利 有斐閣)

民事保全法23条1項は金銭債権以外の権利を対象として、将来の債務名義による権利の実行を保全するために、現状の維持を命じます。

つまり現状の変更により、債権者の権利の実行が不能または著しく困難になるおそれがある場合に発令されるものです。

それは民事の争いにおいて争点を一旦時間の流れから凍結させる、民事訴訟の特別補完装置だと言い換えられます。

もしわたしたちの生命に寿命というものがないのなら、わたしたちには時間の流れの中で悠長に権利関係の行方を争うことも可能でしょう。

しかしわずか100年たてば、今この世界に生きている人達は皆地上から消えてしまっています。

民事保全という緊急サイドブレーキが民事法に備え付けられていることも、もとはといえばわたしたちが時間的に極めて限られた存在でしかないことにゆえんしています。(私見)

 

 

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2007/07/14

カタギのほうがよっぽど黒いと無頼は言った

三社祭の神輿担ぎ手集団、代表の7割は組員 警視庁調べ(朝日新聞)
「東京・浅草の三社祭で、「同好会」と呼ばれる神輿(みこし)の担ぎ手の集団が三十数団体あり、そのうち約7割は代表者が暴力団組員であることが警視庁の調べでわかった。5月の三社祭で神輿に乗ったなどとして逮捕された同好会会員の1人は「暴力団に10万円を払って神輿に乗った」と供述。別の会員が「半纏(はんてん)は同好会から1日2万円で借りた」と話していることも判明した。」

暴対法の9条各号をご覧ください。

暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律

9条

「指定暴力団等の暴力団員は、その者の所属する指定暴力団等又はその系列上位指定暴力団等の威力を示して次に掲げる行為をしてはならない。

(以下要約)
1.口止め料要求
2.寄附金要求
3.不当下請要求
4.みかじめ料要求
5.用心棒料要求
6.高利債権取立
6の2.暴力取立
7.債務免除要求
8.貸付要求
9.信用取引要求
10.株式買取要求
11.地上げ
12.競売妨害
13.示談介入
14.因縁による金品要求」 

暴対法2条によれば、暴力団とは「その団体の構成員が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」をいうと定義されています。

(そしてそう定義したことが、暴対法第一の意義でもあります)

暴力団は民事介入暴力によりその資金を大きく獲得します。

民事介入暴力とは、暴力団がその象徴である代紋などを示すことで一般人の恐怖心を呼び出し、利用して市民生活や経済取引に不当に介入することです。

そうした理不尽と戦うため、暴対法が平成3年に制定されています。

暴対法9条は民事介入暴力の典型15類型を定め、刑罰の対象としています。

もし地元のお祭りで不当な要求を受けた場合、警察や弁護士会の民事介入暴力対策委員会、都道府県の暴力団追放運動推進センターなどに相談すれば、暴対法に基づき中止命令などを発してもらうことができます。

迅速な発令のためには相手方の氏名、所属団体や交渉内容などの記録が必要です。(以上参照:民事介入暴力の法律相談 第一東京弁護士会民事介入暴力対策委員会編)

ところで暴対法は、その10条で「一般人が暴力団を利用すること」も禁止しています。

それは暴対法を裏側から強化する非常に重要な一文です。

ハイデガーも”存在”と”存在者”を厳しく区別せよといっているように、観察する側が観察態度を変えれば、対象の”存在”のしかたは変わらざるを得ません。

暴対法10条は、民事介入暴力というぬぐえない病理の根本原因をわたしたちに問い質しています。(私見)

 

 

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2007/06/19

お金の峰で管理人の羽振りがよくなった

腐れ社保庁OBの大放言…無責任対談本の中身とは 当時から記録消滅予見も「見切り発車した」(ZAKZAK)
「まさに「国民のカネは自分たちのもの」と聞こえるこの発言は、年金制度草創期の1943-45年に厚生省年金局年金課の課長だった花澤武夫氏(故人)によるもの。88年発刊の『厚生年金保険制度回顧録』(社会保険法規研究会)に記されているものだが、この本は年金制度草創期から時系列に、当時の担当者に社保庁OBらが話を聞く形でまとめられている。」

国民年金法の第75条をごらんください。

第75条(運用の目的)

「積立金の運用は、積立金が国民年金の被保険者から徴収された保険料の一部であり、かつ、将来の給付の貴重な財源となるものであることに特に留意し、専ら国民年金の被保険者の利益のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行うことにより、将来にわたつて、国民年金事業の運営の安定に資することを目的として行うものとする。」 

