2007/05/18

下車できない、失敗という名の電車

立てこもり男の身柄を確保・愛知県長久手町(日本経済新聞)
「察官2人を含む男女4人が死傷した愛知県長久手町の発砲立てこもり事件で、愛知県警は18日午後8時48分、立てこもっていた元暴力団組員、大林久人容疑者(50)の身柄を確保した。県警は殺人、殺人未遂や銃刀法違反容疑で逮捕する方針。」

銃刀法の3条をご覧下さい。

第三条(所持の禁止)

「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。

一  法令に基づき職務のため所持する場合(以下略)」 

以下に科学警察研究所犯罪行動科学部による著書、「捜査心理ファイル―捜査官のための実戦的心理学講座 犯罪捜査と心理学のかけ橋」から、立てこもり犯の犯人像を引用してみましょう。

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・人質立てこもり事件というものは、単独犯による犯行が圧倒的に多く、全体の92.5%を占める。

・犯人の職業の60%が無職、職がある場合は職人、自動車の運転者、工員など単純労務が多く、頻回転職者が大半である。

・その性格は多くが未熟で、成功や達成経験がない。彼らは失敗、要望より常に少ない現実に慣れてきたため、現金や武器、逃走車両を要求してはみても、タバコや食事の差し入れだけで納得する。

・立てこもり犯の中にはメディアへの報道要求をするものが多い。それはこれまでの人生で世間の注目を浴びることもなかったためだと考えられる。

・立てこもり時間は6時間未満が80%、91.7%が12時間未満で解決している。しかし銃器を用いた立てこもりの場合は長期化する傾向にある。

・犯行の動機は夫婦や恋愛のもつれが30%、強盗を失敗したあとが27%、幻覚によるものが20%であり、概して無計画である。

・事件のタイプとして男女間のトラブルで立てこもった場合、概して計画性がないため、警官が集合したことで結果的に立てこもりに追いつめられたケースもある。元妻を拘束しているような場合、要求は警察の立ち退きしかなく、このため交渉が成り立ちにくい。このタイプの犯人は自己破壊的であるため、合理的な思考ができるまで落ち着かせることが肝要である。それには「言葉の置き換え」「言葉の繰り返し」「相づちを打ちながら聞く」「質問をする」などの積極的聴取技術が有効である。
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それは華々しい実績を人生に残せず、気が付いたら出口のない悪循環に入ってしまっていた人達が、追いつめられれば立てこもるのだという冷徹な分析です。

勇敢な警官を撃ち動けなくしてしまったとき、またはかけがいのない特殊部隊の隊員をあろうことか殺してしまったとき、立てこもった犯人は、もう後戻りが許されない人生に足を踏み入れた時の、嫌な皮膚感覚を味わったかもしれません。

失敗の味を知らない人がする発言や行動は、いつでも無邪気で幸福です。

しかし一方では、いったいなにがどこで間違ったのか、それに思い至ることさえかなわない一生というものも、この世の中にはたくさん存在しています。

そしてそれは銃刀法を違反して銃器を隠し持つことや、まして若いの命を奪うことなどでは真の意味で購えないものであることは、犯人がそもそも一番よくわかっていたはずです。

 

 

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2007/02/19

区別はない、閾値だけがある

<福岡いじめ自殺>同級生3人を書類送検へ ふざけ逸脱(毎日新聞)
「福岡県筑前町立三輪中2年の森啓祐君(当時13歳)が昨年10月、いじめを苦に自殺した問題で、福岡県警は19日、自殺直前に森君を校内のトイレで取り囲んでズボンを脱がそうとしたとして、同級生5人のうち当時14歳の3人を暴力行為法違反(集団暴行)容疑で書類送検し、同13歳の2人を同じ非行事実で児童相談所に通告する。一連のいじめ行為を精査した結果、トイレでの行為は日常の「ふざけ合う行為」から逸脱した暴行に当たると判断したとみられる。」