以下件の書籍、「厚生年金保険制度回顧録」から、指摘されている箇所を正確に引用してみましょう。

「花澤

それで、いよいよこの法律ができるということになった時、すぐに考えたのは、この膨大な資金の運用ですね。これをどうするか。これをいちばん考えましたね。この資金があれば一流の銀行だってかなわない。今でもそうでしょう。何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。これを厚生年金保険基金とか財団とかいうものを作って、その理事長というのは、日銀の総裁ぐらいの力がある。そうすると、厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない。何千人だって大丈夫だと。金融業界を牛耳るくらいの力があるから、これは必ず厚生大臣が握るようにしなくてはいけない。この資金を握ること、それから、その次に、年金を支給するのは二十年もかかるのだから、その間、何もしないで待っているという馬鹿馬鹿しいことを言っていたら間に合わない。戦争中でもなんでもすぐに福祉施設でもやらなければならない。そのためにはすぐに団体を作って、政府のやる福祉施設を肩代わりする。社会局の庶務課の端っこのほうでやらしておいたのでは話にならない。これは強力な団体を作ってやるんだ。それも健康保険協会とか、社会保険協会というものではない、大営団みたいなものを作って、政府の保険については全部委託を受ける。そして年金保険の掛け金を直接持ってきて運営すれば、年金を払うのは先のことだから、今のうち、どんどん使ってしまっても構わない。使ってしまったら先行き困るのではないかという声もあったけれども、そんなことは問題ではない。貨幣価値が変わるから、昔三銭で買えたものが今五十円だというのと同じようなことで、早いうちに使ってしまったほうが得する。二十年先まで大事に持っていても貨幣価値が下がってしまう。だからどんどん運用して活用したほうがいい。何しろ集まる金が雪だるまみたいにどんどん大きくなって、将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえ。」

国民年金は、元々自営業者などを加入者として創設されましたが、法改正で全国民を対象として基礎年金を支給する制度となりました。

もともと社会保険とは、保険のメカニズムで社会の構成員全体やその一部である労働者等を強制加入の被保険者とし、国などの公的機関を保険者として、被保険者や使用者などから集めた保険料を財源に、老齢等が発生したときに、被保険者やその家族へお金を提供する制度をいいます。

それは1880年代のドイツ第二帝政期にビスマルクによって導入され、現在では世界各国の社会保障制度の中核となっています。

社会保険は運営利益を含め、国民全体から集めてお金を巨大なかたまりにしたときはじめて得られる効果に期待するところが大きなシステムです。

そこに法によって巨大なお金のかたまりが現象として出現するとき、それを直接取り扱う官庁には誠実さと細心の注意が要求されるのはいうまでもありません。

にもかかわらず引き起こされてしまった現在の年金をめぐる取り扱い部署の混乱は、150兆円という巨大なお金の塊の威力をめぐって、まるで取扱官庁自身が酔いつづけてきたかのようです。

OBの野放図な放言も、社保庁が自前の書籍として記録しています。

今となっては国民年金法の75条は、自らの老後を賭けて保険料を支払う被保険者一人一人の顔を官庁がぞんざいに忘れるという現在の事態を、運営という側面から予言した条文であるかのようです。

 

 

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2007/05/24

メディア、権威、意味の闘争、装置

テリー伊藤「モテる予感が満々」(日刊スポーツ)
「68年の日大闘争でデモ隊の先頭にいたテリー氏は、味方の投石が左目を直撃し、斜視になった。以来39年間治療せずに過ごしてきたが、番組制作の弟子である日本テレビ土屋敏男氏が手掛けるネット動画サイト「第2日本テレビ」と同局の深夜番組「でじたるのバカ2」への出演をきっかけに治療を決断した。今月10日に手術し、支払いは約3万円。39年間、手術は不可能と思い込んでいたテリー氏は「術後3日目に眼帯をとってみたら、鏡の中の左目が『お前誰だ。なんでおれを39年間もほっておいた』と僕をにらんでいた。3万円なんて…。安くてショックだよ」。テリー氏の斜視は、奇才を象徴するトレードマークにもなっていた。「18歳の時は、就職とか、今後の人生大変だろうと落ち込みもしたが、逆に頑張らなきゃというパワーになった。斜視にもらったファイティングポーズはずっととっていたい」。

旧治安維持法の2条をごらんください。

(第1条 国体を変革し又は私有財産制度を否認することを目的として結社を組織し又は情を知りて之に加入したる者は10年以下の懲役又は禁錮に処す)

第2条(協議罪)

「前条第1項の目的を以って其の目的たる事項の実行に関し協議を為したる者は7年以下の懲役又は禁錮に処す」 

1925年、文部省と学校当局は、学生の社会科学研究に圧力を加えるようになっていました。

12月1日早朝、京都府警察部特高課は、京都全市の警察署の高等係を動員し、京都帝大、同志社大学などの寄宿舎、両大学の社会科学研究会員の自宅、下宿、合宿所から書籍、プリント、ノートなどを押収、学生33名検束しました。

しかし押収された「不穏文書」は、研究会のテキスト用の『レーニン主義の基礎』(スターリン)の一部を翻訳したプリソトや、丸善などで市販されている洋書などにすぎなかったため、当局は新聞記事の掲載を差し止め、各府県警察部特高課を動員し、全国的に社会科学研究会員を検挙、教授・講師の家も捜索しました。

そして38名の学生が、治安維持法違反などで起訴されました。

まだ単なる研究団体にすぎない集団に治安維持法を適用するのは、理論上無理がありましたが、予審決定書は、「私有財産制度の破壊を企図し、その実行に関し協議した」として、治安維持法第2条の協議罪を適用するのが適当だとしました。

そして結局、治維法違反は有罪となり、重い者は禁固刑を受けています。

こうして国家は、はじめての治安維持法違反の適用を、学生運動に対してなすことにしたのです。(参照:治安維持法と特高警察

国の現実的統治の任を直接に背負った政治家や官僚、または団体を通じて間接にそれを背負う財界人にとって、最優先事項はとにもかくにも”国を回していくこと”にあります。

そして実際、国を運営することは、過去あらゆる理想や理念、理論に先んじて優先されてきましたし、これからもどう考えても最優先されるはずです。

道理を優先して国をクラッシュさせるわけにはいかないからです。

そして一旦そちら側の視点に立てば、国民には必ずしも主権者という建前通りの主体性を持ってもらわないほうが、事は逆にスムーズに運ぶように見えるかもしれません。

それは現実の会社経営に支障が出ないよう、本来会社の所有者であるはずの株主の発言権が、会社法によって徐々に狭められてきたことにも似ています。

テリー伊藤さんが参加したような、社会構造に疑問を提起する学生運動は、今ではすっかり影を潜めました。

もしかすると学生運動が下火になったのも、電車の中で違法行為が行われていても誰一人止められないのも、あなたやわたしの思考が今ひとつぼんやりしていて、自分がなにに不満なのかをはっきり言い当てられないのも、なんらかの社会的装置が働いているせいかもしれません。

その装置はいかにもあからさまに設置されなければ、わたしたちは不快感の根本に気が付くこともないのです。

かつてそれをあまりにもはっきりと設置してしまった凶暴な装置、治安維持法は20年の短命に終わっています。

 

 

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2007/02/28

村八分という法の隠し子

「村八分」訴訟、地区長らに賠償命じる判決 新潟の集落(朝日新聞)
「判決によると、原告の1人が04年4月、集落主催のイワナつかみ取り大会をめぐって「準備と後片付けでお盆をゆっくり過ごせない」「被告の1人がイワナ購入にあたって村の補助金を水増し請求している」との理由を挙げて運営から離脱。被告側は「集落の決定に従わなければ村八分だ」などと迫ったが、最終的に計15人が脱退した。これを機に、被告らは同年6月から集落内の山菜・キノコの採取や集落所有物の使用を禁止。ゴミ収集箱に鍵をかけて見張り、役場などの回覧板も回さなかった。 」

民法の709条をご覧下さい。

第709条〔不法行為〕

「故意又は過失に因りて他人の権利を侵害したる者は之に因りて生じたる損害を賠償する責に任ず」 

法律を政治の手から切り離し、法は法、政府は政府と別の話にすることが、「法の支配」の肝の部分です。

なぜならそうした定義さえしておけば、わたしたちが法を盾に時の為政者と争うことが真っ当な行為になるからです。

これが力の論理にわたしたちの真の価値を押し潰させない、「法の支配」のとても大事な機能です。(私見)

ただし村落など閉鎖的コミュニティでは、この国家法に独立地位を与えておくという道理が理屈が通俗として影響できてこなかった空間もあります。

その典型露呈が村八分です。

村八分とは、村が特定の人や家族を共同生活から排斥してしまう強烈な私罰をいい、その別名を共同絶交ともいいます。

そうした事態が一旦裁判所に持ち込まれれば、国家法は私罰を認めるわけにはいきません。

事実過去の判例においても、村八分という状態は刑法上は222条の脅迫罪(昭和9年3月5日)、民法上は709条の不法行為(大正10年6月28日)になると結論づけられています。