暴力行為法の第1条をご覧ください。

暴力行為等処罰に関する法律1条

「団体若は多衆の威力を示し、団体若は多衆を仮装して威力を示し又は兇器を示し若は数人共同して刑法(明治40法律第45号)第208条、第222条又は第261条の罪を犯したる者は3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処す」 

最高裁判例に、数人が数人に暴行を働いた件についての昭和53年2月16日判例があります。

それによれば、暴力行為法と刑法の関係について、「数人共同してニ人以上に対しそれぞれ暴行を加え、一部の者に傷害を負わせた場合には、傷害を受けた者の数だけの傷害罪と、暴行を受けるにとどまった者の数だけの暴力行為等処罰二関スル法律第1条の罪が成立し、以上は併合罪として処断すべきである」と判断しています。

すこしややこしいのですが、暴行を受けただけの人がいた場合、その数だけの暴力行為法第1条が成立し、刑法における暴行罪は別個の評価をしないという結論です。

つまり暴力行為法は基本的に社会的法益を漠然と保護しようとした法ではなく、各個人的法益を保護しようとしているのだという解釈が成立します。

また複数人の被害者中、暴行を受けただけの人がいた場合に暴力行為法1条のみを成立させて、刑法における暴行罪の別個評価をしていない点からは、暴力行為法が刑法という一般法に先立ち適用させる特別法なのだという結論も導けます。

それは集団が暴行をはじめた時の危険性、法益侵害の程度、範囲の大きさから刑法に先立って用意された特別加重犯なのです。

1970年代の後半にマーク・グラノヴェターは、誰にも集団心理の連鎖に加わる「閾値」があると発想しています。

ここでいう閾値とは、「問題となっている行動をする個人にとって、考えられる利益が考えられる犠牲を上回る」ポイントのことです。

閾値のレベルはその人の性格によって、また罰への恐怖をどの程度深刻に受け止めているかによっても変わってきますが、ひとつのクラスにいる各生徒の閾値がどのような配置になっているのかで、集団心理の連鎖はかなり違った形で生成されるはずです。

(参照:マークブキャナン 複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線

程度と速度の差さえあれ、優勢な勢力に加わって、反撃のできない勢力へ攻撃を加えるという状況は、わたしにもあなたにも伝播しうるヒステリーなのです。

その意味でいわんや子供に徒党を組ませないのは、不可能なのだといえるかもしれません。

今回福岡県警があえて彼らを書類送検するのも、回避しきれない人の性向を前提に、それでも存在させている集団暴行罪という特別法を提示することの効果に期待したものかもしれません。

 

 

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2007/02/01

轢き逃げ犯:蛇と契約する人

「差別怖くて逃げた」ブラジルで被告語る ひき逃げ事件(朝日新聞)
「被害者の遺族に対しては「私も父親として、気持ちは理解している。日系人としてしつけられ、お墓に参らなければならないという気持ちもある」と述べた。一方で「ブラジルで罪を償ったとしても、日本に行けば逮捕される可能性はぬぐえない。父親として仕事をし、家族を養う責任がある。日本に行くことはできない」と話した。」

刑事訴訟法の第247条をご覧ください。

第247条〔国家訴追主義〕

「公訴は、検察官がこれを行う。」 

わたしたちはお互いに自分がやりたいことをやりたい、いきたいところにいきたいという欲求をかかえた存在です。

たとえば究極の問題として、わたしはわたしの命を守らなければこの一生は悩むまでもなく終わってしまいます。

そうすると、二人以上の人間が集まるときには互いがその欲求を抱えているため、それを調整するためのものさしが必要になります。

問題はどのようなものさしを削り出すかです。

そもそもおよそ命の意味を出発点に考えれば、わたしやあなた各個人の自由意思がまず尊重されなければなりません。

しかしたとえば、あなたがお仕事中に誤って、私の家族を車で轢いてしまったとしましょう。

「人は轢いてしまった。しかし養う家族のために捕まりたくはない」というあなたの自由意志は、「家族を轢いて逃げた犯人に絶対に責任を取らせたい」というわたしの自由意志と正面から衝突します。

つまりわたしたちが法律というものさしが支配する社会で生きるということは、意思決定の自由が保障されると同時に、他者の意思決定に対する責任をも背負うことを認めていることと同義なのだといえます。

もしそうでなく、加害者であるあなたが、残された家族があれば逃げてもよいという社会を要求すれば、翌日自分が守ろうとしたその家族が、別の誰かの車の下敷きになったとしても、事情次第で同じように逃走を是認しなければならなくなるからです。

”社会”という寄り合う人間の数が限りなく大きくなった場所では、わたしやあなた個人の無邪気な自由意志を阻む、他者の自由意志の総意はやがて”秩序維持”と呼ばれるようになります。

そしてわたしたち一人ひとりからとりつけた同意によって権力が形成され、社会はだれかを轢いた上で逃げたあなたを探し出し、あたなの自由意志とはうらはらに、法廷へつれてくることを是認します。

国家の誕生です。

つまり”社会”という概念は、空の上から唐突に降ってきたわけではなく、一人一人の自由意志を最大限保障するために誕生させた権力が、わたしたちを再度拘束にきているものだと解釈できるのです。

これをルソーは社会契約説と呼びました。

そしてその場合、わたしがもし家族を轢き逃げしたあなたへ私的制裁を加えたいという衝動を抱えたとしても、それは刑事訴訟法という国家作用へ代理されることになります。

それがわたしも加わった合意だからです。

そしてそれが刑事訴訟法247条が私的な制裁を許さず、訴追を国家だけに許すという国家訴追主義を採用していることの、そもそもの出自なのだといえます。(私見)

国家は、まずわたしたちの胸の内から始まる意識の総意なのだからこそ、わたしたちはその作用に従うのだといえます。

(だからこそわたしたちは、常にその暴走に目を光らせなければなりません。)

ブラジルへ逃げたヒガキ・ミルトン・ノボル被告は、家族への扶養義務を盾に逃走した心情への理解を社会に要求しています。

しかしその申し出は同時に、ヒガキ被告の家族を誰かが轢き逃げしたとしても、事情次第で逃げ延びることを認めなければならないという、おぞましいものが支配する社会への契約であることを、彼もまた気がついてはいません。

 

 

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2007/01/07

存在を縦に裂け

殺害短大生の言動で家族内トラブル 渋谷バラバラ事件 (中国新聞)
「亜澄さんとは不仲で約三年前から会話もなかったが、犯行日の昨年十二月三十日、「ゆうくん(勇貴容疑者)は勉強をしないから成績が悪いと言っているけど本当は分からないね。わたしには夢があるけれどゆうくんにはないね」と言われた。強い制約に耐えている中で「一生懸命勉強しているのに、勉強したって駄目だとなじられた」と感じたといい、捜査一課は亜澄さんの言葉に激高し、殺害に至ったとみている。」

刑法の第190条をご覧下さい。

第190条(死体損壊等)

「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。」 

自己の治癒」などを著した精神分析学者、ハインツ・コフートによれば、ささいなきっかけで生じる攻撃性、破壊性は太古的な誇大自己の傷つきという点から説明が可能になるといいます。

(以下参照:人をあやめる青少年の心 河野荘子 北大路書房)

コフート理論によれば、人は皆、自己愛的なエネルギーをもって生まれてくるといい、赤子の段階で自己愛を周囲への要求で満たそうとします。

親はそれを共感しながら関わることで、わたしたち一人一人の自己愛を健全に発達させるのだといいます。

そして健全に成熟した自己愛は彼の真っ当な自尊感情の源になり、その後の人生全般においても重要な役割を果たし続けるというのです。

ただしもし幼少時代、親とのかかわりに共感性が欠けていたり、共感的なかかわりが中断したりすると、心に縦横の分裂が生じるもとになります。

横の分裂は、自己愛エネルギーそのものが抑圧され、抑鬱感などへ繋がるのだといい、縦の分裂は、共感が得られない苦痛な現実から自らを切り離し、原始的な誇大感を永久保存しようとする分裂をいうのだといいます。