しかしわたしたちの暮らす国では古くから、裁判所にコミュニティの問題を持ち込む前に、コミュニティ自身で問題解決を図ろうという意図が働いてきました。

そこには殿様が作った法律が支配する白州の裁きに対する、長年の不満があったかもしれません。

村の掟は国の掟に干渉されないよう表には出されず、その分だけ時間をかけて構成員に抗いがたい頑強なものになっていきました。

同じように為政者による法に不満があった欧州で個人のために法の支配が生まれ、わたしたちの国では村の掟が強固化していったのは、個人の前に「場所」がある、アジア独特の思考順序があったかもしれません。(私見)

法の支配が日本国憲法に現れた現在でも、わたしたちは安全のため事前にコミュニティ全体の空気を読んで自分を合意の方向へ織り込んで生きる処世術を完全には手放せていません。

そしてその副作用のように、役所がそうした意思決定をしたことよる薬害や耐震強度偽装などのニュースも、毎日見聞きしているのです。(私見)

 

 

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2006/12/09

群衆:永遠の囚人

図書館の本、傷だらけ…「切り抜き」「線引き」横行(読売新聞)
「各地の公立図書館で、雑誌などから写真や記事を切り取ったり、専門書に蛍光ペンで線を引いたりするなど、図書を傷つける行為が増加している。中には、閲覧室で堂々と雑誌を切り取り、職員から注意されると「どうしていけないの」と反論する人もいる。」

刑法の261条をご覧下さい。

第261条〔器物損壊等〕

「前3条に規定するもののほか,他人の物を損壊し,又は傷害した者は,3年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する。」 

図書館の本はレンタカーのように、借りるときに貸し主と借り主がお互いに損壊状態を確認するわけでもなく、まして借りるにあたり対価も発生しません。

つまりそれをまっとうな状態で図書館に返すのは、完全に借り主の善意に任されています。

もし市民の平均的善意が信頼に値しなくなったのなら、わたしやあなたは図書館の本を借りる際、いちいち住民基本台帳の番号を要求されることになるかもしれません。

(住民基本台帳制度の真意が行動の記録にないことは現時点で誰にも分かりません)

社会が共有する本を無傷で返せないとき、その人の心はどこかクラスや会社にいる反撃できない人を集団という匿名で痛めつける心理に似ています。

貸し主も公共機関で借り主も市民という集団性を確保できるとき、そこには個人の顔で責任をとるという概念を意識的に回避しようとする群衆心理が働く可能性が存在します。

かつて社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンは代表作「群衆心理」のなかで「群衆は、弱い権力には常に反抗しようとしているが、強い権力の前では卑屈に屈服する」という、わたしたちが集団になったときの隠しようのない一面を看破しています。

つまりわたしたちの徳性は、個人の顔を捨てるとき、個人でいるときのそれよりもはるかに恥ずかしいものになる可能性をいつも備えているのです。

器物損壊罪は、他人の財産を損壊する行為を罰する罪です。

しかしそれは264条で終わる刑法のもっとも後ろの部類に分類され、しかも親告がなければ罰せられない罪であるとされています。

刑法学上、それは経済的利得性に欠け非難の度合いが低いからだと解釈されています。

しかしより本質的にいって、もはやその領域は刑ではなく、本来羞恥心によって自制されるべき範囲なのだと刑法が諭しているように読めなくもありません。(私見)

図書館の本が傷つけ続けられ、わたしやあなたが本を借りるときよりややこしい手続きをいちいち要求されるようになってから、わたしたちははじめて個人の顔の責任がもたらしていた自由の価値の重大さに思いたるかもしれません。

 

 

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2006/11/17

果実に群がってゲシュタルトを崩壊させよう

「地方自治の深さわかった」…逮捕察知し木村知事(読売新聞)
「自らの逮捕が近いと察知すると、「地方自治の深さがわかった。今まで上っ面のきれいな部分を見て、オピニオンリーダーみたいにしてやってきたが、足元をすくわれた」と語った。事件の発端にもなった大阪府河内長野市の元ゴルフ場経営者・井山義一被告(56)(競売入札妨害罪で起訴)については、「付き合うたのが失敗。そうやなかったら、こんなことにはならんかったかも」と悔しがった。」

憲法の92条をご覧下さい。

第92条〔地方自治の基本原則〕

「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基いて,法律でこれを定める。」

戦前、わたしたちの国の中央政府は、警察組織を完全に支配した内務省を通じて国民一人一人の日常生活を支配していました。

法律の規定上は、地方行政にもある程度の独立が認められ、自治体についても代議制が認められてはいました。

ただし実際には、市町村の公職の候補者として望ましい人は誰かということが中央政府によって指示があり、警察組織を動かしてこのような候補者の当選が確保されていました。

そして当選して公職に就いた人が、もし万が一中央政府の意向に従わない場合は、都道府県知事がこれを罷免することが可能でした。

(参照:日本国憲法制定の過程 高柳賢三 有斐閣)