しかし縦の分裂で保存しようとしている太古的誇大自己は現実の裏づけをもたないだけに脆弱で傷つきやすく、そのためにささいなきっかけで傷つき、自己愛性憤怒を生じさせるとします。

自己愛性憤怒(ナルシスティック・レイジ)とは、自己への原始的愛が他者によって傷つけられたとき、他者へ激しい怒りを執拗に炸裂させるという、コフートによる概念です。

バラバラ殺人は、通常の殺人に比べて精神的、肉体的、そして時間的な労力が相当にかかるといいますが、自己愛性憤怒なら、その所行を尽くすに十分な衝動を孕んでいるといえるかもしれません。

判例によれば殺人罪と死体遺棄罪は併合罪となり、殺人罪に加えた厳しい判断が裁判所によりなされることになります。

わたしたちは誰しも、子供の頃から心像と現実の軋轢に衝撃を憶えながら、なんとか新しい心像を手に入れて生きようとしています。

願わくば比較の罠からできるだけ離れること、それがこの旅全体を穏やかにするための教条かもしれません。

 

 

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2005/03/23

司法は没収で暗喩した

植草元教授に有罪判決 東京地裁(朝日新聞)
「元早稲田大学大学院教授の植草一秀被告(44)に対し、東京地裁は23日、罰金50万円、手鏡1枚没収(求刑懲役4カ月、手鏡1枚没収)の判決を言い渡した。 」

刑法の19条1項2号をご覧下さい。

第19条(没収)

「次に掲げる物は,没収することができる。

② 犯罪行為の用に供し,又は供しようとした物(以下略)」

没収とは犯罪に関係のある物について原所有者の所有権を剥奪して国庫に帰属させる刑罰のことです。

19条1項2号のことを犯罪供用物件と呼びますが、判例上犯罪供用物件は、単に結果からみて犯行に役立っただけでは足りず、犯人がこれを犯行の用に供し、または供しようとする意図で使用したものであることを要するとされています(名古屋高裁 昭和30年7月14日)。

没収は,現行法上刑罰ですが,社会にとって有害な物を除去するという保安処分でもあるといわれますが、特定の手鏡に危険性があるとは思えません。

しかも没収は原則任意(絶対にしなくともよい)手続きですので、本判決においてことさらに手鏡の没収を宣言することは多少奇妙な感じもします。

しかしその意味を上記判例の要件に当てはめていただければ、司法の言外のメッセージが読み取れるかもしれません。



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2005/01/22

弁論主義の鉄火場に事実認定が放り込まれた

米軍不訴追の米兵暴行、東京地裁が民事訴訟で認定

民事訴訟法の179条をご覧下さい。

第179条(証明することを要しない事実)

「裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は,証明することを要しない。」

裁判では,事実を認定してから,これに法律を適用します。

これを法的三段論法とよびます。

その事実があったかどうかは、法的三段論法によってはじき出されることになっている結論に直接影響します。

民事訴訟のおおまかにいって黙っているほうが負ける仕組みになっています。

これを弁論主義と呼びます。

私人間の闘争をもし国が裁くなら、どのようなルールによろうとも、きっと後から不満をもつ人がでてくるはずです。

このため国は、当事者の主張から一歩下がったところで判定することが結果的に迅速に、しかも終わった後で、誰もが文句をいいづらくなるよう、この弁論主義を採用しているのだと考えられます(私見)。

法廷における私的自治の展開ともいいかえられそうです。

民事訴訟法において、弁論主義が妥当する領域では179条により当事者の自白、および顕著な事実以外は認定が必要です。

そして今回、暴行が認定されました。

適法に認定された事実は上告審をも拘束します(321条)。

つまり、暴行の事実認定は、女性側にとっては強力な武器になるのです。
 


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2005/01/09

殺し屋もわが子にくちづける

奈良・斑鳩町課長補佐が自宅に銃5丁、容疑で現行犯逮捕(毎日新聞)