これがかつての、わたしたちの国における地方公共団体に対する理解にすぎませんでした。

そしてこのような状態の統治を中央集権国家とよびます。

現在世界を悩ませているどこかの国家のように、かつてのわたしたちの国も、極端な中央集権で運営されていました。

地球上を埋め尽くした帝国主義の時代が一応は終わり、誰も彼もが常にどこか上から物を言われる封建社会を終わらせるために、この国の地方自治は実体として本格始動させられることになりました。

戦後、初めて憲法に置かれた地方自治制度も、”封建”というそれまでの国家の風土を、確実に”民主”という色へ変えようという意図の下に設計されたものでした。

地方自治とは、簡単にいえばわたしやあなたの暮らすエリアの行政を、わたしたちの責任と意思で運営していく仕組みです。

もし中央で一気に国民全体をコントロールしたい権力者が新たに現れれば、地方が地方自身で自治を行う制度は非常に大きな障害となります。

その意味で、地方自治がその意味を十全に開花させることは、国家が再び極端な中央集権へ移行することを阻止するための制度的な土嚢になりえます。

しかし国民主権という思考モデルがいまだ絵空事と聞こえる時があるように、地方自治制度もまた、どこか”お仕着せ”と理解されている側面を否めません。

逮捕された知事がいうように、地方自治に深い闇が住む余地がいつも作られているのだとすれば、地方に与えられた権力の真価を、ほかでもないわたしたち住民が十分咀嚼できていないところから来るにちがいありません。

しかし本来、そこに群がるひとたちで食べ散らかしてしまうには、住民全員にとってあまりにも重大な価値が、92条の立法趣旨には込められているはずなのです。(私見)

 

 

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2006/09/04

鵜匠から自由になるため、鵜は道州と名を変える

道州制3年で道筋 安倍氏、総裁1期目「公約」(西日本新聞)
「安倍晋三官房長官は2日、松山市で開かれた自民党四国ブロック大会で、政権構想に盛り込んだ道州制導入について「次の任期中にだいたいの骨格を決めることが大事だ」と述べ、首相に就任した場合、総裁1期目の任期3年の間に実現への道筋をつける取り組みを進める考えを示した。」

地方分権一括法の第一条をご覧下さい。

地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律

「第一条 地方自治法の一部を次のように改正する。
(中略)
第一条の二 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとする。国は、前項の規定の趣旨を達成するため、国においては国際社会における国家としての存立にかかわる事務、全国的に統一して定めることが望ましい国民の諸活動若しくは地方自治に関する基本的な準則に関する事務又は全国的な規模で若しくは全国的な視点に立つて行わなければならない施策及び事業の実施その他の国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り地方公共団体にゆだねることを基本として、地方公共団体との間で適切に役割を分担するとともに、地方公共団体に関する制度の策定及び施策の実施に当たつて、地方公共団体の自主性及び自立性が十分に発揮されるようにしなければならない。」 

これまで知事や市町村長を単に国家の「機関」と見なす考え方のことを機関委任事務制度と呼んできました。

これにより道府県、いわゆる地方は国の出先機関としての事務にその仕事の七割以上、市町村でも三割以上が出先機関としての仕事に占領されてきたといいます。

法学上、なんら国家と上下関係にあるわけでもない地方自治体は、学問を離れた現実の世界では機関委任事務制度によって、完全に国家に頭の上がらない立場に絡めとられていたわけです。

その構図は戦争に負けて焼け野原となった国家を復興させていくため、中央のエリート達、官僚に強烈なリーダーシップを与えていくという場面では奇跡的な効果を上げさせてきました。

しかしここにきて官僚が国家を事実上牛耳っている現在の制度は、わたしやあなたの暮らす社会のあちこちから腐臭を上げ始めています。

許認可権と財が中央に集められ、その配分は官僚の気分一つ、そして与党政治家がその蛇口を開けるのだとすれば、我が田にこそ水を引きたいという人々が今日も政治家の秘書に現金を届けるという泥沼は、力関係が変更されない限り埋めようがありません。

このため2000年4月、霞ヶ関が地方を絡め取っていた地方自治法その他475本もの法律を大改廃する地方分権一括法が施行されています。

その最終的目的地が中央の機嫌を伺わない、地方の自立した姿である道州制です。

霞ヶ関はせっかく滞留した権力を上手く保存するため、悪気なくそのシャープな頭脳を駆使して今日も天下りの上手い道を探しています。

道州制への道付けは、一般的には何もしなかったような印象の細川政権の地方分権推進法制定公約に端を発し、羽田政権の行革推進本部設置、小渕内閣の法案閣議決定、小泉首相の地方制度調査会への道州制諮問など歴代首相らの仕事のバトンによるものです。