銃刀法の第3条をご覧ください。

銃砲刀剣類所持等取締法

第3条(所持の禁止)
「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。(以下略)」

L.A.のリトル東京の数ブロック下がったところには、まるでボウリング場のようにレーンを借りられる射撃場があります。

そこでは在住者はもちろんのこと、旅行者であってもパスポートを見せれば 5000円程度で好きなだけ拳銃を撃つことができます。

初めてここでマグナムという大きな拳銃を撃ったとき、漫画を読んであこがれていたので、どれほどスッキリするのかと想像していたら自分でも意外なことに実際の感想はただ「くだらない」と感じただけでした。

あの精巧な仕組みの塊、それは包丁や車のように「用い方によっては人体にとって危険になる」という類のものではなく、純粋に鉛の塊で他人の体からなるべく大量の血を噴出させること、あるいはわざと体内で破裂させて、あるいは歯を折り、苦しみ抜かせたうえ絶命させるための道具です。

そのためにたくさんのだいの大人が、企業が、国がアレを大量に今日も作っています。

L.A.のダウンタウンにある武器屋さん、そこの韓国人経営者が「米国滞在中の最強の武装法、それは武装しないことだよ」と若かった私に教えてくれました。

暴力のイメージに映画やTVで触れることで、管理されるストレスを解消することと、本当の暴力を行使してしまうことの間には、限りない隔たりがあります。

ダーティハリーが撃ち殺した犯人でさえ、きっと夜ベッドサイドのランプを消すときにはよき夫であり、よき父であったかもしれないのですから。

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2005/01/07

信頼の原則と魂の計量

「事故防げた」再捜査で青信号側を起訴…信号無視死亡(読売新聞)

「府道を南進していた会社員の車が青信号で交差点に進入、右側から赤信号を無視して突っ込んできた乗用車の側面に衝突。地検は「別の車が赤信号を守らずに飛び出してくるとは、予測できなかった」などと、「信頼の原則」を適用して、会社員を不起訴処分とした。しかし再捜査を開始。(1)道路の見通しは良く、会社員は交差点の約100メートル手前で男性の乗用車を確認できた(2)会社員は制限速度を約30キロオーバーしていたなどがわかった。 」

刑法の38条1項但書をご覧下さい。

第38条(故意)

「罪を犯す意思がない行為は,罰しない。ただし,法律に特別の規定がある場合は,この限りでない。」

刑法は,故意犯だけを罰するのが原則で、もし過失犯を処罰するときは特別の規定を必要とします。

それが38条1項但書、「過失犯」と呼ばれる特別な責任のある犯罪です。

ニュースの記事中にある「信頼の原則」とは、被害者ないし第三者が適切な行動をとることを信頼するのが相当な場合なら、たとえそれらの者の不適切な行動により犯罪結果が生じたとしても、それに対して刑事責任は負わなくてもよいとする原則のことです。

交通事故などであまりにドライバーに難しい責任を要求することは、現代社会の発展にも負担になりかねませんので、過失犯処罰を限定とすることをねらいとしたものです。

赤信号で突っ込んでこないことを信頼した会社員は本来、「信頼の原則」によって形責を問われないところでしたが、よくよく調べてみたところ、現代社会の必要経費と割り切るにはあまりに横着な運転だったことがわかったということです。

イギリスの産業革命以来、資本主義はその欲望の赴くままに突っ走ってきました。

しかしここ日本で信頼の原則がそれほど大手を振って利用されなくなってきたのは、ことによると純粋資本主義が失速しつつあることを暗示しているのかもしれません。 

 

 

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2004/12/29

新潟監禁事件と法律の入れ子

新潟9年間女性監禁、懲役14→11年に

「平成2年11月、当時小学4年生だった女性を連れ去り、9年2カ月間、監禁したなどとして、未成年者略取、逮捕監禁致傷などの罪に問われた被告の控訴審判決で東京高裁は「逮捕監禁致傷罪について法定刑を超える趣旨と言わざるを得ない」と、懲役14年とした一審判決を破棄、同11年を言い渡した。」

刑法の51条をご覧下さい。

第51条(併合罪に係る2個以上の刑の執行)

「2 前項の場合における有期の懲役又は禁錮の執行は,その最も重い罪について定めた刑の長期にその2分の1を加えたものを超えることができない。」

刑法の51条には、併合罪は最高刑の半分を足した分を超えてはならないと書いてあります。

検察はこれをフル活用して15年を求刑し、一審も14年としました。

高裁がこれを短縮したわけです。

山田裁判長は判決理由で「併合罪は刑の上限を短く限定するためで、それ以上の意味はない」と判断。逮捕監禁致傷罪には最高刑の同10年までの範囲を超えて評価することは許されないとしました。

彼らは何を争っているのでしょう?

裁判長が迎えた葛藤とはどういった性質のものだったでしょうか?

わたしは前記裁判長の悩みどころとは「この被告はあなた方自身である」といういささか哲学めいたパラドックスにあるように感じます。

現法治社会において権力を抑えるのが法、その法をつくるのは国民の代表、その代表を選ぶのは他でもない私たち自身であるという構造をとります。

これを翻って見ると被告席とは入れ子構造であり、次はあなたやあなたの家族が立たされる「かもしれない」ということです。

つまり裁判長の独白はこうです。

「あなた達が納得して作った法の趣旨からはここまでが限界である。限界であるとは本被告の肩を持つ意でなく、あなたがここへ立つときもそれなら納得できるという限界である。もしそうでないなら主権者たるあなた方は投票なり政治活動なりを通じてこれを自身の身で科刑されても納得できる程度に改正していたはずである。私は法の番人である。番人とはたとえ感情的になった者に唾されてもあなた方自身が納得して作った法をあなたがたのために守り通す役の者である。」

「こんな非道なものにこんな軽罪とは、法とはなんとなさけないものだ」という了見はこの点で誤りです。

そこにたたされるのは私たちとおなじ主権者だからです。

そしてそこにたつのは、今度は間違えて捕らえられたあなたかもしれません。

「冷静になって彼の人権を考えよ」という意見もこの点で排除されます。

私たちが作ったルールで守られるべきは彼固有の権利ではなく本質的には国民全員の共有する権利をさします。

なにより現在の構造を(間接的に)維持しているのはほかでもないわたしであり、あなたであるというところが肝要です。

「国民主権」という法の最重要項目が裁判長に法的思考を働かせ、批判は当然予想しながら(かつその批判は裁判長が守ろうとする、私たち自身からやってくることを予想しながら)今回の短縮結果を下したという話ではなかったのかと思うのです。

法的思考とは「バランスのことだ」と単にいわれますが、私はこの入れ子構造をもって論じられるかという話のことだと思います。

「刑法が憲法のうら返しである」とは、これをさすように思いますし、話が民法や商法であっても同じです。

私たち自身が現在の秩序を間接的に維持していることを俯瞰的に捉えた時、(間接的という手段さえひとつの選択の結果でしかありませんが)はじめて裁判長の椅子の背中には13と書かれているのが透けて見えてくるはずなのです。

 

 

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2004/12/25

父親という男と併合加重の限界

求刑上回る懲役18年 実子2人に性的虐待の男に判決

「朝山芳史裁判長は最も信頼すべき父親から究極の性的虐待を受け、2人の屈辱感、悲しみ、無力感は筆舌に尽くしがたい。求刑は軽すぎるとして、求刑を3年上回る懲役18年を言い渡した。判決によると、男は98年ごろから長女に性的関係を強要。01年からは包丁で脅すなどして次女にも性的虐待を繰り返した。朝山裁判長は検察官の求刑は尊重すべきだが、これ以上の悪質な事件は想定できず、刑の相場は存在しないと指摘。複数の強姦罪を併合加重した場合の最高刑である懲役20年に近い同18年が相当と判断した。 」