あとのバトンをどう渡すかは、わたしやあなたの想像力に任されています。



*参照:県庁がなくなる日 金子仁洋 マネジメント社

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2005/05/26

偽の大家さんと賃借権の物権化

他人のアパート部屋を賃貸欄に紹介、保証金を詐取(CNN)

「ノルウェー・オスロ――オスロの警察は、市内の人気住宅地にあるアパート個室に無断侵入、内部写真をインターネットの「不動産賃貸情報」欄に載せ、入居希望の11人から保証金の名目で2万5780ドル(約277万6000円)相当をだまし取っていた29歳の男を逮捕した。 」

民法の612条第1項をご覧下さい。

612条〔賃借権の譲渡および転貸の制限〕

「賃借人は賃貸人の承諾あるに非ざれば其権利を譲渡し又は賃借物を転貸することを得ず(以下略)」
 

賃貸借は、部屋の貸し借りでいえば、大家さんが部屋を探している人に部屋を使用収益させることを約束し、部屋を借りる人のほうは家賃を約束する契約のことです。

この法律下での約束、すなわち契約が成立すると、部屋を借りる人にはそれを返すまできれいに保管し、部屋の性質にしたがった使い方で使わなければなりません。

これを法律関係下にある人の善管注意義務といいます。

また民法は612条で、部屋を借りた人が大家さんの承諾なしで部屋を又貸しすることを禁じ、もしそれをやったら大家さんは契約を解除することができると定めています。

しかし転貸があれば、即、大家さんに解約が許されるとすると、悪気がなかった転貸人は行き場をなくしてしまいます。

このため判例は、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで第三者に賃借物を使用収益させたとしても、それが背信行為と認められるレベルに達していない時には、大家さんによる解除は許されないとしています。

また、お部屋を借りている人が仕事が上手くいかなくてちょっと家賃を溜めてしまっただけですぐ大家さんに追い出されることもありません。

溜めてしまった態様が、賃貸借契約の基礎たる信頼関係を破壊するレベルに達していると認められなければ、解除は許されないというのが判例です。

これを通称、信頼関係破壊理論といいます。

今回の事件は他人の部屋に勝手に入り込んだ時点で論外ですがもし逮捕された男性が、その部屋の大家さんから借りていた賃借人だった時は、又貸しするにあたってその部屋がその男性の所有物でないことや、持ち主である大家さんに無断で話が進んでいること自体は、実はそんなに問題ではないのです。

これは不動産という高価な財産は誰にでも所有権を安易に入手することができず、その反面、部屋やお店、畑の賃借は借りている人の生活の全てがかかっていることから長年社会が法律に要求してきた賃借権の物権化と呼ばれる現象がなせる技です。

ここで大家さんに対してだけ「その部屋を貸せ」と主張できる法律的権利を債権といい、物権は大家さんが「その部屋を貸そうがつぶそうが自由だ!」と部屋を買ったときのレシートを振り回して世の中全員に主張できる権利のことを物権といいます。

条文を離れて判例が認めた債権であるはずの賃借権の物権化とは、「いったん手に入れた部屋を借りる権利を有る程度自由にするのは私の裁量だ!」と弱い立場の賃借人が毎月の家賃振り込み記帳を振り回して主張する様子だといえそうです(私見)。

現実に私たちの社会の物権の世界では、まず売り主を見つけておいて、それからはじめて正当な所有権者に話をつけるという手法は今日もそこらじゅうで行われています。

同じ行為でも、法律の網を踏み外さずに注意深くやればビジネスモデルと呼ばれ、順番を間違えれば犯罪とよばれるエリアがあります。

 

 

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2005/03/31

個人情報保護法は名簿屋を刺せるか

NTT東西、個人情報保護で推進組織 6000万人の管理徹底(フジサンケイビジネスアイ)

個人情報の保護に関する法律の第13条をご覧ください。

第十三条(苦情の処理のあっせん等) 

「地方公共団体は、個人情報の取扱いに関し事業者と本人との間に生じた苦情が適切かつ迅速に処理されるようにするため、苦情の処理のあっせんその他必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」

個人情報保護法の目的は個人情報が乱雑に扱われることを法的に抑制するところにあります。

しかしその本丸はズバリ住民基本台帳ネットワークシステムの情報漏洩防止です。

これが閲覧によって民間部門へ流出した場合を個人情報保護法は警戒しているのです。

住基ネットの電磁的安全性についてはヌーワー報告事件というものがあり完全に安全性は証明されたとはいえません。

そもそも閲覧が自由で悲惨な事件もおきています。

とはいえ我々はこの現実に法律を使って対応しなければなりません。

我々はこの法律により業者に対して直接その開示を請求でき、業者はこれに迅速に対応しなければならず、さらに地方公共団体は業者と本人の間にトラブルが発生したときこの処理を斡旋しなければなりません(25条、31条、13条)。

各地方公共団体の個人情報に関する苦情相談窓口はココです。

イザという時のためにあなたのブラウザの「お気に入り」に入れておいてください。
 

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2005/03/29

法律にトリセツあり

駐輪スペース、4月から歩道上にも可能に 道路法改正(読売新聞)
道路法の第32条をご覧ください。

第32条(道路の占用の許可)

「道路に次の各号のいずれかに掲げる工作物、物件又は施設を設け、継続して道路を使用しようとする場合においては、道路管理者の許可を受けなければならない(以下略)。」

道路法1条によれば、道路法の趣旨は交通を発達させ、公共の福祉を増進させることにあります。

(意訳:みんなのためになるよう道路を使おう)

32条を厳密に行使しますと、歩道上に大量に商品展開している薬局やたこ焼きやさんの屋台やハンドマッサージ店の看板も無許可では許されなくなります。

(そのため渋谷の歩道上にはたくさんの看板を体にぶら下げたおじさんが立っています)

しかし当該法律の立法趣旨が「公共の福祉」(みんなのため)であるなら、たとえその状態が条文上は違法な状態であっても、たくさん薬局の商品を見れることが多数人の生活に資するなら、無許可での占有に条文適用を猶予する余地が想定できます。

そういった条文の解釈法を”立法趣旨からたどる”などといいます。

条文は所詮日本語でしかありません。

そうであれば時代とともにその文言や意図する内容そのものの時間的劣化は避けられません。

しかし法律は言葉で書くことにまた意義があることも事実です。

誰もが公平に基準を照会するには成文を起しておくのがもっとも明らかだからです。

この矛盾を解消するためには条文の言葉尻にとらわれたりいたずらにもてあそぶことなく、起草者が守ろうとした法益や方向を捉えつづける必要があります。

ひとつの時代にコトバで起草された法律を、自分の時代に適切に解釈して適用させていくこと、それが立法趣旨からたどるという法の取説です。



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2005/03/12

そして役所は名簿図書館になった

住基台帳閲覧し母子家庭狙う、強制わいせつ男を再逮捕(読売新聞)

住民基本台帳法の11条をご覧ください。

第11条(住民基本台帳の一部の写しの閲覧)

「何人でも、市町村長に対し、当該市町村が備える住民基本台帳のうち第7条第1号から第3号まで及び第7号に掲げる事項に係る部分の写しの閲覧を請求することができる。」

7条の第1号から第3号とは氏名、出生の年月日、男女の別で、第7号は住所です。

これだけわかればたとえば今年小学校に入る子供がいる家庭の住所録とか、そうとう絞り込んだ名簿を役所で堂々と合法的に作ることができます。

なんのことはない、役所が名簿図書館に化しているわけです。

名簿を閲覧したものによる性犯罪までおこってしまっては、「目的による役所の公開拒否権」など有名無実化しているといわざるをえません。

しかし条文が公開を義務付けてしまっている以上、これをせき止めるのは各自治体における高い意識をもってするほかないことも事実です。

情報の管理に対するだらしない態度が、時に女性や子供に取り返しのつかない状況をもたらすことを今回の事件は役所の窓口に突きつけています。

 

 

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2005/02/24

レッセ・フェールの蚊帳の影

コミック本万引き訴訟、OLが防犯費支払い書店と和解

民事訴訟法の267条をご覧ください。

第267条(和解調書等の効力) 

「和解又は請求の放棄若しくは認諾を調書に記載したときは、その記載は、確定判決と同一の効力を有する。」

和解の趣旨は処分権主義にあります。

ここで処分権主義とは、当事者が自ら訴訟による解決を図り,かつ,その訴訟を処分する主義のことです。

これは民法の背骨である私的自治の原則が、訴訟ルールに染み出したものです。

訴訟上の和解にはそのため267条で確定判決同様の強力さを保障されています。

法律関係形成において個人の意思を重視する考え方は自由な商品交換を前提とする経済的自由主義が支配した初期資本主義社会が築上したものです。

しかし世の中が徐々に複雑になってくると、ジリジリとこのフィールドは権力によって狭められつつあります。

今回の訴訟では、OLさんがサクっと7万円を万引き代として支払うことに同意しました。

このことは一面で(たとえ無意識であったとしても)、私的自治の原則という、ちょっとヨレヨレになっている蚊帳の影を濃くすることには資しているのです。
 
 