刑法の45条をご覧下さい。

第45条(併合罪)

「確定裁判を経ていない2個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは,その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り,併合罪とする。」 

強姦罪は刑法177条によって2年以上の有期懲役に処せられます。

一方併合罪とは、確定前の罪をまとめて判断することです。

併合罪では、二個以上の罪について有期の懲役・禁錮に処すべきときは、そのうちで最も重い罪について定められた刑の最高限の一倍半までの範囲内で処罰します。

これが併合罪加重です。

強姦罪自体に最高刑は書いてないのですが、刑法14条に有期の懲役又は禁錮を加重できるのは、二十年までだと書かれています。

朝山裁判長がくやしがったのはこの点です。

ちなみに奇しくも今日成立した改正刑法によれば最高刑は30年までOKになりますので、こういうケースでは30年近くこの鬼畜を檻に留め置けたかもしれなかったからです。
 
罪数論の人権保護的思想が、今回裏目にでてしまっています。
 

 
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2004/12/24

サンタクロースさんも住居侵入罪

刑法の130条をご覧下さい。

刑法130条(住居侵入等)

「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」 

たとえサンタさんでも突然えんとつから現れれば刑法上住居侵入罪と評価されます。
 
人の住居に無断で立ち入れば、それだけで住居侵入罪に問われます。

ともかく居住者の意思に反して立ち入れば、この罪になります。

ただ全世界のよい子のみんなが待っているので責任が阻却されると思われます。

でも一応構成要件上、煙突に足をかけたら未遂罪に問われます。

さらにはじめお父さんが入っていいというから入っても、もうそろそろ夜も遅いから帰ってくれと退去を要求されながら、なお居座って立ち去らないサンタさんは、不退去罪で、3年以下の懲役または10万円以下の罰金となります。

刑法が形式的に情け容赦ないのは、四角四面に作っておかないと、どこまでやると捕まるものなのか、それを基準に人が行動できないからです。

そのことは罪刑法定主義と呼ばれ、刑法の大事な基本原則となっています。
 

 
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2004/12/21

簡裁悪用の架空請求となす術を知らぬ私たち

簡裁悪用の架空請求、放置すると“本物”の督促に

「長崎県内に住む30歳代の男性会社員のもとに、地元の簡易裁判所から支払督促が送られてきた。男性は、この業者に心当たりがなかったため5日間放置していたが、不安を感じて、消費生活センターへ相談。簡裁から送られた正式な支払督促と分かり、異議を申し立てたところ、業者は請求を取り下げた。」

民事訴訟法の386条をご覧ください。

第386条(支払督促の発付等)

「支払督促は,債務者を審尋しないで発する。」 

この督促、書面審査上、要件にかなっていると書記官が認めれば即、発射されてしまいます。

これは通常の訴訟手続のように口頭弁論や証拠調べなどの煩わしい手続を伴わず、まさにだれにでも訴訟手続を利用しやすくしようとした点を逆手に取られているわけです。

もし2週間以内に異議申し立てしなければ借りてもいない債務が法律上成立してしまいます。

さらに悪いことに送られてきたものが仮失効宣言付の支払督促だった場合、これを2週間無視すると確定判決と同一の効力を持つようになり、こうなるとたとえ相手が詐欺師だと裁判所がわかっていたとしても、国家権力をもってあなたは借りてもいない借金の返済を強制させられるはめになります。

私見ですが、この付け火のような行為に対する消火方法が異議申立てしかないというのは、 2つの視点が欠けている点で立法に過誤がある(法律の形式、内容等に誤りがある)
ように思えます。

それは、裁判所は裁定するだけで、まさか自分が”利用される”とは思いもせずに立法していること、および国民は皆、司法制度に精通していると見做してしまっていることです。

以上の2点を含めた新しい視点での、早急な対応策が必要だと考えます。
 

 
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