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2004/12/14

立証責任はあなたにあると容赦ない未来が言った

保険金払うべき出火か「立証責任は保険会社」…最高裁

「傷害保険に関する立証責任については、不慮の事故であることを保険金請求者が立証しなければならないとした最高裁判例があり、火災保険でも下級審が同様の判断をするケースもあった。今回の最高裁判決により、被災者救済の可能性が広がることになりそうだ。」

民事訴訟法の第2条をご覧下さい。

第2条

「裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」
 
立証責任とは、例えば保険会社が「火事は保険適用範囲外だ」という事実のための証拠を提出したものの、裁判官を納得させられなければ、「保険適用の範囲内」だとされてしまう不利益のことです。

民事訴訟法は紛争の適正解決と迅速解決が二大命題であり、そのため2条で迅速のための職権主義と、適正のための当事者主義が表現されています(私見)。

立証責任は職権主義の要請といえますが、チャッチャと紛争を処理しようという概念であり、多少強引なので学説上は問題が指摘されています。

ところでこれまで、立証責任の分配を含め、この国では銀行は訴訟で絶対に負けてきませんでした。

いわば公器として国が守ってきたとでもいえます。

そういう銀行が最近ぽろぽろと訴訟で負け始め、今回は保険会社に立証責任が負わされています。

立証責任の分配についてフェアな判断がなされた判例というのは、より容赦のない形式判断のなされる時代をも予告している点に注意が必要です。




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2004/12/02

ビッグイシュー:メイドインUKのアイディア

ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法の第一条をご覧下さい。

第1条(目的)

「この法律は、自立の意思がありながらホームレスとなることを余儀なくされた者が多数存在し、健康で文化的な生活を送ることができないでいるとともに、地域社会とのあつれきが生じつつある現状にかんがみ、ホームレスの自立の支援、ホームレスとなることを防止するための生活上の支援等に関し、国等の果たすべき責務を明らかにするとともに、ホームレスの人権に配慮し、かつ、地域社会の理解と協力を得つつ、必要な施策を講ずることにより、ホームレスに関する問題の解決に資することを目的とする。」

平成14年8月、意に反してホームレス生活を余儀なくされることになった方々の自立支援をすすめる「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が施行されました。

昨日、新宿駅でホームレスの人が「ビッグイッシュー」を売っているところに初めて遭遇し、一冊売ってもらいました。

ビッグイッシューというのはホームレスの自立を支援する英国発の雑誌運動で、一部200円の売り上げが彼らの収入になります。

私が求めた号のなかに、販売員である牧田将宏さんのこれまでの人生について記事がありましたのですこし引用させてもらいます。

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「幼い頃に生まれ故郷の岐阜県を離れ、大学卒業までを大阪で過ごした。化学を専攻していたこともあり大手製薬会社に就職。何度かの転職で、油田プラントの開発のためにクウェートに勤務したこともあった。

そして家族も持たずにきて昨年定年を迎えた時は高速道路の建設技術者だった。

次の働き口がないわけでもなかったが再就職はしなかった。

仕事で全国を飛び回って来たけど、都市と都市の。あいだの風景を見たくて、幾らかの貯えを手に、長野県から自転車で放浪の旅に出た。

好きな俳句を詠みながら、飛び込みで手伝いをした農家に泊めてもらったりして、何とか生活してましたね。

神社なんかにも泊めてもらって8か月後、上野にたどり着いた時には、所持金は10円玉3枚と1円玉数枚になっていた。せっぱ詰まって周辺の飲食店などの仕事を探してみたが全て断られ、初めて路上生活を経験した。

ぎりぎりの所まで思い詰めていたあの時が、一番しんどかった。

ちょうどそんな時、公園でビッグイシューの販売員を勧誘している一団を見つけたのだ。」

(ビッグイッシュージャパン 第五号より)
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この方は少なくとも私よりは華やかな経歴を持っていて、そういう人が現実に今アメ横でこの支援雑誌を売っているわけです。

自立支援法1条に「自立の意思がありながら」とあるように、ホームレス問題とは社会が人の柔らかい部分を押し込めることで利益を強烈に出す構造になっている、その弊害が長期的に人の精神に蓄積していく問題の話だと個人的には解釈しています。

ホームレス問題とは勤勉でない人々の個人責任の問題ではないことは、これからの世の中もっと顕著化していくとおもいます。

「すべてあんたの責任だ」などといえてしまうほど、社会はまだ人間の心の仕組みのことを完全に理解できていないと考えます。
 
 


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